Elizabeth Costello : I believe in what does not need to believe in me.──J. M. Coetzee

2018/10/20

日経プロムナード第16回 高橋悠治のピアノ

日経プロムナード第16回、書きました。1970年代半ばからずうっと断続的に「聴いている音楽」について。

  高橋悠治のピアノ

 飽きることなく、しかし逆に、夢中になっておっかけて、もういいや、と区切りをつけて遠ざかるのではなく、「断続的に」(←ここが特徴)、これまで生きてきた山あり谷ありの時間、ずっと聴いてきた音楽。これからも、多分、変わらず聴きつづける音楽。それがグレン・グールドと高橋悠治のピアノなのだ。

2018/10/18

J・M・クッツェーが第1回マヒンドラ賞を受賞

 現地時間の10月17日(水曜日)午後、ハーヴァード大学サンダーズ劇場で、第1回マヒンドラ賞の授賞式が行われた。受賞者はJ・M・クッツェー。

アナンド・G・マヒンドラと彼の妻アヌラドハ・マヒンドラの名にちなんで設けられたこの賞は、 Mahindra Award for the Humanities とあるように、人文学と芸術に多大な貢献をした人にあたえられる賞だ。今年創設され、隔年に授与される。
 授賞式では、マヒンドラ人文学センターのディレクターとしてホミ・バーバがまず紹介のことばとして、クッツェーを「今世紀のfoundationalな作家だ」と呼び、その「理由はわれわれの基礎foundations を揺さぶったからだ」と述べた。バーバは、クッツェーの「じりじりと燃え立たせるモラル上の勇気」を強調しながら、この作家の仕事を「古典」と呼んだ。

 正賞である彫刻(写真で透明なケースに入っている金色の彫刻)はサー・アニシュ・M・カプーアが彫った、多くの頂と谷をもつ峻険な峰をかたどったもので、受賞者のたどった生涯にわたる旅をあらわしている、とバーバは述べた。長く危険なトレックを経たのち山頂からの眺めに到達するのだと。

 それでありありと思い出すのは、クッツェーの自伝的三部作の第一部『少年時代』にでてくるヴスター小学校の帽子の紀章のことだ。「紀章には山頂を星が取り巻くようにラテン語で”困難を経て星へ( ペル・アスペラ・アド・アストラ)”と書かれている」(p68/インスクリプト版)──この「自己犠牲」的な努力については、シカゴ大で行ったレクチャーでも、自分にとって現在進行形のテーマとしてあると彼は述べていた。

 クッツェーは受賞スピーチで、シカゴ大学でのレクチャーに続いて、子供時代を通して英国で編集出版された『子供百科』を読むことの影響について述べ、聴衆にこう問いかけた。「母語をもつとはどういう意味か? 母のいない人たちはいるだろうか?」クッツェーはまだ、英語を自分の母語と呼べないと述べた。

ラウンドテーブル
それを受けたラウンドテーブルで、バーバがクッツェーの提起した問題を11人の参加者それぞれに投げかけた。舞台には英語や英文学の教授陣がならび、なかにはジャメイカ・キンケイドの姿も見える。
 パネリストはクッツェーの3つのお気に入り:自転車、バッハ、ロジェ類語辞典の長所と相互の関係について語った。
 キンケイドは、自分は類語辞典なんか使わない、ときっぱりいって類語辞典を使う他の作家たちとぶつかったが、このイベントのために8冊ほど購入したことを認めたとか──ふうん、面白い。

 詳細は、ハーヴァード・クリムゾンのニュースへ。 
 
 

2018/10/12

日経プロムナード第15回 わたしお母さんだったけど

曇り空からぱらぱら雫が落ちてきたり、急に冷たい風が吹いてきたり、秋は確実にやってきています。

 日経プロムナード第15回がアップされました。

 わたしお母さんだったけど

 少し前に「あたしおかあさんだから」という歌が流れたことがありました。お母さんだから諦める……みたいな。それに対して、「あたしおかあさんだけど」、でも諦めない、とさわやかに、こ気味よく、応答する若い女性たちのことばがとても印象に残ったので、それについて書きました。
 自分の場合はどうだったか、とあれこれ思い出しながら書いていると、行き着くところはいつも……ここなのよね、というオチもついて。

2018/10/05

日経プロムナード第14回  ジョンとポール

半年の予定の日経プロムナードも折り返し点をすぎて、4ヶ月目に入りました。10月最初の回は:

  ジョンとポール

 言わずと知れたビートルズのあのコンビです。でも!
 ジョンもポールも、もとはといえば聖書に由来する名前。使徒ヨハネとパウロ。そして話は途中から、もう一組のジョンとポールへ移っていって……。
 

2018/10/03

Nina cried Power



今日はもうひとつ! この曲、サイコーに好き! ニーナってもちろんニーナ・シモンよね。
映画:Cry Freedom (1987)を思い出す。南アのアパルトヘイト時代に拷問で殺されたスティーブ・ビコが主人公の映画。日本では「遠い夜明け」なんて変なタイトルになってしまったけど、全然、夜明けは遠くなかった!

Nina Cried Power

[Verse 1: Hozier]
It's not the waking, it's the rising
It is the grounding of a foot uncompromising
It's not forgoing of the lie
It's not the opening of eyes
It's not the waking, it's the rising

[Verse 2: Hozier]
It's not the shade, we should be past it
It's the light, and it's the obstacle that casts it
It's the heat that drives the light
It's the fire it ignites
It's not the waking, it's the rising

[Verse 3: Hozier]
It's not the song, it is the singing
It's the hearing of a human spirit ringing
It is the bringing of the line
It is the baring of the rhyme
It's not the waking, it's the rising

[Chorus: Mavis Staples and Hozier]
And I could cry power (power)
Power (power)
Power
Nina cried power
Billie cried power
Mais cried power

And I could cry power
Power (power)
Power (power)
Power
Curtis cried power
Patti cried power
Nina cried power

[Verse 2: Hozier]
It's not the wall but what's behind it

The fear of fellow men, his mere assignment
And everything that we're denied
By keeping the divide
It's not the waking, it's the rising

[Chorus: Hozier and Mavis Staples]
And I could cry power (power)
Power (power)
Oh, power
Nina cried power
Lennon cried power
James Brown cried power
And I could cry power
Power (power)
Power (power)
Power, lord
B.B. cried power
Joni cried power
Nina cried power

[Bridge: Mavis Staples]
And I could cry power
Power has been cried by those stronger than me
Straight into the face that tells you
To rattle your chains if you love being free

[Chorus: Hozier and Mavis Staples]
I could cry power (power)
And power is my love when my love reaches to me
James Brown cried power
Seeger cried power
Marvin cried power

Yeah ah, power
James cried power
Lennon cried power
Patti cried power
Billie, power
Dylan, power
Woody, power
Nina cried power

ママとわたし(とクッツェー) by セリドリン・ドヴィ

Mommy and Me (and Coetzee)

セリドリン・ドヴィ Ceridwen Doveyの興味深いエッセイです。

 現在30代の作家であるセリドリン・ドヴィは、1980年に南アフリカで生まれて──Waiting for the Barbarians が出版された年──幼少時に家族とオーストラリアへ移住し、現在もオーストラリアに住んでいます。その母親テレサ・ドヴィTeresa Dovey はラカンの理論を用いて、世界で初めてJ・M・クッツェーの作品をまとめて論じ、南アフリカの知る人ぞ知る出版社、アド・ドンカーから出版した人でした。
 
Teresa Dovey : The Novels of J M Coetzee: Lacanian Allegories: Johannesburg: Ad Donker. 1988.

 幼少時からJ・M・クッツェーの作品が身近にあって、母親からこの作家と作品の話を聞いて育ち、自分もまた作家になったセリドリンにとって、クッツェー作品はまるで「母乳のよう」なものだと語っています。食卓にさらりと置いてあったクッツェー作品のカヴァーが、幼いセリドリンに強烈な印象を残したようです。白人の男が切断された黒人女性の足を洗っている光景、とあるのはペンギン版のWaiting for the Barbarians ですね──とにかく、なかなか面白いエッセイです。

 たぶんこれは、もうすぐKindle で発売されるJ.M.Coetzee: Writers on Writers の出だしの部分だと思われます。女性が母親になりながらクッツェーを読むことについて、とても興味深い「体験」が書かれています。

 母親テレサの本は古書でしか手に入りませんが、、、、英文学研究者の方々は各国の大学の図書館に入っているのを参照できるはずです。残念ながらわたしは入手法がまだ発見できません😭。

 ちなみに、デイヴィッド・アトウェルがテレサ・ドヴィの1988年の本について手厳しい書評を書いていることも付記しておきます(Research in African Literatures Vol.20, No.3:1989)。ラカンだけでクッツェーのそれまでの作品(『ダスクランズ』から『フォー』までですが)を論じることはとてもできない、と。南アフリカの歴史と社会に軸足を置いたもっと深い洞察と読みが必要だと、具体的に例をあげて論じています。そのあとですね、『Doubling the Point』が構想されたのは。
 いずれにしても、80年代末の南アフリカでクッツェーという作家と作品をめぐって、とても熱く激しい文学的、歴史的、哲学的議論がやりとりされていたのかがわかります。

****
2018.10.8──付記:Dovey の読みを「ドヴェイ」から「ドヴィ」に変更しました。1990年代にアフリカの文学に詳しい英文学者が「ドヴェイ」と発音していたので、その表記に従ってきましたが、テレサは南アフリカで英語の達者なオランダ系植民者を父や祖父に生まれた人だそうなので、オランダ語やアフリカーンス語の発音に近い「ドヴィ」とします。

2018/09/29

『モラルの話』──ル・モンドに載った書評


9月7日付の「ル・モンド」に Obscure clarté de la finitude というタイトルでJ.M.クッツェーの『モラルの話』(L'Abattoir de verre)の書評が載りました。「作家とその分身」を主眼にしてクッツェー作品を論じる、なかなか読ませる内容です。評者はCamille Laurens カミーユ・ロランス。

 ネット上にPDFとしてアップされていました。リンク先でクリアに読めます!


***
付記:フランス語の記事には、今回もそうですが、必ずといっていいほど、南アフリカの作家JMクッツェー、という表現が出てきます。どこにもオーストラリア在住とは書いていません。この辺がスペイン語の記事とちょっと違いますね。
 そうはいっても、80年代から90年代まで、つまり、クッツェーがノーベル賞を受賞するまで、フランス語の訳者の一人はJMのMをマイケルと勘違いしていたようですから、あまり確かなことは言えませんが。「彼ら(註・フランスのジャーナリストたち)はジャン・マリー・クッツェーとまで言ったんです」と初対面のとき、ジョン・クッツェーは語気を強めて言ったことさえありました。急に思い出してしまった。

2018/09/28

日経プロムナード第13回 真冬の水葬

9月最終回の金曜日。日経プロムナードに、むかし家で飼われていた山羊の話を書きました。

   真冬の水葬

 真冬にネズミ捕りの毒団子を食べてしまった山羊。猛吹雪のなか、死んだ山羊を馬橇にのせて、石狩川にかかった橋まで行く短い旅が、記憶のなかで長い尾をひく。


2018/09/25

サンティアゴでJ・M・クッツェーがスピーチ

9月24日、チリのサンティアゴでJ・M・クッツェーの名前を冠した短編賞の授賞式が行われた。 「都市とことば」がテーマで、応募資格は18歳まで。そのためか、会場は若い聴衆でぎっしりだ。

 授賞式のようす

 最終受賞者はフェルナンド・シルバ、18歳だけれど、その発表の前に次点、佳作などなど、何人もの応募者の名前をあげて奨励しているところが、とても印象的だ。

 クッツェーのスピーチは「小さな汽車」という作文で7歳のときに初めてもらった賞のこと、ノーベル文学賞をスウェーデン国王から手渡されたときのこと、さらにチリの2人のノーベル文学賞受賞者、ガブリエラ・ミストラル(受賞1945)とパブロ・ネルーダ(受賞1971)について語ったと伝えられる。

”自分がオーストラリアのアデレードからやってきたのは、ガブリエラ・ミストラルとパブロ・ネルーダというチリの2人の作家について語るためで、ネルーダもミストラルも、詩人になることを運命づけられた自分たちの創造力と信念を疑うことがなかった。

 ミストラルはチリ紙幣にもなっている女性詩人で、彼女が死んだときは国葬になり、政府は3日間の喪に服するとしたが、一方のネルーダが受賞したときこの詩人は政府から敵とみなされていたため国葬はなかった”

 そして最後にクッツェーは若い聴衆に向かって、忘れずにこう付け加えた。

──この2人の詩人はともに、地方に住む、裕福ではない家族の出身だった。

 いかにもジョン・クッツェーらしいコメントです。
****

付記:9.25.23:37──ジョン・クッツェーが若い人に笑いかける表情がとてもいいな。元気そうだし。

 チリを訪れるのはこれで7回目だとか。
 今回は終始、笑顔ですね。


 (ここに書いたことはリンク先のスペイン語の記事をGoogle英訳したものに基づいています。)

2018/09/24

文学に何ができるか──毎日新聞『モラルの話』書評

9月23日毎日新聞書評欄にJ・M・クッツェー『モラルの話』の書評が載りました。評者は沼野充義さん。

 比較的短い7つの短篇から構成されたこの『モラルの話』で、クッツェーが読者に向かって次々と投げてくる直球、豪速球、変化球をどれも逃さず、ジャストミートで打ち返すという離れ業のような書評です。「世界文学」を俯瞰する位置にある沼野さんならではのパースペクティブで、この作家と、この作品の、「世界文学」との関連で、その位置と意味を伝えてくれます。
 これまでにも、中井亜佐子さん、谷崎由依さん、都甲幸治さん、中村和恵さん、田村文さん、とさまざまな視点から心打たれる評を書いていただき、本当に訳者冥利に尽きます。今回は「文学に何ができるかという究極の試みにもなっている」という指摘と、最後の「……こういう難題に取り組む作家のおかげで、文学は存在する価値を持ち続けられる」という結びで締め! これには、感激ということばを超えて、涙です!


(沼野さん、勝手ながら写真をアップさせていただきました!)

2018/09/21

日経プロムナード第12回「クッツェー漬け」

 9月第3週金曜日の日経プロムナード、今回はまたまた「クッツェー」です。

 クッツェー漬け

 J・M・クッツェーが初来日したころ、クッツェー! クッツェー! とことあるごとに口にする母に音をあげた娘から、「次にクッツェーって言ったら、罰金100円!」と通告されたことがある。まったく、もう! ホホホ、フフフ、のハハの日々。

今日は特別サービス。記事の写真をアップしちゃいます。読んでね!


2018/09/14

「英語教育 10月増刊号」に書きました

大修館が出している「英語教育 10月増刊号」に、一文を寄せました。

手元に届いた大判の雑誌をぱらぱらめくって、ちょっとびっくり!「ワークシート大集合」とか「2018年版 英語教育キーワード集」という特集があって、最後に「2018年度 英語教育資料」とならぶのですが、この「教育資料」の最後に「文学・今年のベスト3」を書きました。でも、自分で書いておいてなんですが、そこだけ突然、「なぜ??」といいたくなるような内容です。
 その理由は……ぜひ、読んでみてください。

 「文学・今年のベスト3」としてあげたのは以下の3冊

 ・ルシオ・デ・ソウザ/岡美穂子著『大航海時代の日本人奴隷』(中央公論社)
 ・ガエル・ファイユ著/加藤かおり訳『ちいさな国で』(早川書房)
 ・張愛玲著/濱田麻矢訳『中国が愛を知ったころ』(岩波書店)

 3冊とも、英語からの翻訳ではありません。英語の教育雑誌に今年度のベスト3として、英語以外の言語からの翻訳書があがってしまいました。ポルトガル語、フランス語、中国語の翻訳書です。「??」となるでしょう? でも、そこには筆者なりの意味が込められています。
 集団の外から見ること。これ、モラルの問題に通じるのかもしれませんが。
 それも、あとから気づいたのですが、「文学」だったんですね。まあ、歴史も広義の文学なんで。そういう枠の「外側」が、いま必要かもしれません。切実に。なんだかちょっと言い訳めいて聞こえますが💦💦💦。

日経プロムナード第11回「ひじ坊」

日経プロムナードも11回を迎えました。今日は以前、飼っていた猫の話です。

 ひじ坊

 動物との関わりは、生まれたときから家に山羊や鶏がいた遠い暮らしの記憶につながり、最後はつい、訳し終えたJ・M・クッツェーの『モラルの話』のエピソードになりました。そこに書かれていた動物をめぐる線引きの基準のことですが。。。

2018/09/13

J・M・クッツェーの軌跡をたどる秋

5月末に発売された拙訳、J・M・クッツェー『モラルの話』が重版になりました。出来上がってきた本を見ると、とても感慨深い。

 2冊ならぶと壮観です。昨年新訳の出た1974年のデビュー作『ダスクランズ』から、今年クッツェー自身が英語版より先に他言語で発表した『モラルの話』まで、長い時間と、その間のこの作家の果敢な試みをたどると、現在78歳のクッツェーという作家がなしとげた仕事が見えてきます。

 J・M・クッツェーの軌跡をたどる秋がやってきました。

2018/09/11

また草庵を打ち破る J・M・クッツェー

J・M・クッツェーが、またまた旅に出るようです。旅に出て、そこに長く滞在せず、またすぐ旅に出る。これはもう「草庵に暫く居ては打ち破り」の俳諧師、松尾芭蕉そっくりです。78歳の現在、残りの生涯を「一所不在」としたのでしょうか。すでにそうなっていますね。

 情報として入ってきたのは、まず、9月24日(月曜日)にチリのサンチャゴにあらわれるニュース。La Ciudad y las Palabras 「都市とことば」

 これは、クッツェーの名前が冠せられた、この都市の暮らしをテーマにした若者向けの短編集コンテストが今年で第4回を迎え、その授賞式にやってくるということですね。

 それから、10月9日(火曜日)に、シカゴ大学でGrowing Up with The Children's Encyclopediaという講演をするようです。「子供向け百科事典とともに成長して」あるいは「子供向け百科事典とともに成長すること」でしょうか。面白いですねえ。この作家がいま注目するのは若者や「子供」です。古巣のシカゴ大学には社会思想委員会のメンバーとして元同僚で、アデレードのシンポで基調講演をしたジョナサン・リアがいました。

ポルトガル語版「学校時代」
 そうそう、自伝的三部作の『少年時代』に出てくる「緑の本」というのが子供向けの百科事典のことでした。土埃のひどいヴスターに住んだころ、ジョン少年は午前中にアレルギー症状が出てくしゃみがひどく、微熱も出て、ちょっと不登校気味になった。でも午後になるとすっとおさまる、というエピソードがありましたが、そんなときはベッドでいつも緑の本を読んだ、という話が出てきました。

 『イエスの幼子時代』に出てくる少年にはセルバンテスの『ドン・キホーテ』があたえられます。『イエスの学校時代』も2年前に出したいま、少年と百科事典の関係をどんなふうに話すのでしょうか。

 数年前に南アフリカの、たしか、ヴィッツ大学の大学院修了式で大学院を終えた学生に対してクッツェーは小学校教師になることの意義を説いて、経済的な上昇志向の強い人たちからブーイングを飛ばされました。だって、修士課程を終えて経済界や他分野に進む意気込みでいる男子学生に、幼い子供とともにいることはその人のためになる、といったんですから。これは印象的、というより、ちょっと驚きです。
スペイン語版「学校時代」
 自分は小学校時代ずっと先生は女性で、11歳のとき初めて男の先生に教わったが、もっと早い時期から同性の教師と出会っていたらどうだったか、と語りました。1940年生まれの子供をめぐる教育環境は、日本とは真逆だったようです。この事情はむしろ現在の日本の初等教育の現場があてはまるかもしれませんが、これはこれでまた別の問題が噴出しています。小学校の男性教師が女生徒に性的な嫌がらせ(教師という強者の立場で有無をいわさぬ暴力)をするという問題ですが。

 とにかく、現在のクッツェーは自分の人生を振り返って、最重要なことを残された時間にやろうとしてます。まるで「イエスの連作」という「死後世界(あれは afterlifeと著者みずからがスペインのイベントで語っていました)」で5歳の少年ダビドを育てる初老の男性シモン(クッツェーの分身)のように。クッツェー自身が、若くして他界した自分の息子ニコラスを育て直しているように思えてなりません。連作は、自分の子育ての方法はどうだったのか、とみずから自問、自省しながら、ことばを紡いでいくプロセスと見えてしまいます。もちろんフィクションですが。

 

2018/09/07

日経プロムナード第10回「ルサカ、闇の記憶」

9月に入って最初の回は「ルサカ」です。ザンビアの首都の名前。
 ずいぶん前になりますが、初めてアフリカ大陸の地を踏んだときの忘れられない思い出について書きました。

   ルサカ、闇の記憶

 連想は、なんと、大むかしの北海道に飛んで。

『マンゴー通り』がTOKYO FMで

温又柔さんの解説!
22年ぶりに、温又柔さんの解説つきで復刊された、サンドラ・シスネロスの『マンゴー通り、ときどきさよなら』(白水社 Uブックス)が、TOKYO FM 「パナソニック メロディアス ライブラリー」で取り上げられます。番組は明後日、9月9日(日曜日)午前10時から10時半まで。

 パーソナリティは作家の小川洋子さん、アシスタントは藤丸由華さんです。
 テレビやラジオについては、まったく疎いわたしですが、PCでもラジオが聴けることを少し前に教えてもらいました。TOKYO FMは、ここから入っていけます! ぜひ!


2018/09/02

森崎和江のこと

忘れないうちに書いておこう。少し酔っ払っているけれど(笑)、そうしなければ書きそびれてしまいそうだから。

 昨日、『現代詩手帖 9月号』の森崎和江をめぐる座談会を読んだ。三段組の小さな文字を、あまり明るくない図書館で、周囲の物音が聞こえなくなる集中度で一気に読んだ。そのせいか、このところ徐々に降り積もってきた眼精疲労が限界を超えた。

 しかし、森崎和江にふたたび光があたっているのを見逃すわけにはいかない。だって、77年から80年代はじめに、子育てに24時間専念せざるをえない時代をへて、ようやく読書の時間を確保できたとき、北米黒人女性作家選のほかに何をおいてもまず読んだのは森崎和江の本だったからだ。それは偶然というよりも必然だったとしか思えない。そのことを昨日の座談会を読んで確認した。

 森崎和江は、フェミニズムはともかく、90年代に脚光を浴びはじめたポストコロニアルの問題を、それより10年も前から、彼女みずからの朝鮮半島からの引き上げ体験を踏まえて言語化しはじめていた人だった。

 外地から内地への引き上げ体験とはなんだったのか?

いま手元にある森崎和江の本たち
『異族の原基』や『慶州は母の呼び声』は、発売された当時、それこそ周囲の物音がまったく聞こえなくなる状態でむさぼるように読んだ記憶がある。1988年5月にJ・M・クッツェーの名前を知るはるか以前のことである。そのことの意味をあらためて考える。

 ちなみに『現代詩手帖』の座談会で話題になった石牟礼道子の文章が「男をファックする文体」だと上野千鶴子が喝破することばに、快哉を叫んだ。本当に! あの前近代を美化する文章には、いってみれば「母親の子宮への回帰願望」に酷似する魅力というか、魔力があるのだ。ある種のエロスに通底するものとそれを名付けられようか。

石牟礼道子が幼いころの体験として、労働に従事する裕福とはいいがたい男たちが遊郭の女に入れ込んでへろへろになるのを見て、幼いころ自分もそんな女の力をもちたいと思ったと語っていたことばを思い出した。下駄をはいて紅をさし、しゃなりしゃなりと歩いたら、近所の人から「ほら、またミチコハンのあれが始まった」と家族に告げ口されたという。そんな石牟礼自身のことばをどこかで読んだことがある。それは、石牟礼の文体の魅力の源泉を解き明かしていないだろうか。つまり、理性的な男性文体ではなく、近代化を批判しながらうっとり魅了する前近代的世界を美化する性質が強いのだ。シャーマン的な魅力。たしかに美しい世界であって、現在のわれわれに「失われたもの」を現前させる作品でありながら、近代を強烈に「撃つ」内容を兼ね備えている。

 それにしても、「男をファックする文体」という上野の表現は妙である。子宮回帰願望は、女より男に強烈であることを見通した指摘である。父親になってさえも男たちからその願望は消えなかったし、いまも消えない人が多い。女は母親になったときに、よほどのことがないかぎり、その願望は消滅せざるをえない現実を突きつけられる。この身体ははたして「わたし」なのか? 森崎は子供を孕んだとき「わたし」ということばを使えなくなったという。

なぜか手元にない?
その孕む現実を言語化しようとしたのが、森崎和江なのだ。妊娠したとき女は自分の身体が自分だけのものではないという事実を突きつけられる。自己がゆらぐのだという。
 3人の子供たちをこの世に、文字通り「産み出した」身として、この事実はとても重たい。身体的には間違いなく、異物に(自分以外のものに)占領される、占拠されていく、そういう感じがしたものだ。身二つになっても、まだ授乳という仕事によって、きっぱりと分かれられない。赤子が泣き声をあげるたびに引き寄せられ、乳房が張り詰めるたびに赤ん坊のことを否応なく感じ、考える。そのように生理的に作られている母体とは? 
 森崎は、そのことをとことん突き詰めて言語化した女性だ。でもそれを言語化することばは男性の文体だった。だから、正直いってあまり魅力的ではなかった。しかしこれは朝鮮半島で生まれ育った森崎にとっての「母語」とはなにか、という問題と不可分なのだ。内地の言語、九州の日本語は森崎にとって異国の言語だった。もちろん朝鮮語は文字通り異国語ではあったけれど、乳母の背中で聞いたことばは彼女にとって母語に近かったかもしれないが、それは日本語ではなかった。だから、引き上げてから森崎はあらゆる意味で、言語を獲得するたたかいを強いられた。
 その「たたかい」の軌跡が、森崎の先駆性をあらわしてもいるのだ。
 60年代からこつこつ聞き書きをしてきたものが『からゆきさん』や『まっくら』として本になったあたりから、森崎のことばは、文学として一気に開放されていく。森崎和江の書いた本が若い読者によって読まれ、その研究が、フェミニズム文学として、さらにポストコロニアル文学として、深まっていくことを強く願わずにはいられない。

***
追記:上野千鶴子の語りのなかで面白かったのは、戦時中、子供を産まなかった高群逸枝が母性を礼賛するファシストのイデオローグになったのにたいして、17人も子供を産んだ与謝野晶子が徹底的に個人として生きたという指摘だ。これは目からウロコ。高群逸枝の全集を編纂した夫の橋本憲三がそのことを隠蔽した事実を研究者たちが、のちに国会図書館へ足を運んで資料を発掘することで明らかにしたという指摘も興味深かった。子供を産んだから、産まないから、がその人の思想を決定するとは限らないのだ。母性を礼賛するのは、たいてい男で、それにのっかる女がいるかどうか、あるいは生き延びるためにのっからざるをえない状況が切羽詰まっているかどうか、それが80年代以前の女たちをとりまく歴史状況だったのだ。選択肢はほぼなかった。
 

2018/08/31

日経プロムナード第9回「サイロのある家」

日経新聞プロムナード、8月最後にあたる今回は「サイロのある家」。北海道で暮らしていたころの話を書きました。

   サイロのある家

 女の子が浮き輪をつけて水に浮かんでいるイラストも、今日で最後でしょう。明日から9月、夏もそろそろ終わりですね。でも今年は暑かった。そして東京は、まだまだ暑い!

明日から9月「ガッコウ」が始まります。どうしても行きたくない学校は、行かなくてもいいかもね。逃げ場がなくなる子供たちのことを思います。生きてていいんだからねえ。そのままで、生きててOKだよ〜〜!

2018/08/25

フランス語訳もやってきた:クッツェー『モラルの話』

猛暑のなかをやってきた本です。

 L'abattoir de verre

『ガラス張りの食肉処理場』がタイトルのフランス語版。Seuil社から8月16日に発売されました。

 フランス語の本には、「モラルの話」と似たようなタイトルがいろいろあるからでしょうか、いちばん最後の短篇がタイトルに使われています。

 3カ月ほど先に出たスペイン語版、日本語版にはさまれて記念撮影。

 日本語版はハードカバーですが、スペイン語版もフランス語版もソフトカバーです。大きさはまちまち。ページ数は3冊とも 200ページに満たない。クッツェーの集大成ともいえるこの作品、さらさら読ませながら、中身は驚くほど濃くて、深いのが特徴です。

 さあ、次に出るのは何語のバージョンでしょうか?

2018/08/24

日経プロムナード第8回「ナカグロ詩人」

日経プロムナード、金曜日。今回は肩書きの話です。


   ナカグロ詩人

 どういうわけか、何を書いてもクッツェーがらみになっていくような気配ですが。💦💦💦

 しかし、今回の奇跡のような「つながり」は、翻訳と詩を両方やれていて本当によかった、と思わせるものでした。人生、捨てたものじゃありません!


2018/08/19

アルゼンチンの作家2人にクッツェーがインタビュー

8月17日付の Sydney Review of Books に面白い記事が載った。

'Other ways of saying'──他の語り方


2018.5マドリッドで
アルゼンチンの2人の作家が、JMクッツェーのインタビューを受けている記事だ。現在オーストラリアに──最初はアデレード大学に、次にはシドニー大学に──滞在する2人の作家は、マリアナ・ディモプロス(1973年生)とアリエル・マグヌス(1975年生)。書いてまとめたのはクッツェーで、インタビューは7月に行われたとある。
 
クッツェーの最初の質問はこう始まる。

Balzac famously wrote that behind every great fortune lies a crime.
どの巨万の富の裏にも犯罪があるとバルザックが書いたことは有名だ。)

引用元のフランス語はこんな感じ。

Le secret des grandes fortunes sans cause apparente est un crime oublié, parce qu’il a été proprement fait.
明白な根拠のない巨万の富の裏には忘れられた犯罪が隠されている。なぜなら犯罪は適切に犯されたからだ。)

そしてクッツェーは次のように続ける。──One might similarly argue that behind every successful colonial venture lies a crime, a crime of dispossession.(おなじように人は、植民地的な大胆な試みが成功した裏には犯罪が、土地や富を奪ったという犯罪があると言うかもしれません。)

マリア・ディモプロス
 19世紀にバルザックが書いたことばが、長いあいだにさまざまに引用されて、クッツェーが冒頭に置いたかたちになっていったプロセスは、とりもなおさず、植民地主義による巨万の富がいかに形成されてきたかを自覚するヨーロッパ人(とその子孫たち)の認識の変化をあらわしているように思える。これは面白い。

 アルゼンチンは17世紀にスペイン人が入っていって先住の民を征服したコンキスタドーレスの時代、それ以後も独立してから「砂漠」と呼ばれた土地を奪っていったコンキスタの時代──これがいまあるアルゼンチンの文化/野蛮の基礎だとディモプロスは語る──といったことが、このインタビューを読むとわかる。

アリエル・マグヌス
 そんなアルゼンチンの歴史と、1976年から1983年代まで続いた軍政と、それに直接かかわった彼らの親世代を通して、2人の書くものにもその影響は影として浸透していると述べていく。
 さらに面白いのは、この2人の1970年代生まれの作家たちが、ドイツ語からスペイン語への翻訳をしている人たちだということ。とりわけ、ディモプロスはフランクフルト学派から影響を受けて翻訳をすすめ、また、マグヌスはボルヘスとライプニッツを絡めて修士論文を書いたそうだ。
 文学者たちはアルゼンチンの歴史をオーストラリアの歴史と絡めて、考え、見透し、作品と作家の再評価を行おうとしているようだ。横につながる「南の文学」が具体的に動き出しているのだ。

 日本も、ヨーロッパの帝国主義をまねて、短期間に領土拡大をしようとした時期があった。しかし、それ以前にも、着々と領土拡大は列島の南北に広げられ、北は「北海道」と名付けられていた。アイヌを追い出し、追い詰め、土地を奪っていった歴史が今年でちょうど150年だとか。tamed and renamed(飼い馴らして改名した) プロセス。わたしもその歴史上の一点に生まれ落ちた。
 北海道のほとんどの地名がアイヌ語由来であること、それが何を意味するか、じっくり考えてみたいと、あらためて思う。

 とにかく、オーストラリアとアルゼンチンを「文学」でつなぐ、とても面白い記事だ。おすすめ!

*****
付記:Other ways of sayings という記事のタイトルは、クッツェーが「culture」という語を嫌って、その代わりによく使う表現:a way of living と響き合うものです。
「他の語り方」と一応、訳しましたが、「語るための他の方法」とか、「他の語りの方法」といろいろ訳はあてられるでしょうか。言い方には別の方法がある、というか、見方を変えれば、というニュアンスもここには含まれていそうな気がします。

2018/08/18

アレサ・フランクリンを偲んで

アレサ・フランクリンの訃報。享年76歳。
ブラック・パンサーのアンジェラ・デイヴィスに対して、危険をかえりみず、いち早く支持を表明したシンガーのひとりだったと、トレヴァー・ノアが言っていた。すごい才能のあるビジネスウーマンだったとも。ギャラは必ず、前払いで、現金で受け取ったと。中間にピンハネされないために。きっと苦い体験から学んだ結果なんだろうな。やるな、アレサ!



Chain of the Fools ── アレサ・フランクリン

Chain, chain, chain
(Chain, chain, chain)
Chain, chain, chain
(Chain, chain, chain)
Chain, chain, chain
(Chain, chain, chain)
(Chain of fools)
For five long years
I thought you were my man
But I found out, I'm just a link in your chain
Oh, you got me where you want me
I ain't nothin' but your fool
Ya treated me mean
Oh you treated me cruel
Chain, chain, chain
(Chain, chain, chain
Chain of fools)
Every chain, has got a weak link
I might be weak child, but I'll give you strength
Oh, babe
(Woo, woo, woo, woo)
You told me to leave you alone
(Ooo, ooo, ooo, ooo)
My father said 'Come on home'
(Ooo, ooo, ooo, ooo)
My doctor said 'Take it easy'
(Ooo, ooo, ooo, ooo)
Oh but your lovin is just too strong
(Ooo, ooo, ooo, ooo)
I'm added to your
Chain, chain, chain
(Chain, chain, chain)
Chain, chain, chain
(Chain chain, chain)
Chain, chain, chain
(Chain, chain, chain)
Chain of fools
Oh, one of these mornings
The chain is gonna break
But up until the day
I'm gonna take all I can take, oh babe
Chain, chain, chain
(Chain, chain, chain)
Chain, chain, chain
(Chain, chain, chain)
Chain, chain, chain
(Chain, chain, chain)
(Chain of fools)
Oh!
(Chain, chain, chain, chain, chain, chain, chain)
(Chain, chain, chain)
Oh-oh!
(Chain, chain, chain, -ain, ain, ain, ain)
Your chain of fools
ソングライター: Don Covay / Donald Covay
Chain of Fools 歌詞 © Warner/Chappell Music, Inc, Springtime Music Inc

2018/08/17

日経プロムナード第7回 クスクスの謎

金曜日の午後、日経新聞のプロムナードに第7回を書きました。

 クスクスの謎

 マグレブ料理をめぐる記憶の連鎖、あっちへ行ったりこっちへ来たり。最後はやっぱり翻訳をめぐる話に落ち着きました。

 先日、猛暑のなか、下北沢で食べたクスクスはおいしかったなあ。大勢でいっしょにわいわい食べて飲んで。でも、何度も行ったお店なのに、ひとりで行くとどういうわけか誰もが迷う。これもまたクスクスをめぐる謎のひとつだ。

*****
後日譚をひとつ。
コラムを読んだMさんから、こんなコメントをいただきました。

「クスクスのつぶつぶが粟だというのはパリで知り合った囲碁の先生のムッシューリムから聞いた話です。
 私たちが行ったのはモンパルナスのクスクス店だったと思いますが、これも最初ムッシューリムが案内してれた店です。彼によれば、もともとアフリカの郷土料理だったときは粟だったものを、ヨーロッパに持ってくるときに小麦の加工品に変えたというのです。その受け売りでいい加減な──

 いえいえ、面白い展開になったわけですから、ムッシューリムさんにも感謝です!
 でも、70年代のパリはいまと違って、マグレブ出身の人たちはまだまだ少数派でしたよねえ。現在のパリはがらりと変わって、ヨーロッパ系の人より、アジア、アフリカ、カリブ地域の出身者、そしてその子供たちが圧倒的な存在になっていると聞きます。クスクスもしっかり、美味しく食べられるはずです。

2018/08/15

京都新聞の書評:クッツェー『モラルの話』

1945年8月15日の敗戦から73年。


共同通信配信、京都新聞に掲載された J・M・クッツェー『モラルの話』の書評全文をここに貼り付けます。
評者は谷崎由依さん。
 
言葉は内側の暴力へ向かって

 この評は、ずいぶん多くの新聞に掲載されました。
「女性が主人公の作品ばかりなのに、むしろ気づくと男性性について考えさせられている」というのは、この作品の特徴をいいあてている重要な指摘です。
 戦後73年にして、この国のありさまを考えるために、ある意味、非常に役に立つかもしれません。

2018/08/11

ダブル書評の日

中村和恵さんの評
J・M・クッツェー『モラルの話』の書評が、日経新聞朝日新聞に掲載されました。評者は日経が中村和恵さん、朝日が都甲幸治さん。

 それぞれ深く読み込んで、噛み砕き、この作品の魅力を丁寧に伝えてくれる評です。

都甲幸治さんの評
2人の評者がこの本を読んで、それを自分の身体をぐぐらせて評することに費やした真剣なエネルギーと、なみなみならぬ心意気がびんびん伝わってくる文章で、ものすごく心に響きます。本読みの達人ならではの評です。

 共同通信配信の両面から補完するような2つの評、図書新聞の専門家ならではの細やかな評、そして今回の力のこもったダブル書評。日本語社会でいまもっとも必要とされていると思える「文学の底力」を見せてくれるこの『モラルの話』は、その魅力をさまざまに伝える書評にめぐまれました。

 本当に嬉しいです。読む人あっての翻訳ですから。短い期間内に、苦労して訳した甲斐がありました。訳者冥利につきます。


   Muchas gracias!
   Merci beaucoup!

2018/08/10

日経プロムナード第6回「紙とPDF」

日経プロムナードも8月に入って2回目です。

 紙とPDF


肩書きが「翻訳家」なので、つい、翻訳にまつわる話が多くなり、そうすると、つい、J・M・クッツェーが絡んでくる。これはもう自然というか、必然というか。
 翻訳をはじめたころはまだ紙が主流だった。小型のワープロはまだなかった。ワープロなるものはあっても、巨大な四角い大げさなものだった。それから30年あまりで、いまや iPad やらスマホやら。

 すぐに忘れてしまいそうなことを、自分にとっても記録として残しておきたい──そう思い立って書いているうちに、マシンと人の流れを追っていた。ワープロから小型パソコンへ移り、原稿用紙やタイプスクリプトからPDFへ激変する翻訳現場について、すこし調べた。いろいろ考えてしまった。

 あれこれ思い出しながら考えていると、浮上してきた J・M・クッツェーの『鉄の時代』をめぐるエピソード。あれは忘れがたい。いまでもあのときの作家の笑顔が、ありありと目に浮かんでくる。2007年12月初旬。
 東京の冬は寒いでしょ? とたずねると、いや、穏やかな(gentle とルビ)冬ですよ、と答えたジョン・クッツェー。その声が耳元で響く。

2018/08/03

老いゆく中での自由──『モラルの話』の実にしなやかな評が載りました

 J・M・クッツェー『モラルの話』の書評が神戸新聞、琉球新報に掲載されました。評者は共同通信の田村文さん。親と子の関係を中心に据えるしなやかなアプローチで、この本の重要ポイントをきっちりと、過不足なく伝えてくれます。

 情緒や干渉を排した筆致と、透徹した視線で綴られた物語を読みながら、背筋がどんどん伸びていく。哲学的な思考と物語の融合の先に、人間のモラルと生の意味がほの見える。

 という結びがばっちり。「背筋がどんどん伸びていく」というところが、いいなあと。クッツェーという作家のすごさを十二分に理解した人ならではの表現かも。

 あ、それからヘレンとジョンが母エリザベスにいっしょに住もうといって断られるところで、「娘と息子とのエゴがじわじわとにじんでくる」と書く視線の鋭さ。「そして頑迷ゆえに老いを受け入れようとしないようにみえるコステロの抵抗の背後から、深い孤独が浮き上がってくる」と、てらいのない平明なことばで、クッツェーが書きたかった(と思われる)ポイントをじわりと浮上させます。
 
 全文はこちらで読めます。ぜひ!

日経プロムナード第5回「ニーナ・シモン」

 1973年10月に初来日したニーナ・シモン。
 ニーナ・シモンの舞台の迫力は、それまで「ジャズでなければ、絶対にジャズよ!」といっていた若い学生にとって、頭から冷水をかけられるような体験だった。

 日経新聞の金曜プロムナード。今回はニーナ・シモンについて。1960年代に米国で血を流しながら戦われた黒人たちの公民権運動、そのディーヴァだったニーナ・シモン。

 今日のコラムでも書いた、わたしのイチオシ、「ブラウン・ベイビー」の歌詞を貼り付けておこう。

 61年録音のアルバム「ニーナ・シモン・アット・ザ・ヴィレッジ・ゲイト」に収録されている。
 最後の一連の「この手には決して入らなかったものをおまえが手にするようになると嬉しいねえ」というところで、いつも涙がでてくる。ニーナの絶唱です。

 YOUTUBEでも、すぐに見つかるので、ぜひ!

Brown Baby

Brown baby brown baby
As you grow up I want you to drink from the plenty cup
I want you to stand up tall and proud
And I want you to speak up clear and loud
Brown baby brown baby brown baby

As years go by I want you to go with your head up high
I want you to live by the justice code
And I want you to walk down freedom's road
You little brown baby

So lie away lie away sleeping lie away singing
Lie away sleeping lie away safe in my arms
Till your daddy and you mama protect you
And keep you safe from harm
Brown baby

It makes me glad you gonna have things that I never had
When out of men's heart all hate is hurled
Sweetie you gonna live in a better world
Brown baby brown baby brown baby

ソングライター: Oscar Brown Jr.
Brown Baby 歌詞 © Cmg Worldwide Inc



2018/07/29

アトランタで歌うニーナ・シモン

1969年6月アトランタのモアハウス・カレッジで To be Young, Gifted and Black を歌うニーナ・シモン。「若く、才能にあふれ、そして黒人で」──この曲は1965年に34歳という若さでガンで死亡したロレーン・ハンズベリーの、同名の劇作からヒントを得てニーナ・シモンが作曲した歌だ。ロレーンに捧げられているが、これからの若い黒人たちを力づける強いメッセージを伝えてもいる。




 演奏のあとの聴衆の表情をみると、ニーナ・シモンという歌手が黒人たちにどれほどの勇気と、喜びをあたえつづけた人であったかが、じんじんと伝わってくる。

 手元にあるCD"BLACK GOLD"(BMGファンハウス)というアルバムに収められているが、日本語の曲名が「黒人讃歌」などという、ほとんど何も伝えないタイトルになっているのはなぜか? 上っ面の紹介しか書かれていないことにも憤懣がつのる。ライナーノーツの筆者は、岩浪洋三氏。CDが再発売されたのは2002年だというのに、とても残念だ。

2018/07/27

日経プロムナード第4回「どこでも朝顔」と、2つ目の書評『モラルの話』

日経プロムナード第4回が載りました。

 どこでも朝顔

ドラえもんの「どこでもドア」みたいですが(笑)。
 いまわたしのいるところから、朝顔の鉢が2つ見えます。昨年朝顔が咲いていた植木鉢に、遅ればせながらたっぷり水をやったら、出るわ、出るわ。なにがって?芽が!です。雨水管から移植した朝顔といっしょに、すくすく育っています。


もうひとつお知らせ

今週末発売の図書新聞に『モラルの話』の書評が出ます。評者は中井亜佐子さん。

クッツェー研究会といえばこの人の顔を見ないのはまれ、という知る人ぞ知るクッツェー研究者です。この作家の作品を長年、読み込んできた人ならではの目で評する『モラルの話』。クッツェーを知らない人にも、作家の現在地や、この作品の背景がざっと理解できる内容で、おすすめです。

 「寓意」について。また冒頭の、クッツェーの「新作はつねに、それ以前の自身の作品の集大成」という指摘は、とりわけ作家が自伝的三部作を発表しはじめた1990年代半ば以降の作品に言えることかもしれません。78歳にして発表されたこの『モラルの話』は間違いなく、クッツェー文学とクッツェー思想の集大成と呼べるものでしょう。

2018/07/24

違和感から見える世界:クッツェー『モラルの話』書評

5月末にオリジナルである英語版に先駆けて出た拙訳、J・M・クッツェーの『モラルの話』(人文書院刊)の本格的な書評が出ました。書き手はなんという偶然!『鏡のなかのアジア』で快進撃をつづける作家、翻訳家の谷崎由依さん。配信は共同通信です。(写真はまだ部分ですが、いずれ全文をアップします!)

心に響いた箇所をいくつか書き出してみると:

最初の短編「犬」について──「主人公の女性が前を通りかかるたびに猛烈な勢いで吠えたてる」その吠え声が、ノイズとして全編を通して響いている、という指摘に、深くうなずく訳者。

 そして、主人公のコステロについて「舌鋒鋭く世のなかを批判するが、もう老いており、かみ合わない会話に困惑する子どもたちは、母親をどうやって世話していくのか考えている」とストーリー展開をざっくりと示しながら、「文学や哲学の考察が、人生のもっとも生々しい問題と結びついていく」と作品の全体像をほぐしていきます。

 瞠目するのは、「女性が主人公の作品ばかりなのに、むしろ気づくと男性性について考えさせられている」というところ、唸りました。鋭い!

 クッツェーが90年代からフェミニスト作家エリザベス・コステロというキャラクターを使って書いてきたものは、さまざまなテーマを議論の俎上にのせながら、この「男性性」を浮上させるための仕掛けにほかならなかったと、いまさらながら思うのです。
 オクスフォード大学の若手研究者ミシェル・ケリーは、「ひとつの男の哲学」へ奉仕する?──Serving'a Male Philosophy'? (註あり)──というタイトルの論を展開していますが、確かにそうかも。これはクッツェーという男の作家がフェミニストの女の作家になってみる試みですから。でも、この試みは画期的な領域をも開いていく。カウンター・エゴとしてのコステロを生み出したクッツェー自身が「コステロを統御できたことはない」と、先日のスペインのセッションでも語っていました。この辺が興味のつきないところです。

 書評にもどると、「自己陶酔は一切ない。読んでいるとつらくもなるのだが、ある一点を超えると頭がさえ渡ってくる」という指摘は、この作品の最大の特質をみごとにいいあてています。そう、一点突破すれば、ものすごい場所に出るのです。
 そして「違和感と違和感とがつながって、この世界を取り巻く事象の何かが見えてくる。驚くほどの明晰さで」という結語によって着地。
 
 この限られた文字数のなかで、なんといっても光るのは、作品の骨太のテーマを精査する眼力と探求の鋭さであり、目眩まし的な「見立ての奇抜さ」という主観枠にあてはめることなく、どこまでも作品自体に即して読みほどき、やわらかいことば遣いで作品の核心部分へ肉薄する力量です。Muchas gracias!!!

*****
2018.8.3──ちなみにこの"serve a male philosopy"という表現は、クッツェーの著書 Elizabeth Costello(2003) のなかに出てくる表現(原著p14)でもあって、そこで話はまたねじれてさらにややこしくなるのですが。

2018/07/21

少女の「静かなたたかい」

北國新聞と埼玉新聞に、サンドラ・シスネロス『マンゴー通り、ときどきさよなら』(白水社Uブックス)のステキな書評が載りました。

 詩は「静かなたたかい」
 少女の「静かなたたかい」

 22年ぶりに復刊されたこの本、現代の日本社会には以前よりもっともっと切実になっているような気がします。移民の問題、難民の問題、ふたむかし前はどこか遠くの出来事のように感じていた人も多かったかもしれないけれど(じつはすぐそこで起きている現実だったんですが)、2018年のいま、だれもが気づく時代になりました。
 だって、ほら、すぐ隣にいるんですから、土俵の上にも、グリーンの上にも、いろんなオリジンをもった人が。街をゆくこの土地生まれの子供が。


 温又柔さんの解説にもあるように、作品のなかでエスペランサに向かって、詩を「書きつづけなければだめよ。書けば自由になれるからね」と病気のルーペおばさんがいったところは、何度読んでも涙ぐみそうになります。


 そう──彼女は「静かなたたかい」を始めたんです。「ひとりで立つために。自由のとびらを開くために」──書いてくださった田村文さん、どうもありがとうございました。森佳世さんのすてきなイラストもついていて、復刊書なのに立派な書評あつかいです。こんなに嬉しいことはない。

この「本の世界へようこそ」は、14歳くらいの読者を想定したシリーズで、共同通信の配信です。

2018/07/20

日経プロムナード第3回「湿気のない土地」

日経新聞のコラム、プロムナード第3回目がアップされました。

  湿気のない土地

「なにもない」を背景にしたカバー
北海道生まれの人間には、東京の暑さや湿気はとてもにがて。数年前に、そんな湿気がない土地を旅したことを書きました。ケープタウンです。光がくっきりしていて、素人でも本のカバーなどに使える写真が撮れたのは驚き!
 ケープタウンを旅したのはいまから4年ほど前のことで、ちょうど自伝的三部作『サマータイム、青年時代、少年時代』(インスクリプト)を訳している最中でした。

 この三部作の表紙につかった写真は、ケープタウンから内陸をめざす国道1号線の途中で撮影したものですが、装丁の間村俊一さんから「なにを撮りたかったのかわからない」写真だ、と編集のMさんはいわれたと伝え聞きます。それで、わたしは思わずニヤリとなりました。だって、あの写真には「なにもないこと」が写っていたからです。

 クッツェーの三部作を訳し終えて、ゲラも読み終えたとき、結局、クッツェーの文体はこのなにもない空間の苛烈さと拮抗するのではないか、ということで上のカバー写真になりました。