E. Costello : I believe in what does not need to believe in me.──J. M. Coetzee

2018/07/20

日経プロムナード第3回「湿気のない土地」

日経新聞のコラム、プロムナード第3回目がアップされました。

  湿気のない土地

「なにもない」を背景にしたカバー
北海道生まれの人間には、東京の暑さや湿気はとてもにがて。数年前に、そんな湿気がない土地を旅したことを書きました。ケープタウンです。光がくっきりしていて、素人でも本のカバーなどに使える写真が撮れました。驚き!
 ケープタウンを旅したのはいまから4年ほど前のこと。ちょうど自伝的三部作『サマータイム、青年時代、少年時代』を訳している最中で、その旅のことも。

 それにしても、この三部作の表紙につかった写真は、ケープタウンから内陸をめざす国道1号線の途中で撮影したものですが、装丁の間村俊一さんから「なにを撮りたかったのかわからない」と編集のMさんはいわれたとか。それを聞いて、思わずニヤリとなりました。だって、あの写真には「なにもないこと」が写っていたからです。
 たぶん、それを撮りたかったのでしょう。

2018/07/13

日経プロムナード第2回「生き物たちのさざめき」

日経プロムナード第2回がアップされました。

 生き物たちのさざめき


2018/07/08

この夏は『鏡のなかのアジア』第1章でさらわれました!

谷崎由依著『鏡のなかのアジア』(集英社)
本来なら堂々と、きちんと書評すべき本だと思いながら、そういう「表だった場所」に自分の大切な読後感を晒したくない、という極めて私的な思いを抱かせる、これはわたしにとってとても貴重な本だと最初の短編を読んで、まず思った。切実だ。

 物語の筋はあるようで、ないようで、確かにあるのだけれど、それを理性的に分析して書きしるそうと思うより前に、ここに書かれている日本語の、美しい文体の、リズミックなことばの連なりの、流れの、その心地よさに浸っていたい! ことばの海にざんぶり身をひたして、そのまま流されようが、溺れようがかまわないから! という思いに完全に足をすくわれた。

 物語の舞台となるのはチベット。サンスクリット語と思しき「るび」が(もちろん英語もある)、アルファベットで、漢字やひらかなの単語や熟語にふられるというアクロバット。これ、いいなあ、こんな技があるのか、わたしもやってみたいな、と思わせる心憎いスキルである。そのルビが文体にあたえる華麗なまでの共振というか、視覚による擬似レゾナントというか、連想の奥行きというか。たとえば、

 「筆」に「pen」とルビがふられ、「牛酪」に「butter」、「獣」に「yak」、「僧院」に「gompa」、「空」には「gnam」、「ねずみ」に「tsi tsk」、「城」に「zong」、「湖」に「mtsho」なのだ。

 いきなり、ぼうぼうと岩山に吹く風の、乾いた音が聞こえてくるのだ。もうイヤなことばっかり続く、この湿気で腐敗しきった土地で読む、乾いた風景の作品世界がたまらない。リズミックにくりかえされる「馬の足で二日、風が強ければ五日、ひとの足なら十日かかる場所」といった距離感を示す、凛とした表現の妙。
 ここちよくさらわれてみたい文章がここにある。久しく体験しなかった詩的な散文である。幻想短編集というわかりやすい表現が、どこか平板に感じられるほどに。
 
 といった私的な感情のことをひたすら書き連ねたくなる本なのだから、そんな文体への思いつめた感想ばかり、公の書評では書けないじゃないか。それ以外のことは、たとえば物語の筋やら、登場人物やら、舞台背景のことやら、それぞれ大切なことなんだけれどあまり口にしたくないのだ。陳腐な表現で読者にわざわざ説明してもしかたがないし、説明なんかしてあげない、といいたくなるのだ。これじゃ全然、書評にならないし、作家に失礼だから、ブログに書くことにした。

 おまけに「鏡のなかの……」である。ぐんと近しく感じるタイトル。あと一冊加わると「鏡のなかの……」シリーズができあがりそう! ほら!

 『鏡のなかのアジア』
 『鏡のなかのボードレール』
 『鏡のなかの蝦蟇』とか。
  (そういえば、有名どころでエンデの『鏡のなかの鏡』があったわねえ。)

「気だるくやつれ伏すアジア、灼熱に身を焦がすアフリカ」もあっけなく凌駕して。いや、もう、幻視者(visionnaireとルビ)作家、谷崎由依、おそるべし! 

2018/07/06

日経新聞夕刊「プロムナード」の連載が始まりました!

7月6日から、日経新聞の夕刊で「プロムナード」の連載が始まりました。
 
担当は金曜日です。第一回は「翻訳の置きみやげ」というタイトル。
 肩書きが「翻訳家」ひとつになったので、それでは最初は翻訳を中心に。というわけで、ここ半年間のあれこれと、その置きみやげについて、書きました。

J・M・クッツェー『モラルの話』の主要登場人物、エリザベス・コステロに憑依された話です。でも、同時にゲラ読みしていたサンドラ・シスネロス『マンゴー通り、ときどきさよなら』のエスペランサも登場します。

 これまで肩書きは「翻訳家・詩人」と名乗ってきたのですが、ひとつだけに絞ってと言われて、そうなるとやっぱり「翻訳家」というわけで、後半の「・詩人」(ナカグロ・シジン)は消えました。これについてはまた別に書きます。

 こんな感じで金曜夕刊に年末まで書かせてもらいます。

 ウェブでも読めるので、みんな読んでね〜〜〜!

2018/06/28

BOOKMARK 12号 2018summerに

「これ、忘れてない?」──戦争を扱った本の特集、BOOKMARK 12号  がとどきました。いろんな戦争を、いろんな角度から扱った12冊の本が、翻訳者のコメントといっしょに紹介されています。

 わたしもチママンダ・ンゴズィ・アディーチェの『半分のぼった黄色い太陽』について書きました。1960年代末にナイジェリアで起きたビアフラ戦争を背景にしたラブストーリー。アディーチェはこの本でオレンジ賞を史上最年少で受賞したんだったなあ、と思い出しながら。

 BOOKMARKは金原瑞人さんの編集・発行、三辺律子さんの編集、オザワミカさんのイラスト・ブックデザインで発行されている、ちいさなかわいい冊子ですが、中身はしっかり詰まっています。面白そうな本が目白押し。3年間に12号まで出たというのは快挙です!

戦争はある日いきなり起きるのではなく、大事件が起きても毎日の生活はそれまで通り続く。だんだん後もどりできないところまで進んでから、気がつくと手の打ちようがなくなっている。人は追い詰められると無理に大義を信じようとしたり、身内に敵を発見して結束を固めたり、……

アディーチェ『半分のぼった黄色い太陽』については、こんなふうです。

 共和国から出て話題になったチャプスキ著・岩津航訳『収容所のプルースト』とか、フランシスコ・アヤラ著・松本健二/丸田千花子訳『仔羊の頭』(現代企画室)とか、ハサン・ブラーシム著・藤井光訳『死体展覧会』(白水社)とか、気になる本もたくさん入っています。

 無料です。図書館や書店に置いてあるそうですので、詳しくはこちらへ、ぜひ!

2018/06/26

「はきちがえのはきだめ」から脱出するには?

備忘としてfacebook に記したオピニオンを転記しておく。ちょっと語調はあらいけれど、それも含めて。希望も含めて。

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6月22日

某大学教授で文芸評論家でもあるという60代の男性がセクハラで訴えられた。ニュースなどのことばを読むかぎり、自分が特権をもつ位置にある教育者だという認識が著しく欠如している。文学者であることで免除されると本人が思い込んできた長い歴史と、まあ仕方がないとそれを許してきた周囲の教育者・文学者などの価値観の、すべてが時代後れでゴミ箱に入れて削除してしまいたいようなウイルス性有害物と思われる。

 文学者であることを名乗るなら、まず、「恋愛」という表現の定義を学びなおしてほしい。

 恋愛感情とは、ひとりの人間がもうひとりの人間を、とても、とても大事に思い、憧れ、その人を独占したい、欲しいと思う性的欲望をも含んだ感情のすべてを呼ぶのだが、同時に、相手から自分もまたおなじように大事に思われ、憧れられ、独占したいと思われ、欲しいと思う性的欲望をもたれたいという気持ちであって、あくまで「対等な関係」が底になければ成立しないはずだ。それが近現代の思想的な始まりだったのだと。

 某教授のいう感情はまったくそれとは異なり、60代のオスの欲望にきれいなことばの衣をかぶせたものにすぎず、相手との「対等な関係」などまったく眼中にないものであることは疑いの余地がない。文学者として、これを「恋愛感情」などとゆめゆめ呼ばないでほしい。はなはだしく意味をはきちがえているといわざるをえない。近現代の日本の男性文学は(まあ女性文学もある意味)、この「はきちがえのはきだめ」からどう出られるか、が根底的に問われているような気がするが、どうだろう。


2018/06/17

S・シスネロス『マンゴー通り、ときどきさよなら』のイベント無事終了!

6月も中旬だというのに、もうすぐ夏至だというのに、なんと寒い日々だろう。

温又柔さん、金原瑞人さんと...イベントが無事に終わって
季節はずれの低い気温と、季節に従順に空からぱらぱら落ちてくる雨。土曜日の下北沢、B&Bで行われた、サンドラ・シスネロス『マンゴー通り、ときどきさよなら』白水社Uブックス復刊記念のイベントが、無事に終了しました。いっしょにシスネロスの魅力を語ってくれた金原瑞人さん、温又柔さん、ありがとうございました。

 イベント前にこれをかけましょう、といって、ライ・クーダーのCDをもってきてくれた温さん、Muchas gracias!  来てくださった方々に、『マンゴー通り』とほぼ同時期にゲラを読んでいたクッツェーの『モラルの話』の内容を話すことができたのは、もっぱら金原さんがさらっと巧みに話の流れをつくってくれたおかげでした。Muchas gracias!

 シスネロスが『マンゴー通り』の各章をいつ、どこで書いていたのか、彼女の新著 A House of My Own から紹介しました。また、さらさらと読ませながらガチで考えさせるクッツェーの硬質な文章と、12歳の少女のみずみずしい語りを同時に読む、というまれな経験についても話すことができました。それは、クッツェー作品に惹かれるわたし自身と、シスネロスのやわらかなことばによって解放されるわたし自身のあいだを、行ったり来たりする小さな旅でもあったと思います。得難い体験でした。
 
 シスネロス自身が朗読する「マンゴー通りの家」を聞き、温又柔さんが朗読する「三人の姉妹」を聞き、それから訳者が「髪」を朗読。さらにシスネロスが来日したときのことを書いた自作詩を読んで会は終わりました。

 ぱらつく雨のなか、来てくださった方々に感謝します。9日の「クッツェー祭り」に続いてお世話になったB&Bのスタッフのみなさん、そしてなんといってもここまでリードしてくれた編集者Sさん、どうもありがとうございました。❤️

2018/06/13

オーストラリアのカーティン大学で朗読するJMクッツェー

 スペインからオーストラリアへ帰ったJ・M・クッツェーは、5月12日に西オーストラリアのパース近くにあるカーティン大学で最新作『モラルの話』から、最後におさめられた「ガラス張りの食肉処理場」を朗読した。
 調べてみるとパースは、彼の住むアデレードからかなり西にあって、30分だけど時差もある。いまオーストラリアは晩秋だろうか。
 備忘のためにネットにアップされていた写真を2枚ほど貼り付けておく。


カーティン大学のPeter Beilharz氏と

https://thesiseleven.com/2018/05/11/the-glass-abattoir-a-reading-by-j-m-coetzee/


2018/06/10

来週のイベントは──『マンゴー通り、ときどきさよなら』

昨日のJ・M・クッツェー『モラルの話』刊行記念イベント、「境界から響く声達」は無事終了。みなさん熱心に耳をかたむけてくださり、中身の濃い質問や意見などがつぎからつぎへと出て、あっというまに時間がすぎました。
 このイベントをきっかけにクッツェーという作家に興味をもったという人もいて、嬉しいかぎりです。ご来場の大勢の方々、見事なさばきで会を盛り上げてくれた進行役の都甲幸治さん、本当にありがとうございました。
 イベントの内容は、10月ころ雑誌「英語教育」(大修館書店)に掲載される予定です。

 読者との出会いは訳者には、とても、とても励みになります。昨日のようなイベントはとりわけ。間をおかずに、つぎつぎと中身の濃い質問が出て、それに対して訳者が待ってましたとばかりに(笑)ことばを返す、というやりとりは、訳した本が日本語の海のなかに確かに船出したのだと確認できるすばらしい機会です。たった一人で部屋にこもって、苦労して翻訳をしてきたかいがあったと、疲れも吹き飛ぶ瞬間なのです。これはもう訳者冥利につきます。


 さて、来週もイベントが続きます。

「今の日本で光を放つ、移民文学の魅力」

 サンドラ・シスネロス『マンゴー通り、ときどきさよなら』の復刊記念。おなじくB&Bで、16日(土)の午後3時。すでにお知らせしましたが、金原瑞人さん、温又柔さん、という豪華ゲストです。お楽しみに〜。


2018/06/08

明日です、クッツェー祭り、B&Bです!

明日に迫ったイベントのお知らせ:
新刊『モラルの話』ですが、じつはこれ、
老人文学、玄冬文学 の本格派なんです。

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(以下は再掲です。)

日時:6月9日(土)午後3時から
場所:下北沢のB&B

第3回「境界から響く声達」読書会──J・M・クッツェーを読む 

  都甲幸治 ×くぼたのぞみ 

   詳しくはこちらへ!


 都甲幸治さんとクッツェーの話をするのは、2014年夏の自伝的三部作『サマータイム、青年時代、少年時代』(インスクリプト)の刊行記念の会と、2015初夏に新宿紀伊国屋南口店で開かれた『マイケル・K』の岩波文庫化記念トークにつづいて3度目です。

 今回は都甲さんが主役で、「境界から響く声達」という英語圏文学を読んでいく読書会に誘っていただきました。シリーズの第3回。
 カリブ海から始まり、チカーナ文学へ進んだこのシリーズ、今回の『モラルの話』は舞台がオーストラリア、フランス、スペインですが、クッツェーの出身地は南アフリカ。ここ数年のこの作家の行動範囲を考えると、3つの大陸を、北を介さずに横に結びながら、アメリカスはラテンアメリカまで延長。

 クッツェーが提唱する「南の文学」活動とその趣旨については、このブログでも何度か触れてきましたが、この『モラルの話』は5月17日にまずスペイン語で出ました。彼の第一言語である「英語ではない」というところが決め手です。アルゼンチンの編集者と翻訳家の仕事であることも重要です。それを追いかけるように日本語訳が5月29日に出ましたが、この意味はこれから日本語読者が考えていくことになるでしょうか。

2018/06/07

マドリッドでのイベント記録

5月26日にマドリッドで行われたJMクッツェーとコンスタンティーニの対話がアップされました。実際にはもっと長い時間のやりとりでしたが、編集されて、おもだったところだけアップしているようです。ちゃんと長いままアップしてほしいなあ。それに、イベントそのものに「南の文学」と銘打たれているのに、それも話に出てこないのがちょっと不思議です。

 備忘録としてここに。

2018/06/05

「すばるeye」にクッツェーの新作事情を書きました!

<なぜ J・M・クッツェーは最新作を英語で出さないか>

という文章を「すばる 7月号」に書きました。<すばるeye>のページで、6日発売です。

 最新作とはもちろん先日発売になったばかりの『モラルの話』(人文書院)ですが、いろいろ書いているうちに5ページになりました。9日(土)にB&Bで行なわれるイベントでも、このことは話題になるでしょう。

 現在のクッツェーがもっとも重要だと考えていること、つまり、クッツェーの現在地とでもいえばいいのでしょうか、『モラルの話』の訳者あとがきにも書きましたが、それが日本語読者にとってどんな意味があるのか、考えてみたいと思います。同時に彼の具体的な活動が、身振りが、世界の一つ一つの言語にとってどんな意味をもつか、「世界言語」としての英語との関係で、なにを明らかにしようとしているか。

 クッツェーはいま、みずからのたどってきた道を振り返りながら、自分の第一言語である「英語」が世界を乗っ取っていくやり方を痛烈に批判しようとしています。齢78歳で世界を飛びまわる姿には、非常に強い危機感が感じられます。鋭い指摘の向こうに見えてくるものはなにか?

 英語と他言語、英語と日本語、日本語と他言語、といった関係を、二項対立の枷をはずして考えてみたい。そうすれば「われわれの現在地」もうっすらと見えてくるかもしれません。


2018/06/01

アルハンブラ宮殿のJ・M・クッツェー

2018年5月31日、グラナダで開かれた国際詩祭の最終日に参加したクッツェーとコンスタンティーニ。場所は、なんと、アルハンブラ宮殿の遺跡です。記録としてネットで見つけた写真をいくつかアップしておこう。『モラルの話』から何を読んだのだろう?






2018/05/30

ビルバオで語るJ・M・クッツェー

5月29日、バスクのビルバオでのイベントのようすがアップされています。J・M・クッツェーとソレダード・コンスタンティーニが英語とスペイン語で交互に「ガラスの食肉処理場」から朗読し、そのあと対話がつづきます。
 クッツェーの仕事の集大成のような新作『モラルの話』について、その背景を作家みずからが述べて、周到に準備されたアルゼンチンの編集者の質問に答えるかたちで、率直に、明快なことばで、自分の作家活動について語ります。

(ここには英語バージョンをアップしますが、バスク語、スペイン語の同時通訳バージョンもあります。)



 興味深いのは、7歳のとき初めて考えたという「集団と個人の関係」について(ヘイトについて)ですが、これは1940-50年代のアパルトヘイト時代に南アフリカで生育した体験と深く関係があること。人はなんに基づいて、ある人を憎み、ある人を愛するのか。
 あるいはムージルという作家がクッツェーにとってどういいう位置にあるか。また、植民地主義の歴史と現代に生きる人間のことなども含めて、読者と書くことにも鋭い光があたります。どれも分かりやすい表現で、非常に重要なことを述べる、クッツェーならではの発言でしょうか。
その結果、聞き手のなかに、とても深く、しかも、核心にまっすぐ近づきながら「熟考する場」を醸し出す対話になっています。おすすめです!

2018.5 Azkuna Zentroaで
 JC・カンネメイヤーが書いたクッツェーの伝記をぱらぱらみると、クッツェーがスペインでのイベントを断ったのは2000年だったと出てきました。『少年時代』と『青年時代』がスペイン語訳されて、そのプロモーションに出版社からマドリッドへ招かれ、南アフリカ大使館もそれに合わせて歓迎レセプションを計画していたらしい。でも、インタビュー嫌いのクッツェーは、じっと一箇所に座って次から次へとおなじ質問をされるなんてまっぴら、と断ったというのです。(しかし、年譜をみると原著のYouth が出たのは2002年、Boyhood が出たのが1997年。2000年に両方の著書がスペイン語訳になる、というのはどうも事実と符合しません。カンネメイヤーの伝記は編集やファクトチェックをする前に著者自身が他界してしまったので、年代や事実関係にこの手の誤記が残っているのが難点ですね!)

 それから18年後。オーストラリアへ移住した翌年ノーベル文学賞を受賞して、時代も変わり、作家を取り巻く状況も変化して、今回は明確な目的があってのスペイン訪問であることが、クッツェーの話からひしひしと伝わってきます。

2018/05/28

6月9日にイベント──J・M・クッツェー『モラルの話』刊行記念

J・M・クッツェー『モラルの話』の日本語訳(人文書院)がついに発売になりました。さっそくイベントのお知らせです。

日時:6月9日(土)午後3時から
場所:下北沢のB&B

第3回「境界から響く声達」読書会
J.M.クッツェーをくぼたのぞみさんと読む 

  都甲幸治 ×くぼたのぞみ 

   詳しくはこちらへ!


 都甲幸治さんとクッツェーの話をするのは、2014年夏の自伝的三部作『サマータイム、青年時代、少年時代』(インスクリプト)の刊行記念の会と、2015初夏に新宿紀伊国屋南口店で開かれた『マイケル・K』の岩波文庫化記念トークにつづいて3度目です。
 今回は都甲さんが主役で、「境界から響く声達」という英語圏文学を読んでいく読書会に誘っていただきました。シリーズの第3回。
 カリブ海から始まり、チカーナ文学へ進んだこのシリーズ、今回の『モラルの話』は舞台がオーストラリア、フランス、スペインですが、クッツェーの出身地は南アフリカ。ここ数年のこの作家の行動範囲を考えると、3つの大陸を、北を介さずに横に結びながら、アメリカスはラテンアメリカまで延長。

  クッツェーが提唱する「南の文学」活動とその趣旨については、このブログでも何度か触れてきましたが、この『モラルの話』は5月17日にまずスペイン語で出ました。彼の第一言語である「英語ではない」というところが決め手です。アルゼンチンの編集者と翻訳家の仕事であることも重要です。それを追いかけるように日本語訳が5月29日に出ましたが、この意味はこれから日本語読者が考えていくことになるでしょうか。

スペイン・ツアーの日程表
英語という大言語を批判するクッツェーは、英語が行く先々で小言語を押しつぶすやり方が好きではない、と1月にカルタヘナで明言しました。この身振りは5月末にスペインのどこでイベントをするかを見ると納得できます。まず首都マドリッドで2日間、そしてバスクのビルバオ、さらにカタルーニャのグラナダへ、という行程です。バスクは長いあいだ独立闘争をしてきた地域、カタルーニャはつい最近独立の住民投票の結果をスペイン本国が弾圧した土地です。
 
こうして、クッツェーは「北と南」というパラダイムを可視化させながら、「南の文学」を「las literaturas del sur」と表現します。あくまで複数形です。「グローバル・サウスの文学」とひとくくりにせずに、個々の地域の、個々の言語による複数の文学を可視化させようとします。スペイン国内の北と南にも光をあてている。バスク語とカタルーニャ語はスペイン語(カスティーヤ語)とは異なる言語ですから。そこは要注意!
イベントでクッツェー自身が語るメッセージがどんなものだったか、Google でもtwitter でもキーワードを入れると即座に写真入りでリンク先が出て来ます。多くのスペイン語の雑誌や新聞が伝えていますので、ぜひ! Google訳でもヨーロッパ言語間なら、まあ、意味は把握できる!

2018.5 Madrid
「世界」というとき、人は何をイメージするでしょう? 「世界文学」というときはどんな作家や詩人の作品をイメージするでしょう? その「世界」のなかに日本語文学はいったい、入るのか、入らないのか? クッツェーは常に刺激的な視点を指し示してくれます。そして、結論は各自で出しなさい、と突き放します。ここがキモですネ。    

2018/05/22

Siete cuentos morales と『モラルの話』がいっしょに届いた!

 ピンポーンと音がして、出てみると宅配にきてくれた女性がふたつ小包を持っています。これ、まちがいないでしょうか? と差し出された薄いパッケージは Amazon es に注文してあったクッツェー最新作のスペイン語訳"Siete cuentos morales"。もうひとつ、それよりやや厚めの小包が、できたてほやほやの見本版、拙訳『モラルの話』でした。


スペイン語版と日本語版が、なかよくいっしょに届いてしまった!
というわけで、さっそくならんで記念写真!


2018/05/20

2015年5月のMALBAでのクッツェー

ここ数日、2014年からはじまったクッツェーの南アメリカ諸国への探訪について調べていた。2015年のブエノスアイレスでの動画を備忘のためにここに貼り付けておく。これもまた、アナ・カズミ・スタールとの対話だ。


MALBA:2015年5月8日に公開されたもの(この動画は2015年4月7-17日「南の文学 第一回」と重なるはず)。




2018/05/14

サンドラ・シスネロス『マンゴー通り』発売です!

今朝とどいたばかりの見本 (5.15追記)
サンドラ・シスネロス『マンゴー通り、ときどきさよなら』が白水社のUブックスから可愛い本になって、5月18日に発売です。

その刊行を記念して、B&Bで6月16日(土)午後3時から、豪華ゲストを迎えてイベントをやります。

今の日本で光を放つ、移民文学の魅力

🌟ゲストは、金原瑞人さん、温又柔さん🌟

 
 あまり手を入れないつもりだったけれど、見直してちょっと赤が入ったのは「三人の姉妹」だった。主人公エスペランサの友達ルーシーの家の赤ん坊が死んでしまい、8月に吹く風といっしょにお弔いにやってきた三人のコマードレスたちが出てくる章。
 浮き世ばなれしている三人は、月のひとだったのかもしれない。ひとりはブリキ缶のような笑い声を、ひとりは猫のような目を、もうひとりは磁器のような手をしていた。そんなおば(あ)さんたちが、エスペランサに向かって、ちょっとこっちへおいで、という。チューインガムをくれて、彼女の手をじっと見るのだ。そして、この子はとっても遠くまで行くね、といった。そのおばあさんたちの口調をちょっと変えた。
 初訳は「いかにも、おばあさん」といった口調になった。訳したのは40代の半ばで、まだおばあさんではなかったから😅😊、それまで読んだ本のなかに出てきた「いかにも、おばあさん」ふうに訳した。よく考えたら、当時だって、いまだって、60歳でも70歳でも、だれもこんなふうに話をする人はいないかも、と気付いてしまった。いまや訳者も68歳、しっかりおばあさんの年齢だが、ちっともこんなしゃべりかたをしていないじゃないか。
 なぜ、「いかにも、おばあさん」口調であのとき訳したんだろ? きっと、おばあさんとはこういうもの、とそれまで読んだ本からインプットされていたのだ。どんな本かって? ちいさいころに読んだ児童文学。たぶん、翻訳された児童文学。そのなかに出てくるおばあさんに無意識に似せてしまったのかも。あるいは日本昔ばなし?

 これは、それほど昔の話ではない。つい50年ほど前のシカゴの話だ。だったらリアルに訳そう。そこで、できるだけいまの68歳がしゃべるような口調にした。でも、12歳のエスペランサにとっては、得体の知れないコマードレスたちだから、その得体の知れなさはしっかり残したい。でも、ステレオタイプはやめようと。

 その三人のコマードレスはこんなふうにいうのだ。

「出ていくときはね、……忘れずに帰ってくるんだよ。あんたのように簡単には出ていけない人たちのために」

 何度、読み直しても、訳者はここで涙ぐんでしまうのだけれど。

 

2018/05/06

第7回 CÁTEDRA COETZEE「南の文学」ラウンドテーブル

撮影:Pablo Carrera Oser
「北は、エキゾチックな味付けをしていない南のストーリーには興味をもたない」

2018年4月24日、サンマルティン大学で学生が見まもるなかで行われた第七回「南の文学」ラウンドテーブルのようすが動画になった。過去3年間に6回にわたる講義そのものは終わったが、これまでの経緯や目的などをまとめるラウンドテーブル!まず「世界を読む」プログラムのディレクター、マリオ・グレコが挨拶。参加者はアルゼンチンから3人の作家・翻訳家だ。作家・翻訳家のマリアナ・ディモポウロス、作家のペドロ・マイラルと、ファビアン・マルティネス・スィカルディ。ビデオメッセージとして出てくるニコラス・ジョーズはアデレードから、アンキー・クロッホはケープタウンからだろう。そして「南の文学」のチェア、JMクッツェーとそのコーディネーター、アナ・カズミ・スタール。
 クッツェーの発言は12分15秒あたりからで、まずスペイン語で感謝を述べ、14分10秒あたりから英語で17分ほどスピーチをする!

















 まず、これまでの6回にわたる南の文学講座の個別のテーマを振り返り、そこに招待した作家、編集者、出版者、ディレクター、シナリオライターの名前をあげていく。その果実としてアルゼンチンではオーストラリアの、オーストラリアではアルゼンチンの作家の作品が翻訳されたり、作家を招聘したりしたことも。

 クッツェーの話ががぜん面白くなるのはそこからだ。

 クッツェーはメッセージのなかで、アフリカの架空の国アシャンテを想定し、そこで起きた事件をめぐって北と南の力関係を指摘する。BBCやCNNといった北のジャーナリズムが派遣する特派員のリポートと現地のジャーナリストが発するテクストの違い、北と南のそれぞれ個別の事情をめぐる言語化の例をあげて、北と南をめぐるパラダイムを可視化しようとするのだ。たとえば現地記者のリポートは現地の細かな情報をふんだんに盛るが、北側の視聴者はそんな詳細には興味はない。文学も似ていて、北が南の物語を決めるとすればそれは南とは無縁の物語となる。翻訳またしかりで、南の文学が北で翻訳されて出版されると、編集者がここで読者を獲得できると感じるものによって、結果は南とは無縁のものとなる南アフリカやオーストラリアの作家の書くものでどこが面白いか、その評価を最終的に定めるのはロンドンとニューヨークなのだと述べる。(付記:しかしアシャンテ国内のメディアが統制されているとき、全体像を知るためには北のメディアにアプローチせざるを得ない状況があるとしたら、、、と視点の転換をうながして考えることをクッツェーは忘れません。)(これらはあくまで筆者のおおまかな、それもごく一部分のまとめですのであしからず。)

 アルゼンチンのスペイン語文学については、英語圏ほど北との緊密なつながりがないと。そこにクッツェーは希望を見つけようとしているのだろうか。これは巷でかしましく論じられる「世界文学」がどういう指向性をもっているか、もっと俯瞰して再考をうながす視点だと思う。これまでの講義は、北のメトロポリスを介さず、南と南が直接触れ合うことで実施された、そのことの意味を考える。南の地域は北側と動物相や植物相が異なるだけでなく、共通するのは植民地化の歴史と文化であり、無人と北がみなした土地であり、、、

 クッツェーは自分が「グローバル・サウス」という言い方をしないことに注目してほしいと述べる。北はそう呼ぶことで南の抽象的なストーリーを作りあげる。すこしだけエキゾチックなテイストを加味した作品をよしとして、北の読者が満足しそうなストーリーを出版する。南の作家は、どうしたら北側に受け入れられるかを考えて、その門をくぐるためにエキゾチシズムを含めて書くようになってしまう。
 そんなふうにロンドンやニューヨークの出版社が指導権を握るあり方をクッツェーは根底的に批判し、自分たちを中心に考えてまったく疑わない北側のヘゲモニーへの抵抗を宣言する。そして、北を介さずに南どうしがやりとりする場を3年にわたってアルゼンチンで設ける試みをしたのだ。
 これは英語をめぐる1月末の「カルタヘナでのスピーチ」と対をなすものだろう。

 北側の覇権に抵抗する具体的行動として、クッツェーは自分の最新作を、英語ではなく、まずスペイン語でSiete cuentos morales として出した。日本語でも5月31日に『モラルの話』(人文書院)として出る。(編集担当者Aさんと訳者が、がんばりました。)

 結果として、そこでまた大きな宿題を抱え込むことになったが。およそ「モラル」と呼べる社会規範を支える言語体系の根幹にひびが入ってしまったかに見えるこの日本語社会で、この日本語の『モラルの話』がどのような意味をもつか、ということだが、それはまた別の機会に。

2018/05/01

ジョン・クッツェーとポール・オースターがふたたび

昨日、4月30日にブエノスアイレスのMALBAで、J・M・クッツェー、ポール・オースター、そしてソレダード・コンスタンティーニとアナ・カズミ・スタールが舞台に。早々と動画がアップされたので、シェアします! よく響くオースターの低い声に、ひかえ目でハスキーなクッツェーの声。



 アルゼンチンとの関わりから始まる一般的な話題、そしてドキュメンタリー、映画、音楽などにふれながら、友情についてと話は進みます。とりわけオースターとクッツェーがやりとりした手紙で構成された『ヒア・アンド・ナウ』の内容に少し突っ込んだ質問が出てきて、率直なやりとりがありますが、どこか知ってる話だなあとも。
スタールがジョンに英語について質問します──手紙を書いているときも英語は自分の言語ではないような気がしますか? それに対してクッツェーは自分の英語との関係はどんどんアンハッピーなものになっていく。オースターはどうか、という質問に、延々と英語の歴史を語るオースター。自分はラッキーだったと最後にまとめる。
 話題はもっぱら二人の往復書簡から、ですね。全体に、カテドラ・クッツェーの発表時の緊張感にくらべると、なんともゆるい会話(笑)。

2018/04/29

ノーベル文学賞についてクッツェーが語る

昨年11月23日、アデレード大学でJ・M・クッツェーが「ノーベル文学賞」について話をした動画です。化学の分野での先駆的な活躍にとどまらず、アルフレッド・ノーベルは文学などにも造詣が深かった。出版されなかったけれど、自分でも作品を書いていたそうです。ノーベルが嫌いな作家がエミール・ゾラだったというのは面白い。




2018/04/27

よみがえる『マンゴー通り、ときどきさよなら』by サンドラ・シスネロス

サンドラ・シスネロスの『マンゴー通り、ときどきさよなら』が、白水社のUブックスに入ることになりました。この本については、ちょうど2年前にここに書きました。

 長いあいだ古書しかない状態だったのが、ついにリニューアルされて書店の棚にならびます。5月18日発売です。あら、もう1カ月を切っているんですね。

 帯には金原瑞人さんのことばが! Merci!
 そして解説は、温又柔さん! Gracias!
 そして、そして表紙の絵は沢田としきさん💦!!

 帯のことばを見て、ああ、この本の舞台になったシカゴにあるマンゴー通りの暮らしは、ちょうど半世紀ほど前のことだったのか、としみじみしてしまいました。そう、半世紀前のサンドラにしてエスペランサの暮らしが、生き生きとよみがえったのです。この日本で。

 訳者も、ちょうど半世紀前に北海道から東京へ、移民ならぬ移動をしてきました。なんだかこれは、とても偶然の一致とは思えない。エスペランサと訳者の名前の重なりもまた。

 みなさん、マンゴー通りのエスペランサを、どうぞよろしく!


2018/04/16

J・M・クッツェーの『Moral Tales/モラルの話』




J・M・クッツェー最新作が、英語版より先に日本語版で出るなんて、まるで奇跡のよう!


  『モラルの話』


表紙が版元サイトにアップされました。

 今回は、凛とした紫。『ダスクランズ』の濃赤から44年の歳月をひとっ飛びして、老成した作家クッツェーの練りに練った文章、時間の経過とともにエリザベス・コステロが変化していくようす。最後の章に登場するハイデガーとアーレントをめぐる入れ子式の物語など、どれをとってもジョン・クッツェー全開です!

 5月30日の発売です!

どんな本かは、ここに書きましたので、よかったら!

2018/04/08

2016年4月のMALBAでのクッツェー

ほぼ2年前のいまごろになるのか。2016年4月にMALBAで行った講演を備忘のためにアップしておく。「アリアドネの糸」からは、12冊の個人ライブラリーのほかに、クッツェーのエッセイ集から4冊のノンフィクション、そしてフィクションの新訳が数冊、出版された。そのノンフィクションからクッツェーが朗読し、それについてスタールと対話している。長いけれど、とても面白い。

1)What is the classic? から。
2)ドリス・レッシングの自伝についてから。
3)ウィリアム・フォークナーの伝記についてから。
そして、アナ・カズミ・スタールとのやりとり。

2018/03/31

J・M・クッツェーの最新作:『モラルの話』

いやあもう、70代になった老母エリザベス・コステロの、息子ジョンとのやりとり、娘ヘレンとのやりとりが、傑作です。辛辣です。涙です。ふう!
 しだいに歳をとっていく作家コステロの台詞が刺激的で、あまりに真実をついていて、ひょっとすると読者はめまいを起こすかもしれません(笑)。最初読んだときは、ここまで書くか、なんというリアル、と訳者も驚嘆しました。何冊も訳してきたのに、やっぱりやられました。
 最初の「犬」と次の「物語」は短いけれど、すごく奥が深い。深くて、しかも何層にもおよぶ入り組んだ視点と価値観を含んでいる。そして、次のコステロ・ファミリーの話へとつながる。これは色鮮やかに織り込まれたタピストリーのよう。最後の「ひよこ」の胸を突かれる話から、ふたたび最初の「犬」へと回帰する。そんなふうに、7つの話が輪のように踊りながら連鎖する。それが『モラルの話』です。

ブエノスアイレスで、2017
考えてみると、クッツェーの書くリアリズム文学は、まったく新しいリアリズムで、読者を彼方へ連れ去り、どこへ行くのかわらない不安に読者を揺さぶりながら、作品内の時間にすっぽりと包み込み、それでいて、最後はしっかり現実に対峙させてしまう力をもっています。ピリッときて、ズシンと響いて、じわじわじわ〜っと沁みてきます。

 J・M・クッツェーの最新作『モラルの話』、5月下旬発売の予定。現在ゲラ読みの真っ最中です。版元、人文書院のサイトには新刊予告も出ました!

スペイン語版
この本は、オリジナルはもちろん英語ですが、クッツェーの固い決意のもとで、まずスペイン語版が Siete cuentos morales (七つのモラルの話)として出ることは、以前もお知らせしました。3月発売とされていましたが、少しのびて、5月17日にランダムハウス・エスパニョールから全世界に向けて発売されるようです。

 日本でも! おなじ5月ですが、スペイン語版より2週間ほどあとに日本語訳が追いかけます!

 ここへいたる経緯は、「J・M・クッツェーの現在地」というタイトルで、『モラルの話』の解説というか、訳者あとがきに詳しく書きました。そこでも一部引用したのですが、クッツェー自身が英語版より他言語バージョンを先に出すと決めた理由を明言している「カルタヘナでのスピーチ」を文字起こししています。次回はそれについて!


2018/03/28

美しい7冊の本たち:北米黒人女性作家選

なんだろう、このわけのわからない春の感覚は? この季節になるといつも、気持ちだけ、どこかへ連れていかれそうになるのだ。足元がおぼつかなくなる。ちいさいころからそうだった。雪の面をふきすさぶ寒風の音。亡霊の声のような。

 4年前の3月末に母が逝った。94歳だった。16年前の4月初めに、母と誕生日が4日しか違わない安東次男が逝った。82歳だった。母は雪解けの北海道で。東京が住まいだった安東は、花のもとにて春に。北の春は、汚れた残雪にかこまれて気分がひたすら鬱するが、東京の春はおだやかで美しい。

ため息が出るほど美しい装丁だった
1919年7月生まれのこの2人は、あの戦争を経験し、戦後の右肩あがりの時代を経験し、さらに安東より12年も長く生きた母は、東北大震災や原発事故を遠くからながめやり、「なんだかまた時代が変になっていく」と嘆きながら死んだのだった。

 そしていま、あれからもう37年が過ぎたのか、と感慨にふけってしまう本たちがある。こうして7冊全巻をならべると、ため息が出るほど美しい。少しだけ帯の背中が日焼けしている巻があるけれど、カバーに使われた、黒人女性たちの作品を撮った写真も、こうして見るとまだまだ色鮮やかだ。装丁は平野甲賀氏。編集は、藤本和子さんと朝日新聞出版局の故・渾大防三恵さん。

 1981年と82年に朝日新聞出版局から出た、北米黒人女性作家選全7巻を、書棚からそっくり出してきて、お天気のよい朝に写真に撮ってみた。この作家選については、もうすぐ岩波書店から出る「図書」に詳しく書いた。「訳者あとがきってノイズ?」という文章だ。明けても暮れても、クッツェーの『ダスクランズ』の解説「JMクッツェーと終わりなき自問」に取り憑かれていたころのことも、書いた、書いた。(訳者あとがきというより、解説のほうがぴったりくるだろうか。だって、とにかくクッツェーのデビュー作から現在までを、ざざーっと走り抜けるように書いたのだから。)そしてそこには、いま訳してるクッツェーの最新作『モラルの話』の予告も、ちらりと!

 「図書」5月号です。


2018/03/16

翻訳文学も日本語文学──図書新聞のインタビューがアップ

今年のお正月明けに「図書新聞」に掲載されたインタビューがこちらで読めるようになったようです。

   翻訳文学も日本語文学

「クッツェーを読むとき読者もまたクッツェーに読まれてしまう」というこわ〜いサブタイトルがついてます。

昨年9月に、J・M・クッツェーの初作『ダスクランズ』の新訳を出したあと、なぜいまクッツェーなのか、ということを中心に語りました。ぜひ! 

追記:2ページ以降はこちら、をクリックすると出てくる画面の「サブタイトル」がちょっと違ってますが(???)、ご愛嬌!  括弧付きの「世界文学」作家、からがインタビューの中身です。


2018/03/01

すとんと落ちて、腑に落ちない

ひさしぶりに「水牛」に書きました。よかったら。

  すとんと落ちて、腑に落ちない


今月の水牛「トップページ」のすごさ!





2018/02/25

褐色の肌のパリジェンヌ──無事に終了!

4/1まで
昨日のトークイベント<褐色の肌のパリジェンヌ──エキゾティシズムが生んだミューズたち>に足を運んでくださった方々、ありがとうございました。

 一昨日と今日の曇り空にはさまれながら、お天気もよく、大勢の人に来ていただきました。あんなにたくさん来てくださるとは……感激!

 「憧れ」をキーワードに18世紀から現代(1965)まで、大西洋をはさんでやりとりされる視線に、多面的な光をあてる試みになりました。さらにわたしたちがいまいる「ここ」から「パリジェンヌ」というイメージに逆光をあててみる、というじつに面白い、現代的な視点からのトークになったように思います。

 無事に終えることができたのも、キュレーターの塚田美紀さんが、じっくりと拙著『鏡のなかのボードレール』を読み込んで「パリジェンヌ展」との関連性を考えてくれたからです。深謝! キュレーターの力量が光るイベントでした。
 Muchas gracias!

 売店で販売されていた『鏡のなかのボードレール』は完売とのこと💖。
共和国さん、ありがとう。そして、「パリジェンヌ」ということばについて話をきかせてくれた在パリ生活の長い、これまたれっきとしたパリジェンヌの、Sさん、Rさん、どうもありがとうございました。

 展覧会は4月1日まで、まだまだ続きますので、ぜひ!

  

2018/02/18

パリジェンヌ展──これはジェンダーの歴史展かも!

昨日は、世田谷美術館の「パリジェンヌ展」へ行ってきた。24日(土曜)のトークイベントの打ち合わせ。展覧会も、打ち合わせも、サイコーに面白かった。

 ボストン美術館所蔵の美術品から、選ばれた絵画、版画、写真、ポストカード、ドレス、繻子の靴、オリエンタル調のジャガード織りのショールなど約120点が展示されていた。
 見渡せるのは、18世紀からフランス革命後ナポレオンの帝政期をへて、19世紀は花のパリ時代(憂鬱な都会生活を描いたボードレールの時代)から喧騒の1920-30年代を通り過ぎて1965年まで。キーワードは「パリジェンヌ」だ。
 キュレーターの塚田美紀さんとあれこれ話をしているうちに、これはある種のジェンダーの歴史展かもね、という話になった。

 展覧会はあくまで「ボストン」から見た「パリとパリジェンヌ」であり、そこには旧植民地アメリカから文化の華と見える大西洋の向こう側、パリへの遠い憧れが色濃く滲み出ている。そこで、憧れの方向性について考えてみた。
 最初の視線はオリエンタリズム、パリから見た異国への憧れだ。もうひとつは、その「憧れ」を文化内に含む「パリという華やかな大都会」に対するボストン側からの憧れ。そして三つ目も加えてみよう。その双方向の「憧れ」を、東アジアの日本という土地から見ている私たちが、いまここにいるという関係も。というふうに考えてみると、とても面白い展示になっているのだ。

 性には禁欲的なピューリタンの保守的市民社会からすれば、ボードレールの『悪の華』が表現する世界は、カトリック世界以上に、途方もない「禁断の木の実」と見なされただろう。ボストンの富裕な女性たちは、パリから取り寄せたドレスを、2、3年寝かせておいて、華美な装飾をはぶいて(カスタマイズして)から身につけたという、涙ぐましいエピソードも紹介されている。

ボードレールのミューズ、J・デュヴァル
う〜ん、なんか先ごろメディアを賑わしている、ハリウッド映画界の大物セクハラ・レイプ問題で世界的な話題となっている#metoo 運動と、カトリーヌ・ドヌーヴらの「言い寄られる自由」宣言とそれに対する反論などとも響きあうような、あわないような、ビミョーな双方向視線が、ここにはありそうな──。

 19世紀に始まった「万国博覧会」とは資本主義経済が世界を席巻する皮切りになったイベントだったが、その近代の価値観のなかでもっとも魅力的な、不可欠な要素となったのが「エキゾチシズム」だった。すでにアフリカやカリブ、アメリカス、オーストラリアなど、広く植民地を「開拓」していたヨーロッパ諸国には、だから、褐色の肌の人たちはたくさんいたはずだ。見えないニンゲンとして。

ジョセフィン・ベイカー
ヨーロッパ男性の強烈な性的「憧れ」の対象となった褐色の肌の女たち、ブラックビーナスというファンタジーもまた興味深い。『鏡のなかのボードレール』の著者であるわたしの役割は、褐色の肌をしたパリジェンヌについて語ることだ。

 しかし昨日、展示を見て思わず吹き出してしまったのが、ガートルード・スタインの「自画像」をうたう一点。それは彼女の親しい友人が撮影したという白黒写真で、さて、そこに写っているのは? これが傑作。スタインは、ご存知、1903年からパリに移り住んだユダヤ系のアメリカ人作家。れっきとしたパリジェンヌである。ヘミングウェイたちに「きみたちはロスト・ジェネレーションね」といったことでも有名な人だが、そのポートレートやいかに? もしも隣にピカソが彼女を描いた有名な肖像画がならんでいたら、もっと面白かったかも、、、


 最初は日差しも温かく春めいた陽気だったのに、時の経つのを忘れて打ち合わせをしているうちに、夕方から雲行きがあやしくなって、冷たい風がひゅうひゅう吹いてきた。でも、家にたどりついてから、24日(土曜日)午後2時からのイベントの中身がくっきりしてきた。う〜ん、いよいよ楽しみになってきた。

 入場無料で、13時から整理券を出すそうです。ぜひ!

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追記:すみません! 展示品の数などを勘違いしていたので、訂正しました。