Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2018/03/31

J・M・クッツェーの最新作:『モラルの話』

いやあもう、70代になった老母エリザベス・コステロの、息子ジョンとのやりとり、娘ヘレンとのやりとりが、傑作です。辛辣です。涙です。ふう!
 しだいに歳をとっていく作家コステロの台詞が刺激的で、あまりに真実をついていて、ひょっとすると読者はめまいを起こすかもしれません(笑)。最初読んだときは、ここまで書くか、なんというリアル、と訳者も驚嘆しました。何冊も訳してきたのに、やっぱりやられました。
 最初の「犬」と次の「物語」は短いけれど、すごく奥が深い。深くて、しかも何層にもおよぶ入り組んだ視点と価値観を含んでいる。そして、次のコステロ・ファミリーの話へとつながる。これは色鮮やかに織り込まれたタピストリーのよう。最後の「ひよこ」の胸を突かれる話から、ふたたび最初の「犬」へと回帰する。そんなふうに、7つの話が輪のように踊りながら連鎖する。それが『モラルの話』です。

ブエノスアイレスで、2017
考えてみると、クッツェーの書くリアリズム文学は、まったく新しいリアリズムで、読者を彼方へ連れ去り、どこへ行くのかわらない不安に読者を揺さぶりながら、作品内の時間にすっぽりと包み込み、それでいて、最後はしっかり現実に対峙させてしまう力をもっています。ピリッときて、ズシンと響いて、じわじわじわ〜っと沁みてきます。

 J・M・クッツェーの最新作『モラルの話』、5月下旬発売の予定。現在ゲラ読みの真っ最中です。版元、人文書院のサイトには新刊予告も出ました!

スペイン語版
この本は、オリジナルはもちろん英語ですが、クッツェーの固い決意のもとで、まずスペイン語版が Siete cuentos morales (七つのモラルの話)として出ることは、以前もお知らせしました。3月発売とされていましたが、少しのびて、5月17日にランダムハウス・エスパニョールから全世界に向けて発売されるようです。

 日本でも! おなじ5月ですが、スペイン語版より2週間ほどあとに日本語訳が追いかけます!

 ここへいたる経緯は、「J・M・クッツェーの現在地」というタイトルで、『モラルの話』の解説というか、訳者あとがきに詳しく書きました。そこでも一部引用したのですが、クッツェー自身が英語版より他言語バージョンを先に出すと決めた理由を明言している「カルタヘナでのスピーチ」を文字起こししています。次回はそれについて!


2018/03/28

美しい7冊の本たち:北米黒人女性作家選

なんだろう、このわけのわからない春の感覚は? この季節になるといつも、気持ちだけ、どこかへ連れていかれそうになるのだ。足元がおぼつかなくなる。ちいさいころからそうだった。雪の面をふきすさぶ寒風の音。亡霊の声のような。

 4年前の3月末に母が逝った。94歳だった。16年前の4月初めに、母と誕生日が4日しか違わない安東次男が逝った。82歳だった。母は雪解けの北海道で。東京が住まいだった安東は、花のもとにて春に。北の春は、汚れた残雪にかこまれて気分がひたすら鬱するが、東京の春はおだやかで美しい。

ため息が出るほど美しい装丁だった
1919年7月生まれのこの2人は、あの戦争を経験し、戦後の右肩あがりの時代を経験し、さらに安東より12年も長く生きた母は、東北大震災や原発事故を遠くからながめやり、「なんだかまた時代が変になっていく」と嘆きながら死んだのだった。

 そしていま、あれからもう37年が過ぎたのか、と感慨にふけってしまう本たちがある。こうして7冊全巻をならべると、ため息が出るほど美しい。少しだけ帯の背中が日焼けしている巻があるけれど、カバーに使われた、黒人女性たちの作品を撮った写真も、こうして見るとまだまだ色鮮やかだ。装丁は平野甲賀氏。編集は、藤本和子さんと朝日新聞出版局の故・渾大防三恵さん。

 1981年と82年に朝日新聞出版局から出た、北米黒人女性作家選全7巻を、書棚からそっくり出してきて、お天気のよい朝に写真に撮ってみた。この作家選については、もうすぐ岩波書店から出る「図書」に詳しく書いた。「訳者あとがきってノイズ?」という文章だ。明けても暮れても、クッツェーの『ダスクランズ』の解説「JMクッツェーと終わりなき自問」に取り憑かれていたころのことも、書いた、書いた。(訳者あとがきというより、解説のほうがぴったりくるだろうか。だって、とにかくクッツェーのデビュー作から現在までを、ざざーっと走り抜けるように書いたのだから。)そしてそこには、いま訳してるクッツェーの最新作『モラルの話』の予告も、ちらりと!

 「図書」5月号です。


2018/03/16

翻訳文学も日本語文学──図書新聞のインタビューがアップ

今年のお正月明けに「図書新聞」に掲載されたインタビューがこちらで読めるようになったようです。

   翻訳文学も日本語文学

「クッツェーを読むとき読者もまたクッツェーに読まれてしまう」というこわ〜いサブタイトルがついてます。

昨年9月に、J・M・クッツェーの初作『ダスクランズ』の新訳を出したあと、なぜいまクッツェーなのか、ということを中心に語りました。ぜひ! 

追記:2ページ以降はこちら、をクリックすると出てくる画面の「サブタイトル」がちょっと違ってますが(???)、ご愛嬌!  括弧付きの「世界文学」作家、からがインタビューの中身です。


2018/03/01

すとんと落ちて、腑に落ちない

ひさしぶりに「水牛」に書きました。よかったら。

  すとんと落ちて、腑に落ちない


今月の水牛「トップページ」のすごさ!