夏休みもあと少し。
連日、ピアノばかり聴いている。2枚のアルバムをくりかえし、くりかえし。ときどきシャッフルしたりして。
1枚は、先日他界した南アフリカはケープタウン出身のジャズピアニスト、アブドゥーラ・イブラヒム(ダラー・ブランド)の SOLOTUDE。もう1枚は、アイスランド出身の若いバッハ弾き、ヴィキングル・オラフソンの「ゴルトベルク変奏曲」
夏休みも後半に入って、ちょっと体調を崩した。いつもお世話になっているクリニックが長い夏休みに入ったばかりで困った。思案にくれて、ふと思い出した。この症状は8年前とおなじだ。そのときお世話になった病院へ行くのはどうか。調べてみると開いていたので、電話してみる。事情を話して予約を入れてもらった。初めての医師だったが、幸いカルテに情報が残っていた。8年前にその病院で出してもらった薬でスッと症状が取れたことをに話して、ちょっと種類が違うけれどまた薬を出してもらった。本当はちゃんと検査をしてからと言われたけれど(ごもっともです!)、わがままをきいてもらった。服薬して2日目に症状は消えはじめ、5日目の今日はおおはばに改善した。
(話はぶっ飛ぶが、家に帰って、I demanded, and they produced it. というミリアム・トラーディのことばを思い出した。これはアパルトヘイト時代に黒人であるミリアムが、日本のグループ(1989年の反アパルトヘイト委員会)が開催した催しにゲストとして招待されたとき、白人政権の窓口にパスポートを申請に行ったが、何度も断られた。だがついに出してもらった経緯を彼女が語ったときの表現です。)
そして今日、先月末に購入しておいた椅子と机がとどいた。長年使ってきた背もたれのついた椅子が、2年前についに壊れた。仕方なく、家で遊んでいたバーテブラという椅子(腰を支えることをメインに設計された優れものではあるのだけれど)を使っていた。でも、このタイプは背筋をすっと伸ばしてやる仕事には向いているが、背もたれが低いので、動画を見たりする、ゆったりした姿勢には向かない。ネット上のカタログを見て、悩んだ。問題は高さだ。20年前のモデルより座面がどれも高い。日本人の標準体型は間違いなく変わったのだから仕方がない。椅子の座面をいちばん低くしても、高すぎるのだ。机とのバランスが悪い。そこで机も、椅子の高さに合わせて、買い替えた。
椅子は長年使っていたモデルの後発で、基本的にコンセプトがおなじだから、あまり不安はなかった。むしろおしゃれで座面も広く、背もたれも網状で蒸れない。
しかし。机と椅子がわずか2cm高くなるとこうなるのか、と身体はいま、ぶつぶつ不満をいいながらひたすら学習を強いられている。馴染むには、やっぱり少し時間がかかりそう。この年齢になると、身体はずいぶん保守的になり、わがままな性分を剥き出しにするのだなと、つくづく思う。