Elizabeth Costello : I believe in what does not need to believe in me.──J. M. Coetzee

2018/11/16

日経プロムナード第20回 馬、名前はない

ぐんと冷え込んできた東京です。11月も後半に入りました。

猛暑の夏をすぎて、短い秋もあっというまにすぎて、いよいよ冬に近づいていく気配が強まります。

 そんな霜月、今回のプロムナードは「馬」です。

  馬、名前はない

 すらりと脚の細い競馬馬ではなく、春になると田んぼや畑で土を起こし、泥を練り、秋になると稲束を運び、俵を山のように積んだ馬車を牽いた農耕馬の話です。
 北海道で農作業に使われた馬は、一般に、なぜか「道産子」と呼ばれていました。
 
 牛、猫、山羊、馬とつづいた動物の話もこれで終わり。まあ、シーンのあいまにちらりちらりと他の動物も出てきますが。主役になるのは今回が最後です。

2018/11/14

ハイデガーとダニ:英語教育12月号

 6月9日にB&Bで行われた「クッツェー祭り」、J・M・クッツェー『モラルの話』発売記念イベントで行われた都甲幸治さんとの対談が、今日発売の「英語教育 12月号」に載りました。

 都甲さんが連載している「境界から響く声たち」の第9回です。タイトルがすごくいけてます。(笑)

  ハイデガーとダニ

 J・M・クッツェー『モラルの話』を読んだ方は、ああ、あれか、とおわかりだと思いますが、そうです、「ガラス張りの食肉処理場」に出てくるあの話です。

 ここに掲載されたのは、当日いろいろしゃべった話のごく一部ですが、よくまとめていただきました。でも、話としては全体の要といえば要だったかもしれません。編集者のKさんに感謝です。ぜひ!
 

2018/11/09

日経プロムナード第19回 電車のなかの七面相

いきなり子どもの話です。そして、いきなりおばあさんの話です(笑)。

J・M・クッツェーの『モラルの話』を訳して、エリザベス・コステロの口調、語調にくふうを凝らしているうちに、コステロばあさん、という表現がひとりで歩きはじめた。

 それと同時に、自分だって、65歳のコステロより年齢は上なんだよなあ、とあらためて思うと、堂々と「おばあさん」と自分を呼んでいいんだと思うようになった。ふん!
 
    電車のなかの七面相

 まったく、変なおばあさんの話です。ニコッと、ニヤッと、笑ってください。子どもといっしょに! いや、いっしょでなくても。ひとりでも!



2018/11/07

世界文学に抗して──『マイケル・K』の読み直し

今日、11月7日3時から、アデレード大学にあるJ・M・クッツェー・センターでとても面白そうなレクチャーが開かれる。

 Against World Literature: Photography and History in Life & Times of Michael K(世界文学に抗して──『マイケル・K』における写真術と歴史)

 講師は、ハーマン・ウィッテンバーグ。ウェスタン・ケープ大学の准教授で、クッツェーが少年時代に撮影した写真やフィルムの編集をまかされた人だ。クッツェー自身の初期作品2昨(In the Heart of the Country, Waiting for the Barbarians)のシナリオを出版した人でもある。 

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 J・M・クッツェーの『マイケル・K』(Life & Times of Michael K)がグローバルな文芸市場に華々しく参入したのは、この作品が1983年にブッカー賞を受賞したときである。南アフリカという国の狭い文脈をはるかに超えて、世界文学という、より広い文化的フィールドでこの本は読まれはじめた。『マイケル・K』を、南アフリカという原点を超えて、ヨーロッパ中心の世界文学という、さらに広いスペースの一部として読むよう後押しをしたのは、もちろん、小説の間テクスト的なオリジンであるクライストの中編小説や、カフカを連想させる一連の偽装である。そういった読み方が主流になったことは、クッツェーが初期のインタビューで「Kという文字はなにもカフカの占有物ではない。それにプラハが宇宙の中心でもない」と指摘していることからみても、クッツェー自身を困惑させたようだ。

この論文は、エミリー・アプターの研究からタイトルを借りながら、『マイケル・K』を再中心化し、さらに、安易に翻訳して世界文学に同化することのできない複雑でローカルな物語として、その作品が根ざしている特定の地域と歴史への認識を失わずに、再読しようとするものである。論文は、写真とノーザン・ケープ州の農場労働者ヤン・ピーリガの物語の影響を考慮することによって、この複雑な事情をたどることになるだろう。
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註:上の文の最後にあるヤン・ピーリガJan Pieriga とは、1980年代にノーザン・ケープ州カミースクローンで起きた殺人事件の殺人犯の名前だという。『マイケル・K』の最初のほうに出てくる「カミースクローンの殺人犯」を記憶している人はどれだけいるだろうか? 母親アンナが働いていた家のある街区が暴徒によって襲われ、暴風雨で荒れた室内をかたづけていたマイケルが発見した古新聞にのっていた写真、そこに写っていた男の射るような眼差し、殺人犯がもっていたとされる武器(棍棒などなど)。その写真を冷蔵庫に貼り付けてマイケルは作業を続けた。

ウィッテンバーグ(中央)Adelaide,2014
 これは実際にノーザン・ケープ州の農場で起きたある事件を下敷きにするものだった。クッツェーはその事件の新聞記事を切り取って参考資料として残していたことは、ランサム・センターに移ったクッツェー文書を精査してデイヴィッド・アトウェルが指摘している。
 カフカやデフォーの作品へ連想を誘う要素をちりばめたこの『マイケル・K』という作品を、もう一度、南アフリカの80年代という個別の歴史と絡めて読み直す試みがなされるというのは、とても、とても興味深い。

 なんでも「世界文学」という大風呂敷のなかに放り込んで、細部が捨象されて読まれていくとしたら、作品そのものが生み出された文脈の必然性が消えていくことになりはしないか? それは作者の望むところだろうか? それは読者のもとめるものと合致するのだろうか?──というのは、わたし自身もクッツェー作品を翻訳しながら、ずっと感じていたことだったからだ。
 とりわけ初期から中期にかけて書かれた南アフリカを舞台にした作品が翻訳されるとき、南アの歴史的事情の細部がブルトーザーでならすように訳されてしまうことに大きな不安を感じてきた。世界文学へ吸収されてしまった視点からは見えない細部こそ、じつは、辺境にある人々にとって、底辺にあって世界の目から見えない(インヴィジブルな)人々にとって、最重要な要素なのではないかと思うからだ。作家は「世界に向けて」それを書きたいと思ったのではないかと。

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2018.11.9──クッツェーが『少年時代』から朗読するようすです。







2018/11/05

ジュリエットの歌う Les Corons

今日、知ったシャントゥーズ。ジュリエット。
フランスのシャンソンから遠く離れて──というほどのこともないけれど、とにかくこの人の歌はすばらしい。Les corons というのは炭鉱の住宅のこと。




Les corons
Nos fenêtres donnaient sur des fenêtres semblables
Et la pluie mouillait mon cartable
Et mon père en rentrant avait les yeux si bleus
Que je croyais voir le ciel bleu

J'apprenais mes leçons, la joue contre son bras
Je crois qu'il était fier de moi
Il était généreux comme ceux du pays
Et je lui dois ce que je suis

Au nord, c'étaient les corons
La terre c'était le charbon
Le ciel c'était l'horizon
Les hommes des mineurs de fond

Et c'était mon enfance, et elle était heureuse
Dans la buée des lessiveuses
Et j'avais des terrils à défaut de montagnes
D'en haut je voyais la campagne

Mon père était "gueule noire" comme l'étaient ses parents
Ma mère avait les cheveux blancs
Ils étaient de la fosse, comme on est d'un pays
Grâce à eux je sais qui je suis

Au nord, c'étaient les corons
La terre c'était le charbon
Le ciel c'était l'horizon
Les hommes des mineurs de fond

Y avait à la mairie le jour de la kermesse
Une photo de Jean Jaurès
Et chaque verre de vin était un diamant rose
Posé sur fond de silicose

Ils parlaient de 36 et des coups de grisou
Des accidents du fond du trou
Ils aimaient leur métier comme on aime un pays
C'est avec eux que j'ai compris

Au nord, c'étaient les corons
La terre c'était le charbon
Le ciel c'était l'horizon
Les hommes des mineurs de fond

Le ciel c'était l'horizon
Les hommes des mineurs de fond

ソングライター: Jean-Pierre Lang / Pierre Andre Bachelet
Les corons 歌詞 © Universal Music Publishing Group

*terill =ボタ山

(北海道の赤平、歌志内、夕張、炭鉱のあった町を身近に育ったわたしは、この歌を涙なしには聞けない。ボタ山にも登ったよ、歌志内の歌鉱のボタ山。歌志内のちょっと手前の駅で文殊というところに母の実家があったんだ。)

2018/11/02

日経プロムナード第18回 ペペスープとジョロフライス

今回の日経プロムナードは、食欲の秋にふさわしく(?!)西アフリカの食べ物のお話です。
      ペペスープとジョロフライス

吉祥寺「アフリカ大陸」のペペスープ
ペペスープもジョロフライスも、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの『半分のぼった黄色い太陽』に出てきた料理で、とりわけジョロフライスは登場人物のウグウが何度も失敗しながら、だんだん腕をあげていく料理でした。
 吉祥寺の「アフリカ大陸」というレストランでペペスープを初めて食べました。辛くて美味しかった!

(写真はネットから拝借しました!)

2018/11/01

シカゴ大学でのクッツェーのレクチャー

10月9日にシカゴ大学で行われたJ・M・クッツェーのレクチャー「Growing Up with The Children's Encyclopedia」が昨日からYOUTUBEで「期間限定」で公開されています。
 とても面白い内容のレクチャーなのでぜひ!