Elizabeth Costello : I believe in what does not need to believe in me.──J. M. Coetzee

2019/04/21

ストラヴィンスキー:高橋悠治と青柳いづみこ

高橋悠治と青柳いづみこのピアノ連弾。ストラヴィンスキーの「春の祭典」と「ペトルーシュカ」から。撮影、編集は大塙敦。



あまりにおもしろい、というか、興味深いやりとりなのでここに貼り付けておく。撮影は2017年。YouTubeへの公開は昨日。

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以下は青柳氏のことばからの引用。

この動画は、2年前にラ・フォルジュルネで「春の祭典」を弾いたとき、レコード会社のアール・レゾナンスが撮影したリハーサル風景がもとになっている。

高橋さんとは楽譜の読み方などで意見がくい違い、しばしば衝突したものだが、このときも言い合いになり、撮影隊も譜めくりさんも青ざめるシーンがあった。
今となっては、どうしてそうなったかよくわかる。普通のクラシック教育を受けてきた私は、一般的なデュオがそうであるようにすべての融合を求め、もう少し広いフィールドに身を置く高橋さんは、各パートの独立を求めたゆえなのだが、当時は意味がわからなかった。
たとえばプリモが旋律を奏でて、セコンドがリズムを刻む場面、プリモはもっと旋律に寄り添う伴奏をしてほしいと思い、セコンドは、伴奏に関係なく歌ってほしいと思っていたのだから、衝突するわけだ。
アンサンブルで「合わないほうがいい」なんて初めてきいたけれど、のちにジャズ・ピアニストの高瀬アキさんが同じことを言っていらしたのでびっくりした。

2019/04/20

都甲幸治さんの立東舎コラム

立東舎のウェブマガジン(でいいのかな?)に都甲幸治さんがコラムを書いていて、ときどきおじゃましている。つまり愛読している。これがめっぽう面白いのだ。

  多和田葉子と『犬婿入り』──谷保天神のニワトリ

国立文流
東大がある土地、つまり本郷の話から始まって──都甲さんはこの本郷とやらが苦手だそうだけれど──九州、金沢、東京の吉祥寺などヘ話はクイクイ飛んで(九州の大学に通っていたおばさんの縁で、都甲さんのお父さんとお母さんが出会った話もたいそうイケてたけれど)、今月にはついに国立へ。というか、谷保の話になったことを、なんと今日になって知った。

 さっき、ひょいとのぞいてみたのだ。出てきた! 増田書店。洒落た洋書屋、これは「銀杏書房」ですね。それに以前でてきたんだけれど、文庫がずらりとならんでいる奥深い本屋というのは「みちくさ書店」かな。
 そして今日は、多和田葉子の『犬婿入り』にからめて富士見台団地、国立の北と南の差について、ついに、国立文流とシェフの話。谷保天神のニワトリも。そして、あらら。わたくしまでも。

 立東舎のコラム、谷保天神のニワトリです。

2019/04/11

Cool Cool Filin 2──クバの音楽

ひさしぶりにCDを買った。キューバの、いや、クバの音楽。

 COOL COOL FILIN 2

ブエナ・ビスタから何年になるのだろう。新しいミュージッシャンたちが確実に育っている。新しい音楽、でも、なつかしい音楽。女性ヴォーカルたちの声がいい。適度にクールで、適度にあまく、とっても心地よい。

 またスペイン語を学びなおさねば、などと思っているところなので、タイミングもいい。ルンバ、マンボ、弾むリムズと、耳から入るストリングスのメロディーにのって聞こえるスペイン語の詩。一語一語が聞こえてくるのもいい。意味はよくわからないけど💦。練習のために、曲のタイトルをタイプアップ!

01   Sentimiento
02   Nada son mis Brazos
03   Déjame ir
04   Cómo te atreves
05   Tony y Jesusito
06   Imágenes
07   Háblame de amor
08   Contradicción
09   Mi corazón baila mambo
10   Mariposa
11   Meditación
12   Mi mejor canción
13   Canto de amor a la Habana


2019/03/29

アデレードで:テーマは「Telling Truths:真実を語る」

マレーネ・ニーカークにインタビューするジョン・クッツェー
オーストリアの「霧のなかの文学祭」について3回書きましたが、じつはその前に、3月2日から7日まで、アデレードで面白い催しがあったのです。

アデレード・ライターズ・ウィーク2019」です。

 今年のテーマは「Telling Truths:真実を語る」。真実Truthsが複数形であるところが要注意です。語るときはそれぞれの真実がある、ということでしょうか。でも語ることによって、「他を排除しない空間」をつくっていくことは可能なんだと。文学祭はそのためにこそあるといっているような気がします。

左からマンデラ、ムシマン、ニーカーク
ウィークというくらいですから1週間にわたってあちこちで、さまざまな催しがあったのですが、そのなかで気になったのが3月6日の午前、アフリカーンス語で書いてきた作家マレーネ・ニーカークにジョン・クッツェーがインタビューをしたことです。

プログラムにはさまざまな作家や詩人が名を連ねていますが、アフリカ大陸関連ではほかにもナイジェリアのベン・オクリや、南アのンダバ・マンデラ(ネルソン・マンデラの孫)、シソンケ・ムシマンの名前があがっていました。

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マレーネ・ファン・ニーカークMarlene van Niekerkは彼女の世代で最も重要なアフリカーンス語作家だ。最初のヒット作であるTriomf Agaat (The Way of the Women) が有名。南アフリカのプア・ホワイトのなかで生きることをめぐる彼女のSteinbecken な語りは、ポスト・アパルトヘイトの暮らしに、毅然とした、論争をよぶ視線をなげかけている。すごい強烈さと腹の底から突き上げるようなエネルギーに満ちたマレーネの作品は、多くの賞にかがやき、国際マン・ブッカー賞の最終候補(2015)にもなった。

Chair: John Coetzee 


Marlene van Niekerk has been described as the foremost Afrikaans writer of her generation. She is best known for her two major works Triomf and The Wayof the Women. Her Steinbeckien accounts of life amongst the poor whites of South Africa cast an unflinchingand controversial eye on post-Apartheid life. Imbued with a robust intensity and visceral energy, Marlene’s
work has received multiple awards and been shortlisted for
the Man Booker International Prize. 

2019/03/26

クッツェー新作は5月にスペイン語版で

昨日の続報です。

JMクッツェーの最新作『The Death of Jesus』は5月にまずスペイン語版で出るようです。すでにランダムハウス・スペインがtwitter にもアップしていました。La muerte de Jesús

「霧のなかの文学」のようすはこのサイトにさらに詳細なリポートが載っています。ドイツ語ですが。クッツェーの朗読の内容、つまり新作の内容についても触れられています。

 新たな情報としては、2日目のトークでフィッシャーの編集者バルメスがドイツ語で質問したのに対して、クッツェーはドイツ語と英語の両方を混じえて答えていたということ。場所がオーストリアですから聴衆はやっぱりドイツ語話者が多いし、もちろんほとんどの人は英語もできる、そんなシーンですね。

 さ、そろそろわたしも現在の仕事にもどろう。クッツェーの追っかけをやっていると、頭がそっちに引っ張られすぎて、なかなかもどれなくなるwwww😿😆。


2019/03/25

『イエスの死・The Death of Jesus』 から読むクッツェー

オーストリアのハイデンライヒシュテインで22-23日の2日にわたって開かれた「霧のなかの文学」で、クッツェーは『イエスの幼子時代』『イエスの学校の日々The Schooldays of Jesus』と続いたイエスの三部作の最後『イエスの死 The Death of Jesus』から女優のコリンナ・キルヒホフといっしょに朗読したと伝えられる。

編集者ハンス・ユルゲン・バルメスと語るJ.M.クッツェー
この文学祭、今年は全面的にクッツェー祭りになったようで、初日はクッツェーの朗読のほかに、1990年代からクッツェー作品や南アフリカの作家をドイツ語に翻訳してきたラインヒルト・ベーンケReinhild Böhnkeが翻訳について語り、2日目は名だたる作家が『サマータイム』『マイケル・K』『その国の奥で』『恥辱』『鉄の時代』といった作品から朗読した。そして最後にドイツ語版の出版社フィッシャーの編集者であるハンス・バルメスHans Balmes とクッツェーが会話をするという流れだったようだ。元記事はこちら

北を介さずに3地域を結ぶ文学構想
バルメスとの会話では、最新作『モラルの話』がなぜ英語ではなくスペイン語で最初に出版されたかと問われて、「自分の本は、どれも英語という言語に根ざしてはいない。自分は特定の言語を志向してはいない。世界の主要言語という位置付けで覇権を握る英語によって、その他の言語が追いやられている現状には、うんざりしている」と答えたという。
 この辺まではすでに拙訳『モラルの話』のあとがきや、昨年のスペインでのイベントでブエノスアイレスの編集者コンスタンティーニと交わされた会話の内容とも重なるが、クッツェーは、ふたたび「南の文学」を、ニューヨークやロンドンを経由せずに直接交流することで、それぞれ独自の複雑な歴史や文化背景を有する南の世界が発信する文学として発展させたいと述べたという。この主張については昨年4月末の南の文学ラウンドテーブルの内容を、ある雑誌にまとめたので近いうちに読者に読んでもらえるはずだ。

 会話では、クッツェーはまたグローバリゼーションを激しく非難。人はその消費行動によってのみ消費者として定義付けされるが、自分はそんなことに興味はない(強調筆者)と。1980年に出た『夷狄を待ちながら』について問われると、現代社会を引き合いにだして語り、野蛮とみなされる相手に対する防御自体が野蛮な行為に繋がる、と述べた。これはいわゆる先進諸国がもちだす「対テロ戦争」のことをいっているのかもしれない。
 
 また、歴史的に南アフリカで用いられた「アパルトヘイト」という語をイスラエル/パレスティナの関係にも使うことについて、3年前すでにパレスティナを訪れたとき、両者の状況を歴史的、社会的、経済的な観点からきっちりと定義して、こう語っていた。今回もまた、この語を使うことは建設的な話し合いを不可能にすると述べて、ヨルダン川西岸と東エルサレムでのイスラエルの行動を厳しく批判したと伝えられる。


*今回の文章を書くにあたって、ドイツ語の記事を翻訳してくださった市村貴絵さんに助けていただきました。どうもありがとうございます。Merci beaucoup!

2019/03/23

霧のなかの文学:J・M・クッツェーが参加するオーストリアの文学祭

J・M・クッツェーのおっかけとして忠実に(笑)、最近の彼の活動を記録、報告します。

 2019年3月22-23日、クッツェーはオーストリアのハイデンライヒシュタインHeidenreichsteinという町で開かれる文学祭に参加しています。この文学祭、Wikiによると、2006年から2016年まで毎年秋に2日間にわたって開かれてきたけれど、2018年は4月に、2019年は3月に開催されているとこのこと。今日はこれから、その2日目ですね。

 テーマは「霧のなかの文学」

   Literatur im Nebel

 想像力をかきたてる、なかなか意味深なテーマですが、写真をみてびっくり。なんと後ろのスクリーンにシアンっぽい赤で「John」という手書き文字が浮かんでいます。
 さて、どんな話がくりひろげられているのやら。ドイツ語のできる方は、ぜひ、報告してください。

”I do my best in what little I can to limit the hegemony of the English Language"──英語という言語のヘゲモニーを制限するために、どれほどささやかでも、わたしはできる限りのことをします──JMクッツェー。

オーストリアでも、昨年1月のカルタヘナでの文学祭とおなじ発言をしたようです。