Elizabeth Costello : I believe in what does not need to believe in me.──J. M. Coetzee

2012/04/29

「詩は何を語るのか? What Does Poetry Say?  シンポジウムと朗読」

今日は暑いほどのお天気です。まさに初夏。でも、まだ4月なんですよね。
 さて、今日はこれに行ってきます。おもしろそう!

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「詩は何を語るのか? What Does Poetry Say?  シンポジウムと朗読」


 <現代>を流れてゆくすべての言葉の中で、<詩>の言葉はどんな役割を担っているのでしょうか? 何を語り、何を果たそうとしているのでしょうか? 第1部ではこの問いを、日頃から大学での文学研究や言語教育に携わりながら作品を書いている4人の詩人が考え、議論します。第2部では実際の創作において詩人たちがどのような言葉をさしだしているのかを、肉声を通じて経験していただきます。

 ぜひお誘い合わせの上、お気軽にご来場ください。

日時 2012年4月29日(日) 14:00〜17:00 (13:40開場)
場所 明治大学アカデミーコモン2階会議室 (JRお茶の水駅より徒歩3分)
主催 明治大学理工学研究科・新領域創造専攻ディジタルコンテンツ系 管啓次郎研究室
(入場無料・予約不要)

討議と朗読
  新井高子(詩人、埼玉大学)
  中村和恵(詩人、明治大学)
  山崎佳代子(詩人、ベオグラード大学)
  管啓次郎(詩人、明治大学)

第1部 討議「詩は何を語るのか?」14:00〜15:30
第2部 朗読(それぞれの作品から)15:40〜17:00

2012/04/12

「ことばのポトラック」が本に!

大竹昭子さんの呼びかけで渋谷のサラヴァ東京に集まって、第1回ことばのポトラックが開かれたのは2011年3月27日のことだった。

 3月11日の地震、津波、それに続く原発の爆発などなど、驚き、不安、怒り、哀しみ、身の置き所のなさ、無力感といったもろもろの感情にがんじがらめになっていたころのことだ。そのときの映像を見ると、ことばにたずさわる者たちが真剣に事態に向き合おうとしている姿に、いまもはっとなる。ことばで何ができるか、と自問する姿に心打たれる。

 その後も「ことばのポトラック」はリレーされ、さまざまなかたちで続いた。(7月3日には、管啓次郎、南映子、くぼたのぞみの企画で第3回「ことばの橋を渡って」を開催。)

 初回からほぼ1年がすぎた4月8日には、総集編ともいうべき第8回「詩と散文のあいだ」が開かれ、この1年間の記録が本になってお目見えした。
 文字通り、もちよりのことばたちがぎっしり詰まった、すてきな煉瓦本である。大竹さんといっしょに編集に携わった詩人の佐々木幹郎さんが「仮設住宅のなかで土瓶敷きになる本を作れ!」といったそうで、表紙はお醤油をこぼしても大丈夫な紙が使われているとか。そのこだわりがすごい! デザイナーの方、編集の方、ご苦労なさったころだろう。
 売り上げは、これまで同様、寄付にまわる。今回は前回とおなじ陸前高田の小中学校へ行くことになっている。
 
 詳しくは版元の春風社へ。17日からはAmazonでも発売。

 それから、それから、耳寄りなお知らせ。緊張感のあふれる第一回ことばのポトラック完全収録版に、DVDがついたのだ。

 値段はおなじ1000円。

 これは本屋さんではなくサラヴァ東京で扱っています。ぜひこの機会に!

2012/04/10

安東次男と花蘇芳

「花蘇芳(はなずおう)」ということばを知ったのは故安東次男の著作からだったと思う。北海道にはない植物のひとつだ。濃い紫がかった桃色の、ちいさな花を房状につける樹木。桜が終わったころに咲きはじめる。

 昨日、4月9日は故安東次男の命日だった。彼が他界して10年がすぎた。

 安東次男が逝った2002年はひときわ暖かな春で、3月末にはすでに桜は満開。千日谷公会堂でおこなわれたお別れ会で、多恵子夫人は、彼が病院の担架車にのって庭で満開の花を見おさめて逝ったことを語った。そのときの夫人のことばのなかには、こんなことばもあった。それを折に触れて思い出す。

「安東は天上天下唯我独尊の人でした」

 このことばは、時がたつにつれて、聴いたものの耳のなかで次第に重さをましていく。さまざまなシーンが脳裏をよぎる。すでに逝った人たちの姿もちらほら見える。そして彼が残したことばたちのうえに、多恵子夫人のことばが羽衣のようにふわりと落ちる。

 時の風がことばのうえに吹きつけて、文脈を剥ぎ取り、意味だけをあらわにしていく。倒れた樹木が風雨にさらされ、森のかげで、草原の陽の下で、白っぽい繊維だけを残すように。

 その号が流れる火を抱いた草の堂であればなお。

2012/04/07

「OUT OF AFRICA」は土産物店だった!

ゾーイ・ウィカムの『デイヴィッドの物語』を訳していると、こんな文章が出てきた。

白人家庭で受けているのは、ワンポイントにもってこいの解放のイコン、白黒まだらのホロホロチョウがついたナプキンらしい。
 サリーの頭のなかにふと浮かぶことばだ。アパルトヘイトからの解放も間近に迫る1991年、場所はケープタウン郊外に広がる砂地ケープフラッツ、その有色人種専用居住区に住むデイヴィッドと妻のサリー、そして2人のちいさな子どもたちが夕食のテーブルについている場面。

 わたしがケープタウン旅行のお土産に買ったのはナプキンではなく、美しい藍色のホロホロチョウのついた鍋つかみだ(写真上)。帰国してあらためて件の箇所を読んだとき、まじまじと、このホロホロチョウの「まだら模様」に見入ってしまった。たしかに「白」と「黒」の細かな、細かなまだらである。これが「解放のイコン」か、とウィカムのぴりりとした皮肉に、にやりとなった。

 そして、そのお土産を買った店の名前が、なんと、 OUT OF AFRICA だったのだ。これはもう、笑えるというか、なんというか。海外からの旅行客相手にレストランや土産物店などがならぶウォーターフロントで「OUT OF AFRICA」という店名を見たとき、そうか「アフリカから」なのだな、わたしも一観光客としてこの店「から」お土産を買って帰るわけだ、と奇妙に納得したことを覚えている。そのとき品物を入れてもらった紙のバッグ(写真右)がまた、サファリの、いかにもなイメージで、すごい!

 そう、OUT OF AFRICA は、いわずとしれたイサク・ディネセンの小説『アフリカの日々』(1937)の英語名である。80年代にハリウッド映画にもなった。日本では「愛と哀しみの果て」というタイトルで公開されたと思う。メリル・ストリープとロバート・レッドフォードが主演した、ケニアの農場を舞台にした映画だ。

 ケープタウン市内に立派な店を構え、ケープタウン空港にも支店を出す土産物店「OUT OF AFRICA」。もちろんディネセンが作品を書いたときは、こんなことになるとは夢、思わなかったにちがいない。映画化に後押しされてだろうか、この作品の名前がいま、外部から見たアフリカの「観光」のイメージにぴったり重ねて使われているのだ。

 そういえば、アディーチェも、新作短編集『明日は遠すぎて』に収めた「ジャンピング・モンキー・ヒル」で、ディネセンについてピリ辛の意見を登場人物たちにいわせたりしている。時の流れというべきか、「世界」を見る視点の当然の変化というべきか。

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追記:調べてみると、OUT OF AFRICA という名前、ほかにもたくさん使われていました! マレーシアのレストランの名前、USAのアフリカングッズを売る店、などなど・・・・・・。

2012/04/05

偶然のパレスチナ

さきほど、アミラ・ハスの『パレスチナから報告します』を書架から取り出してぱらぱらとページをめくった。苦労して訳して、友人知人の援助総動員で仕上げた。ちょうど2005年の、この季節に出版された本だ。残念ながら、いまは古書でしか入手できない。

 そして、ふと、ある知人のブログを見ていて、この映像を発見した。パレスチナの専門家とか、そういう人ではまったくない。これは偶然としかいいようがないけれど、だれもがいま、すでに知っているパレスチナ/イスラエルの関係を象徴的にあらわしている。「水」の問題をあつかった映像だった。



 今日もまた風が吹く。見えないものを含みながら。
 どこから吹いてくるのか、きみは? どこまで吹いていくのか、きみは?
 水の枯れた、いや、水を奪われた人たちにも、遠く、吹きつけているんだろうな、きみは。

4/6付記:「ハアレツ」紙の記者アミラ・ハスはいまも果敢に記事を書き続けている。詳しくはこちらへ。

2012/04/01

さあ、明日から

4年ごしの仕事をひと区切り。プリンタが壊れたのでプリントアウトもしない。紙類を必要なもの、要らないものに分けて、どんどん整理して処分したら、机のまわりが少しだけすっきりした。明日の朝、メールで原稿を送れば本格的に一段落だ。

 目をあげると、窓のむこうに被寒桜の濃い花色が散らばっている。その向こうには白いユキヤナギと黄色いレンギョウのコンビネーション。少し遅い春とはいえ、またいつものように季節はめぐる。

 この一年、いろんなことがあって、いろんなことが変わった。でも、花は今年も訪れる。少し遅れて、それでいいじゃないか。早い、速い、はもういいナ。
 
 いよいよ、クッツェー三部作へ。
 心はふたたび赤土の乾いた土地へ。