Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2020/11/12

アディーチェ『半分のぼった黄色い太陽』が女性小説賞のベストに!

 twitter や facebook にアップした記事や情報は、後から探すのがなかなか大変なので、備忘録のためにこちらにも

 チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの『半分のぼった黄色い太陽』が、女性小説賞のウィナー・オブ・ウィナーズに選ばれました。元記事はこちら

 1995年からオレンジ賞、ベイリーズ賞と名前を変えながら25年間続いているこの賞は、英語圏文学で過去1年間に女性作家が書いた小説が対象で、これまでに、日本でも何冊も訳されているゼイディ・スミス、アリ・スミスなどが受賞しています。
 いまはラゴスにいるアディーチェ、12月の6日のオンライン受賞イベントに登場するようです。
 今回ベストに選ばれた『半分のぼった黄色い太陽』は、1960年に英国から独立したナイジェリア国内で起きたビアフラ戦争(1967-70)を舞台に、2組の男女のラブストーリーとして展開されます。語り手がウグウという田舎生まれのハウスボーイで、彼が物語の流れや、戦争に巻き込まれていく人たちの姿を伝える役割をしています。
 ふたつの恋の行方がどうなっていくのか、ハラハラ、ドキドキしているうちにいつの間にか戦争へ。まだまだ大丈夫だと思っていた戦火がすぐ足元に迫って、もう後戻りできないところへ人を追い込んでいく、その様子がとてもリアルに、しかも歴史的な視点をしっかりおさえて重層的に描かれています。

 日本語訳は、単行本は品切れですが、電子書籍ならいつでも!

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2020.12.9──12月4日にガーディアンにこんな記事'I am a pessimistic optimist' Chimamanda Ngozi Adichie answers authors' question)が載ったので備忘のために。

2020/11/11

藤本和子の名著『ブルースだってただの唄』ついに復刊!

 藤本和子の聞き書き第2弾『ブルースだってただの唄』が、ちくま文庫で復刊した。初版は1986年(朝日選書)だったから、かれこれ34年ぶりによみがえったことになる。

 解説が、べらぼうにいい。読んでいると、黒人女性たちのことばに耳を澄まして、ダイナミックに日本語にしていく藤本和子の姿がくっきりと浮かびあがるのだ。藤本和子は「聞き書き」という方法で、翻訳を含みこみながら独自の文体を作りあげていく作家だ。そんな独特のスタイルをもつ作家の魅力を、その方法論や思想の核心までさかのぼって明らかにしようとする姿勢が、この解説には感じられる。

 この聞き書き集がリアルにかいま見せてくれるのは、アメリカ社会内部の黒人女性の仕事や生活だけではない。戦後、海の向こうから押し寄せて極度に肥大化した「アメリカ」像の見えなかった部分(見ようとしなかった部分?)がクリアに迫ってくるのだ。「ブラック・ライヴズ・マター運動」が報道され、先の大統領選の余韻も冷めやらぬ2020年11月に、この本が復刊されたことには大きな意味があるだろう。それはまた読む者自身を照らし出し、その内部に日本社会を照らし出すことばを準備するかもしれない。そんな刺激的な藤本ワールドの特質を、解説はみごとに描きだしていく。

 朝鮮半島で生を受けて、敗戦後内地へ引き揚げてきた森崎和江から、藤本和子が受けた影響がどのようなものか、それを指摘する鋭い歴史感覚にも目をみはる。藤本和子を動かしてきたそんな歴史の力をひたひたと感じさせる解説を書いたのは、斎藤真理子さんだ。まるで藤本和子が斎藤真理子に憑依したかのような、深い響きをもつ解説である。

 そしてまた、帯が痺れるのだ。切れ味よく、濃密なことばを、これほどさらりとならべられる人もちょっといない! 岸本佐知子さん。


卓越した翻訳者である藤本和子さんは、耳をすますことの達人でもある。何度この本を開いて、そして撃ち抜かれたことだろう。 黒人の女たちの、生きのびるための英知の言葉に。そしてそれを引き出し聞き取る、すばらしい耳の仕事に。  

 

 わたしもページを開いて、撃ち抜かれた一人です! とつい叫んでしまった。おまけに今回は「特別付録」もついている。初版にはなかった「13のとき、帽子だけ持って家を出たMの話」は、かつて藤本さんが編集委員をしていた「水牛通信」に載ったもので、それを長いあいだ温めてきたのはその「水牛」を主宰する編集者、八巻美恵さんだ。これがとっても面白い。黒人女性Mの語りによって、藤本和子自身とその家族や友人たちの姿が活写されていて、とってもクール!

 みんなで知恵を出し合って、この本は復刊された。だから、感無量だ。復刊に関わった塩食いの仲間たちが、みんな口々に「感無量」といっているのがまた感無量なのだ。

 聞き書き集の第一弾『塩を食う女たち』が岩波現代文庫に入ったのが、ほぼ2年前の2018年12月だった。それについてはこの年ナイジェリアでアディーチェが開いたイベントに絡めて、ここで報告した。それから2年。こうして着々と藤本和子の仕事の全容が、若い読者に届けられていく。文章はちっとも古びていない。それどころか、彼女の先駆的な仕事が多くの人から歓迎されるようになって、ようやく時代が藤本和子の仕事に追いついたというべきかもしれない。「藤本和子ルネサンス」の時代がやってきたのだ!

 この世界の「この狂気を」生き延びるために、奴隷制が負の遺産として社会のすみずみに残る社会で「文字通り」生き延びてきた女たちのことばを、藤本和子は全身で受けとめて日本語にした。コロナで痛めつけられているこの社会で、この世界で、それでも生きていかざるをえない者たちを支えることばとして、多くの人に届いてほしいと思う。

 この本は、まぎれもない「生き延びるための文学」なのだから。



2020/11/08

明朝、アデレードから、J・M・クッツェーの朗読がライブで聴ける!

アデレード大学で、J・M・クッツェーが80歳の誕生日を迎えたお祝いに、ライブで朗読を放映するようです。11月9日午前10時半(現地時間)から、南半球はいま夏時間なので、時差が1.5時間ある日本時間では、午前9時スタートになります。

YOUTUBEにすでに予告が載っています。


The University of Adelaide is proud to host a formal event in Elder Hall with music performances, tributes and readings to honour and celebrate John M Coetzee in his 80th year, followed by book signing in Elder Hall Foyer.

とあります。予約もできるみたい。ぜひ!

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2020.11.9afternoon──めずらしく目覚まし時計をかけて寝て、今朝はしっかり起きて聞きました。いろんな人が出てきた。クッツェーについて、クッツェー作品について、あれこれ述べていて、傑作だったのはジョンのお友達らしいピーター・ゴールズワーシーというオーストラリアの作家の話。『サマータイム』に倣って、作家の死後世界で作家とやりとりするというSFみたいな小噺を読んで、80歳の誕生祝いとしてはなかなか渋い笑いをとってました。

 他にも、アボリジニにオリジンを持つ女性が彼女の言語でサラサラっとメッセージを述べたこと。姓が「ナカマラ」と聞こえる部分を含んでいたことなど。

 Videoによる参加で、パースに住む南アフリカ出身のシソンケ・ムシマンがText Publishing版のWaiting for the Barbarians に書いた自分の文章から読んでいたこと。これが滅法、面白かった。Barbarian の娘に対する読みが「南アフリカ」をベースにしているのだ。当然だよなあ、と。この作品が発表された1980年にまだ彼女は7歳だった。それ以後のクッツェー作品への彼女自身の理解の変遷がざっと述べられていて、これもまた面白かった。

 場所はアデレード大学のエルダー・ホール。2014年11月にシンポジウムが開かれたとき、ここでクッツェーは『鉄の時代』の冒頭を朗読を朗読したのだった。


米副大統領にカマラ・ハリスが

  ここ数日、メディアを独占してきた感のあるアメリカの大統領選挙も、どうやら結果が見えて、民主党のジョー・バイデンが次期大統領になることが確実になりました。なかでも副大統領がカマラ・ハリスという「黒人女性」であることは非情に重要です。お父さんがジャマイカ系移民の経済学者、お母さんがインド系(タミル系)移民の乳がん研究者です。母方のお祖父さんが外交官だそうです。


 アメリカの悪名高い「血の一滴」理論では「黒人」に分類されるわけですが、ハリスはすでに司法界で長い実績を持ち、2016年からは上院議員でもある。バイデンが今月20日で78歳になるのにたいして、1964年生まれで56歳になったばかりのハリスは、まだまだこれから活躍できる人ですから、ひょっとすると4年後に82歳になるバイデンから途中でバトンを渡されるかもしれない。となると米の政治史上初の、黒人の、アジア系の、女性の大統領の誕生です。

 もっぱら、そんなことを考えながら秋の日を過ごしています。


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もう一つ備忘のために書いておきたいのは、ジョー・バイデンのパートナーであるドクター・ジル・バイデンはこれからもずっと教師としての仕事を続けると明言していることです。69歳の彼女、オバマ政権時代に夫が副大統領だった期間も、教職を続けてきたというのです。ワーキングウーマンがファーストレディになる、これもまた米国の大きな変化の一面でしょう。詳しくは:https://www.vogue.com/article/dr-jill-biden-first-lady-history-working-women

米国の白人エリートたちが見えなかったこと、それをトランプという人が大統領になったことで暴露されたことの重要性もまた、ゆっくり考えたいところです。ひるがえって、この8年間に暴露されたこの国の「真相」をどこまで見定めていけるのか、われわれは試されていると思います。