ラベル 日経プロムナード の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 日経プロムナード の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018/12/28

日経プロムナード最終回 青年

2018年12月28日金曜日、今年最後の日経プロムナードです。

東京は木枯らしの吹くなか、それでも屋内にいると南面するガラス戸から差し込む日差しは暖かく、暖房はほとんどいらないくらいです。これから寒波が押し寄せるのでしょうか。

  青年

 来年はいったいどんな年になるのやら。暗雲は晴れませんが、このコラムに書いたような、やさしい青年が日本でもちゃんと生きていけるような社会にしたい、そう思います。

2018/12/21

日経プロムナード24回 チママンダとリムジンで

日経プロムナード、今回はチママンダ・ンゴズィ・アディーチェが来日したときの思い出です。 

まだみんな若いな(笑)
at Waseda , 2010
     チママンダとリムジンで

『半分のぼった黄色い太陽』が出た直後のことでした。もう8年以上も前になるのか、と感慨深い年の暮れです。

 早稲田大学の講堂でアディーチェの講演があって、松たか子さんが短編「なにかが首のまわりで」を朗読したのだった。日本ではこの作品の初期バージョンが、第一短編集『アメリカにいる、きみ』のなかに入っています。
 

2018/12/14

日経プロムナード23回 チャコールグレーの洋館

カウントダウンが始まった。日経プロムナードも、今回を入れて残すところ3回。
 記憶の旅は、土埃をあげながら走るバスに揺られて、ふたたび北海道の田舎町へ。
 
  チャコールグレーの洋館

上下に開閉する窓の例:赤煉瓦の旧北海道庁舎
たどりついた洋館のなかは細部まで覚えているが、屋根が思い出せないのだ。
 そしていまも脳裏に焼き付いている緑色の屋根の家。わたしが生まれて育った小さな家。前庭に植わっていた白樺、少し道路寄りに茂っていたポプラの木々の葉のかたち。

 それにしても子供にとっては不可思議な洋館だった。あれは...

*************
2018.12.18──金曜日に掲載された記事を画像アップします。



2018/12/07

日経プロムナード22回 「ン」?

早い、早い。あっというまに12月です(といえる時期になりました 😊ふふふ)。

すっかり冬、というには不思議と暖かい日がやってきたり、油断をしていると寒風が吹きつけたり。でも、時間は情け容赦なくすぎていきます。

 プロムナードを書きはじめて5ヶ月、最後の月のはじまりは、アフリカという広い、広い大陸で使われる多くの言語に、不思議と共通する、固有名詞の特徴。「ン」や「ム」から始まる名前の読み方についてです。ほら、「ンクルマ」とか、「ムボマ」とか。最近は「ムバペ」というのもありましたね。

       「ン」?

 今月の絵柄は、ん? お歳暮の「のし」かな? 

2018/12/01

日経プロムナード 第21回 熾火は燃える


11月最後の日経プロムナードには、ヴァンクーヴァー沖のソルトスプリング島に住むカナダの友人たちが登場します。彼らが掘り起こした、炭焼き窯の跡と日系移民のお話です。

  熾火は燃える

 友人たちの発掘や調査の結果は、『Island Forest Embers/島 森 熾火』という小さな本にまとめられました。

 そのことを書いていたら、突然、わたしの母方の祖父、矢走留五郎が「俺も混ぜろ!」と声をあげて……。
 祖父は旧伊達藩の豪農の家に生まれた冒険心にあふれる男で、太平洋を渡ってメキシコへ行ったのですが、しかし...。メキシコとの境界を流れるリオグランデ川を渡ってしまい、強制送還されて!
 そうか、これは「100年前の日系移民ウェットバック」じゃないか !?

2018/11/16

日経プロムナード第20回 馬、名前はない

ぐんと冷え込んできた東京です。11月も後半に入りました。

猛暑の夏をすぎて、短い秋もあっというまにすぎて、いよいよ冬に近づいていく気配が強まります。

 そんな霜月、今回のプロムナードは「馬」です。

  馬、名前はない

 すらりと脚の細い競馬馬ではなく、春になると田んぼや畑で土を起こし、泥を練り、秋になると稲束を運び、俵を山のように積んだ馬車を牽いた農耕馬の話です。
 北海道で農作業に使われた馬は、一般に、なぜか「道産子」と呼ばれていました。
 
 牛、猫、山羊、馬とつづいた動物の話もこれで終わり。まあ、シーンのあいまにちらりちらりと他の動物も出てきますが。主役になるのは今回が最後です。

2018/11/09

日経プロムナード第19回 電車のなかの七面相

いきなり子どもの話です。そして、いきなりおばあさんの話です(笑)。

J・M・クッツェーの『モラルの話』を訳して、エリザベス・コステロの口調、語調にくふうを凝らしているうちに、コステロばあさん、という表現がひとりで歩きはじめた。

 それと同時に、自分だって、65歳のコステロより年齢は上なんだよなあ、とあらためて思うと、堂々と「おばあさん」と自分を呼んでいいんだと思うようになった。ふん!
 
    電車のなかの七面相

 まったく、変なおばあさんの話です。ニコッと、ニヤッと、笑ってください。子どもといっしょに! いや、いっしょでなくても。ひとりでも!



2018/11/02

日経プロムナード第18回 ペペスープとジョロフライス

今回の日経プロムナードは、食欲の秋にふさわしく(?!)西アフリカの食べ物のお話です。
      ペペスープとジョロフライス

吉祥寺「アフリカ大陸」のペペスープ
ペペスープもジョロフライスも、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの『半分のぼった黄色い太陽』に出てきた料理で、とりわけジョロフライスは登場人物のウグウが何度も失敗しながら、だんだん腕をあげていく料理でした。
 吉祥寺の「アフリカ大陸」というレストランでペペスープを初めて食べました。辛くて美味しかった!

(写真はネットから拝借しました!)

2018/10/26

日経プロムナード第17回 シャコタン

 木々が色づいて秋も深まっていきます。遠目に、あれ、花かな、と思って近づくと、鮮やかに色づいた木の葉だったり。

   シャコタン

 日経プロムナード第17回目は、シャコタンという海辺の土地について。北海道で自分が生まれて育った場所以外で、もっとも懐かしい場所のひとつです。


2018/10/20

日経プロムナード第16回 高橋悠治のピアノ

日経プロムナード第16回、書きました。1970年代半ばからずうっと断続的に「聴いている音楽」について。

  高橋悠治のピアノ

 飽きることなく、しかし逆に、夢中になっておっかけて、もういいや、と区切りをつけて遠ざかるのではなく、「断続的に」(←ここが特徴)、これまで生きてきた山あり谷ありの時間、ずっと聴いてきた音楽。これからも、多分、変わらず聴きつづける音楽。それがグレン・グールドと高橋悠治のピアノなのだ。

2018/10/12

日経プロムナード第15回 わたしお母さんだったけど

曇り空からぱらぱら雫が落ちてきたり、急に冷たい風が吹いてきたり、秋は確実にやってきています。

 日経プロムナード第15回がアップされました。

 わたしお母さんだったけど

 少し前に「あたしおかあさんだから」という歌が流れたことがありました。お母さんだから諦める……みたいな。それに対して、「あたしおかあさんだけど」、でも諦めない、とさわやかに、こ気味よく、応答する若い女性たちのことばがとても印象に残ったので、それについて書きました。
 自分の場合はどうだったか、とあれこれ思い出しながら書いていると、行き着くところはいつも……ここなのよね、というオチもついて。

2018/10/05

日経プロムナード第14回  ジョンとポール

半年の予定の日経プロムナードも折り返し点をすぎて、4ヶ月目に入りました。10月最初の回は:

  ジョンとポール

 言わずと知れたビートルズのあのコンビです。でも!
 ジョンもポールも、もとはといえば聖書に由来する名前。使徒ヨハネとパウロ。そして話は途中から、もう一組のジョンとポールへ移っていって……。
 

2018/09/28

日経プロムナード第13回 真冬の水葬

9月最終回の金曜日。日経プロムナードに、むかし家で飼われていた山羊の話を書きました。

   真冬の水葬

 真冬にネズミ捕りの毒団子を食べてしまった山羊。猛吹雪のなか、死んだ山羊を馬橇にのせて、石狩川にかかった橋まで行く短い旅が、記憶のなかで長い尾をひく。


2018/09/21

日経プロムナード第12回「クッツェー漬け」

 9月第3週金曜日の日経プロムナード、今回はまたまた「クッツェー」です。

 クッツェー漬け

 J・M・クッツェーが初来日したころ、クッツェー! クッツェー! とことあるごとに口にする母に音をあげた娘から、「次にクッツェーって言ったら、罰金100円!」と通告されたことがある。まったく、もう! ホホホ、フフフ、のハハの日々。

今日は特別サービス。記事の写真をアップしちゃいます。読んでね!


2018/09/14

日経プロムナード第11回「ひじ坊」

日経プロムナードも11回を迎えました。今日は以前、飼っていた猫の話です。

 ひじ坊

 動物との関わりは、生まれたときから家に山羊や鶏がいた遠い暮らしの記憶につながり、最後はつい、訳し終えたJ・M・クッツェーの『モラルの話』のエピソードになりました。そこに書かれていた動物をめぐる線引きの基準のことですが。。。

2018/09/07

日経プロムナード第10回「ルサカ、闇の記憶」

9月に入って最初の回は「ルサカ」です。ザンビアの首都の名前。
 ずいぶん前になりますが、初めてアフリカ大陸の地を踏んだときの忘れられない思い出について書きました。

   ルサカ、闇の記憶

 連想は、なんと、大むかしの北海道に飛んで。

2018/08/31

日経プロムナード第9回「サイロのある家」

日経新聞プロムナード、8月最後にあたる今回は「サイロのある家」。北海道で暮らしていたころの話を書きました。

   サイロのある家

 女の子が浮き輪をつけて水に浮かんでいるイラストも、今日で最後でしょう。明日から9月、夏もそろそろ終わりですね。でも今年は暑かった。そして東京は、まだまだ暑い!

明日から9月「ガッコウ」が始まります。どうしても行きたくない学校は、行かなくてもいいかもね。逃げ場がなくなる子供たちのことを思います。生きてていいんだからねえ。そのままで、生きててOKだよ〜〜!

2018/08/24

日経プロムナード第8回「ナカグロ詩人」

日経プロムナード、金曜日。今回は肩書きの話です。


   ナカグロ詩人

 どういうわけか、何を書いてもクッツェーがらみになっていくような気配ですが。💦💦💦

 しかし、今回の奇跡のような「つながり」は、翻訳と詩を両方やれていて本当によかった、と思わせるものでした。人生、捨てたものじゃありません!


2018/08/17

日経プロムナード第7回 クスクスの謎

金曜日の午後、日経新聞のプロムナードに第7回を書きました。

 クスクスの謎

 マグレブ料理をめぐる記憶の連鎖、あっちへ行ったりこっちへ来たり。最後はやっぱり翻訳をめぐる話に落ち着きました。

 先日、猛暑のなか、下北沢で食べたクスクスはおいしかったなあ。大勢でいっしょにわいわい食べて飲んで。でも、何度も行ったお店なのに、ひとりで行くとどういうわけか誰もが迷う。これもまたクスクスをめぐる謎のひとつだ。

*****
後日譚をひとつ。
コラムを読んだMさんから、こんなコメントをいただきました。

「クスクスのつぶつぶが粟だというのはパリで知り合った囲碁の先生のムッシューリムから聞いた話です。
 私たちが行ったのはモンパルナスのクスクス店だったと思いますが、これも最初ムッシューリムが案内してれた店です。彼によれば、もともとアフリカの郷土料理だったときは粟だったものを、ヨーロッパに持ってくるときに小麦の加工品に変えたというのです。その受け売りでいい加減な──」

 いえいえ、面白い展開になったわけですから、ムッシューリムさんにも感謝です!
 でも、70年代のパリはいまと違って、マグレブ出身の人たちはまだまだ少数派でしたよねえ。現在のパリはがらりと変わって、ヨーロッパ系の人より、アジア、アフリカ、カリブ地域の出身者、そしてその子供たちが圧倒的な存在になっていると聞きます。クスクスもしっかり、美味しく食べられるはずです。

2018/08/10

日経プロムナード第6回「紙とPDF」

日経プロムナードも8月に入って2回目です。

 紙とPDF


肩書きが「翻訳家」なので、つい、翻訳にまつわる話が多くなり、そうすると、つい、J・M・クッツェーが絡んでくる。これはもう自然というか、必然というか。
 翻訳をはじめたころはまだ紙が主流だった。小型のワープロはまだなかった。ワープロなるものはあっても、巨大な四角い大げさなものだった。それから30年あまりで、いまや iPad やらスマホやら。

 すぐに忘れてしまいそうなことを、自分にとっても記録として残しておきたい──そう思い立って書いているうちに、マシンと人の流れを追っていた。ワープロから小型パソコンへ移り、原稿用紙やタイプスクリプトからPDFへ激変する翻訳現場について、すこし調べた。いろいろ考えてしまった。

 あれこれ思い出しながら考えていると、浮上してきた J・M・クッツェーの『鉄の時代』をめぐるエピソード。あれは忘れがたい。いまでもあのときの作家の笑顔が、ありありと目に浮かんでくる。2007年12月初旬。
 東京の冬は寒いでしょ? とたずねると、いや、穏やかな(gentle とルビ)冬ですよ、と答えたジョン・クッツェー。その声が耳元で響く。