Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2023/01/22

ペ・スア著・斎藤真理子訳『遠きにありて、ウルは遅れるだろう』の入口で痺れまくる

 J・M・クッツェーの最新作『ポーランドの人/The Pole』の翻訳原稿をメールで送って、ひと息。机の上でじっと待っていてくれた書物たちの山に手をのばして、少しずつ崩していく。

 まず最初に、そこにあって強い単色の光を放っていた『遠きにありて、ウルは遅れるだろう』斎藤真理子訳(白水社)を手に取る。ペ・スアという韓国の作家の作品だ。カバーがいい。「いい」を通り越して、気になって仕方がなかった。

 何人かの人がSNSでこの作品について語っているのを横目で見ながら、ああ、近くにありながら、わたしは遅れてしまう、遅れてしまった、と思いながら今日を迎えた。でも、晴れて一年でいちばん寒い季節にこの本を開いて、いい時期に当たったかもしれないと思う。北国の、雪に閉ざされた家のなかで、ストーブの熱を浴びながら読んだ数々の本たちのことを思い出すからだ。この季節は、東京はまだ雪こそ降っていないけれど、わたしにとって「冴えわたる」 と呼び変えてもいいかと記憶されている時期で──たんに記憶の連鎖によるもので、実際は違うのだが──そこがまた奇妙にこの作品と絡まり合って面白い。

 まず、ペ・スアのこの作品を日本語で読めることがありがたい。斎藤真理子さん、ありがとう。編集者さんたち、ありがとう。本のカバーをめくり、扉の絵に驚嘆し、訳者あとがきを読んで興奮し、本文を読みはじめて度肝を抜かれる。

 訳者あとがきにクリス・マルケルの名前を発見したとき興奮したのは理由がある。フランスのこの映像作家、というか、むかしふうに言うと「映画監督」は1962年に La Jeteé というモンタージュ風の短い作品を作っていて(昨年何度か観た)、それから大いなる影響を受けたのがJ・M・クッツェーだったからだ。クッツェーはその影響下に第二作『その国の奥で』を書いた。

『遠きにありて、ウルは遅れるだろう』を書いたペ・スアという作家がドイツ語から韓国語へ翻訳をしてきた作家だというのがまた気になる。自作は韓国語で書くが、韓国にいるときはドイツ語から韓国語への翻訳をして、ドイツに滞在しながら韓国語で作品を書くのだという。この距離感が何にも増してその作品を特徴づけているらしい。でも翻訳はもうたっぷりやったといって打ち止めにしたようだ。誤訳した部分をめぐる発言がまた、創作者ならではの視点で語られていて、非常に興味深い。

 ある作品から最初に受けた印象は、作品を読めば読むほどどんどんそれとは異なるものによって上書きされ、更新されて薄まっていくものだ。だからとにかく忘却の彼方へ消えないうちに、どれほど新鮮な「痺れ」感覚があったか、ここにメモとして残しておく。杭を立てておかなければ不明瞭になってしまうのだ。メモとしてのこの杭はあとで必ず立ち戻るときが来る。

 さあ、本文へ突入しよう。

2023/01/07

J・M・クッツェー『ポーランドの人』絶賛翻訳中

 今年の初仕事はやはりJ・M・クッツェーでした。3日から、翻訳中の『ポーランドの人/The Pole』の訳文見なおしをコツコツ進めて、今日7日にほぼ目処がつきました。

 昨年中に、3月に出るオランダ語版 De Pool と5月に出るドイツ語版 Der Pole の情報がアップされ、昨年暮れにはオーストラリア英語版の情報もシドニー・モーニング・ヘラルドとオーストラリアンの二紙に出ました。英語版は7月にText Publishing から出るようです。

 コッセ出版から出るオランダ語版の表紙が渋いこと! 左の木版画です。髭を蓄えた男性がピアノに向かっていて、白黒世界のはずが、燭台の2本の灯りだけ黄色く色がついています。

 これを見た友人が「あ、これはヴァロットン!」と教えてくれました。調べてみると現在、東京でヴァロットンの展覧会が開かれているんですね。29日まで。ヴァロットンとは、19世紀末から20世紀初頭にかけてパリを中心に活躍した、スイス生まれの版画家・画家だそうです。

 ネット上に最初に出たのがフィッシャー社のドイツ語版の表紙でした。絵柄は、室内から黒っぽいカーテンがかかった窓ごしに、どこか地中海沿岸の田舎を思わせる風景です。バルセロナ? それともやっぱりマヨルカ島かな、それとも、それとも……

 物語の舞台はおもにバルセロナ、マヨルカ島、そしてワルシャワです。多出するヨーロッパ言語の人名、地名などの固有名の読みを確認すること、それが今後の課題。スペイン語、イタリア語、ラテン語、ポーランド語、ロシア語などいろいろ出てくるところが、クッツェーらしい。

初夏には日本語版で読めるよう奮闘努力の最中です。

2023/01/01

 2023.1.1


あけましておめでとうございます。


今年がどんな年になるのか、まったく見当もつきません。

でも、今年もまた来月で83歳になる作家

J.M.クッツェーで明け暮れます。

最新作 The Pole『ポーランドの人』の

出来立てほやほやの日本語訳を見直しながら、

新年初日の日暮れを迎えました。

生きています。

アデレードで見かけたプラタナスの実

P.S.──プラタナス、大好きなんですよねえ。この写真 ↑ 使うの、何度目かなあ。。。