Elizabeth Costello : I believe in what does not need to believe in me.──J. M. Coetzee

2011/10/28

ジャイプールで45分、朗読するクッツェーの映像

以前もお知らせしましたが、1月下旬にインドのジャイプールで行われた文学祭で、J. M. クッツェーが「The Old Woman and the Cat」という短編を読む映像があります。

 ちょっと音質がわるくて聞きづらいところがありますが、赤、ピンク、金色といった極彩色の背景のなかで、インドの神様の彫刻がほどこされた椅子に座るクッツェー、というのもなかなか面白い光景です。

 クッツェーの右手に腰をおろして、作家を紹介し、「Youth」からマダム・ボヴァリーが出てくる章を少し朗読するのはイギリスの作家/歴史家、パトリック・フレンチ。
 クッツェーが朗読する作品は、ローマカトリックの信仰を背景に、動物に魂はあるのか、という問題をスペインの廃村に住む老女性作家と、それを訪ねる息子との会話という形式で浮上させるものです。
 45分ノンストップで朗読するクッツェーの声を、芝生の上で聞き入るジャイプールの聴衆、これもなかなか興味深い。お楽しみください。

2011/10/23

1969年復刊「ユリイカ」創刊号

住まいを上野から日野へ移したとき、多量の書籍や雑誌を預けることにした。3人のちいさな子どもたちを連れての引っ越し先には、限られたスペースしかなかったからだ。
 書籍はその後も増えつづけ、成人した子どもたちから「この家は本棚以外の家具がほとんどないんだよね」とあきれられた。彼/彼女たちにとっては、自分の育った家に対する認識を新たにしたともいうべきことばである。

 最初の引っ越しから20年後にまた引っ越した。おびただしいダンボール箱の中身がまたしても、ほとんど書籍だった。とはいえ、かつて預けた書籍を放っておくわけにはいかない時期がやってきていた。先日、整理に出かけた。
 思い切って手放すことにした雑誌類のなかに、1969年7月に復刊された「ユリイカ」創刊号があった。表紙といっしょに、安東次男が書いた「復刊によせて」と清水康雄の「編集後記」をここにアップしておく。

 復刊された創刊号が出た1969年7月は造反教官と呼ばれた安東次男にとってはまさに「乱世」、わたしにとっては「19の夏」で、それでも、編集後記にあるように「人間の死を喰べる神」が寝そべっている文学の深淵は、いまもどこかに横たわっているような気がしている。

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復刊によせて  安東次男

『ユリイカ』といっても、あれはいつからいつまで続いた雑誌だったか、と私でさえすぐには思いうかばない。ずいぶん昔のことのような気もするし、つい昨日のような記憶もある。社主であった伊達得夫の貌もそうだ。昭和三十一年十月号創刊、同三十六年二月号まで、よたよたと、頁数もふえたりへったりではあったが、ともかくも続いた。続いたというよりは、伊達は四苦八苦して懸命に出しつづけた。終刊になったのは、このペシミスチックな情熱家が、三十六年の一月十六日に急逝したからだ。まだ四十一歳だった。内気で気の弱い性格の反面、気むづかしいまでに理想家肌だった伊達は、ある意味で慎重でぐずだったが、いったん計画をきめると傍で見ていてあきれるほど強引にそれをやってのけた。惚れこむと、けっしてあきらめなかった。相手をこわさないように細かな気をつかいながら、根気づよく待つすべも心得ていた。名編集者だったし、名伯楽だった。金さえあればすぐれたパトロンにもなれた男だった。那珂太郎、吉岡実、清岡卓行、山本太郎、吉本隆明、飯島耕一、中村稔、大岡信、等々、その年齢層もかれの同世代から一世代後までにわたって掘りだしてきて、詩人というものを一応世間的にも通用するものとして押し出したのは、かれの惚れこみようと、目の確かさだった、といっても言い過ぎではあるまい。いまや現代詩の地図は目まぐるしく塗り替えられて、これらの詩人たちをも、ともすれば旧人の側に追いやりかねない勢いだが、伊達の仕残した仕事の意味は、そういう新旧世代の交替の中に埋没しさるものでもあるまい。このたび清水康雄君から、伊達夫人の快よい同意を得て第二次『ユリイカ』を創刊したいときかされたとき、私は乱世に一人の知己を得て心の温たまる思いがした。同君がかねがね、敬愛する故人の衣鉢をつぎたい意志を持っていたことを私は知っていたし、識見、経験、人と為りいずれの点から見ても、最もふさわしい人、と私には思われるからである。私もささやかな協力をしながら、この火を守り育ててゆきたいと願う。

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編集後記
 かつてのユリイカには、文学の自由と冒険があふれていた。詩の雑誌であったが、詩だけの雑誌ではなかった。
「日本の文芸雑誌は、文学の雑誌ではなく、小説の雑誌だ」とだれかが書いていたことを覚えているが、たしかに、詩や批評を主流とする欧米の文学雑誌にくらべれば、そのような感もないではない。
 ユリイカは、詩と批評を中心に、しかし、領域や形式にとらわれず、あくまで自由に、文学の自由と深淵をめざす雑誌でありたい。
 文学の深淵には、人間の死を喰べる神が寝そべっている。
 復刊第一号の編集をおえて目に浮かぶのは、やはり、亡くなった伊達得夫の姿である。伊達さんは飄々としていた。おそらく、いまも飄々としているのだろう。
 ユリイカの復刊は私の夢であった。(清水康雄)

2011/10/22

雨とともに心にしみる歌、声

昨夜から、いい雨がふる。今朝もやまない。心にしみる雨がふる、ふる、ふる。

 3.11以降、音楽が、歌が聴けなかった。聴く気持ちになれないから、遠ざけてきた。
 がんばっている間は、やわらかなもの、やさしいもの、心なごむものを遠目にしながら、手を伸ばしたいと思いながら、なんとなく、無意識に、距離を置いてきた。自分にそういうものを許してはいけな、まだ、いけない、と思っていた、どうもそうらしい。

 なにかに対して身構える、なにかに対して抗う、その姿勢を貫くために、心の筋肉に力をこめて、まいにち、まいにち。でも。一月ほど前から心がふさぐ。渇いてきた。気持ちが上へ向いて行かない。努力が足りない、と自分を叱咤する。友人も、知人も、東奔西走でがんばってるじゃないか。もっと「困っている人」はたくさんいるじゃないか。そう自分に言い聞かせてきた。でも、それも限界。

 今朝、ある人のfacebook への書き込みを見て、あふれるような感情におそわれる。

 セザリア・エヴォラの「Mar Azul」をかける。セザリアの原点ともいえる(と勝手にわたしが思っている)アルバム。カーヴォ・ベルデの青い、青い海と空。
 昨夜、小樽旅行から帰ってきた娘たちが見せてくれた写真、そこに映っていた風景が思い出される。閑散とした埠頭にウミネコが一羽、あとはただ、なにも遮ることのない海と空の透き通った青さ、目が痛いほどの青。涙があふれそうになる。
 泣いてもいいのだ、と歌はひそかに囁いてくれる。泣いてもいいのだ、甦るために。ふたたび力を取りもどすために。

2011/10/18

チママンダ・アディーチェがサンタフェで

さる9月28日に、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェがニューメキシコ州のサンタフェにあらわれました。2009年に出た短編集『なにかが首のまわりに』から「震え/Shivering」を朗読、そのあとケニアの作家ビンヤワンガ・ワイナイナとトークという豪華なステージ、その一部始終をここで見ることができます。(Lannan Foundation の Podcast から動画をゲットしてください!)

 今日のブログにアップした写真とは全然ちがう、ぐっとくつろいだ表情の2人が早口でやりあうステージは、爆笑、また爆笑です!
 「震え」や第一長編『パープル・ハイビスカス』に登場する人物たちをめぐって、なんとも珍妙なやりとりが展開されます。ワイナイナって、こんなに面白いしゃべり方をするんだ! もうびっくりです。

 この「震え」という短編、もうすぐ出る日本独自のオリジナル短編集第二弾にも入る予定ですが(いま再校ゲラを見ています!)、『なにかが首のまわりに』のなかでは唯一の書き下ろし作品です。アメリカで不法滞在をつづけるナイジェリア人男性(じつはゲイ)と、上昇志向のやたら強いジコチューな恋人にふられたばかりのナイジェリア人女子院生の友情とそれぞれの信仰、という、ややもすると深刻になりがちなテーマがコミカルなタッチで描かれた短編ですが、これが出色。

 早く短編集をお届けできるようがんばります! 本のタイトルは『明日は遠すぎて』になる予定。お楽しみに!

2011/10/10

マイケル・K は詩人だった!

10月10日、つまり今日発表された複数の情報によると、155箱にのぼるクッツェーの手書き原稿、手紙、エッセイ、スピーチ原稿、ノート類などが150万ドルで、オースティンのテキサス大学にあるハリー・ランサム・センターに買い取られ、保管されることになった。

 このセンターのコレクションにはすでに、サミュエル・ベケット、T.S.エリオット、ヘミングウェイ、バーナード・ショー、アイザック・シンガー、スタインベック、W.B.イェーツ、ドリス・レッシングといった、そうそうたるノーベル文学賞受賞者のペーパー類がアーカイブになっている。

 クッツェーのペーパーのなかには、9種類にのぼる『マイケル・KLife and Times of Michael K』の草稿があり、そのうちのひとつでは、なんと、マイケルは才能豊かな詩人だったそうだ。別のバージョンでは教育を受けた発送係だったり。
 アンナという女性も最終バージョンでは母親だが、草稿によっては母親だったり、妻だったり、祖母だったりと役割が変わっていて、マイケルとアンナが息子と母親の関係に落ち着いたのは第6稿だったという。

 現在71歳のクッツェー自身は、ほぼ半世紀にもさかのぼるテキサス大学との縁から(クッツェーはこの大学でサミュエル・ベケットの研究で博士号を取得)、自分のペーパー類がランサム・センターにホームを見つけて満足している、と語っているとか。

 ふう〜む。これから J・M・クッツェーを研究する人は、オースティンのハリー・ランサム・センターへどうぞ、ということのようだ。

 詳しくはこちらへ

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上の写真は2010年にテキサス大学オースティン校を訪ねたクッツェー:マーシャ・ミラー撮影

2011/10/07

静かにすぎた「ノーベル賞」喧噪週間

 今年のノーベル文学賞はスウェーデンの詩人、トーマス・トランストロンメルが受賞した。

 たぶん何人もの人たちが机の前にスタンバイした状態で、6日午後8時にノーベル賞の公式サイトへ行って、「LIVE」という文字が左上にはりついた画面を見ていたことだろう。去年、一昨年は、どきどきしながらその瞬間を待っていた。でも、なぜか今年はすこしもどきどき感がなかった。なにかが決定的に変わってしまったようだ。

 一昨年がル・クレジオだから2年後の今年はフランス語文化圏の受賞者はないだろうと思ったし、去年はスペイン語圏のリョサだったから今年あたりは韓国とかアラビア語圏へ行ってもおかしくはないか、もちろんアフリカもそろそろちゃんと考えたっていいはずだけれど、とか、個人的な期待感はあったけれど、なぜか、どきどき感はまったくなかった。

 ふつうに仕事をしていて、あれ、7時58分だとふと気がついて、クリックして観た。まず、もうおなじみになった顔の発表者がスウェーデン語で述べて、次に英語でやります、といって、ペーパーを見ながら詩人の名前を発表した。あ、そういうことね、という感じ。自国の、80歳を超えた高名な詩人。多くの言語に作品が翻訳されている人だ。日本語訳も出ているみたいだから復刊されることだろう。詩に光があたるのは嬉しい。

 というわけで、また通常どおりの仕事へもどった。それから、半時間ほどして、検索するとネットのニュースにも流れていて、はい、今年はこれでおしまい。お疲れさまでした!  

2011/10/01

西成彦著『ターミナルライフ』

 クッツェーの代表作を、それが生み出されたコンテキストの奥をあたうるかぎり探りながら、本格的に読み解こうとする論が出た。

 西成彦著『ターミナルライフ 終末期の風景』(作品社)の最後の2章だ。
 
 カフカの『変身』『訴訟』『流刑地にて』『城』を論じる各章がならび、カミュの『異邦人』、ナボコフの『断頭台への招待』、セリーヌ『なしくずしの死』、シュルツ『砂時計のサナトリウム』とつづき、フォークナー、プルースト、ゴンブローヴィッチ、ベケット、シンガーと進んで、最後にクッツェーがならんでいる。
 ここであつかわれているクッツェー作品は『鉄の時代』と『恥辱』で、それぞれ個別の章立てで論じられているが、本のタイトルどおり「終末期の風景」が切り口。

 とりわけ『恥辱』の読み解きは秀逸で、主人公デイヴィッド・ルーリーと娘ルーシーを対比させながらの論の展開が読ませる。これまではもっぱら初老の男、デイヴィッドの行動や心の変化を追いかけながら論じられることが多かったのに対して、この本の著者は、旧ヨーロッパ植民地南アフリカのアパルトヘイト撤廃後の社会で、あえて田舎に住むことを選択したヨーロッパ系女性ルーシーを視野のなかにしっかりとおさめている。そこがいい。南アフリカという土地の歴史的な特性を分析し、ジェンダーの問題、それに絡んだ暴力の問題を視座にすえ、どん底から生き直そうとするルーシーという女性の存在や、その生き方の意味を真っ正面から論じているのだ。
 
 じつをいうと、これは『恥辱』という作品のきわめてスタンダードな読み方なのだ。ところが日本では、クッツェーという作家の作品はこれまで、おおむねポストモダン的なスタイル上の分析対象として、あるいは、ポストコロニアル理論に合致する例として取りあげられることが多かった。「リアリズム」に近い『鉄の時代』と『恥辱』という2つの作品を、核心にいたる鋭いことばで、それも日本語のことばで、深く読み解いてみせてくれる論は、これが初めてのような気がする。(わたしが知らないだけかもしれないが・・・。)

 終末期の風景、というサブタイトルが示すように、問題は「生命」であり、人間と動物の関係も含めた、何層にもおよぶそのありようであり、それに光をあてることだから、これは時間を要したことだろう。著者は、ときには原文にあたりながら、「スロー・リーディング」という手段による徹底した読みを用いている。どんどんページをめくって、美味しいところをささっと見つくろってならべてみせる読み方の対極に位置する方法である。読んでいて、ふ〜む、としっかり唸りました。
 
 1999年に「Disgrace」が出てから12年、『恥辱』として日本語訳が出てからも11年の歳月が経過しようとしているいま、ようやく J.M.クッツェーという作家の作品が、正面から、本格的に読み解かれる時代がきたのかなと思う。熱烈歓迎である。

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翌日の独り言:しかしなあ、クッツェーやってると、砂嵐のなかに突っ立ってるような気分になってくるよなあ、だんだん干涸びてく/笑。しかし、これを愉楽に変える方法もじつはあって・・・ふふ。