Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2021/03/26

日本語訳が出ます──J. M. Coetzee: Photographs from Boyhood

ブログを長いあいだ書かなかった。3月は今日が初めてだ。いろんなことがどんどん起きているけれど、ほとんど冬眠状態のような暮らしだった。完全引きこもり状態で冬を越した。引きこもっているうちに、翻訳を1本しあげた。この本です! 秋に書店に並びます。

     J. M. Coetzee: Photographs from Boyhood 

 そして、春になった。まちがいなく春になった。梅が咲いて、風が吹いていたけど、桃が咲いて、杏が咲いて、ユキヤナギの白いはなびらが風に散って、ついに桜の咲く季節になった。

 今年も、コロナ禍は続く。去年のいまごろに比べたら「どうしよう感」は少なくなった。このウィルスがどういう性質を持つのか、どういう経路で感染するのか、感染を防ぐにはどうすればいいのか、対処法も伝わり、少しは身について、日々の暮らしのなかで、緊張感はやや薄らいだ。でも、感染者は増えている。死者も着実に増えている。身体の弱い人、基礎疾患をもつ人や高齢者の割合が、当然のことながら高い。ウィルスは人を選ばないから、感染したらたたかえる力の少ない者は自衛するしかない。危険をできるだけ避けて、家に引きこもりがちになる。淋しいし、辛いけど、もしも感染したら……と思う緊張感のほうがまだまだ強い。重い病気になったり、大きな怪我をしたら、病院へ行っても……と不安になる。だから、それについて考えずにいられるような空間に引きこもる。

 もう一冊、しあげたのだけれど、それについてはまた別に報告したい。今日はひたすら脱力。吹く風の音に耳を澄ましている。

 母が逝ってもうすぐ7年になる。