2020/04/15

J・M・クッツェーのシカゴ講演:『子供百科』で成長すること(1)

雑誌『思想 5月号』(岩波書店)にJ・M・クッツェーのシカゴ講演を訳出した。2回に分けてリポートする。

 『子供百科』で成長すること:Growing Up with The Children's Encyclopedia

 ここでも紹介した、2018年10月9日にシカゴ大学で行われた講演だ。許諾を得たときに著者クッツェーから送られてきた、じつに興味深い14枚の写真も一挙掲載。

 クッツェーは1990年代末から2003年まで約6年間シカゴ大学社会思想研究所に所属し、1年のうちの半年をシカゴで過ごしていた。ノーベル文学賞受賞の報を受けたのはここに滞在したときだった。クッツェー自身にとって思い出深い場所であり、親しい友人たちのいる古巣でもある。司会のジョナサン・リアは、だから、最初に「Welcome home, John!」と呼びかけて、クッツェーにマイクを渡した。

講演の内容は、子供時代の読書がその人間の自己形成にどれほど深刻な影響をあたえるか、ということをみずからの経験を探るように分析、検証していくものだ。
講演後のQ&A
『少年時代』に「緑の本」として出てきた、アーサー・ミー編集の大部な百科事典について、それが第一次、第二次世界大戦間に、イギリス帝国のプロパガンダとして編集され、世界中で売れた背景に何があったか。歴史的な意味を白日にさらしていくのだ。
 百科事典がおもにどのような思想にもとづいて、誰が書き、それがカウンターヴォイスをもたない幼い子供にどういう影響をおよぼしたか。それがいまも彼自身のなかで、どうしようもなくかきたてる感情について。
 講演の内容はスリリングきわまりない。自伝とフィクションの境界があいまいなクッツェー作品を愛読してきた読者には、必聴、必読の内容だ。
 
HarvillSecker版
2020.1
クッツェー作品はそれが書かれた同時期の評論と読み合わせると作品理解を助ける、というのは作家自身の発言で、彼は「蛮族を待ちながら/Waiting for the Barbarians」は同時期に書かれた論考「告白と二重思考」(『世界文学論集』みすず書房)と読み合わせるといい、と推奨している。

 このシカゴ講演はちょうど「イエスの三部作」の最終巻『イエスの死』を書き終えたころの講演だ。教育、子育て、といったテーマと重なる内容から「イエスの三部作」との併読をおすすめする。作品をより深く味わうことができるのは間違いない。(つづく


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付記:公開日が4月15日になっているが、実際に公開した今日は25日。岩波書店から「思想5月号」がとどいたので、リンクを貼った。

2020/04/08

書評:関口涼子著・訳『カタストロフ前夜』

 「じんぶん堂」に関口涼子著・訳『カタストロフ前夜』(明石書店刊)の書評を書きました。

        声はわたし(たち)にも触れる

フランス語で書かれた3冊を、著者みずからが日本語に訳したという稀有な本です。もとの3冊、書名はこんな感じ。

 『これは偶然ではない/ Ce n'est pas un hasard』
 『声は現れる/ La Voix sombre』
 『亡霊食/ Manger fantôme』

 自作翻訳は、作家によってはややもすると部分的な表現の書き直しが起きやすいものですが、訳者である関口さんはこの本を原テクストにできるだけ忠実に訳したそうです。その意味は、本を読むとよくわかります。
 著者と訳者は同一人物ではあるけれど、書くことと訳すことに鋭く意識的であることは、著者が、そして訳者が、ファクトに対して誠実であろうとすることで、この訳書はそのことが浮き彫りになっています。いろんな意味でとても貴重な本です。おすすめです!

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 非常事態宣言という名の引きこもり宣言が出て、今日から引きこもらざるをえない人が増えるけど、基本的に家で机に向かって仕事をする身には、ほとんど毎日が引きこもりなので、生活のペースはあまり変わらない。

 でも、医療現場、介護の現場、清掃や保育の現場、食料や必需品を作ったり売ったり詰めたりする現場、運送する現場、そういうところで働いている人たちに生活の基本的部分を負っていることを忘れずにいよう。心から感謝する。

 そして、今回の宣言の結果、仕事がなくなったり収入が途絶えたり、減収になったりする人に、政府は即座に現金を出す。そうしなければ生活が成り立たない人がいる。無条件ですぐに出さなければダメだと思う。そのための税金であり、そのための「政府」じゃないか。


2020/03/29

解説──ガエル・ファイユ『ちいさな国で』

朝、目が覚めると外は雪。大ぶりの牡丹雪が降っていて、すでに樹木はこんもりと白い帽子をかぶっていた。3月の末、東京はよくこんなぼた雪が降るんだった。満開の桜たちはどうしてるだろうなあ。さて。

 文庫化された本に解説を書きました。epi文庫『ちいさな国で』、早川書房から4月2日(木)の発売です。単行本として出た年に、日経新聞に書評を書き、「はじめての海外文学」でもおすすめの1冊にあげた作品でした。

   ── ガエル・ファイユのふたつの世界 ──

     自伝はすべてストーリーテリングであり、
       書くということはすべて自伝である。
            ──J・M・クッツェー

 この本は、ブルンジ出身のフランス語で書く作家でありラッパーであるガエル・ファイユの小説で、訳者は加藤かおりさん。とにかく書き方がうまいし、そこに出てくる事実に圧倒されます。おもしろくてぐいぐい、訳も読みやすく、最後は心に染みて、しばし沈黙──という感じです。

 ブルンジという小国で、フランス白人の父、ルワンダ難民のアフリカ人の母のあいだに生まれたガブリエルは、内戦が激しくなったブルンジからフランスへ向かう飛行機に、妹といっしょに乗せられていきなり「旅立つ」ことを強いられる。その体験の向こうに、その奥になにがあったのか。

 通称ギャビーが少年期の多感な日々を思い出しながら、あるいは創作しながら、みずみずしいタッチでつづったオートフィクション。背景にあるのはヨーロッパがアフリカを植民地化した歴史と、ルワンダ虐殺です。

 ガエル・ファイユはラッパーとしても活躍していて、むしろこっちが本業なんじゃないかと思うのですが、その魅力はYOUTUBEでも味わうことができます。ぜひ! この本と同名の「Petit Pays」の動画です。


 

(記録のために始めたブログ、最近はちょっと間があくことが多くて反省。。。こまめに書いておくと、不確かな記憶を探るため、あとで検索かければいろいろ確認できる。そう、わたしにとっては、それが本来のブログの役目だった。)



2020/03/27

フラットシューズのチママンダ

コロナウィルスのブレイクアウトが心配されている東京で、週末をどうすごすか? 食べ物、飲み物を確保して自宅で、自室ですごす。これまで読みたかったのに読めなかった本をかたっぱしから読破する。観たいと思っていた映画や動画を観る、というのもひとつの方法だと思います。料理というのもいいなあ。すぐに結果が出て、滋養豊か。

 チママンダ・ンゴズィ・アディーチェのこれまでの動画のなかでも、特におすすめの一本をあげておきます。「エコノミスト」のSacha Nautaがインタビュアーになって、マンチェスターで行われたイベント、白熱したやりとりが展開されます。とくにterfについて突っ込まれたアディーチェの、明快な応答が聞けます。(昨秋このブログでアップしたものですが、再掲!)

 注意して見ると、いつもピンヒールに奇抜なドレスに凝ったヘアスタイルで決めるアディーチェが、このときはシンプルな白い服に紺色のフラットシューズ。髪もゴージャスながら自然のアフロです。

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マンチェスターで10月5日に行われたチママンダ・ンゴズィ・アディーチェのトークの実況中継。OPEN FUTURE FESTIVAL.


以下に大雑把な内容を。(あくまで粗い聞き取りですので引用はお控えください。)

 まずアイデンティティについて質問された彼女:アイデンティティというのは外部からの要求によって変わる、たとえば、最近もUSAの空港でプレミアの列にならんでいたら、あなたはあっちだと指差されたのはエコノミーのほうだった。これは肌の色で判断したからで、ナイジェリアではありえない。ナイジェリアでは、エスニシティか、ジェンダーによって分けられる。だからアイデンティティというのは外部からの問いによって、いくつにも変わりうるのだ、と述べている。だから自分としてはそれをたったひとつに狭めることはできない。

ストーリーテリングについて、作家として、と問われると:もっといろんな声がでてくることが必要だと強く思う。文学作品を読むということは、可能性として、自分の体ではない体から発せられる声を聞くことだと思う。書くというのは、自分の体ではない体から発せられる声を書くことでもある。どんな声であれ、わたしを呼んでいるならその声を物語に響かせていきたいと。

 これまでアフリカ、アジア、ラテンアメリカの物語は長いあいだ、そこの出身の人たちによって語られてこなかった。だから、ロンドンの書店に行っても、本がコロニアルなテイストでならんでいることが多い。もちろんそれは大事よ、だってイングランドはナイジェリアを植民地化してきたんだし、歴史としては……中略……でも、数日前の香港を見てもわかるように、世界中の土地は過去にずっと取り憑かれつづけている。

 それから、『アメリカーナ』について、かなり突っ込んだ質問がきて、アディーチェも非常にクリアに答えている。もう少しニュアンスをつけて、と編集者からいわれたが、それは、もう少し正直さ=あからさまにいうことを控えて、ということだった。

 なんでも比較的率直に語る英語社会で、「もう少しニュアンスを」といわれたとしたら、このニュアンスだらけで空気を読めとかいわれる日本語社会では、どうなるんだ😅?なんて思いながら最後まで見ましたが、最後のほうでオーディアンスから質問が出て、それに真っ向から答えるチママンダ、そして白熱の議論が展開されるようにもっていく司会のジャーナリストもなかなか。

 あとは動画をじかに見てください。

 もしも日本にチママンダを呼ぶなら、同時通訳があいだにはさまるとしても、これくらいの丁々発止のやりとりができるステージになるといいなあ、と思います。
 

2020/03/23

MALIA ふたたび、Covid-19とのつきあい

春だというのに部屋からあまり外に出ない暮らしがつづく。

©2014 Malia
ゲラ読み、書評書きも一段落して、ここ数日は少しゆったりした。そうだ、2月初めにとどいていたのに、まだ封も切らずにおいてあったCDが2枚。このところイアン・ボストリッジばかり聴いていたので、それとはまったく異なるジャンルで、異なるタイプの音楽を、と思ってかける。

 MALIA の CONVERGENCE

 このCDアルバムは最後のTurner's Ship がすごくいい。どこかアフリカンなリズムやメロディー。そうそう、Malia のお母さんはマラウィの出身で、10歳ころまでMalia も家族とマラウィに暮らしていたんだった。

 今月に入ってまだここに2回しか書いてなかった。そう気がついて唖然。2月、3月はぎっしりと仕事が詰まっていたことにあらためて気づく。おまけにコロナ、コロナ、である。Covid-19とのつきあいは、これからだ。先は長い。だって、治療法が見つかるまでは、とにかく緊張はつづくんだから。生活もつづくんだから。

 長いコロナウィルスとの共生まで 、今朝、NさんがまとめていたTV番組の内容を私なりに理解すると

(1)手指消毒──こまめに、丁寧に手指を洗う
(2)マスク──飛沫感染を避けるため、できるだけする
(3)ドアノブなど多数の人が触れるモノは消毒

次の3条件が重なる「場」を避けること

(1)密閉空間で換気が悪い
(2)手の届く範囲に多くの人がいる
(3)近距離での会話や発声がある。

 最初の(2)マスクについては、誰もが検査を受けられるわけではない日本では、自分が感染してるかもと思う人は、咳など症状がなくても、マスクしたほうがいいわけで、これは自分の予防のためではなく、他者を感染させないために必要だと思う。 マスク不足をとにかく解消すべき。まずは医療、介護関係者に重点的に支給すべき。買い占めは絶対にだめ。

 3条件が重なる「場」を避ける、といっても会社勤めをしている人にはほとんど無理な条件だから、ある程度おさまるまで、絶対量、絶対回数を減らすしかない。在宅勤務を積極的に取り入れるとか、交代制にするとか、ざっくりいっても、従来の考え方を変換する必要がありそう。
 もちろん、自粛自粛の結果として収入が激減して生活が成り立たなくなる人たちへの支援は絶対に必要。これは政治の仕事だ。

 なんか足りないところあるかな? とにかく長期にわたるから、これ。たぶん長期戦。Covid-19に対する治療法が出てくるまで。


2020/03/12

ロマン派について考えて、好き放題書いてみることにした(2)

2月に入ってから集中してきたJMクッツェー『鉄の時代』(河出文庫)のゲラ読み作業が一段落(発売は5月7日です)。さて、まわりは? と見わたすと。こもって仕事をする生活にコロナウィルスはほとんど影響しないことがわかった。人混みは、ふだんから極力避けているし。この2ヶ月のあいだ、ペースはほとんど変わらない。

 残念なのは友人との会食の回数がちょっと減ったこと。レストランやカフェなどは軒並み、がらん、街の店先も人影まばら。でも通勤する人たちにはあまり変化はないみたい、あの車内空間はまちがいなく最大の感染温床じゃないかな、と思う……。大変だよなあ。在宅勤務とやらの推奨もかなりあるらしいけど。子供は学ぶ機会を奪われて←これはひどいよ!対応策がなさすぎ!

 わたしのような「ひきこもり仕事」は自分で「区切る」ことがとても大事なので、ひとくぎり! 窓の外は春うらら。

 そこで余白に、「ロマン派アナトミー」の作業をすこしずつ進めよう。というわけで先週とどいたシューベルトの小曲がたっぷり入っているイアン・ボストリッジのアルバムを毎日聴いている。
「鱒」からはじまって「魔王」で終わる25曲。ピアノはジュリウス・ドレイク。1998年録音だから、1964年生まれのボストリッジは33歳か、若い!青い! 31歳で死んでしまったシューベルトには最適! とにかく、年老いて成熟する前に死んでしまった人なのだ、シューベルトは。こんなに「青春」と深く絡めて「ロマン派」を語るにふさわしい作曲家もいないんじゃないか、と勝手に思うことにした。

 じつは、このアナトミーはわたし自身の少女期の経験を分析してみようという作業でもある。1950年代後半から1960年代半ばというのは、ロマン派文学の翻訳が全盛を迎えた時代だったんじゃないだろうか?

 先日も少し年下の男性と話をしたんだけど、「ぼくたちが若かったころって新潮文庫をつぎつぎと読んだよね。「海外文学」と銘打たれた末尾カタログに載っているタイトルと著者名を、たとえ読まなくても、暗記するほどじっとながめてたよね」と彼はいう。
 それで身近に残っている60年代新潮文庫の後ろをながめてみた。最初に出てくるのがたいてい「フランス文学」、ずらりと「名作」がならぶ。それからイギリス文学、ドイツ文学、アメリカ文学、ロシア文学、その他の文学とくるのだ。この「その他」がねえ、摩訶不思議なジャンルだった。中学生のころ毎月楽しみにしていた「赤毛のアン」シリーズは、この「その他」、だってカナダだもん。

 ゲーテ『ウェルテルの悩み』、ヘッセ『車輪の下』、モーム『月と六ペンス』を全集で読んでから、この新潮文庫のリストをかたっぱしから読破、まずドーデ『風車小屋便り』から、という感じだった。

 肥大化した「フランス」「イギリス」「ドイツ」、いまなら考えられないほど末席におかれた「アメリカ文学」。イタリア、スペインなんか影も形もなかった。このようにして、60年代の読書人(!?)の頭のなかに世界地図が形成されていった。もちろんアフリカに文学があるなんて、ゆめゆめ考えもしない。なにしろ「暗黒大陸」だったんだから!!「本格派」はいつだって「西ヨーロッパ」の主要国から、だったのだ。とくにフランスとイギリス、ドイツ。

 戦後、手のひらを返したような「アメリカ化」が無批判に迎え入れられて、ハリウッド映画が怒涛のように流れ込んできた時代。テレビでもアメリカのホームドラマと西部劇が全盛で、「翻案」された和製ポップス(たいていアメリカから、ちょっとだけイタリアから、ほんのすこしだけシャンソン)が白黒テレビで流れた時代。
 そこへフランスからヌーベルバーグの新しい波がやってきた。映画青年たちはこぞって映画館に入り浸った。イギリスからはビートルズやローリングストーンズのロックミュージックが入ってきた。そんな時代。あのころの若者はどんな心情を育てながら生きていたのか?(つづく
 

2020/02/25

ロマン派について考えて、好き放題書いてみることにした(1)

piano:Leif Ove Andsnes, 2004
2月はずっと、イアン・ボストリッジIan Bostridge の歌うシューベルトの「冬の旅/Winterreise」を聴いていた。ボストリッジは1964年12月25日生まれのイギリス人で、歌手になったのはすいぶんあとになってからだという。まずYOUTUBEに出てくる映像と歌が合体したのをたっぷり聴いたあと、CDを買った。2004年録音だからボストリッジ39歳のときの録音ということかな。
 しかしこの人、名だたる新聞などに評を書くインテリでもあり、こんな本を書いている。

 Schubert's  Winter Journey: Anatomy of an Obsession
 『シューベルトの冬の旅:オブセッションの解剖』

日本語訳はタイトルが『シューベルトの「冬の旅」』と、なぜか副題の「オブセッションの解剖」がない。残念だ。というのは、この副題にこそ深い意味があるからだ。ボストリッジがヴィルヘルム・ミュラーの詩を分析する鋭くも現代的な視点というか、それこそがこの本の真価ではないか。つまり、それぞれの詩行をドイツ語から英語へと翻訳し、スパッと解剖するように分析しながら「ロマン派のオブセッション」に光をあてていく、そこがこの本の読みどころなのだと思う。めっちゃスリリングではないか!
 
 なぜこの本に出会ったかというと、J・M・クッツェーの『サマータイム』が引用されているとfb友達が書いていたのを知ったからだ。
 えっ!シューベルトって、あの「ジュリア」の章に出てくるシューベルトの弦楽五重奏曲のアダージョにあわせて、ジョンがジュリアとセックスしようとする箇所?と思って聞いてみると、その通り。その方がくだんの箇所を教えてくれて、読んだ。ナポレオン・ボナパルト亡きあとのオーストリアで、、、という笑えて泣かせる箇所を再読した。

 それで、はまってしまった。もう一度、クッツェーの『サマータイム』を「オブセッションの解剖」という視点から読み返そう。もう一度、シューベルトの『冬の旅』を聴き直そうと。

 ボストリッジは日本でも有名なテナー歌手で、何度も来日しているし、アルバムも出していた。そうなんだ〜!
 わたしは中学生の少女時代あの天鵞絨のような声をしたディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウでシューベルトにばっちりはまったことがある。1960年代はじめのことだけど。

 クッツェーが10代半ばのカレッジ時代にロマン派の詩人にあこがれて、キーツみたいな詩を書こうとしたことは『青年時代』(2002)にも出てきた。

「なんでまた、キーツにひどく惑わされて、自分でも理解できないキーツ風ソネットを書こうなどと思ったのだろう」(『青年時代』─インスクリプト刊の三部作p199

 そこではたと考える。クッツェーにはロンドンに渡ってもやっぱりロマン派的な嗜好、思考、志向がベースにあったし、おまけに旧態然とした旧植民地の南アフリカで21歳まで(1961年まで)学んだ人だったから、人一倍「中央の都市文化」への「憧れ」は強かっただろう。だから『青年時代』は、もっぱらそのころの自分に対する鋭くも批判的な視点で書こうとするんだけど、どうも不完全燃焼ぎみ。
 そこで第3部『サマータイム』(2009)はがらりと様式を変えたわけだ。三部作ってのは、いつも第二部がちょっと面白くなくなるんだ、これは避けられない宿命なのだ。

ボストリッジの本はシューベルトの『冬の旅』を一曲一曲丁寧に分析して、英訳も載せている。『サマータイム』が出てくるのは第4曲「凍結」の章で、読んでみると、その分析がじつに冴えている。ミュラーの詩の「ストーカー性」をみごとに暴いているのだ。

 ロマン派ってとどとつまりは、自分の思いや感情にとらわれて他者がまったく見えない「ストーカー」的な心情だと分析している。分析するだけではなくて、そのオブセッションを体現するかのように『冬の旅』を歌う、その歌がこの上なくいい。なぜだろう。そこを考えてみたい。若いころの録音がとくにいい。そう、30代のあまくてソフトな声がいいのだ。ディースカウはいま聴くと退屈だが、ボストリッジは聴き飽きない。その違いを、ゆっくり考えてみたい。
つづく

2020/02/14

AMAZWIの写真を追加

新設された文学館AMAZWI

NELM時代に収められたクッツェーの第二作「IN THE HEART OF THE COUNTRY」のゲラ(RAVAN PRESS)
**追記:上の写真はtwitter から拝借しました。あしからず!

2020/02/11

大成功のAMAZWIのイベントをめぐる写真をいくつか

南アフリカの東ケープ州グレアムズタウンに開設されたAMAZWI(旧NELM)で、JMクッツェーの80歳の誕生日を祝う会が開かれた。


 カンネメイヤーの伝記によれば、NELM時代の1970年代後半に、Dusklands の原稿*をこの文書館におさめたいと、ケープタウンにJMクッツェーを訪ねたのが、その当時ここの仕事をしていたドロシー・ドライヴァーだったとか。


東京でも/@国立文流、すてきなデザートプレートを用意して、ささやかなお祝いの会が開かれた。(ロウソクを灯して写真を撮っていたら、アイスクリームが溶けだして、クッツェーさんの顔の左側が消えそうになって……あせった!💦💦💦)

***
追記:2020.1.12──AMAZWIのfacebookのサイトから拝借した写真。Picture: Lara Salomon

以下はAMAZWIの(展示?)写真からのようです。






クッツェーが朗読するようす、ドロシー・ドライヴァーがレクチャーをする写真、ティナ・ショッペのイベントの写真もありました。とても充実した文学館になったようです。

ここからふたたびイベントの写真です。
ローズ大学副学長シズエ・マビゼラと握手するジョン・クッツェー
デレク・アトリッジ(右)の司会でJMクッツェーの影響について語り合う
(左から)ミヒール・ヘインズ、シピウォ・マハラ、エレケ・ブーマー、ンティケン・モシェレ

ジョン・クッツェーとヘンリエッタ・ダックス

ジョン・クッツェー満面の笑み!
***
追記:2020.2.13──でも、今日になって感激的(わたしにとって)な写真がアップされていました。Clerke's Bookshop のオーナー、ヘンリエッタ・ダックスとジョン・クッツェーがことばをかわしている写真です。ケープタウンを訪れたときこの古書店に何度も足を運びましたが、ヘンリエッタさんは残念ながら不在で会うことができなかったのです。
1990年代、まだネット書店もないころ、このクラーク書店からファックスで何冊も本を取り寄せました。南ア版の書籍はいまでもここから取り寄せたりします。カンネメイヤーの伝記も(オーストラリアやイギリス版が出る前に)まっさきにここから買いました。

このブログポスト、最初は2月11日にアップしましたが、追記しているあいだに2月9日から始まったイベントは火曜日(11日)に終わり、大成功をおさめたとメイン参加者からの情報がありましたので、それにまつわる写真やコメントを追加しました。これを書いている現在は2月13日お昼(日本時間)です。

***
2023.12.2──*NELMの職員だったドロシー・ドライヴァーさんが1970年代後半にケープタウンにクッツェーを訪ねたとき、原稿を譲り受けたいと申し出た作品は『ダスクランズ』でした。『その国の奥で』ではなく。カンネメイヤーの伝記(Scribe)p.374に出てきます。勘違いをお詫びして、訂正いたします。

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写真のうち、AMAZWIのfacebookから拝借したものは©Lara Salomonです。





2020/02/09

Happy Birthday, John Coetzee!

お誕生日おめでとう、ジョン!

A BOOK OF FRIENDS
J.M.クッツェーは今日で80歳になる。

 2020年2月9-10日に南アフリカの東ケープ州グレアムズタウンで、J・M・クッツェーの80回目の誕生日を祝うイベントが行われる。そのことはここでも書いた。いまごろ、いや時差を考えると、もうすぐ始まるのだろうな。
 それにちなんでジョン・クッツェーの友人たちが文章を寄せた本も、メルボルンのTex Publishing から出る。
 A BOOK OF FRIENDS:In Honour of J. M. Coetzee on his 80th Birthday。編者はパートナーのドロシー・ドライヴァー。


 そしてもう一冊、これはすでに出版されている興味深い本がある。
 ジョン・クッツェーは少年時代、写真家になりたいと思っていた。本気で職業として考えていた。カレッジ時代にカルティエ・ブレッソンにあこがれ、ヴェガのカメラを郵便で注文して購入し、自宅に暗室まで作って現像や引き伸ばしをやっていた。母親ヴェラや弟デイヴィッドの写真、学校の教師である修道士たちをスパイカメラでこっそり撮った写真、ラグビーやクリケットに興じる生徒たちの写真、フューエルフォンテインの大晦日、農場で働いていた人たちの写真など、『少年時代』を読んだ人には、ああ、これがあのときの……と興味はつきないだろう。きわめつけは何枚もさまざまな角度から撮影された自撮りのポートレートだ。

 2014年にケープタウンのフラットを処分するとき見つかったその写真類(といっても多くはネガフィルムの状態)や機材が、そっくりウェスタンケープ大学のヘルマン・ウィッテンバーグに託された。詳しいことは3回に分けてここに書いた。ロンデボッシュのギャラリーで展覧会が開かれたり、イギリスの大学などでイベントにも展示されたりしてきたけれど、その写真類がついに本になった。

 J. M. Coetzee: Photographs from Boyhood

 ウィッテンバーグが序文をつけて、クッツェーが自伝的三部作『少年時代』から引用しながらキャプションを書き、インタビューもついている。英語版は Protea というプレトリアにある出版社から出たが、オランダ語版、イタリア語版、スペイン語版も出るとか。
 
***
それにしても、今年もまた東ケープ州は旱魃に悩まされてるらしい。もう何年も雨らしい雨が降らないという。
https://www.afpbb.com/articles/-/3265677


2020/02/07

生き延びるか、ローレル

昨秋の台風15号でローレルが倒れた。そして先日、斜めにかしいだその樹木があっけなく切り倒され、細切れにされて持ち去られた。しかたがないのかなあ──でも心は痛むなあ。だって木そのものはまだ生きていたんだから。枝は繁っていたんだから……斜めだったけど。というわけで15年あまりをともに生きた愛しのダフネもこれまで!

 しかし。ここ3ヶ月ほどのあいだに根元から天にむかって新しい芽がのびていたのだ。その一部を植木鉢に移植した。最初は根が伸びるように、たっぷりと水をはったバケツに鉢ごと漬けておいた。植えられた小さな芽は、真冬の寒風にもめげずに、ベランダで太陽の光をもとめて身を伸ばそうと懸命だ。けなげ。

 ブログに載せたローレルの写真をざっとふりかえってみた。わがダフネの歴史。

2008.4
2009.4 
2009.7

2012.8

2014.2
2014.4



2014.4
2019.10
2020.2

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ローズマリーも大きな鉢に移植した。昨年、枝を切って透明なガラス瓶に活けて根出しをし、とりあえず手元にあったちいさなプラスチックの鉢に土といっしょに植え付けておいたローズマリー、そろそろ日差しも暖かくなってきたので、大きな鉢に植え替えた。

  もうすぐ春だからね、じきに暖かくなるからね、きみたちは元気に生き延びておくれ!とささやきかけておく。植物だって、話しかけると喜ぶんだよ、知ってた?

2020/02/02

聖性を鏡に映すダークコメディ:木村友祐『幼な子の聖戦』

 あれよあれよといううちに2月になった。

2020.1.24 集英社刊
今年は、小さな人を迎えてお正月を祝ったあと、すぐに翻訳を数ページやって、暮れからの宿題だった木村友祐著『幼な子の聖戦』の書評にとりかかった。2400字の枠ならかなり書けるし、書かなければならない──と背筋を伸ばした。そして書いた。「すばる 3月号」26日発売(集英社)。

 聖性を鏡に映すダークコメディ

 八戸が舞台の小説である。八戸というのは「耳懐かしい」地名なのだ。学生時代に夏休み、冬休みになると上野から青森まで夜行列車に乗った。青森から函館までは青函連絡船だ。函館からさらに特急を乗り継いで滝川へ。
 その旅で、青森に着く少し前の駅が八戸だったと記憶している。降りたことはないけれど。作中に出てくる青森弁というか八戸弁というか、東北訛りというか、とにかく全部がすべて理解できるわけではないけれど、この本にでてくる会話はルビの振られた「意味」を見なくてもおよそあたりがつくものが多い。なかには、これは聞いたことがある、耳にしたことがある、いやいや、わたし自身が使ったこともある、という語に何度か出くわした。

つまり、わたしが育った北海道中部の農村の訛りは、八戸の訛りと共通する表現が多々あったことに、いまさらながら気づいたのだ。ふむふむ、ふむ。土臭い、というか、泥臭いというか。そこには洗練という名のトリックがない。

 ずどんと心の底まで打つような、その八戸訛りのパワフルなこと。それが作品に「劇薬的な効果」をおよぼしていて、すばらしいのだ。そのことは書評にも書いた。しかし、それ以外のことは、まあここでは触れないでおこう。クッツェーとか、ドストエフスキーとか、宮澤賢治とか、出てきます。詳しい内容は、ぜひ、書評そのもので確認してください。

  聖性を鏡に映すダークコメディ

「すばる 3月号」26日発売(集英社)に掲載です。