Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2020/05/02

J・M・クッツェーのシカゴ講演:『子供百科』で成長すること(2)

なんだか妙に気温があがってきて、そよとも風が吹かない午後になった。
 連休中はどこも書店は休業を余儀なくされて、かろうじてネット書店で注文はできるものの、本や雑誌が手に入りにくくなってる。おまけに肝心要の図書館も閉まっている。そこで!

岩波書店の「思想 5月号」に掲載されたJ・M・クッツェーのシカゴ講演:『子供百科』で成長すること(約53枚)──の解説「J・M・クッツェーの最新スタイル」を期限限定でここにアップすることにした! 
 クッツェーの講演の中身は第2巻の日本語訳が出たばかりの「イエスの三部作」と切っても切り離せない内容の、非常にスリリングな話になっているのだ。


*****J・M・クッツェーの「新」スタイル ****

──ほかに読むものがないときは緑の本を読む。「緑の本を一冊持ってきて!」と病床から母親に向かって叫ぶ。緑の本とはアーサー・ミーの編纂した『子供百科』のことで………『少年時代』12章

 これはアレルギーで微熱をだしたジョンが書物を貪るように読みはじめた『少年時代』のシーンである。『青年時代』『サマータイム』と書き継がれた自伝的三部作(1)の初巻を訳してから「緑の本」とはどんな本だろうとずっと思っていた。謎を解いてくれたのが2018年10月9日に作家が古巣のシカゴ大学で行なったこの講演 Growing up with The Children's Encyclopedia (『子供百科』で成長すること)だ。母親が買いあたえた中古の百科事典が少年期の自己形成にどんな影響をおよぼしたか、それを細かく検証しようとする作家はこのとき78歳である。

「緑の本」と呼ばれた『子供百科』の編者アーサー・ミーとはどんな人物だったか、編集方針やその底に流れる思想はどんなものだったか。アングロ・サクソンを最優秀とする雑駁な人種概念、優生学的な進化思想、ひた隠しにされたセックス、みずからの命を捨てる犠牲的精神の称揚など、クッツェーが文章や図版を示しながら論じる内容はスリリングだ。

──中略──

『子供百科』がイギリス帝国のプロパガンダとして愛国的な子供を作るために編集された歴史的事実と、その時代背景を分析する視線が、南半球で生まれた彼自身の少年時代を容赦なく照らしだしていく。

 『イエスの幼子時代』(註3)『イエスの学校時代』(註4)『イエスの死』と書き継がれた三部作は「特別な」子供と教育をめぐる、すぐれて哲学的な思弁小説である。

──以下略──