2022/12/26

日本語の韻文と散文について:2012年「スタジオイワト」のイベントを再録

韻文と散文と、どちらが言語的に濃厚かつ一気に大勢の人間を動かすかといえば、それはもちろん韻文なのですが、世界的にみても各言語が古代から持ってきた神話はほぼ韻文でできている(書かれている、ではなく口承で伝えられてきた時代が圧倒的に長い)。南アフリカのズールー民族の長編叙事詩を最初に翻訳したときから、この問題はずっと考えてきたし、今も考えているのですが。

 日本語の散文はどうか? 韻文はどうか? 近代と日本語のことを考えるときに、10年ほど前のこのイベント体験は非常に役に立つ。再掲します。(2012.3.12)


**定型の強さ、恐さ──昨日、スタジオイワトで**

 詩人、藤井貞和の『東歌篇──異なる声 独吟千句』(定価500円 反抗社出版 カマル社制作)のリレー朗読/ピアノつき、に参加して思ったこと。それは、日本語が内包するリズム、五七五七七五七五七七・・・のすごさだった。いやあ、面白かった!  

20人あまりの人たちが参加して、一区切りずつリレーで読み、それに高橋悠治のピアノ即興演奏が絡むという趣向。作者である藤井貞和がまず最初の「少年」を読み、それを受けて参加者の1人が「祈念」を読み、そして次の「鎮魂」は前夜、急遽参加することになったという2人の琵琶師による詠唱となった。

  それまで、どちらかというと「ぼそぼそ」というふうに読まれていた詩が、ここへきてメロディーをもつ歌となり、詠となり、enhanced されたことばとなって琵琶の音とともにあたりに響いた。

  当初の説明では、わからない漢字が出てきたら作者である藤井貞和に質問し、相互やりとりを経ながら、ゆっくりと進行するはずだった。がしかし、細部はさておき、リズムにのって、どんどん先へ、先へと朗読は進んでいった。

  途中、あれ、その読みでいいのかな、ちがうよなあ、と内心思いながらも、その場の雰囲気に水をさすのもためらわれ、まあ細部はともかく、「鎮魂」ムードにのって粛々と、という雰囲気でいやます勢い、いやそれだけではなくて、次に読むのはだれかな? わたしか? なんて緊張も少しあって、少しの緊張も20余人分天井へ螺旋となってのぼっていくか、とか、いろいろ脳裏をよぎるなか、あっというまに最後の行へ到着してしまったのだ。

  この間、約1時間と15〜18分。

  当初はもっとたっぷり時間がかかるものと主催者は考えていたらしい。少なくとも2時間、いや3時間以上、だらだらやると・・・。しかし・・・。
  意識するとしないとにかかわらず、日本語に埋め込まれている定型のリズム、身体に刻み込まれているリズムは恐るべし、あなどれない、そのことをあらためて認識した一日であった。

  この『東歌篇──異なる声 独吟千句』は、文字で読んでいるときは、定型のなかにもひょんと肩の力を抜くユーモアが組み込まれている。だから、内心くすっと笑いながら読むことになるのだが、昨日、声になった詩ではその「ユーモア性」がどこかへすっ飛んでしまっていた。このことは参加者の一人がいっていたのか、いや詩人その人がいっていたのか。確かに。

  終演後、福島のお酒を飲みながらだらだらと話すなか、高橋悠治が述べていたことばが心に残っている。それは、切る箇所を変える、つまり、五と七、七と七、のあいだを切らず、またぐようにすればいい、ということだったと記憶している。そうか。

  北海道という開拓地の出身者であるわたしは、内地のヒョウジュンを学び、追いつき、合わせようとする教育のなかで育ったせいか(どうか?)、なんとか抗いたいと思いながらも、みんなに合わせっちまって・・・ああ、力の抜き方が足りなかったぜ、と自省するばかり。ハハハ。 (敬称略)

  最後に、企画の八巻美恵さん、ありがとう! 平野公子さん、福島のお酒、おいしかったです!

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 付記:朗読後の質疑応答のなかで、高橋悠治さんがした質問と指摘は記憶されるべし、であった。近世にあったさまざまな日本語のリズムが、近代化とともに「軍歌」と「詩吟」に収斂されていったという指摘である。(このまとめ、これでいいのかな?)

2022/12/14

「海外文学の森へ」──トニ・モリスン『タール・ベイビー』について

 復刊されたトニ・モリスンの『タール・ベイビー』(藤本和子訳、ハヤカワepi文庫)について書きました。2022.12.13付、東京新聞夕刊の「海外文学の森へ」です。
 このリレーコラムが始まったのが2021年の1月ですから、これでちょうど2年ほど。これがわたしにとって今年最後のコラムです。その全文を以下に。

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 流れるチョコレートを思わせる表紙の『タール・ベイビー』は、恋の物語である。舞台はカリブ海の小さな島だ。

 登場するのはフロリダ州の黒人だけの小さな町で育ったサン、目にサバンナをたたえた黒人の男と、大富豪の白人の庇護を受けソルボンヌで美術史の修士号を取ったジャディーン、「白い文化によって構築された黒い女」だ。二人はふいに出会い、惹かれ合い、恋に落ちる。でも考え方も感じ方も激しく異なり、相手を理解できずに傷つけ合う。


「タール・ベイビー」とはアメリカ黒人の間に伝えられ広く流布してきた物語の一つで、狐と兎のエピソードに出てくるという。狐は人形に黒いタールを塗って囮にし、兎を捕まえ食べようとする。兎が人形に声をかけて触れた瞬間タールがくっついて離れなくなる。狐は白人、兎は黒人をシンボライズしている。

 サンとジャディーンの違いは、そのままアフリカ系アメリカ人の共同体内部の葛藤を指している。サンはジャディーンをタール・ベイビー的存在から救出して、民族の歴史との連続性を取り戻させたいと思い、ジャディーンはサンを向上させて、アンダークラスと呼ばれる最下階級の世界から救出したいと考える。


 二人が体現するこの差異のなかにモリスンは、作品が書かれた時代にアメリカ黒人全体が突きつけられた問題を示唆的に描きだす。人間以下の存在として売買された彼女ら彼らが「人間として」生き延びるために創造したのが、音楽、ダンス、語りに象徴されるアフリカン・アメリカン文化だった。それが大きな変容の波を受けるとき、サンかジャディーンかとどちらかを選ぶだけではすまないのだと。


 こうした作品のコンテキストを翻訳者の藤本和子はモリスンに直接インタビューして解き明かす。その文章は四半世紀後のいまも輝きを失わず、BLM運動の奥深い歴史的背景へと読者を繋いでいく。


 藤本の聞き書き『塩を食う女たち』『ブルースだってただの唄』が次々と文庫化されて「藤本和子ルネサンス」を迎えている。そこに『タール・ベイビー』が加わった。困難な時代を生き延びる手がかりが、また一冊復刊されたのが嬉しい。 


  くぼたのぞみ(翻訳家)   

                           


🌹🌹🌹🍾🍾🍾

(今夜はアクアパッツァでスパークリングワイン!──無事に暮れを迎えられそうなお祝いです)



2022/12/06

「すばる 1月号」にブローティガン下北沢泥酔激怒事件など、など、など


斎藤真理子さんとの往復書簡「曇る眼鏡を拭きながら」も11回目を迎えました。毎月かわるがわる1年の予定で書いてきた手紙も6通目、わたしの最後の手紙になります。

 「すばる1月号」は今日発売です。

 最終回なので、思い切り、あちこち話は飛びまくり──ということはなくて、小さなジャンプはあっても話の軸はいつも「藤本和子」で、その仕事を中心にブローティガン、森崎和江などグルグルとまわりました。藤本和子は「塩食い会」の主軸ですから。
 前回、真理子さんが書いた「ブローティガン下北沢泥酔激怒事件」に刺激されて、カチッと火の点いたある記憶について書きました。1975年に『アメリカの鱒釣り』の日本語訳が出版されたころ、ブローティガンがどんな感じで語られていたか、どう受け入れられていたか、わたしの身近なところで起きていたことを書きました。

 それ以後ブームのようになったブローティガン紹介の流れと、四半世紀後に翻訳者である藤本和子が書いた『リチャード・ブローティガン』について、これはもう壮大な「訳者あとがき」ですね。とりわけ『愛のゆくえ』なる日本語タイトルで紹介された作品を、一歳違いのルシア・ベルリンの短篇「虎に噛まれて」(岸本佐知子さんの訳『すべての月、すべての年』所収)とちょっと比較してみました。さて、共通のテーマは?

 藤本和子は森崎和江から大きな影響を受けたと明言していますが、その森崎が今年95歳で他界して、『現代思想』が特集を組んだ。その号に「えっ!?」と驚く文章があって、、、、森崎の『慶州は母の呼び声』に書かれていた一文をめぐって、自分の記憶を洗いなおさなければいけないと感じたのです。この本が出た1984年ってどんな時代だったのか、と調べ、考え、確認して、そんな道行きになりました。

 締めくくりは「世界文学」と「古典」と「翻訳」です。沼野充義さんの「世界文学」をめぐる比喩表現や、J・M・クッツェーの有名な講演「古典とは何か?」から引用しながら着地!

            *         * 

 思えば昨年のいまごろ、第一回目の手紙を「雪の恋しい季節です」と書きはじめたのでした。また寒くなり、ふたたび冬がめぐってきて、ああ一年が過ぎたなあ、と冷たい空気のなかで深呼吸をしています。2022年はウクライナ/ロシアの戦争(まだ過去になっていない!)、安倍元首相の銃殺事件、円安ドル高による物価高騰(これも現在進行形)、いろんなことが怒涛のように襲ってきた年でした。個人的にも大きな試練の荒波にもまれ、そのただなかで嬉しい受賞があって、まさに悲喜こもごもの年でした。

 さてさて、来年初めに予定される斎藤真理子さんの最終回はどうなる? それで2人の往復書簡は締めくくられます。とても楽しみ!

 

2022/12/02

1983年『マイケル・K』がブッカー賞を受賞したときのジョン・クッツェー

 めずらしい動画がアップされていました。1983年、J・M・クッツェーが『マイケル・K』で最初のブッカー賞を受賞したときのようすです。全体で50分あまり。クッツェーはロンドンで行われた授賞パーティには出席していませんが、撮影クルーがケープタウンまで行って録画しておいた動画が流されています。

 ラフなシャツ姿の43歳のジョン・クッツェーが──おそらくケープタウン大学の研究室でインタビューを受けたのでしょう──声も若々しく、自作について語っています。

 最初は『マイケル・K』の作品紹介があって、作品からクッツェー自身の朗読や短いインタビューなどが映像にかぶさります。『マイケル・K』という作品の背景になった南アフリカの状況を、クッツェーが具体的に語っています。作品内には主人公が白人か黒人かということは直接書いていないし、時代設定は'80年代末だけれど、列車に乗るにも、移動するにも、結婚するにも、その度に、公的機関からあなたの人種は何かと問われる……と。


 いま、こうして極東の日本という土地でこの1983年の映像を見ると感慨深いものがあります。本邦初訳のクッツェー作品として『マイケル・K』が出版された1989年、この作品を「マジック・リアリズム」だと評する文が雑誌に掲載されました(何度か書いてきましたが)。いま読めば「リアリズム」そのものなんですが。でも、当時の日本の文芸ジャーナリズムは、おそらく、その意見を疑うことさえなかったのではないか。それほど南アフリカの社会的状況の内実は伝わっていなかったし、バブルにわく日本社会は南ア産のダイヤやプラチナを買い漁る人たちがいる時代だった。「見る目が曇っていた」のではないかと思います。むしろ「マジックリアリズム」なのだとレッテルを貼ることで「わかった」ような気になる状況だった。

 南アフリカといえば人種差別制度=アパルトヘイトの国だ、ということだけは伝わっていたけれど、その具体的な内実は分からなかった時代、それが1980年代末の日本だった。でも、この状況は変わったかな? 南アについては情報は入るようになったけれど、レッテル貼りで理解したつもりになることは加速度的に進んじゃったのではないかなあ(愚痴です)。

 さて、上の動画は、さらに他の作家の作品について紹介があって、審査委員長(フェイ・ウェルダン)によって受賞作が発表されます──彼女はしっかり「クッツェー」と後半部の長音「エー」にアクセントを置いて発音してますねっ! (ただしThe Life and Times of Michael Kと The がついてしまってるけど💦)

 代理の人が賞金(多分小切手)を受け取り、司会者がクッツェーのことを「シャイというより self-effaceing(表に出たがらない)人なのだ」と述べて、後半のインタビューが始まります。およそ48分からです。

 どうぞお楽しみください!

 ちなみに、1983年にはまだ「ブッカー・マコンネル賞」という名前だったんですよ〜〜。舞台背景に明示されていますが。

2022/11/16

J・M・クッツェー絶頂期の短篇集『スペインの家:三つの物語』発売です

 J・M・クッツェーの絶頂期に書かれた三つの短篇が日本語になりました。『スペインの家:三つの物語』(白水社 Uブックス)です。予定より少し早く11月24日発売で、版元サイトに書影も出ました! この本の原書を入手した経緯はここでお知らせしました。

白水Uブックス, 2022
 収録された「スペインの家」「ニートフェルローレン」「彼とその従者」は、クッツェーの移動期にあたる2000年から2003年に書かれた短篇です。

「スペインの家」が発表されたのは2000年、『恥辱』で2度目のブッカー賞を受賞したばかり。これから移り住む家を、中高年になった男性が結婚する相手に喩えて、あれこれ考える話です。移民先の土地の人たちとの関係はどうなるか、なんてことも描かれています。

 次の「ニートフェルローレン」は62歳まで住んだ南アフリカという土地(農場)は、こんなふうに使われることだって不可能じゃなかったはずだ、と残念に思う気持ちがじわじわとにじみ出てくる作品。そして最後の「彼とその従者」はノーベル文学賞受賞記念講演で、本邦初訳です。

 どれも、飾らない端正な文体で、サラサラと読ませますが、最後の「彼とその従者」はなかなかの曲者です。デフォーの『ロビンソン・クルーソー』をベースにしたポストモダンぶりを楽しんでいると、だんだん「?」となってくる。既知の作品世界の要素をちりばめながら、作家個人の体験へと読者を引きつけていく寓意的な物語なんです。クッツェーはこの短篇を、2003年12月にストックホルムで朗読しました。

 J・M・クッツェーがノーベル文学賞を受賞したのは、南アフリカのケープタウンからオーストラリアのアデレードへ住まいを移した翌年のことです。

 クッツェーという作家がどんな作品を書いてきたか、ケープタウンからアデレードへ移ってどう変化したのか、彼の作品は単なるオートフィクションじゃないのだということも含めて、「訳者あとがき」で謎解きをしました。この作家の曲者ぶりを、ぜひ確かめてください。
 謎解き解説のタイトルにした「大いなる思想と寓意の海へ」は編集者のSさんの発案で、「訳者あとがきに代えて」使わせていただきました。

Penguin 版、2004
 さてさて、Uブックスのカバー(左上の写真)はジョン・クッツェーの渋いプロフィールですが、もうお気づきでしょうか? ここには作家名:J. M. Coetzee に含まれるアルファベットがすべて使われているんです。それも変形を重ねてデフォルメした文字群で描かれています。

 ノーベル文学賞を受賞した翌年にペンギンから出た、おしゃれな、ざらっとしたベージュの布張りの本に使われていたプロフィール(右の写真)です。これは2006年9月に初来日したジョン・クッツェーから何人かの人が、お土産にプレゼントされた本でもありました。

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追記:2022.11.18──Uブックスの帯をとった1冊とつけたままのものを並べて写真に撮ってみた。それをアップして、気がつきました。Penguin版のオリジナル・デザインと微妙に違うのです。襟のところが、、、ふむむむ。

 



2022/11/01

八巻美恵『水牛のように』をしみじみと読む秋

 暑かった夏が終わり、秋の気配に喜びつつも、この一年間の怒涛のような時間からようやく抜け出せてホッとしすぎてしまったのか、先月は脱力のあまり投稿ゼロとあいなりました。気がつくと今日はもう11月です。


 八巻美恵さんの『水牛のように』 をポツポツと読んでいます。おすすめです。これは一気に読みたくなる本だけれど、一気に読んでしまうにはもったいないほど「美味しい本」なので、はやる気持ちをおさえて、毎日、ちびちびといただいています。美味しいチョコレート、いや、美味しいリモンチェッロ(どうしてこのお酒の名前が出てくるか、それはこの本を読めばわかります!)を舐めるように、読んでいます。

 ガッツリ翻訳をやったあとや、昔読んだ本を書架の奥から引っ張り出して(自分の記憶を訂正し)引用しながら書いたりしたあとに、このエッセイ集を手に取って、はらりと開く。読みはじめると、肩の凝り、首の凝り、そして気持ちの凝りまでほぐれてくるんです。

 この『水牛のように』は、毎月「水牛」のウェブサイトで更新される短めのエッセイをまとめた「日々のかけら」(あ、これ、前にも読んだかな)と、しっかりエッセイと(これは初めてかも、でもひょっとしてあそこで……)とが混じりあっていて、こちらの記憶も定かではなく、ふんわり混沌としてきます。日付はあっても年の記載がないのです。そしてそれが心地よい。効能は抜群! それがどういうことかは……ふふふふ、ふっ🌹

 八巻美恵さんと、この世で初めて会ったのは、多分、1970年代の半ばで、わたしがまだヘロヘロOLをやっていた時代でした。知人が企画したコンサートを手伝ったときでしたが(たぶん八巻さんは覚えていないと思う)、80年代になって「水牛通信」に混ぜてもらってからは、断続的に会うようになって、わたしが「アフリカ」で忙しいころまた少し遠ざかり、落ち着いてきたころ復活して……という感じだったかな。

 そして2014年に出した第四詩集『記憶のゆきを踏んで』を八巻さんに編集してもらったのでした。装丁は平野甲賀さん、発売はおなじころ出た、J・M・クッツェーの自伝的三部作『サマータイム、青年時代、少年時代』の版元インスクリプト。

 その後、藤本和子の本を復刊させるために集まった「塩を食う女たちの会」で飲み会を開くようになって3冊の復刊が成りましたが、八巻さんはその中心にいつもいた。ふわっと、重力のないような不思議な存在感を発揮して。

 エッセイ集をはらりと開くと、そのあたかも「重力のないような」がたちどころに伝播して脳内に透明な膜をはり、独特な心地よさを醸成します。その不思議さには、分析なんかしちゃだめよ、ときっぱり言われているようなところがあって。。。ふむ。ただ、感じていたいような、月とか星とか花なんかもたくさん出てくるエッセイです、(あっ!そうか!)

 帯は、斎藤真理子が書いた「読書感想文」から取られています。発行が平野公子の horobooks(hello@horobooks.net)、編集が賀内麻由子、装丁・本文デザインが吉良幸子、カバー画が木村さくら、という面々で、本に手を触れると紙からも指先にしっかり伝わってくる、とても素敵な本です。(敬称略)

 


2022/09/23

優しい地獄の天国行き

イリナ・グリゴレ『優しい地獄』(亜紀書房)について東京新聞に書きました。「海外文学の森へ」というコラムです。最初に「優しい地獄の天国行き」というタイトルをつけて送ったのですが、予想通り、そのタイトルはサラリと却下されました・笑。

 でも、そんなふうに、天国行き、という表現を使いたくなる何かがこの本にはあるんです。だから、却下されて文字には残らなかったけれど(まあ、当然でしょうが)、自分でも忘れてしまわないように、ここに記録しておきます。

 ルーマニア北部の農村で生まれて育ったイリナ・グリゴレという人が書いた本です。とにかく、すごい迫力の日本語でのっけから頭をガツンとやられます。その切迫性がもろに伝わってくるところがこの本の最大の魅力なんだけれど、書くことに対する厳しい方法論にも、映像文化人類学者であるイリナさんの美しいまでの矜持が感じられます。

 読んでいくと、1984年にチェルノブイリの近くで(ルーマニア北部からそれほど遠くないのだ)生まれ育ったことによる影響を、同じ世代の人たちがモロに受けていることが、じわじわと滲み出てくる内容でもあって、がっつり視野が開かれます。

 9月20日東京新聞夕刊の記事を、ここに全文貼り付けます。


優しい地獄の天国行き


 この切実さはなんだろう? と思いながらページをめくる手が止まらない。

 赤ん坊がいきなり世界に放り出されるときはこんな感じなのか。素描される世界のイメージと、それを感知する生身の感覚が、ざらりとした詩的表現として迫ってくる。


 土と木と畑の匂いが立ちのぼる。畑から素手でもいだトマトの味がよみがえる。著者はルーマニアの農村で生まれ、祖父母が作る畑と近くの森で採れた食べ物で育つ。家の前の桜の木の実、森のきのこや山菜。畑で葡萄を作り、育てた豚を屠り肉を貯蔵する。どの家にも地下に貯蔵室がある。お昼ご飯はいつも畑のそばの胡桃の木の下で食べた。それは自分もまた生き物であることを認識する、かけがえのない感覚であり記憶だ。


 母や父は町で教師として、工場労働者として働く社会主義時代。だが著者が生まれた二年後にチェルノブイリ原発事故が起き(詳細を知るのはずっと後)、五年後にチャウシェスク政権が打倒される。

 町の学校に通うようになったイリナは、十四歳のときここから出ていきたいと切実に思う。本当は映画監督になりたかった。でも、女性が映画監督になるには…分厚い壁が立ちはだかる。


「トンネルを抜けると雪国」と始まる川端康成の小説を読んでこれだと思った。日本語を学び、日本へやってきた。舞踏にのめりこみ、文化人類学者として獅子舞の研究を始める。現在は大学で映像人類学を教えながら二人の娘を育てている。寝る前の娘にダンテの『神曲』の話をしたときのやりとりから、この本のタイトルは生まれたという。


 自分の身体を舞台にして、そこで展開される生そのもののイメージを、獲得した言語で突き放すように書くオートエスノグラフィー。文学のオートフィクションへ通じる斬新さは「翻訳されて生まれてきた/born translated」ことばたちに支えられている。


 そんなことばが読み手に激しく流れこむとき、壁が音もなく崩れ落ちて、見えない境界がいくつもあったことを知らされた。

 この世に生まれて、<ある>、という違和感を、そのひび割れを満たしてくれる本だ。




2022/09/13

J・M・クッツェーの新作 The Pole について

 いま訳している本について少しだけ書きます。

スペイン語版 El Polaco
 J・M・クッツェーの新作です。The Pole、最初このタイトルを見たときは、えっ! 南極とか北極とか、いわゆる極地か? と思いましたが、いやいや、これは「ポーランドの人」という意味でした。

 もちろん英語で書かれたテクストですが、クッツェーの覇権言語としての英語に対する批判的態度は揺るぎなく、今回もまず、スペイン語訳の El Polaco が7月1日に出版されました。ふたたびアルゼンチンのMALBAの出版局「アリアドネの糸」からです。

 これは2018年に出た『モラルの話』とおなじパターンですが、今回の翻訳者はマリアナ・ディモプロス、2018年4月にカテドラ・クッツェーのラウンドテーブルで舞台に上がったり、その後、オーストラリアとアルゼンチンの相互プログラムに参加していた作家、翻訳者です。オーストラリアに滞在する2人のアルゼンチン作家にクッツェーがインタビューした記事があって、そこでは非常に重要なテーマが議論されていたのをこのブログでも紹介しました。

 今回、ディモプロスには翻訳者としてだけでなく、作品が書かれるプロセスにも最初から関わってもらったと、クッツェー自身がスペイン語圏のニュースで述べていました。その理由は? 作品を読んでいただければ、よくわかりますが、登場人物の49歳の女性の考え方や言葉遣いなどについて、ディモプロスの意見をクッツェーが取り入れた、ということのようです。そのため、作品内の会話に違和感がない。

 どんな話かって?

 じつは9月6日に発売された「すばる」に少しだけ書きました。斎藤真理子さんとの往復書簡「曇る眼鏡を拭きながら 9」です。ぜひチラ読みしてください。

 上の写真は、9月に入ってすぐに到着したスペイン語版の書籍です。Amazon fr.から取り寄せました。


 

2022/09/06

「すばる 10月号」──「曇る眼鏡を拭きながら 9」

斎藤真理子さんとの往復書簡もいよいよ後半に入り、その後半もさらに半ばを超えて、というところまできました。峠の茶屋で一服です。

 今日発売になった「すばる 10月号」の「曇る眼鏡を拭きながら 9」には盛りだくさんに、いろんなことを書きました。1968年の記憶、1984年から89年にかけて起きたさまざまなこと。懐かしい人たちもたくさん登場して。そして! 
 ぜんぜん話は飛べてないけど。ふたたびの「ヴィヴァ、藤本和子ルネサンス!」になりました。

 それにしても、斎藤真理子さんの著書『韓国文学の中心にあるもの』(イースト・プレス)は本当にありがたい本です。多くの人に読まれている──そりゃそうでしょう、と言いたくなる。

 というのもこの本は、朝鮮戦争が勃発した1950年に生まれた人間(わたしです!)にとって、かの半島に関連する文学を読むとき、歴史的背景を貫く一本の背骨となってくれるからです。大きな森への入り口を指差してくれる本といってもいいかもしれない。

 森へ誘われながら、入り口を見つける手がかりを求めながら、ここかなと思って入っていくと、すぐに怖いゲートキーパーが現れて、あんたは北なの南なの!と問いただされた。それでボークして先へ進めなくなったころの、自分の至らなさ、力不足をくっきりと指し示してくれるからです。森の豊かさまで至れない。それは日本語をあやつるこの地の歴史認識の浅さをも指差している。
 
 キーワードは「恥の忘却」です。

 おまけに『韓国文学の中心にあるもの』には、向こうの崖にあるものまで整理してもらえる。そんな力技に満ちているんです、この本は。感服しました。書いてくれて本当にありがとう、と何度でも言いたい。

 その斎藤真理子さんとの往復書簡の第9回、集英社刊「すばる 10月号」には、いま訳している J・M・クッツェーの新作 The Poleについてもチラリと書きました!



2022/09/05

藤本和子著『イリノイ遠景近景』(ちくま文庫)がとどいた!

 藤本和子著『イリノイ遠景近景』(ちくま文庫、2022年9月刊)がとどいた! 

手前がちくま文庫、後ろが単行本
岩波文庫『塩を食う女たち』(2018年12月刊)、ちくま文庫『ブルースだってただの唄』(2020年11月刊)に続いて、文庫化されたのは三冊目です。

 八巻美恵、岸本佐知子、斎藤真理子、くぼたのぞみが、4人揃って初顔合わせをしたのは神保町の日本酒を飲ませる店だった。

 あれは2016年か、2017年ころだったろうか。最初に文庫化された『塩を食う女たち』にあやかって、4人の会を「塩くい会」などと呼んで、あれ以来、酒を飲んでは知恵を出し合ったのだった。

 おかげで、藤本和子が80-90年代にこの世に送り出してくれた仕事を、あらためて再確認しながら、文庫にすることができたのは本当に嬉しい。今こそ読まれる本たちなのだから。

 今回『イリノイ遠景近景』の解説は岸本さんが書いてくれて、これはもう解説だけ読んでも美味しいのだ。

『ブルースだってただの唄』の解説を斎藤さんが書いたときも、オイラなどは感激に咽び泣きたいくらいだったけれど。

 ちくま文庫に入るよう頑張ってくれた編集者の河内卓さんに、深々と頭をさげてお礼もうしあげる。Merci beaucoup!

2022/09/01

J・M・クッツェーの短編集『スペインの家──三つの物語』が暮れに出ます!→11月になりました。


すっかりご無沙汰してしまったブログですが、facebook  twitter を見る時間が増えて、気がつくと元気が削がれている。情報は早いし貴重な意見もあるのだけれど、パッチワークのような細切れの情報ばかりだと、変に心がすさんできます。というわけで、バランスを取るために、古巣に戻ってきました。


 訳書としては初訳となる『スペインの家──三つの物語』は、原タイトルが Three Stories、オーストラリアのText Publishing から2014年に出版された、おしゃれで、小さな本です。

 この年、アデレードで11月に開かれたシンポジウム、「トラヴァース、世界のなかの J・M・クッツェー/Traverses: J.M.Coetzee in the World」の2日目に、先行発売されたのをわたしもゲット。そのときのことはここに書きました

 あのシンポジウムからすでに8年、あっという間のようにも感じられますが、その8年のあいだにどれほどたくさんの出来事があったか、とりわけこの土地で(日本で!)起きたことについては、思い出すだけでほとんど目眩がしそうです。

 さて、『スペインの家──三つの物語』には、タイトルの通り三つの物語が入っています。日本語訳のタイトルになった「スペインの家」、そして「ニートフェルローレン」と「彼とその従者」ですが、それぞれにクッツェーらしく、淡々と、それでいてペーソスに溢れ、ノーベル文学賞受賞記念講演「彼とその従者」にいたっては、ロビンソン・クルーソーの話を背後に置いて、と思っていたら、どこへ連れて行かれるのか?という展開で、十二分にひねりの利いた物語になっています。

 白水社から12月に刊行予定です。どんな装丁になるのか、とても楽しみ!

2022/08/04

「すばる 8月号」に「曇る眼鏡を拭きながら 7」が

 

「すばる 8月号」に「曇る眼鏡を拭きながら 7」が載っていたのをお知らせするの、すっかり忘れていました。💦💦💦

 もうすぐ次の号が出るのに! 明日ですね、9月号には斎藤真理子さんのすご〜く面白いお手紙「曇る眼鏡を拭きながら 8」が紙面を飾る予定。

 そのお返事「曇る眼鏡を拭きながら 9」を、いま書いているところです。いや、これ、ちょっと長いな!