Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2018/08/19

アルゼンチンの作家2人にクッツェーがインタビュー

8月17日付の Sydney Review of Books に面白い記事が載った。

'Other ways of saying'──他の語り方


2018.5マドリッドで
アルゼンチンの2人の作家が、JMクッツェーのインタビューを受けている記事だ。現在オーストラリアに──最初はアデレード大学に、次にはシドニー大学に──滞在する2人の作家は、マリアナ・ディモプロス(1973年生)とアリエル・マグヌス(1975年生)。書いてまとめたのはクッツェーで、インタビューは7月に行われたとある。
 
クッツェーの最初の質問はこう始まる。

Balzac famously wrote that behind every great fortune lies a crime.
どの巨万の富の裏にも犯罪があるとバルザックが書いたことは有名だ。)

引用元のフランス語はこんな感じ。

Le secret des grandes fortunes sans cause apparente est un crime oublié, parce qu’il a été proprement fait.
明白な根拠のない巨万の富の裏には忘れられた犯罪が隠されている。なぜなら犯罪は適切に犯されたからだ。)

そしてクッツェーは次のように続ける。──One might similarly argue that behind every successful colonial venture lies a crime, a crime of dispossession.(おなじように人は、植民地的な大胆な試みが成功した裏には犯罪が、土地や富を奪ったという犯罪があると言うかもしれません。)

マリアナ・ディモプロス
 19世紀にバルザックが書いたことばが、長いあいだにさまざまに引用されて、クッツェーが冒頭に置いたかたちになっていったプロセスは、とりもなおさず、植民地主義による巨万の富がいかに形成されてきたかを自覚するヨーロッパ人(とその子孫たち)の認識の変化をあらわしているように思える。これは面白い。

 アルゼンチンは17世紀にスペイン人が入っていって先住の民を征服したコンキスタドーレスの時代、それ以後も独立してから「砂漠」と呼ばれた土地を奪っていったコンキスタの時代──これがいまあるアルゼンチンの文化/野蛮の基礎だとディモプロスは語る──といったことが、このインタビューを読むとわかる。

アリエル・マグヌス
 そんなアルゼンチンの歴史と、1976年から1983年代まで続いた軍政と、それに直接かかわった彼らの親世代を通して、2人の書くものにもその影響は影として浸透していると述べていく。
 さらに面白いのは、この2人の1970年代生まれの作家たちが、ドイツ語からスペイン語への翻訳をしている人たちだということ。とりわけ、ディモプロスはフランクフルト学派から影響を受けて翻訳をすすめ、また、マグヌスはボルヘスとライプニッツを絡めて修士論文を書いたそうだ。
 文学者たちはアルゼンチンの歴史をオーストラリアの歴史と絡めて、考え、見透し、作品と作家の再評価を行おうとしているようだ。横につながる「南の文学」が具体的に動き出しているのだ。

 日本も、ヨーロッパの帝国主義をまねて、短期間に領土拡大をしようとした時期があった。しかし、それ以前にも、着々と領土拡大は列島の南北に広げられ、北は「北海道」と名付けられていた。アイヌを追い出し、追い詰め、土地を奪っていった歴史が今年でちょうど150年だとか。tamed and renamed(飼い馴らして改名した) プロセス。わたしもその歴史上の一点に生まれ落ちた。
 北海道のほとんどの地名がアイヌ語由来であること、それが何を意味するか、じっくり考えてみたいと、あらためて思う。

 とにかく、オーストラリアとアルゼンチンを「文学」でつなぐ、とても面白い記事だ。おすすめ!

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付記:Other ways of sayings という記事のタイトルは、クッツェーが「culture」という語を嫌って、その代わりによく使う表現:a way of living と響き合うものです。
「他の語り方」と一応、訳しましたが、「語るための他の方法」とか、「他の語りの方法」といろいろ訳はあてられるでしょうか。言い方には別の方法がある、というか、見方を変えれば、というニュアンスもここには含まれていそうな気がします。