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アフリカン・ブッカーの異名をもつこの賞は、アフリカの作家が英語で書く作品を対象とし、賞金は1万ポンド(約216万円)。今回の受賞作「毒/Poison」は昨年4月に、南部アフリカ・ペン賞を受賞した作品でもあり、そのアンソロジー「アフリカン・ペンズ/African Pens」に収録されている。
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2日前になにかの爆発が起きて、テレビは深刻な状況に警告を発しつづけていたのだが、リンは気にせずにいた。3日目、喉のひどい痛みで、一刻も早く郊外へ出なければ、と遅ればせながらハイウェイへ出る。ガソリンスタンドには、少しでも遠くへ逃げようとする車の長い列が続く。そんな数日間の出来事が、密度の高い文体で描き出されていく。
ヘンリエッタ・ローズ=イネスの名はかなり前から知られていた。最初の小説『鮫の卵/Shark's Egg』が南アの出版社クウェラから出たのは──手もとにあるヴァージョンを見るかぎり──8年前で、彼女が28歳のときである。経歴が面白い。ケープタウン大学でまず考古学を専攻し、大学院ではノーベル賞作家J・M・クッツェーの指導で創作を学び、「すばらしく緊密で、澄明な文章を書く」と賞賛された。
昨年のケイン賞受賞者はウガンダのモニカ・アラク・デ・ニェコ、その前年は南アのメアリー・ワトスン、といずれも女性作家だ。これまでの9人の同賞受賞者のうち、2000年の第1回受賞者であるスーダン出身のレイラ・アブルエラーを含めて、5人までが女性である。
書かねばならぬ物語を、アフリカから世界に押し出す彼女たちの力に、おおいに期待したい。そして、耳を澄ましていたい。
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2008年7月22日(火)の北海道新聞夕刊コラム「世界文学・文化 アラカルト」に加筆しました。