2010/02/01

Brother, I'm Dying ── エドウィージ・ダンティカ著

2007年に出たエドウィージ・ダンティカの本です。いま書評を書いています。

 ダンティカはハイチで生まれ、12歳のときにニューヨークへ渡った人です。家族間ではハイチ・クレオールを話し、小学校からフランス語で学び、ニューヨークに渡ってから英語で学んだ人。移民した米国で、学校と暮らしのなかで獲得した、彼女にとっては三つ目の言語で書く作家です。

 ハイチで生きる人びと、ハイチから出て生きる人びと、の内実を知るには格好の書です。

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2月24日追記:アップされました。あるいは、こちらへ

2010/01/26

ハイチ支援

最近の新聞から、注目したい記事のクリッピングを載せます。

「これまでは、ハイチのNGOに海外から援助資金が落ちても、つながりの深い政治家たちに渡るだけだった。その政治家は、権力を維持することにカネを使い、社会基盤の整備には回さなかった」。ブレーズさんは政府が機能してこなかった理由を説明する。国際社会は今後、ハイチで誰と手を組むのか精査してほしいと注文する。」

ブレーズさんとは、ハイチの医学部に通う学生、心理学者といった面々で構成されたボランティア集団のメンバーだそうです。

詳しくは↓

http://www.asahi.com/international/update/0125/TKY201001250001.html 

この記事には:

「いまは海外から支援物資が次々と届くようになった。しかし、その担い手は国連や大規模NGO。ハイチ人の組織は影が薄い。SAJのメンバーは「ありがたいが、援助活動から疎外されている気がする」と口をそろえる。
 医薬品の提供を求め、病院を訪ねようとしたところ、警備の米軍に阻まれた。身分証を示しても許可してもらえなかったという」
とありました。
 
世界中の心ある人たちからの支援が、だれの手に渡り、どのように使われるか、寄付をする人は、集める人がどのようなルートを持っているか確かめ、自分の出す支援がどのように使われるか最後まで見守ることが大事かもしれません。

古くからハイチ支援の活動をしている団体が日本にも3つあります。

ハイチ友の会」「ハイチの会セスラ」「ハイチの会

注記/写真は「被災者に水を提供するボランティア(右)=ポルトープランス」記者、田中光氏撮影。

2010/01/19

嗚呼、ハイチ!!

1月12日(日本時間では13日)に起きた、ハイチの大地震は、その後、確認された死者の数も増えつづけ、救援がなかなか進まないというニュースが、たびたび流れています。

最貧国、最貧国、とメディアはくり返し流します。たしかにハイチは貧しいかもしれない。でも、それは1804年に黒人国家として世界で初めて独立した、そのつけ(フランス人が奴隷を所有できなくなった賠償金)を宗主国フランスに長いあいだ(100年間だそうです!)、払いつづけてきた結果でもあることは忘れられがちです。

 近年にいたっては、6年前に独立200周年を祝った直後、ブッシュ政権のアメリカが、旧宗主国フランスと手を組んで仕掛けた(といっていい)クーデタによって、ハイチ国民によって民主的選挙で選ばれたアリスティド大統領が、中央アフリカへ拉致されるように連れ去られたことの詳細は、あまり知られていないかもしれません。(アリスティド大統領は、先の賠償金をフランスに返還要求しようとした。)

 2007年の情報ですが、大手メディアには流れなかった情報があります。2004年のクーデターの詳細と、その後の現地情勢を調査したランダル・ロビンソンが、そのときの詳細をレポートしています。これはいまから見ても、一読、一見にあたいします。

 また自分の訳した本を、この機に乗じて宣伝するのも、ちょっと気がひけるのですが、ハイチ出身の作家、エドウィージ・ダンティカが書いた『アフター・ザ・ダンス』は、この国のおおまかな歴史や文化といった背景を知るには、とても役に立つ本です。

地震から1週間がたとうとしています。日本にいて、パソコンに向かっているだけの私には、ほかになにか役立つこともできそうもないので、はやり、非力ながらささやかな情報発信だけはしたいと思い、紹介させていただきます。

2010/01/10

世界中のアフリカ2010、大盛況!!

新宿の職案通りにある、Naked Loft で今夜、正確にいうともう昨日だけれど、「世界中のアフリカ2010」の夕べが開かれた。

 旦敬介がケニヤからウガンダへ国境を越えて旅する自作の短編を、管啓次郎がみずから訳したジャメイカ・キンケイドの『川底に』から刺激的な2編を、中村和恵がアール・ラヴレイスの新作「Salt」からアフリカが出てくる箇所を、それぞれ朗読したけれど、いやあ良かったですねえ。

 それからコンゴ民主共和国出身のムンシ・ヴァンジラ・ロジェとベナン共和国出身のゾマホンの、のっけから熱の入った本音トーク。アフリカ諸国の政治経済を牛耳る、欧米主導のネオコロニアリズムと現在の状況、そしていま起きている内戦に乗じて、コンゴ民主共和国の東側をルワンダ側に分離させようという話、またコンゴの西側で起きているのはそういった策動に対するレジスタンスだという話などなど。日本のメディアでは、アフリカ報道の80%が真実を伝えていない、それは欧米経由の情報をうのみにするから、欧米諸国に都合のいい情報が流れる仕組みになっている、という耳の痛い指摘もあった。

 そして最後はマリ共和国出身のママドゥ・ドゥンビアのコーラと、セネガル共和国出身のボカが叩くドラムの競演で〆。オープニング前やインターヴァルの間、岡崎彰がスクリーンに映し出すアフリカのダンスや、ミュージシャンたちの映像や音楽。とにかく盛りだくさんの内容で、『世界中のアフリカへ行こう』という本の中身の濃さと多様さに負けない夕べだった。

 50の席に100人以上が集うという、ぎっしり満員、立錐の余地なしという大盛況で幕を閉じた。
 2010年はどうやら、アフリカの年になりそう! 
 うーん、わくわく!(敬称略)

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追記:幕間に流れたコンチャ・ブイカの歌と映像がすごくよかった。私のいちばん好きな曲だった。No habrá nadie en el mundo。
ここです。(岡崎さん、ありがとう!) 

2010/01/01

Balancê──作業しながら心地よく聴ける音楽

「世界中のアフリカ」の、これもまたひとつの例。

ポルトガルのリスボンから南西に向けて、アフリカ大陸の海岸沿いに斜線を引く。すると行き当たるのが、カーボヴェルデ。アフリカ大陸はセネガルの少し西の海上に浮かぶ島々。セザリア・エヴォラを生んだ国だ。

 笑顔の女性、Sara Tavares/サラ・タヴァレスは、でも、1978年にポルトガルで生まれ、ポルトガルで育ったそうだから、カーボヴェルデ人を両親にもった、いわゆる2世。日本でも昨秋、アルバムが2枚リリースされた。

 梅田洋品店で暮れに試着、いや、試聴して、アルバムを1枚買った。洗練された、耳に心地よい音楽。手作業などしながら、BGMとしても楽しめる。ポルトガル語は分からないから、もっぱら音として楽しんでいる。

 新年を迎えて。今年もまた、アフリカ系から始まる。

2009/12/13

世界中のアフリカ2010──1月9日は新宿でアフリカを!!

追記:「毎日新聞 12/27」に刺激的な評がのりました。


2010年1月9日、新宿の職安通りにある Naked Loft で、『世界中のアフリカへ行こう─<旅する文化>のガイドブック』の出版を記念して、豪華ゲストを迎えたトークと音楽を楽しむ催しがあります。みなさん、来てくださいね。もちろん、わたしも行きます!

まずは主催者の明治大学のお三方、中村和恵、管啓次郎、旦敬介の朗読。音楽は、マリ共和国出身のギターとコラ奏者、ママドゥ・ドゥンビア!
トークは、なんと、ベナン共和国出身の、あのゾマホン!
そしてもう一人のトークは、コンゴ民主共和国出身の宣教師、われらがロジェ・ムンシ・ヴァンジラ!

詳細は:
 open 17:30/start 18:00
 前売¥1,000/当日¥1,200(飲食代別) ローソンチケットで前売中(Lコード:32961)
 Naked Loft 店頭にて電話予約受付けます。
 tel:03-3205-1556

上のちらしの映像をクリックすると、大きな画像で見られますよ!

2009/12/12

セバスチャン・サルガドのアフリカ

東京都写真美術館で開かれている「セバスチャン・サルガド アフリカ」を数日前に観てきた。(明日が最終日。)

文化村ザ・ミュージアムで1994年に開かれた「WORKERS」や、2002年の「EXODUS」にくらべると、展示されている写真の点数は少ない。でも今回の展示は「アフリカ」にしぼったもので、面白い並べ方がしてあった。

 1975年に独立したアンゴラやモザンビークの、独立前夜の解放軍の写真、独立後の写真も並んでいた。
 両国とも植民地から独立した直後に、反政府軍──アンゴラはUNITA、モザンビークはRENAMO──が活発に動き出し、生まれたばかりの両国は、教育や経済といった国の根幹をなすものに投入すべき資金を、軍事費に投入することになっていった。
 その反乱軍に資金援助して武器を売り、南部アフリカ全体の「不安定化工作」をはかったのが、南アフリカのアパルトヘイト政権だった。70年代後半から80年代のことだ。それを後押ししたのが当時の米国、レーガン政権だったことも、写真を見ながらあらためて思い出した。
 (ちなみに、現在アフリカ大陸でおきている紛争の原型はこのRENAMOがつくった、とマフムード・マンダニは語っていた。)

 日本では、右肩上がりの好景気がつづくことを疑うことなく、80年代末には「3ヶ月の給料で恋人にダイヤモンドの指輪を買おう」というデビアス社のコマーシャルが、名曲「アメイジング・グレイス」をバックに映画館やTVでうっとり流れた時期だ。

 今回の「アフリカ」では、モザンビークから避難していた難民が、故国に帰国する準備をしている写真もずいぶんあった。みんな嬉しそうにしている。1994年とある。南アフリカで、アパルトヘイト体制が完全になくなり、マンデラを大統領に新国家が生まれた年だ。

 さまざまな思いが脳裏を駆けていったけれど、家に帰って、初めて買ったサルガドの写真集「An Uncertain Grace/不確かな恩寵」を、書架から降ろして埃を払い、ページをめくった。奥付を見ると1991年3月25日、輸入元シグマユニオン、発売元オーク出版サービス、定価8,800円とある。買うにはちょっとした決意が必要だった。

 セバスチャン・サルガドというフォトグラファーと、わたしが初めて出会った本だ。「グレイス」とはなんだろう? とよく考えたのもこのころのことだった。
 

2009/11/26

10年目を迎えたケイン賞

英語文学におけるアフリカ文学の登竜門、ケイン賞が今年で10回目を迎えた。今年はナイジェリアのE・C・オソンドゥが、難民キャンプを舞台に書いた短編「Waiting/待っている」で受賞し、1万ポンド(約150万円)を獲得した。

物語は10歳の少年オーランド・ザキが語り手。オーランドはもちろんフロリダのオーランドだ。赤十字からもらったTシャツの胸にそう書いてあった。だからそう呼ばれている。ザキは彼が発見された場所の名前だ。
キャンプにいる子どもたちはアカプルコ、ロンドン、パリといった具合に、着ているTシャツのキャッチコピーからとった、変な名前で呼ばれつづける。本人は意味がわからないまま、いつかその土地の人が自分を養子にしてくれることを夢想している。キャッチコピーだから、セクシーなんて名もある。

毎日、食料トラックが来るのを待ち、給水タンクが来るのを待ち、カメラマンが写真を撮りに来るのを待ち、戦争が終わるのを、家族が自分を見つけてくれるのをひたすら待っている。
この作品、平易な会話調で、ときにドキッとするほど過酷な日常がさらりと描かれている。そこが評価されたらしい。

ケイン賞の10年間の受賞者を見ると、ナイジェリアとケニアから各3人、南アフリカから2人、スーダン、ウガンダから各1人で、男女半々。

この賞はアフリカを、欧米の目からではなく、アフリカ人みずからの目で書くための場を作ってきた。その成果がバラエティに富むアンソロジーとなって、すでに何冊か出ている。たとえば今年出たのは『Ten Years of the Caine Prize for African Writing

ぜひ、どこかで翻訳紹介したいものだ。

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北海道新聞2009年11月24日夕刊に掲載されたコラムに加筆しました。
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付記:2012.6.27/ 先日、都甲幸治さんと柴田元幸さんの対談を読んでいて、この短編を柴田さんが訳出紹介したという話が出てきて、おっ、そうなのか、と思った。もっとどんどん紹介されるといいなあ。今年、2012年の発表も間近です。

2009/11/22

最近のチママンダ・ンゴズィ・アディーチェ

『半分のぼった黄色い太陽』の著者、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの最近の写真と、2年ほど前の写真を、ならべてみました。

さあ、どちらが最近のものでしょう? わかるかな?
 

2009/11/19

11月の断章

鉄の時代に、
敷居をまたげないファーカイル、
生と死の境界にいるミセス・カレン、
Yes / No で答えられないもの。
子どもたちにむかって
「ダメ! 生命を大切にしなさい!」と叫ぶカレン。
現実には決して届かないことばたち。

「現実のむごさを虚構で凌駕したい」がために小説を、激しい小説を、書く──といったのは、桐野夏生だ。
             
リチャード・ブローティガンは、しかし、軽やかなことばで
「現実のむごさ」を凌駕する作品を書いた。
 思いがけないことばの連なりによって…。

2009/11/13

深まる秋に ── ささやくハリス・アレクシウ

秋もじわりと深まるころです。

 黄金色に花火のように枝をひろげる萩、赤茶色や黄褐色のグラデーションが美しい梅と桃、そして真っ赤なもみじ。
 雨あがりの濡れた葉の、鮮烈な色合いが目にしみるこの季節に、ぴったりの音楽を。あったかな飲み物を用意して、アレクシウのささやくような歌声に耳を澄ます。

 ギリシア通の友人がおしえてくれたアルバムです。しみじみと、心の奥深く響きます!

HARIS ALEXIOU WHISPERS

1. I'M IN LOVE AND I CARE ABOUT NOTHING
2. SMALL HOMELAND
3. DO NOT ASK THE SKY
4. TAKE ME
5. A SHOOTING STAR IS FALLING
6. FLOOR
7. THE GREATEST HOUR
8. I'M ONLY ASKING YOU FOR A FEW CRUMBS OF LOVE
9. THE WILD FLOWER
10. FOLLOW MY TRACKS
11. DO NOT GET TIRED OF LOVING ME
12. YOU'RE ASKING ME TO SING FOR YOU


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付記:このCDは残念ながらAmazon.co.jp では売っていません。USやUKのサイトにも出てきません。ところが、ドイツとカナダのAmazonには出てくるのです。なぜ? きっとこの2つの国には、ギリシャからの移民が多いからでしょう。

2009/11/09

第3回ファラフィナ・ワークショップ

今年もまた、ナイジェリアのラゴスで9月下旬、10日間の「ファラフィナ・ワークショップ」が開かれた。このワークショップは、2004年に雑誌「ファラフィナ」を創刊したムフタル・バカラと作家チママンダ・ンゴズィ・アディーチェが設立したNPO「ファラフィナ・トラスト」が、作家を育てるために毎年開いてきたもの。

今年で3度目を迎えるこのワークショップ、申し込み者のなかから参加者をしぼりこみ、期間中は泊まり込みで徹底討論するという。参加経費はすべてスポンサーが提供。今年からそのスポンサーが変わった。昨年までのフィデリティ銀行から「ナイジェリア・ブルーワリー」というビール会社にバトンタッチされ、むこう3年間はこの会社が受け持つという。ちなみに出版社を起こして、アディーチェの第一作『パープル・ハイビスカス』のナイジェリア独自版を出版したムフタル・バカラは、なんと元銀行マン。

写真はワークショップ最終日にラグーン・レストランで開かれたリーディングの夕べのようす。5人のファシリテイターは、左からチママンダ・ンゴズィ・アディーチェ(ナイジェリア)、ビンヤヴァンガ・ワイナイナ(ケニア)、ジャッキー・ケイ(英)、ドリーン・バインガーナ(ウガンダ)、ネイサン・イングランダー(米)。

photo:©Abiodun Omotoso

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