E. Costello : I believe in what does not need to believe in me.──J. M. Coetzee

2009/12/12

セバスチャン・サルガドのアフリカ

東京都写真美術館で開かれている「セバスチャン・サルガド アフリカ」を数日前に観てきた。(明日が最終日。)

文化村ザ・ミュージアムで1994年に開かれた「WORKERS」や、2002年の「EXODUS」にくらべると、展示されている写真の点数は少ない。でも今回の展示は「アフリカ」にしぼったもので、面白い並べ方がしてあった。

 1975年に独立したアンゴラやモザンビークの、独立前夜の解放軍の写真、独立後の写真も並んでいた。
 両国とも植民地から独立した直後に、反政府軍──アンゴラはUNITA、モザンビークはRENAMO──が活発に動き出し、生まれたばかりの両国は、教育や経済といった国の根幹をなすものに投入すべき資金を、軍事費に投入することになっていった。
 その反乱軍に資金援助して武器を売り、南部アフリカ全体の「不安定化工作」をはかったのが、南アフリカのアパルトヘイト政権だった。70年代後半から80年代のことだ。それを後押ししたのが当時の米国、レーガン政権だったことも、写真を見ながらあらためて思い出した。
 (ちなみに、現在アフリカ大陸でおきている紛争の原型はこのRENAMOがつくった、とマフムード・マンダニは語っていた。)

 日本では、右肩上がりの好景気がつづくことを疑うことなく、80年代末には「3ヶ月の給料で恋人にダイヤモンドの指輪を買おう」というデビアス社のコマーシャルが、名曲「アメイジング・グレイス」をバックに映画館やTVでうっとり流れた時期だ。

 今回の「アフリカ」では、モザンビークから避難していた難民が、故国に帰国する準備をしている写真もずいぶんあった。みんな嬉しそうにしている。1994年とある。南アフリカで、アパルトヘイト体制が完全になくなり、マンデラを大統領に新国家が生まれた年だ。

 さまざまな思いが脳裏を駆けていったけれど、家に帰って、初めて買ったサルガドの写真集「An Uncertain Grace/不確かな恩寵」を、書架から降ろして埃を払い、ページをめくった。奥付を見ると1991年3月25日、輸入元シグマユニオン、発売元オーク出版サービス、定価8,800円とある。買うにはちょっとした決意が必要だった。

 セバスチャン・サルガドというフォトグラファーと、わたしが初めて出会った本だ。「グレイス」とはなんだろう? とよく考えたのもこのころのことだった。