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2026/08/02

休息、安息の日々

 今日も一日ほとんどなにもしなかった、と思うことに慣れてきた。

 それでいいのだ。この夏は休息すると決めてほぼひと月。朝顔が毎日のように花を咲かせて、ついに葉っぱだけになった。といっても花のあとにはしっかりタネを包む蕾のような袋ができている。また来年ね。早々と黄色い葉が風に揺れ、小雨に打たれる8月初旬。

 たくさんルビーのような実をつけたミニトマトもそろそろ終わり。皮は少し固いけれど、しっかり熟してからもぐので、市販のミニトマトよりも圧倒的なあまさだった。もいでから時間をおかずにすぐにいただく。嵐で鉢ごと倒れて、いちばんたくさん実をつけていた枝が折れたときは悲しかった。でも、ずいぶんたくさん実をつけたねえ、上出来👏ですよ、ミニトマトくん。

 7月と8月はなにもしないと決めたのだ。だから休息の日々はもうしばらくつづく。9月になれば復活となるか、休息と安息が続くのか、まだわからない。秋の訪れまでには、まだ時間がある。セミもまだまだ鳴いているし。

 写真は7月末、上下バラバラに最後の花をつけた2つの朝顔のうち、天に近い一輪。

2026/07/14

猛暑が近づいてくる!

このブログを始めてかれこれ19年になる。最初はそのとき訳している本のこと、とりわけ何冊も訳してきたJ・M・クッツェーとその作品をめぐることが多かったけれど、いまやベランダで育てている「植物」の生育日誌になってしまった。

 移ろう時の早さかな💦 

 ベランダで植物を育てるのは、暑さを凌ぐためもあるけれど、小さな種が芽を出して双葉を広げ、本葉を出して茎を伸ばし、花蕾をつけて、ゆっくりと開花する「植物たちの時間」をともに過ごすことが楽しいからだ。それが毎日の生活のリズムとなり、支えともなってきたことに気づく。

 植物たちは黙って生命をまっとうする。その沈黙がすばらしい。開花と結実の恵みもすばらしい。小さなベランダだから、葉っぱにエアコンの排気が当たらないよう、西陽に痛めつけられないよう、せっせと植木鉢の配置を変えながら夏をすごす。

 ぐんぐん伸びて開花した朝顔の写真を撮ろうとすると、今年はミニトマトの赤い実が写り込む。背の高さはゆうに170cmをこす縦長のミニトマト、たわわに実をつけたところを写そうとすると、背後に紫色の朝顔が顔を出す。

 今日あたりから35度を超す猛暑になりそう。まだ梅雨はあけてないから、湿気の多い、息の苦しい日々が続く。それでも。植物の葉群れを透かして見る陽の光と青い空にじっと目を凝らしていると、遠いむかしの風景が浮かんでくるのだ。青い山並み、どこまでも続く田畑、降り始めた雨粒が地面にぶつかって漂う土埃の匂い、夜は一帯を蛙の声の合唱が包み、小瀧に水の落ちる音が遠く響く。それを聞きながら眠った夜々。

 秋から春にかけて目を楽しませてくれたパンジーが花を終えたので、今年は菊を試してみようとマリーゴールドとアスターを買ってきた。マリーゴールドはメキシコあたりが原産で、アスターは中国北部が原産だそうだ。東アジアと中央アメリカの花が仲良く並んでいるのは見ていて面白い。

 美しい黄色の花を咲かせるオオキンケイギクも目の敵にすることはないんじゃないか。いまや全国の野原に咲いて道ゆく人たちの目を楽しませてくれていると考えればいいんじゃないか。日本の野原で「フツーに」咲いているヒメジオンやハルジオンも帰化植物だったわけだし、タンポポだって和製のものに西洋タンポポが混じって「純粋」な和タンポポなんてのはとっくに姿を消した、そう聞いたのは80年代だった。

 混じって、混じって、今日があるんだよ、生き物たちの世界は。これだけ地球上を移動して歩いているんだから、ヒトだって同じじゃないか。

 ここまで書いていると、ベランダの向こうでミンミンゼミが鳴き出した。

 本格的な夏の到来だ。☀️☀️☀️

2026/07/06

涼しい夏に

2026.6.27
涼しい日が続く東京だけれど、昨年の7月初めはどんな感じだったのだろう、、、と思って去年のブログを振り返ると、ちょうど一年前の7月6日、朝顔の蔓はぐんぐん伸びて、クチナシの白い花が咲いていたとあった。
「日中の最高気温は36度。今夜から熱帯夜が始まりそう」なんて書いてるから、今年よりずっと暑かったのだ。

 今年の朝顔はまだ低い位置に花をつけていて、蔓の伸びも鈍い。今日の最高気温は25.7度だ。

 今年のベランダガーデンでは、どうしても新人のミニトマトのほうへ気持ちが傾いてしまい、朝顔は放任主義で。ベランダで夏を越すのはなかなか難しいクチナシにいたっては、春先から葉っぱが黄色くなってしまった。

2026.6.16
 調べると、クチナシは酸性土を好むので、葉っぱが黄色になったときは鹿沼土を足すのがいいとあった。さっそくネットショップで購入して足してみたけれど、微かな効果しかなく、小さく縮んだような花しか咲かなかった。昨年につづいて何度も、青虫にバリバリ食べられたのも痛手だったかもしれない。

 去年のクチナシの花は花びらが何層にもなっていたし、葉っぱも濃い緑だった。それでも二度にわたる酷暑の夏をベランダで生き抜いたクチナシには、ご苦労さん!と言いたい。そろそろ終いどきかな。

2025.6.10
 今のところ、本格的な夏はまだ来ない。曇天は何日目に入ったのか。そろそろ太陽の光が恋しくなってきた。

 でも日が照ると、間違いなく暑くなる。間違いなく30度を超す。それでも、植物が光合成をして養分を作るのに、陽の光は欠かせない。生き物のはしくれである人間にも、やっぱり陽の光は欠かせないのだ。

2026/06/28

今季初の朝顔が咲いた

台風7号が近づく昨日、篠突く雨のなかでアサガオの蕾がほんのり赤い色をにじませていた。おっ、これは今季初の開花になるかな、と楽しみにしていた。

そして今朝、目が覚めてすぐにカーテンをざっと開けると、窓ガラスの向こうに、ぼんやりと、まるい赤紫の色が見える。

大きな朝顔の花が2つも咲いていた! 今季初のアサガオ。花はたった1日しかもたない。日差しの強い日は半日で萎む。でも今日は雨、花の色をしばらくこのまま楽しめるだろう。

まだまだ、湿度の高い日々は続きそう。

一年でもっとも苦手な季節だけれど、この高温多湿が植物にとって大きな恵みになるんだな。カッと照りつける夏の日差しを耐え抜くための、水分、養分をたっぷりと吸いあげる時期。山の斜面に降り注ぐ雨が川となって耕作地までとどく。末端の都市のための水瓶も満たす。

ベランダでは、アサガオの隣のミニトマトも赤くなって。苗でやってきてから2.5ヶ月でルビーのように赤い小さい実をたくさんつけた。これがあまい。皮がちょっと固いけれど、初めて試みたベランダ栽培のトマトとしては上出来じゃないか、と高湿で酸欠になりながらも思うのだ。

2026/05/14

ひと月たったミニトマト

朝、目が覚めるとまず、カーテンをざっと開けて、ベランダを見やる。 ローズマリーもミニトマトも、今日はどれくらい大きくなったかな、枝は伸びたかな、土は乾いていないかな。

 4月13日にやってきたミニトマトの苗が(写真左)、連日の強い風にもめげずにぐんぐん大きくなった。ちょうど一月が過ぎた今日は、こんな感じ(写真右下)。植木鉢の大きさを見ると、どれくらい大きくなったかリアルにわかるかもしれない。

 去年は朝顔が咲いていた隣のプランターには、半分ほど紫蘇の苗を植え、残り半分には紫蘇の種を蒔いた。

 ミニトマトのわき枝は、最初はこまめに取っていたけど、途中から思い切り伸ばすことにした。枝にはそれぞれ黄色い小さな花がいくつか咲いて、最初のふさには青い実がなっている。

 初なりの実は細長い。これは下に垂れる形のトマトらしい。

 野菜の苗は初期生育が大事、とどこかで読んだことがある。野菜にかぎらないよなあ、これは、と思いながら、伸びるトマトをじっと見る。

 朝顔のタネがたくさんこぼれたもう一つのプランターには、5月初旬に水を遣った。案の定、たくさん芽が出てきた。まだ双葉だけれど、これまたぐんぐん大きくなるんだろう。

 水さえ遣れば植物は芽を出して、伸びて、花を咲かせて、種をつくる。そしてまた来年、また来年、と繋げていく。植物の静かな生命力には励まされっぱなしだ。

          🍅  🍅  🍅

 

2026/04/13

今年もベランダでローズマリーとか朝顔とか

 土に触れる季節になった。今年もベランダ土日記。

 地面から離れてずいぶんになるけれど、春になるとやっぱりベランダで土いじりをする。植木鉢に新しい土を入れて、今年は何を植えようかなあ、と考えるときの楽しさは捨てがたい。

ビニールシートに土を広げて
引っ越してきてから20年以上、ということはローズマリーを植え付けてから20年以上になるってことか。さすがに老木感がはんぱじゃない。これまで雪の重みで枝が八方に垂れ下がり、バシバシ伐られて、だんだんちんまりしてきたけれど、昨年あたりから常時花を咲かせるようになった。これは次世代を作ろうとする生命の自然の働きなんだろう。

4月11日 これまでにも、枝を折って水につけて根を伸ばし、何本かを鉢植えにしたけれど、ベランダで生きるローズマリーはやっぱり枝が細い。それでも根出ししておいたものがいくつかあるので、これを大きな鉢に植えつける。古くなった植木鉢の土をビニールシートの上にあけて、篩をかけて根っこを取り除き、日に干す。

手前が植え付け後の鉢
4月12日 半日広げて天日干ししたものに、再生用の土を混ぜ、新しい土も加えて、植木鉢に。まずはローズマリーの小さな株を植え付けた。

4月13日 今日はひと休みしてブログを書こう。2日つづけて土を篩にかける作業をやったら全身が奇妙に痛い。腰だけとか腕の筋肉とかが痛いんじゃなくて、この年齢になると、普段やり慣れない動作の影響は全身に出るらしい。

 あとはいつものように紫蘇の苗を買ってこよう。今年はプチトマトもやってみようかな。

 朝顔はプランターの土を再生させて、ころあいを見計らって水を入れるだけで、今年もたぶん発芽するはず。

 付記:午後に近くの農協の売店でプチトマトの苗を買ってきて、いちばん大きな鉢に植えた。風が強かったので支柱もつけてやった。さあ、大きくなるんだよ!🍅


2025/08/17

去り行く夏を惜しむ、惜しまない──朝顔の大きな葉が黄色くなって

  仕事机に向かうと、左手の窓ごしに、朝顔の葉が作るすだれが見える。風に揺れる葉むれが、疲れた目を休めてくれる。今年は本当によく茂って、光の透かし模様が楽しめた。

8月17日の葉むれ
 最初にいくつか芽を出した植木鉢を、ずっと陽のあたる場所に置いておいた。すると、数は少ないけれど、濃緑の葉がみるみる大きくなった。まず蔓を高く伸ばしてから、ゆっくりと花がさいた。その株から育った葉っぱたちは、最後まで枯れずに残った。株そのものが太くて立派。植物は初期生育が大事って、このことか。

7月27日の花たち
 水遣りの時期をずらした2つのプランターの朝顔たちも、競うように蔓を伸ばし、ぐんぐん葉を茂らせた。花の数はなぜか今年は少なかったけれど、7月末には右の写真のように、毎日、競って咲いていた。ちなみに朝顔の花の命はたった1日。葉むれを表側から撮った写真 →

 そして3週間後の今日、外気は午後4時で34度という暑さに、さすがの朝顔たちも開花を終えて、ちらほら、ちらほら、風に揺れる黄ばんだ葉っぱを落としていく。緑色の濃淡に黄色が混じって、葉っぱの透かし模様がきれいだ。

 たくさん黒いタネを実らせながら、今年も行く夏を惜しんでいる朝顔。ニンゲンのほうは「惜しんでいる」とはとてもいえない暑さだけれど、植物は正直。精いっぱいタネを作って、来年まで、生命の眠りにつくのだろう。

2025/07/13

朝顔すだれと『水脈を聴く男』の書評

今年も朝顔のすだれです。葉っぱの密度がすごい!

1週間ほど前の写真とくらべてみてください。あれから大きな葉がぐんぐん広がり、何度も束になってベランダの天井を突き抜けたいとばかりに伸びました。そこで束ごとくるっと旋回させて下へさげたり、横へ向けたり。

←するとこんな感じになりました。


 光を透かすようにして裏側から撮った写真の、葉が作り出す濃淡がおもしろい。花は外側に向かって少し咲くようになりましたが、今年の朝顔の特徴は、なんといっても、もりもり茂る葉っぱです。風に揺られて、とても涼しげ。

 今朝は光とは反対側に向かって、めずらしく花首を思い切り伸ばして一輪だけポツンと咲いてるのがあって、なんだか不思議な感じです。

***

先月のことになりますが、日経新聞(6月27日)に『水脈を聴く男』の書評を書きました。著者はオマーンの作家ザフラーン・アルカースィミー、訳者は山本薫、マイサラ・アフィーフィーのお二人、版元は書肆侃侃房です。

 オマーンってここか!と地図を見ながら読みました。

 すでにあちこちに書評や、来日した作家のインタビュー記事が掲載されているので、詳しい説明は省略します。

 すごく面白い作品で、おすすめです!


2025/07/06

ことしの朝顔などなど

東京は今夜から熱帯夜が始まりそうな気配だ。まだ七夕さえ過ぎてないのに。

2025.7.6
 さて、ベランダの朝顔は? というと、2つの植木鉢は大きな花をいくつも咲かせている。でも、なぜかプランターから伸びたつるに花がつかない。葉っぱをもりもり茂らせながら、つるはどんどん上へ伸びていく。それでもようやく今日、ひとつだけ花が咲いたけれど、それに続く花の気配がない。

 日中の最高気温は36度。

2025.7.6
 クチナシも暑そう。2つの植木鉢が時間差をつけて花を咲かせたせいで、ずいぶん長く花を楽しめた。今は二つ目の、背の高いほうの植木が最後の花をつけている。

 それにしても、いつもならクチナシはしとしと降る雨に濡れながら、あたりに香りを漂わせるのに、今年は雨が少ないせいか、路地に生えた大きな花は香りがきつい。遠くまで香りがとどかない。

2025.7.6

  植木鉢で咲いている小さな花はささやかな香りを放っている。とにかく、水遣りに追われる。


 他の植木たちも、毎日、大量に水を吸い上げて、すぐにトレーは乾いてしまう。本格的な夏はこれからだというのに、すでに、せっせと水運びをしたせいか腰の辺りが


 それでも!
 朝顔の葉が作るすだれごしに、今年もまた、青空を眺めてこの夏をのりきろうと思う。


2024/05/10

朝顔はいま──ローズマリーもぐんぐん育って

 ずいぶん間が空いてしまった。

 4月2日に蒔いた朝顔はいくつも芽を出し、双葉を広げ、本葉も大きくなってきた。今日は5月10日だから、38日ぶりか。そろそろ蔓を絡ませるための支柱を立ててやらなくちゃな。

 ローズマリーは、伸びてきた芽を何度か剪定したので(もちろん料理に使った)、枝葉がいくつも出て、全体にこんもりしてきた。

 今日もまた、陽射しは強く、風もとても強い。気温も低めだ。午前中にベランダに出て、つい油断したら、吹きつける風で体がすっかり冷えてしまった。気がつくと時計の針は12時をまわっている。あわてて温かいお茶を淹れて早めの昼食。それでもまだ寒さが体から抜けない。5月って、そういう季節だったっけ。

 一昨日の豪雨もすごかった。ひさびさに都心に出たのだ。地下鉄からJRに乗り換えるため、市ヶ谷駅のホームに出る階段をのぼっていると、工事のような轟音が聞こえてきた。ほとんど全方位から聞こえる。一瞬「?」と思ったら雨だった。両側から吹きつける雨のしぶきで、狭いホームは真ん中にいても濡れるほどだ。それでも、お堀に張り出した釣り堀のデッキで、何人もの人が釣り糸を垂れていて、これには感心した(嘘)。

 初夏になった。


2024/04/02

ローズマリーを大きめのポットに移して、朝顔の種を蒔いた

 風が吹いて、陽射しの強い4月。「四月の魚=エイプリル・フール」も終わり、今日は2日。

 暮れに、水を入れたグラスにローズマリーの枝を漬けておいた。たっぷり根が出たものを植木鉢に移植した。太くて鮮やかな緑の、大ぶりの葉を出して、ぐんぐん育ってきたローズマリー。このままでは、間違いなく鉢が小さくなる。そこで3年前に朝顔に使った大きめの鉢に植え替えた。(写真右)

 それまでローズマリーが植えられていた鉢(写真左上)に新たに土を入れて、ベランダに放り出されていたポット類から朝顔の種を集めて蒔いてみた。プラスチックの鉢(写真左下)もあったので、それにも蒔いた。

 調べてみると、最後に朝顔ジャングルを愛でたのは2021年の夏だった(こういうときブログは役に立つなあ)。昨年と一昨年は、植物の世話を焼く時間も余裕もなかったけれど、今年はまた復活だ!

 空いていたのがたまたま白いプラスチックの鉢と、それまでローズマリーが植えられていた素焼きの鉢。どちらが先に芽を出すか、どちらが花をたっぷり咲かせるか、今年は観察が楽しい。そんな余裕がようやくできた。

 しかし種が古いのだ。もしも去年の種なら発芽率はぐんといいのだけれど、なにしろ2021年秋に結実した種だ。2.5年もベランダで風雨にさらされていたので、どうなるかなあ。発芽率はそれほど期待できないかもしれない、、、。新しく種を買って蒔いたほうがいいのかなあ。悩ましい。

 種蒔きには少し早かったかもしれないけれど、とりあえず、今日の日付を記録して、写真を貼っておこう。

 鶯が鳴いている。一週間ほど前は、ホーケキョ! と素っ頓狂な鳴き方だったけれど、今日はちゃんと「ホーホケキョ!」と「正しく」鳴いている😁。腕を上げたな、鶯くん!

2021/07/02

今年はじめての朝顔が咲いた

 雨の音で目が覚めた。雨の音に消されて他の物音はほとんど聞こえない。風はない。ひたすらに降る雨にすっぽり包まれているような朝、カーテンを開ける。

今季初めての開花
 さて、今朝はどんなふうかな。朝顔の蔓はどこまで伸びたかな──とベランダに出る。するとパーテーションの手間にちいさな紫色が見える。花が咲いた。今年はじめての朝顔が咲いた。雨にもめげず。
 
 といっても、今朝の雨は、昨日もそうだったけれど、上から下へ向かってひたすらまっすぐに降る雨だから、朝顔の花に雨粒がじかに当たることはない。せいぜい飛沫がかかるくらいだ。それでも。

 7月になったとたんに気温はさがり、昨日も今日もひんやりと肌寒い。

 カナダのソルトスプリングに住む友人から、BC一帯が何日も摂氏40度をこす暑さだったけど、ようやく落ち着いた、というメールがくる。そっち(東京)はどう? クレージーなオリンピック、反対する人たちはデモとかやってないの? 

 やってるけど、やめた方がいいという人も大勢いるけど、それでも最初のシナリオ通りに強行する、ほとんど一億総玉砕オリンピック──と書きたくなる。参加選手だって安全とはいいがたい。

 日本の外に住む人たちには、完全に狂ってる「クレージー」な様子と映るらしい。そりゃそうだろな。そもそものはじまりは「福島復興のため」という名目だったオリンピック。そのためについた嘘「福島原発はアンダーコントロール」から始まって、数々の嘘と詭弁と利益に群がる人たちが招いたのがこのカタストロフ! そこへ襲ってきたのがコロナ・ウィルスというわけだ。

 今年はじめて咲いた朝顔の花の話を書こうと思ったのに、昨日とどいた友人からのメールへの返信みたいな、狂気のコロナオリンピックの話になってしまう。世界からじっと見られているこの国の非論理と非道なものごとの決め方。議論さえ成立しえない「貧しさ」。どれだけことばを壊し、人心の荒廃をもたらすつもりか。選手団、くるのかな? こないチームがこれから増えるんじゃないの?

 それにしても、これからしばらく、このブログ、写真が朝顔だらけになっていく予感が…まいっか。


2021/06/25

訳書2冊、自著2冊、合計4冊の本を抱えて夏を越す

 ブログからずいぶん遠ざかっていたけれど、復帰します。


「東京コロナオリンピック 2021」とも言えそうな凄まじいイベントがこの国で進行していますが、感染症の専門家たちが何をいっても正面から問題と向き合おうとせず、適切な対策を講じないまま、シナリオありきの物事の進め方に、誰もが不満、不安、そしていまや生命を脅かされそうな恐怖さえ感じるようになって、本当にどうなるのかと思います。

 でも、そんな時、目の前の細切れ情報にふりまわされずに、淡々と、冷静に、日々の暮らしをまっとうしたいもの。それには、facebook や twitter などの SNS だけでは非常にバランスが悪い。こういうブログで文章を書くことで、考えていることが整理され、気持ちも落ち着く、そうやってブログを書いてきたんじゃなかったかな、と思いなおしました。あるいは好きな本を読むのもまた、その効用が大きいことを思い出しています。

 短いメッセージに「いいね」や「ツイート」などで反応し、「シェア」することで元の情報に依存したまま自分のことばで書くことをどこかではしょっていないだろうか、と思い至ったのです。まあ、ちょっと忙しかったこともあるのですが。

 現在、翻訳書が2冊、自著が2冊、同時進行で動いています。翻訳は以前も書きましたが、J・M・クッツェーの『少年時代の写真』と、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの初作『パープル・ハイビスカス』。自著はもう少ししてから具体的にお披露目しますが、1冊はコアなエッセイ集、もう1冊はどちらかというと柔らかい文章で書いたメモワールです。昨年は「仕込みの年」、今年は「蔵出しの年」となりそうです。

 今年もベランダの植木鉢とプランターに朝顔のタネを蒔きました。早々と発芽して、梅雨空をものともせずにベランダの天井を目指して蔓を伸ばしています。毎朝、目が覚めるとまず朝顔たちのことを思います。昨日立てたポールに蔓は巻きついたかな? どこまで伸びたかな? 最初の花はいつかな? 

 今年もまた朝顔と、そして、4冊の本といっしょに夏を越します。


*写真は昨年の朝顔*


2020/10/29

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェが短篇「ズィコラ/Zikora」を発表

今年の夏はアサガオがたくさん咲いて、その花を見ながら翻訳する作業を「アサガオ翻訳」などと言ったりしていましたが、訳しているのはチママンダ・ンゴズィ・アディーチェの初作『パープル・ハイビスカス』です。

2003年に出た長篇で、2004年のハーストン・ライト遺産賞、2005年のコモンウェルス作家賞の初小説賞を「アフリカ」と「世界」の両方で受賞した作品です。2004年のブッカー賞のロングリストにも残り、同年オレンジ賞の最終候補にもなった作品です。

 さらに、この作品をドイツ語に翻訳した訳者ジュディス・シュヴァーブがカルプ市ヘルマン・ヘッセ賞を受賞しています。賞金がなんと1万5000ユーロ!

 そして昨日はアディーチェが短篇作品を発表、というニュースが飛び込んできました。7年ぶりだと報じられて、さっそく読みました。Zikora/ズィコラ。アマゾンのキンドルのみの発売です。

 

Zikoraズィコラとは、ナイジェリア人女性の名前です。シングルマザーとして赤ちゃんを産む緊張感にあふれる場面から始まる物語ですが、いつものようにぐんぐん読ませます。どうしてシングルマザーとして赤ちゃんを産むことになったか、赤ん坊の父親とはすごくうまくいっていたのに、妊娠した、と告げた途端に、彼は去っていくのですが、それが何故なのかズィコラにはわからない。

 それまでは、すごくうまくいっていたと思っていたのに。2人は弁護士なんです。ズィコラはナイジェリア人、相手の男性は父がガーナ人、母がアフリカン・アメリカンという説明があるだけで、どのような家庭で育ったかといった詳細はあまりわかりませんが、ズィコラ自身の母や父とのなかなか面倒な関係は物語を読むにつれて、だんだん見えてきます。

 全体で100枚ほど。アディーチェの新境地です!

   

2020/10/17

ベランダの植物たち

今日は朝から冷たい雨。金木犀の香りで始まった10月も、気温が大きく上がったり下がったりしながら半ばをすぎた。
 ブログの仕様が変わって、写真などをうまくアップできないままほぼひと月たった。そろそろ挽回しなくちゃな、というわけで、まずはこのひと月のあいだにベランダの朝顔がどうなったかを記録しておこう。


 花をつけているのが9月20日。すっかり枯れているのが今日のものだ。




  今年は蔓をぐんぐん伸ばして、花もじつによくつけた朝顔たちは、9月を境に寒さもあって月末から少しずつ枯れていった。ありがとう、朝顔、本当によく咲いてくれた。花のあとには種子がたくさんできている。茶色の皮に包まれた黒い種子。もう少したったら、枯れきったころに集めて来年にそなえようかな。

2020/09/07

まだまだ咲く朝顔、20輪

今朝も咲いていた。黄ばんだ葉をつけ、種子の袋をふくらませながら、それでも新しい花をどんどんつける朝顔。
 今日はなんと、20輪も咲いていたのだ。嵐のベランダで。この持続力は驚異的、いや、感動的ですらある。

一気に開く花たち

天井近くで風に揺れる蔓

陽光とは逆方向に咲く2輪    
 
台風10号は九州地方に大きな被害をおよぼして北へ抜けたようだ。

2020/09/03

嵐の夜のあとに朝顔の花綱


9月の朝顔、今朝はなんと17輪も咲いていた。黄ばんだ葉っぱもまじり、すでに種を包んだ茶色の鞠のような袋もたくさんつけて。嵐の夜のあとに、咲き急ぐ朝顔たちは、天井から蔓が垂れて、泳いで、いまや花綱のよう。
 今年の夏は朝顔の話ばかりで、またまた朝顔なんだけれど、あまりにすごい光景だったのでやっぱり写真を撮ってしまった。1日につけた花の数がダントツに多かった記念に。


2020/08/04

リンゴ酢のオンザロックと朝顔

 8月に入り、ついに梅雨があけて青空がのぞく。風がさわやかになって、ようやく夏がきた。こんなに幸せな感じの夏もめずらしい。こんなに待たれた夏もめずらしい。
 梅雨明け宣言が出てから3日ほどして、ようやく万物が吸い込んだ過剰な湿気がとれていく。生き物たちもすっきり、ほどよく乾いていく。わたしもまた。

 その日に咲く朝顔の数を数える。このところ花の数は更新の毎日。昨日はついに8つの花がいっぺんに咲いた。

 最初に蔓をのばしてどんどん花をつけていた株が一段落して、2番手、3番手の株から伸びた蔓が追いかけ競うように咲く。細い蔓は最初ちいさな葉っぱをつける。それが日に日に大きくなって、ダーツのような蕾をつけていく。その蕾の横から新しい芽が伸びる。
 竿にというか、いまや綱の先のフックにからみついた蔓は、さらに伸びて、伸びて、きまじめに先達のあとを追いかけていく。花もまた高い位置が好きらしい。数日前に撮った写真をアップしておく。

 ***
 3日ほど前から「酢」に目覚めている。毎日リンゴ酢を飲んでいるのだ。たまたま隣町へ出かけたついでに買ったリンゴ酢、とろりとした飴色の液は水や炭酸で倍にうすめて飲むようにできていて、とても濃い。少し甘すぎるので、料理に使っている米酢を足してみた。うん、これならイケル。それをちいさなグラスに入れた氷片にトクトクと注いでオンザロックにして、日に3回ほどちびりちびりと飲む。

 するとどう! 身体中の「むくみ」がどんどんとれていくのだ。これは発見! 快適! 梅雨もあけて、黒酢入りのリンゴ酢がおいしい。


2020/07/28

今日もまた朝顔と「アサガオ翻訳」なのだ!

早朝に起き出して撮影
このところ毎日、朝顔が3つか4つ花を咲かせる。
 朝の5時ころ一度カーテンを開けてみるようになった。なぜかその時刻に目がさめるのだ。当然ながらもう一度寝る。ちゃんと起きたときは、もう花は縁のほうから少し変色しはじめている。立派な姿は早朝にしか見せてもらえないのだ。

 でも、ずっと雨がつづいているため、寝坊をして起きだしても花はしおれずに咲いている。風がある日はダメ。あっというまにしおれてしまう。

 どんどん高くまで蔓をのばしていった朝顔は、いま、紫の花をつける位置がベランダの天井近くになっている。近づいて見あげると、蔓がもうすぐ天井にとどきそうだ。

 今日は7月28日。今月も残り3-4日しかない。新しい翻訳仕事をはじめて、ようやく全体の2割強。夏は休み休み進むのがいい。結局そのほうが確実にしあがるのだから。何を訳しているかは、5割ほど終わったときに発表しようかな。ヒントをひとつ。花の名前がついた作品。アサガオではありませんが。

 というわけで、夏季は「アサガオ翻訳」がしばらくつづく。