2009/03/19

氷柱──『安東次男全詩全句集』より

氷柱
 プロローグにかえて


冬になつてつやつやと脂のよくのつた毛なみをしその下に
充分ばねのきいた皮膚を持つ獣たちがいるかれらの皮膚が
終つたところから毛が始まるといつたらこれは奇妙なこと
になるにちがいないしかしまさしく目の終つたところから
視線は始まるのだそして視線の終つたところからはなにも
はじまりはしない始まるのはle vierge, le vivace et le bel
aujourd'hui...一種の痛みだけだ受け継がれるところのない
不透明ないたみの連禱だけであるさきにつやつやと脂のよ
くのつた毛なみとわれわれの眼に映つたのもじつはこの痛
みの連禱にほかならないそれをわれわれは不透明さという
ことにたいする若干の嫉妬の気持もあつて透明だといつた
り溶けることにたいする頑固な期待もあつて氷つていると
いつたりするだがそれがどんな反応を期待することなのか
じつは自分でもよくはわかつていない
                      (一月)

 人それを呼んで反歌という──『安東次男全詩全句集』(思潮社、2008刊)

**************************
ステファーヌ・マラルメの有名な詩行を含むこの詩が書かれたのは「人それを呼んで反歌という」が出版された1966年だろうか。年譜を見るとこの年の8月に「詩の翻訳は可能か」と題する「現代詩手帖」での座談会に出席、とあるのがなんだか面白い。

 年譜には1966年から82年まで東京外国語大学の「文学、比較文学」の教授とある。1968年12月末の大衆団交(私は残念ながら北海道に帰省していて、その場に居合わせなかった)以降、マスコミで「造反教官」として名を馳せた。教授会から「弾劾・辞職勧告決議」が出され、翌年3月に朝日ジャーナルに「私こそ弾劾する」を、さらに6月に「再び弾劾する」という文章を発表している。

 その文章が載った小冊子が、なぜかいまも、私の手許にある。