ママンダ・ンゴズィ・アディーチェの『アメリカーナ』が、発売になりました。
ここまでたどりつく道のりの長かったこと。でも、本になって、書店にならびました。
最近、BBC Radio 4 のサイトに掲載されたアディーチェの横顔をアップ。編み上げたコーンロウがとてもすてきです。
ここまでたどりつく道のりの長かったこと。でも、本になって、書店にならびました。
最近、BBC Radio 4 のサイトに掲載されたアディーチェの横顔をアップ。編み上げたコーンロウがとてもすてきです。
アディーチェの魅力はなんといっても、ストーリーテラーとしての抜群の才能です。かなり分厚い本ですが、ぐんぐん読ませます。訳しながら、加速されるスピードに机から離れられなくなり、ついにダウン、ということが幾度かありました(笑😆汗)。
クッツェーが二度目の来日をしたのは2007年12月だった。この年に出版された『厄年日記』の主人公が、スペイン語の名前であることは以前も書いた。フアンだ。作品内ではセニョール・Cとも呼ばれている。著書に Waiting for the Barbarians があるとされる72歳の作家でオーストラリアに住んでいる。この本の後半部にあたる「第二の日記」の最後を飾るのが「ドストエフスキーについて」という文章だ。そのひとつ前がバッハ。
答えは倫理や政治とはまったく無関係、すべてはレトリックに関係している。許しを認めようとせずに長々と熱弁をふるうイワンは、恥知らずにも、自分の議論を進めるために感情(犠牲になった子供)や戯画(残虐な地主)を利用する。あまり説得力のない彼の議論の中身よりはるかに力強いのは、苦悩を強調する語調であり、それはこの世界の恐怖に耐えられない魂の個人的苦悩である。わたしを圧倒するのは、ドストエフスキーによって言語化されたイワンの声であって、彼の理屈ではない。
そして人は、ロシアに、母なるロシアにもまた感謝する、そのような異論の余地なき確かさで、われわれの目の前に、真摯な小説家なら誰しも骨惜しみせずに到達すべく努力しなければならない水準を設置したということに。たとえそこへ到達するには千載一遇のチャンスしかないとしても。それは、一方に文豪トルストイが、他方に文豪ドストエフスキーがいるという水準である。彼らを模範とすれば、より良き芸術家になれる。より良きというのは、技巧に長けているという意味ではなく、倫理的に優れているという意味だ。彼らは人の不純な虚勢を消し去り、視界を澄明にし、腕の力を強化するのだ。⭐︎![]() |
| つい最近、ホセ・レオン・スアレスを訪れたクッツェー |
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| 受賞者に賞を手渡すクッツェー |
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| 検閲について語るクッツェー |
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| テーブル席最左がコウト |
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| クッツェーとアンキー・クロッホ |
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| 左がクロッホの、右がコウトの、スペイン語訳 |
15歳のときに偶然、隣家から流れてきたバッハの音楽に少年ジョン・クッツェーが凍りついた話が「古典とは何か?」(『世界文学論集』所収)に出てきたけれど、以来、クッツェーはJ・S・バッハの音楽をつねに身近に置いて暮らしてきた。『サマータイム』には、バッハにはまった少年が、テバルディ好きの父親と戦闘状態に入ったという、少年時代のエピソードも書かれていた。
この本は奇妙な構成で、全体が第一部「強烈な意見/Strong Opinions」、第二部「第二の日記/Second Diary」の二部からなり、さらに、その主文ともいえるオピニオンやダイアリーの下に、まるで楽譜のスコアのように下部パートが二つならんでいる。今回、思い出したのは、ポリフォニックな装いで小説仕立てにするためのそれら下部パートではなく、あくまで主文のほうだ。
ここで「晩年のスタイル」をめぐる作家自身の定義を確認しておこう。ポール・オースターとの往復書簡集『ヒア・アンド・ナウ』(岩波書店刊)で、クッツェーはこんなふうに述べている。2009年10月14日付のポール・オースターへの手紙だ。
彼は自伝的三部作の最終巻『サマータイム』(2009)を発表してすぐにこのシリーズに取りかかったと思われる。
翻訳にとりかかったのは、アディーチェの長編『アメリカーナ』を訳し終えたときだった。ふたたび簡素で、力強いことばの滋味をフルに出せるよう、自分の言語脳と身体感覚を大きく切り替えた。