2016/09/17

9月のクッツェー、今年もチリ、エクアドル、アルゼンチンへ

受賞者に賞を手渡すクッツェー
9月のクッツェーの活動です。
 まず、チリでクッツェーの名を冠した文学賞(18歳までが対象の短編小説賞)の受賞者に賞を手渡し、つぎはエクアドルのグアヤキルで開かれたブックフェアに参加してキーノートスピーチを行い(テーマは「検閲」で、クッツェーさんはスペイン語でスピーチをしたそうです)、12日からはアルゼンチンのサンマルティン大学で、恒例の「南の文学」講座に参加。23日まで。詳細はここで。

検閲について語るクッツェー
 ゲスト講師は、モザンビークからミア・コウト/Mia Couto、そして南アフリカからはアンキー・クロッホ/Antjie Krog。

テーブル席最左がコウト
 ミア・コウトはポルトガル語圏屈指の作家で、数年前に国際マンブッカー賞のファイナルに残りました。専門は環境生物学で、両親はポルトガルからの移民です。ミア・コウトは幼いころからモザンビークで南部アフリカの風土を皮膚から吸い込んで育ったために、いわば、アフリカ的感覚とヨーロッパ的知性が渾然一体になったような文章をポルトガル語で書いている(らしい)。(何冊も英語に訳されています。)この作家の作品を日本語に訳してくれる人があらわれないかと、首を長くして待っているひとが何人もいるのですが……。

 一方、アンキー・クロッホは南アフリカのオランダ系の名前。アフリカーンス語で書く詩人でジャーナリストです。1994年にアパルトヘイトから解放された直後、デズモンド・ツツ主教の先導で真実和解委員会がたちあげられました。アパルヘイト政権下で行われた暗殺、拘禁、拷問死など、数々の不正に手をくだした人間が、もし、犠牲者の家族の目の前で真実を語るなら恩赦をあたえよう、という趣旨で始められた委員会でしたが、このやりとりの一部始終を詳細にわたって報告したのがアンキー・クロッホでした。


クッツェーとアンキー・クロッホ
 その結果が Country of my Skull (1999)という分厚い本にまとめられて出版されました。日本でも『カントリー・オブ・マイ・スカル』(現代企画室)というタイトルで2010年に訳が出ています。*
 アンキー・クロッホについては、クッツェーが『厄年日記』で一章をさいて書いているのを、何年か前にこのブログでも紹介しました。ここです。


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2017.5.29──このときの写真や動画が見つかりましたので埋め込みます。



左がクロッホの、右がコウトの、スペイン語訳