『半分のぼった黄色い太陽』の著者、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの最近の写真と、2年ほど前の写真を、ならべてみました。さあ、どちらが最近のものでしょう? わかるかな?
秋もじわりと深まるころです。
今年で3度目を迎えるこのワークショップ、申し込み者のなかから参加者をしぼりこみ、期間中は泊まり込みで徹底討論するという。参加経費はすべてスポンサーが提供。今年からそのスポンサーが変わった。昨年までのフィデリティ銀行から「ナイジェリア・ブルーワリー」というビール会社にバトンタッチされ、むこう3年間はこの会社が受け持つという。ちなみに出版社を起こして、アディーチェの第一作『パープル・ハイビスカス』のナイジェリア独自版を出版したムフタル・バカラは、なんと元銀行マン。
「アフリカは遠いか? ─ その3」
「アフリカは遠いか?──その2」
「アフリカは遠いか?──その1」
J・M・クッツェーは発表する作品ごとに奇抜な手法を使って、読者を驚かせたり楽しませたりしてきた作家だ。8月にHarvill Secker から出た『サマータイム/Summertime』は1997年の『少年時代』、2002年の『青年時代』につづく自伝的作品の最終巻で、その斬新な手法にまたしても誰もがあっけにとられた。
8月中旬、発売予定を半月もくりあげて出版されたJ・M・クッツェーの『サマータイム/Summertime』は今年、ブッカー賞ショートリストにノミネートされ、ずいぶん話題になりました。惜しくも3度目の受賞は逃しましたが、今回もまた授賞式/パーティー(?)には出席しなかったようです。
アパルトヘイト下の検閲制度に関するクッツェー発言で注意しなければならないのは、検閲官は当時の南アフリカ社会において、みずからを「文学という共和国の守護者」と考えていた作家や大学人だったことだ。つまり彼らは自分の役割を、無教養な国家から文学が生き残るスペースを保護すること、と見なしていた。この点は注目にあたいする。当時の南アの白人社会内部からみれば「勤勉な、ごく普通の人」(もちろん秘密裏に)だったのだろう。
実際1977年に「Country」の南ア独自版がレイバン社から出るとき(この小説は同年にまずロンドンのセッカー社から出た)、作家もレイバンの編集者ピーター・ランドールも、本が発禁にならないよう細心の注意を払っている。そのようすが、両者のあいだの書簡からうかがえ、クッツェーは何カ所か書き直してぼかすことまで提案している。
『The Literature Police』は、クッツェー作品の一般読者にとっての必読書とまではいえないにしても、同時代を生きるこの作家の作品を訳したり研究したりする者には欠かせない内容を含んでいる。どのような場からあの作品群が生み出されたかを知るためにも、この作家を形成した社会/文化的背景を知るためにも、たいへん役立つからだ。