Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2018/08/10

日経プロムナード第6回「紙とPDF」

日経プロムナードも8月に入って2回目です。

 紙とPDF


肩書きが「翻訳家」なので、つい、翻訳にまつわる話が多くなり、そうすると、つい、J・M・クッツェーが絡んでくる。これはもう自然というか、必然というか。
 翻訳をはじめたころはまだ紙が主流だった。小型のワープロはまだなかった。ワープロなるものはあっても、巨大な四角い大げさなものだった。それから30年あまりで、いまや iPad やらスマホやら。

 すぐに忘れてしまいそうなことを、自分にとっても記録として残しておきたい──そう思い立って書いているうちに、マシンと人の流れを追っていた。ワープロから小型パソコンへ移り、原稿用紙やタイプスクリプトからPDFへ激変する翻訳現場について、すこし調べた。いろいろ考えてしまった。

 あれこれ思い出しながら考えていると、浮上してきた J・M・クッツェーの『鉄の時代』をめぐるエピソード。あれは忘れがたい。いまでもあのときの作家の笑顔が、ありありと目に浮かんでくる。2007年12月初旬。
 東京の冬は寒いでしょ? とたずねると、いや、穏やかな(gentle とルビ)冬ですよ、と答えたジョン・クッツェー。その声が耳元で響く。