2014/02/08
2014/02/07
2014/02/02
ことばを「言葉」と書かない宣言
「ことば」を「言葉」と書かないことにした。
「言の葉」は水に流れて消えてしまう。いま目の前を通り過ぎれば、それで終わり。赤、紅、黄色の病葉とともに「水に流して」それで終わり。
日本語のことば、は定義が実にあいまい、ヨーロッパ言語とくらべると、ニュアンスだらけ。彼らの「定義づけ」の安定が支えてきたもの=たとえば英語なら、ニュートン以来の純化された自然科学用語に始まる、法律、思想、哲学などなど、を日本は近代化の過程で「言の葉」にのっけてきた。
日本語のことば、は定義が実にあいまい、ヨーロッパ言語とくらべると、ニュアンスだらけ。彼らの「定義づけ」の安定が支えてきたもの=たとえば英語なら、ニュートン以来の純化された自然科学用語に始まる、法律、思想、哲学などなど、を日本は近代化の過程で「言の葉」にのっけてきた。
それをいま「われわれ/?」は目の前にしているのか?
この地震大国で。原発がいくつも解けて、放射能が消えない世界で。なにもかもなかったことにして、見えないようにしようとして、、、Out of sight, out of mind.....と。
まったく逆にクッツェーなどは(とまたクッツェーの話になってしまうが/笑)南部アフリカで用いられる言語の、白黒のコントラストの明確さに辟易して、作品に使われることばに込めたニュアンスを読み取ってほしい、と常々思ってきたようだけれど。。。。
たとえば、南アフリカでアパルトヘイト時代に用いられたディスクールのあまりの融通のきかなさに苛々して、文学をあくまで「闘争の武器」とする解放運動の狭い視野に苛々して、ケープタウンで1987年に開かれた Weekly Mail のBook Week で読んだ文章で、ベケット風の無機的くり返しをやらかしたクッツェーは、スピーチ内にゴキブリを登場させて人びとの怒りを買った、、、、「The Novel Toddy」。
日本はその真逆だな。ことばを、ずらし、ぼかし、響かせ、感じ取らせる妙技にかけてきた長い歴史のなかで、そのバックグラウンドそのものが危うい。というより、正念場にいたって歯止めがかからないのだ。
憲法まで含めて、法律なんていかようにでも解釈できると考える政治家たちに、なぜ裁判所は異議を唱えない? 定義があいまいだと、あいまいなまま法律もなにもかもスルーさせてしまう、この土壌は?
「空気読む」というのがその代表例か?
はっきりモノを言うと、田舎者、ダサイ、と言われつづける......
「ことば」を「言葉」とは書かないことにした。
葉っぱのように風に吹き飛ばされてしまわぬよう。朽ちてしまわぬよう。水に流されてしまわぬよう。ひとりの日本語使用者のささやかな抵抗として。
***
写真はネット上から拝借しました。あしからず。
***
写真はネット上から拝借しました。あしからず。
2014/02/01
チママンダの真っすぐでパワフルなことば! うん、よく分かる。
このサイトに注目!
STAP細胞の画期的な製作方法を発見した研究の中心となった若い日本の研究者、
理化学研究所の小保方博士について「日本のメディア報道がいかに偏向しているか
(どのような研究かという事実をまず伝える報道の使命を放棄して、
研究者が若い女性であるという点ばかり、
些末な情報を加え、拡大して伝える)」と、
イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、韓国、中国、台湾の記事と
比較して論じる谷本さんという方のサイトです。
一見の価値あり! 膨大なコメント。facebookに「いいね」が2.4万件!
この日本メディアの「偏向」の根がどこにあるか、もう一度よく考えてみたい。
そこで思い出したのが:
「男のエゴを慎重に扱うこと、野心はもっても男以上の成功をしないこと、
でなければ、男たちの脅威になるから・・・」
うまく立ち回って、そこそこに、うまくやりなさい、と・・・親たちが娘に言う・・・
アフリカ大陸にも、このアジア地域にも、地球上のどの社会にも、
程度の差こそあれ(この「程度の差」こそが、じつは、大きな問題なのだけれど)、
まだまだ蔓延しつづけるマチスモ=男尊女卑とたたかうための、
アディーチェからの、まっすぐで、パワフルなことばたち。
アディーチェは痩せすぎじゃないでしょ!
メディアに出るモデルが強要され、仕方なく受け入れている
「病的な痩せすぎ」ではないところに注目してね。
チママンダの写真は
「美は内面にある/Beautyisinside.com」というサイトからです!
Yes!
2014/01/30
今月の一曲/マリザ・モンチ
たまたま見ていたサイトで発見した、少しまえのマリザ・モンチの曲。Vilareho=「Village/村」という意味。なんか、いいなあ。彼女の声が。映像もいい。
Lyrics to Vilarejo :
Há um vilarejo ali
Onde areja um vento bom
Na varanda, quem descansa
Vê o horizonte deitar no chão
小さな村があって
いい風が吹いている
ベランダでゆっくりすれば
地平線が草原に横たわるのが見られる
Pra acalmar o coração
Lá o mundo tem razão
Terra de heróis, lares de mãe
Paraiso se mudou para lá
そして心が鎮められ
その世界は正しい
英雄たちの土地、母のかまど
天国がそこへ引っ越してきた
Por cima das casas, cal
Frutas em qualquer quintal
Peitos fartos, filhos fortes
Sonho semeando o mundo real
家々の上には石灰が
どこかに菜園には果実が
胸はたっぷり、息子は強く
現実世界に種をまく夢を見る
Toda gente cabe lá
Palestina, Shangri-lá
Vem andar e voa
Vem andar e voa
Vem andar e voa
だれでもが入れる場所
パレスチナ、シャングリラ
歩いておいで、そして飛んで
Lá o tempo espera
Lá é primavera
Portas e janelas ficam sempre abertas
Pra sorte entrar
そこでは時間が待っている
そこは春
扉も窓もいつでも開いてて
入ったらいいことがある
Em todas as mesas, pão
Flores enfeitando
Os caminhos, os vestidos, os destinos
E essa canção
どのテーブルにもパンがあって
花が飾られ
道があって、服があって、未来があって
そしてこの歌があって
Tem um verdadeiro amor
Para quando você for
ほんとうの恋がある
あなたが行くならいつまででも
MSさんが訳してくれました。感激!
Lyrics to Vilarejo :
Há um vilarejo ali
Onde areja um vento bom
Na varanda, quem descansa
Vê o horizonte deitar no chão
小さな村があって
いい風が吹いている
ベランダでゆっくりすれば
地平線が草原に横たわるのが見られる
Pra acalmar o coração
Lá o mundo tem razão
Terra de heróis, lares de mãe
Paraiso se mudou para lá
そして心が鎮められ
その世界は正しい
英雄たちの土地、母のかまど
天国がそこへ引っ越してきた
Por cima das casas, cal
Frutas em qualquer quintal
Peitos fartos, filhos fortes
Sonho semeando o mundo real
家々の上には石灰が
どこかに菜園には果実が
胸はたっぷり、息子は強く
現実世界に種をまく夢を見る
Toda gente cabe lá
Palestina, Shangri-lá
Vem andar e voa
Vem andar e voa
Vem andar e voa
だれでもが入れる場所
パレスチナ、シャングリラ
歩いておいで、そして飛んで
Lá o tempo espera
Lá é primavera
Portas e janelas ficam sempre abertas
Pra sorte entrar
そこでは時間が待っている
そこは春
扉も窓もいつでも開いてて
入ったらいいことがある
Em todas as mesas, pão
Flores enfeitando
Os caminhos, os vestidos, os destinos
E essa canção
どのテーブルにもパンがあって
花が飾られ
道があって、服があって、未来があって
そしてこの歌があって
Tem um verdadeiro amor
Para quando você for
ほんとうの恋がある
あなたが行くならいつまででも
MSさんが訳してくれました。感激!
2014/01/23
カミングアウトしたビニャヴァンガ・ワイナイナ
このところアフリカ大陸で勢いを増している、アンチ・ゲイの風潮に抗して、ケニア出身で、2002年のケイン賞受賞作家、ビニャヴァンガ・ワイナイナがこんな動画をアップしています。
これは全6本のうちの1本です。
それに先立ち、英国の「ガーディアン」に記事が載りました。そこでワイナイナは、僕はパンアフリカにストだ、しょっちゅう訪問しているナイジェリアには、これまで通り行くつもりだけれど、それが「冒険」になってしまった、と述べています。彼はバード・カレッジのチヌア・アチェベセンターのディレクターで、昨年からケニアに戻りナイロビに住んでいるようです。この記事からは彼が自著『One Day I Will Write About This Place』には入れなかった、母親の臨終のベッドで彼が吐露する「short story」に飛べるようになっています。この話は心打たれます。
ナイジェリア出身のチママンダ・ンゴズィ・アディーチェは、「ホモセクシュアルはヨーロッパ白人がアフリカに持ち込んだものだ、と主張する人がいるけれど、それは違う、アフリカにもずっと前からあったものだ、大事なのは愛だ」ときっぱり。
ワイナイナについては、「神奈川大学評論」の3月刊行号に「アフリカのことをどう書くか/How to Write About Africa」という、彼の辛口エッセイが載ります。
これは全6本のうちの1本です。
さきごろナイジェリアで反ゲイ法に大統領が署名したり(14年の懲役!!!)、ウガンダで大統領が世界的な抗議のため一時ひっこめた法律を、国会議員たちが昨年12月にまた議会を通過させたり(死刑!!!!! ヨウェリ・ムセゲニ大統領がふたたび拒否権を発揮したが.....)、このところアフリカ大陸全体に、目に見えたかたちの広がりをみせる「ホモフォビア」。これは子供たちの想像力をはばたかせるためには植民地主義とおなじくらい有害だ、とワイナイナが YOU TUBE にアップした動画で示唆している、と述べるのはこのサイト。
それに先立ち、英国の「ガーディアン」に記事が載りました。そこでワイナイナは、僕はパンアフリカにストだ、しょっちゅう訪問しているナイジェリアには、これまで通り行くつもりだけれど、それが「冒険」になってしまった、と述べています。彼はバード・カレッジのチヌア・アチェベセンターのディレクターで、昨年からケニアに戻りナイロビに住んでいるようです。この記事からは彼が自著『One Day I Will Write About This Place』には入れなかった、母親の臨終のベッドで彼が吐露する「short story」に飛べるようになっています。この話は心打たれます。ナイジェリア出身のチママンダ・ンゴズィ・アディーチェは、「ホモセクシュアルはヨーロッパ白人がアフリカに持ち込んだものだ、と主張する人がいるけれど、それは違う、アフリカにもずっと前からあったものだ、大事なのは愛だ」ときっぱり。
ワイナイナについては、「神奈川大学評論」の3月刊行号に「アフリカのことをどう書くか/How to Write About Africa」という、彼の辛口エッセイが載ります。
2014/01/17
ビヨンセとアディーチェがコラボ
ひさびさにアディーチェの話題です。
すでにあちこちで話題になっていますが、かのビヨンセが、昨年暮れにまったく予告なしに発表したニューアルバムに、なんとチママンダ・ンゴズィ・アディーチェのTEDトーク“We Should All Be Feminists”の一部が入っているのです。
このトークについては、以前、このブログでも取りあげましたが、ビヨンセのアルバムには、そのときのチママンダの声そのものがフィーチャーされています。
曲のタイトルは:Flawless. 11曲目です。YOUTUBE にビデオがありました。遅ればせながら、ここに貼付けます。
すでにあちこちで話題になっていますが、かのビヨンセが、昨年暮れにまったく予告なしに発表したニューアルバムに、なんとチママンダ・ンゴズィ・アディーチェのTEDトーク“We Should All Be Feminists”の一部が入っているのです。
このトークについては、以前、このブログでも取りあげましたが、ビヨンセのアルバムには、そのときのチママンダの声そのものがフィーチャーされています。
曲のタイトルは:Flawless. 11曲目です。YOUTUBE にビデオがありました。遅ればせながら、ここに貼付けます。
2014/01/14
大辻都著『渡りの文学』/マリーズ・コンデの魅力
マリーズ・コンデの本格的研究書『渡りの文学』(法政大学出版)が出た。
研究書といっても、非常に明解かつ読みやすい文章で書かれているので、誰もがアクセスできる。そこがなんといっても嬉しい。この本の著者、大辻都さんの話を聞く会が昨日、下北沢のB&Bで開かれた。
大辻さんは長年、マリーズ・コンデを研究してきた人だ。この作家は、カリブ海は小アンティーユ諸島に浮かぶ蝶々のような形をしたグアドループという島に1937年に生まれている。大辻さんはその島々にも何度も足を運び、著者コンデの生まれ育った場所も訪れている。昨日は島の写真のスライドショーから始まって、管啓次郎さんのテンポのいい司会で、マリーズ・コンデという作家とその作品の魅力が縦横に語られる会になった。
まずマリーズ・コンデとはどんな作家か、という大辻さんの話があり、それからゲストの小野正嗣さんがコンデの作品を歯に衣着せず分析し(小野さんは小説家であるだけでなく、このマリーズ・コンデで博士論文を書いている研究者なのだ!)、さらに作家の性格や生きざまに大胆に突っ込みを入れた。小野さんのぶっちゃけた話しっぷりと大辻さんとの絶妙なやりとりが、じつに面白かった。
管さんの訳書『生命の樹』からの朗読をはさんで、話はカリブ海出身の文学者たちとコンデという作家の位置関係や、1950年代末に、当時アメリカスの黒人たち誰もがあこがれた故郷「アフリカ」へ、実際に行ってしまったコンデってすごいという話になって、そこで「あこがれのアフリカ」のイメージは粉々に打ち砕かれ、アフリカ社会内で彼女が女として体験したであろう、さまざまな困難辛苦へと聴衆の想像力をぐいぐい誘った。
とりわけコンデの最初の作品『ヘレマコノン』が書かれるまでの、マリーズ・コンデという作家が誕生していくプロセスの興味深さ。この作品をまず彼女に書かせた一筋縄では行かない「体験」と彼女の思想のせめぎあい、そこに作家コンデの核となるものが埋まっている。それはいまでは、誰もが一致する意見だと思う。だが、この作品、読解は一筋縄ではいかない。読み手の「アフリカ理解」がぎりぎりと問われてくるのだ。
しかし、それ以後のコンデの作品行為は『渡りの文学』というこの本のタイトルがいみじくも示す通りだ。カリブ海/グアドループ、ヨーロッパ/フランス、アフリカ/ギニアやセネガルなど西アフリカ諸国、そしてアメリカ合州国、を往還したマリーズ・コンデという作家の人生の奇跡は、18、19世紀の大西洋をめぐる三角貿易の地理的移動とかさなり、そのまま、人間の移動、文化的移植の経路ともかさなって、現代にいたっているのだ。その作品世界は掘り起こされるのを待っている宝物のような気がする。
イギリス文学、フランス文学、アメリカ文学といった枠をすべて取っ払って考えざるをえない人間の営みを、地理的にも歴史的にも、彼女の作品ははっきりと示している。だから、コンデを読むということは、その奇跡のうえに読者が自分を置いてみる試みとならざるをえないのだ。
ようやく、時代がマリーズ・コンデの作品に追いついた、ということなのだろう。
ついでに、昨年、コンデについて毎日新聞書いたコラムをここにリンクしておこう!
研究書といっても、非常に明解かつ読みやすい文章で書かれているので、誰もがアクセスできる。そこがなんといっても嬉しい。この本の著者、大辻都さんの話を聞く会が昨日、下北沢のB&Bで開かれた。
大辻さんは長年、マリーズ・コンデを研究してきた人だ。この作家は、カリブ海は小アンティーユ諸島に浮かぶ蝶々のような形をしたグアドループという島に1937年に生まれている。大辻さんはその島々にも何度も足を運び、著者コンデの生まれ育った場所も訪れている。昨日は島の写真のスライドショーから始まって、管啓次郎さんのテンポのいい司会で、マリーズ・コンデという作家とその作品の魅力が縦横に語られる会になった。
まずマリーズ・コンデとはどんな作家か、という大辻さんの話があり、それからゲストの小野正嗣さんがコンデの作品を歯に衣着せず分析し(小野さんは小説家であるだけでなく、このマリーズ・コンデで博士論文を書いている研究者なのだ!)、さらに作家の性格や生きざまに大胆に突っ込みを入れた。小野さんのぶっちゃけた話しっぷりと大辻さんとの絶妙なやりとりが、じつに面白かった。
管さんの訳書『生命の樹』からの朗読をはさんで、話はカリブ海出身の文学者たちとコンデという作家の位置関係や、1950年代末に、当時アメリカスの黒人たち誰もがあこがれた故郷「アフリカ」へ、実際に行ってしまったコンデってすごいという話になって、そこで「あこがれのアフリカ」のイメージは粉々に打ち砕かれ、アフリカ社会内で彼女が女として体験したであろう、さまざまな困難辛苦へと聴衆の想像力をぐいぐい誘った。
とりわけコンデの最初の作品『ヘレマコノン』が書かれるまでの、マリーズ・コンデという作家が誕生していくプロセスの興味深さ。この作品をまず彼女に書かせた一筋縄では行かない「体験」と彼女の思想のせめぎあい、そこに作家コンデの核となるものが埋まっている。それはいまでは、誰もが一致する意見だと思う。だが、この作品、読解は一筋縄ではいかない。読み手の「アフリカ理解」がぎりぎりと問われてくるのだ。
コンデがたんにカリブ海文学の作家におさまりきらないところを理解するには、彼女がギニア人と結婚してコートディヴォワール、ギニア、ガーナ、セネガルと移り住むことによって経験した「アフリカ」をどう位置づけるかが鍵になる。だが、まだまだ日本の読者は、わたしも含めて「遠い点景」としての「アフリカ」しかイメージできないところにいる。
その部分がやわらかく耕されていくなら、つまり登場人物がひとりひとりの個性をもった人間としてイメージでき、その背景まで含めて作品全体が浮かぶようになれば、マリーズ・コンデの作品と彼女がたどった行路とその奇跡が具体的に見える視野が開けるかもしれない。
1976年の出版当時はほとんど無視されたというこの作品、たしかに、そう簡単にわかってたまるか、といった表情をしている。1976年というのは、それほど作家の「書く現場」と読者の「机上」の距離が大きく隔絶していた時代だったのだと思う。
しかし、それ以後のコンデの作品行為は『渡りの文学』というこの本のタイトルがいみじくも示す通りだ。カリブ海/グアドループ、ヨーロッパ/フランス、アフリカ/ギニアやセネガルなど西アフリカ諸国、そしてアメリカ合州国、を往還したマリーズ・コンデという作家の人生の奇跡は、18、19世紀の大西洋をめぐる三角貿易の地理的移動とかさなり、そのまま、人間の移動、文化的移植の経路ともかさなって、現代にいたっているのだ。その作品世界は掘り起こされるのを待っている宝物のような気がする。イギリス文学、フランス文学、アメリカ文学といった枠をすべて取っ払って考えざるをえない人間の営みを、地理的にも歴史的にも、彼女の作品ははっきりと示している。だから、コンデを読むということは、その奇跡のうえに読者が自分を置いてみる試みとならざるをえないのだ。
ようやく、時代がマリーズ・コンデの作品に追いついた、ということなのだろう。
ついでに、昨年、コンデについて毎日新聞書いたコラムをここにリンクしておこう!
2014/01/10
キツツキを見た日
今日、葉をすっかり落としたこぶしの樹の幹を、キツツキがつついていた。最初、枯れ木と枯れ木をぶつけあうようなボツボツという音が聞こえたので、思わずあたりを見まわしたけれど、誰もいない。そして頭上に動くものが・・・
みると体をまっすぐ縦にして、くすんだ灰緑色の幹と同色の鳥らしき姿があった。かなり高いところを長い嘴でつついている。たぶんキツツキだ。キツツキだとわかると、今度は、耳にコツコツと聞こえるから不思議、というか、耳から入る音をどう聞くかは、聴く者の先入観によって決まるのかもしれない。
下から見あげるかたちだったので、頭のてっぺんが赤いかどうかまでは確認できなかった。
でも、いつもなら2月に入ってから見かける鳥。早々とやってきたのか。なんとなく嬉しい。(カメラは持っていなかったので、写真はネット上のものを拝借しました。)
みると体をまっすぐ縦にして、くすんだ灰緑色の幹と同色の鳥らしき姿があった。かなり高いところを長い嘴でつついている。たぶんキツツキだ。キツツキだとわかると、今度は、耳にコツコツと聞こえるから不思議、というか、耳から入る音をどう聞くかは、聴く者の先入観によって決まるのかもしれない。下から見あげるかたちだったので、頭のてっぺんが赤いかどうかまでは確認できなかった。
でも、いつもなら2月に入ってから見かける鳥。早々とやってきたのか。なんとなく嬉しい。(カメラは持っていなかったので、写真はネット上のものを拝借しました。)
2014/01/04
誕生日にこんなプレゼント!
詩人のYSさんから、今日の誕生日にこんなプレゼントをいただきました。大好きなセザリア・エヴォラです。
facebook がまる一日つながらなかったので、たったいま大勢の人たちからお祝いのメッセージをいただいたのを発見しました。このプレゼントもそうです。
こういうふうに不都合が一日つづいて、夜になってぱっとサプライズに変化するというのも悪くない経験だなあ、と思いました。
みなさん、どうもありがとうございました。
2014/01/03
2014/01/01
賀正/ポプラ通り12番から
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
「ヴスターの町外れの、鉄道線路と国道に挟まれた住宅地に彼らは住んでいる。住宅地を走る通りには樹木の名前がついているが、樹木はまだない。住所はポプラ通り十二番。住宅地の家はどれも新しくて・・・・・・」──自伝的三部作第一部『少年時代』の冒頭。
今年もどうぞよろしくお願いします。
「ヴスターの町外れの、鉄道線路と国道に挟まれた住宅地に彼らは住んでいる。住宅地を走る通りには樹木の名前がついているが、樹木はまだない。住所はポプラ通り十二番。住宅地の家はどれも新しくて・・・・・・」──自伝的三部作第一部『少年時代』の冒頭。
元旦からどさりと届いた、クッツェーの『少年時代』のゲラ読み。今年もまた、まずは、明けても暮れてもクッツェー漬けの毎日だ。
ポプラ通り/POPULIERLN=Populier Laan/Poplar Avenue は、少年ジョンが住んでいたころ、まだ樹木は一本もない新興開発住宅地だった。2011年11月に訪ねたときは、写真のように、緑のおいしげる住宅街になっていた。
春には、彼の自伝的三部作を店頭にならべなければ。ゲラ読み、あとがき、年譜、などなど、まだ作業は残っているけれど、それは訳者にとっては愉楽のときだ。
ポール・オースターとの往復書簡集もある。これもまた楽しみな作業だ。そして。念願の詩集『記憶のゆきを踏んで』もクッツェー三部作とほぼ同時に完成する。さらにさらに、アディーチェの新作『アメリカーナ』も待っている。
2014年、それは「ことば」が試される年かもしれない。ことばを使う人間が試される年でもあるだろう。あたうるかぎり意識の殻をやぶって。あたうるかぎり国境も、言語の壁も、押し寄せる偏狭なパトリの暴力も超え、伝え合う広々とした空間へ、「ことば」が人を誘うことができるかどうか。実りの年となることを祈って!
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