ハン・ガン『別れを告げない』斎藤真理子訳(白水社)について、東京新聞のコラム「海外文学の森へ 81」に書きました。今日5月21日夕刊に掲載されています。
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これは「幻視者(ヴィジョネール)の文学」ではないか、というのが筆者の見立てだ。ヴィジョネールの作家・詩人についてはフランス文学に長い歴史がある。ネルヴァルとかミショーとか。もちろんフランスだけではないけれど(ドイツの美術とか)、この作品を読んで脳裏に浮かんできたのは、そのことばだった。60年代のフランス文学全盛時代に学生だった者にとって「ヴィジョネール」はある種、特別な意味を含んだ呼称なのかもしれない。例えば梶井基次郎なんかは「ヴィジョネールの作家」と言えるだろう。
ハン・ガンの作風は、そんな幻視の世界へ読者の視線や心を引っ張っていく──というのは深い物語の森に入っていって、ここはどこ?と思ったときに気がついたのだけれど。
左がフランス語訳、右が日本語訳 |
1970年生まれの作家ハン・ガンは、『別れを告げない』の語りの中心に、この虐殺事件のサバイバー2世である映像作家インソンと、その友人である作家キョンハを置く。物語はふたりの交流と複雑に絡まる記憶を薄墨色のざっくりした布に織り込むように進んでいく。全編に雪が降る。深い雪の世界だ。
とにかく読ませる。70年生まれのハン・ガンは、おそらくそれほど遠くない未来、ノーベル文学賞を受賞するんじゃないかと確信させる作品だ。もしそうなったら、アジア人女性として初めての受賞者になるのだろう。
昨秋から現在形で続く「パレスチナ/イスラエル」のジェノサイドが二重写しになって迫ってくる。