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3.11以降、音楽が、歌が聴けなかった。聴く気持ちになれないから、遠ざけてきた。
がんばっている間は、やわらかなもの、やさしいもの、心なごむものを遠目にしながら、手を伸ばしたいと思いながら、なんとなく、無意識に、距離を置いてきた。自分にそういうものを許してはいけな、まだ、いけない、と思っていた、どうもそうらしい。
なにかに対して身構える、なにかに対して抗う、その姿勢を貫くために、心の筋肉に力をこめて、まいにち、まいにち。でも。一月ほど前から心がふさぐ。渇いてきた。気持ちが上へ向いて行かない。努力が足りない、と自分を叱咤する。友人も、知人も、東奔西走でがんばってるじゃないか。もっと「困っている人」はたくさんいるじゃないか。そう自分に言い聞かせてきた。でも、それも限界。
今朝、ある人のfacebook への書き込みを見て、あふれるような感情におそわれる。
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昨夜、小樽旅行から帰ってきた娘たちが見せてくれた写真、そこに映っていた風景が思い出される。閑散とした埠頭にウミネコが一羽、あとはただ、なにも遮ることのない海と空の透き通った青さ、目が痛いほどの青。涙があふれそうになる。
泣いてもいいのだ、と歌はひそかに囁いてくれる。泣いてもいいのだ、甦るために。ふたたび力を取りもどすために。