2023/06/29

プラド美術館を訪れているJ・M・クッツェー

 6月末から7月初めにかけて3週間、プラド美術館を訪れているJ・M・クッツェーです。ベラスケスの有名な絵画「ラス・メニーナス」の前で説明を受けるジョン・クッツェー。プラド美術館の公式twitterがアップした、6月20日付けの動画です。


https://twitter.com/museodelprado/status/1671117335493525507

2023/06/23

「恋愛」をめぐる UNLEARN

つい先日も日本のジェンダーギャップ指数125位 前年より後退、G7で最下位というニュースが流れたばかり。

 ブログ内を検索していたら、ちょうど5年前に書いた「はきちがえのはきだめから脱出するには?」という投稿を見つけた。

 80歳を過ぎた男性作家であるJ・M・クッツェーが書いた『ポーランドの人』(白水社)を、日本語に訳出した記念として、再度ここにアップしておく。光が当たっているテーマは、両者に通底しているからだ。日本語社会の周回遅れ、なんとかしたい!
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6月22日(2018年)

某大学教授で文芸評論家でもあるという60代の男性がセクハラで訴えられた。ニュースなどのことばを読むかぎり、自分が特権をもつ位置にある教育者だという認識が著しく欠如している。文学者であることで免除されると本人が思い込んできた長い歴史と、まあ仕方がないとそれを許してきた周囲の教育者・文学者などの価値観の、すべてが時代後れでゴミ箱に入れて削除してしまいたいようなウイルス性有害物と思われる。

 文学者であることを名乗るなら、まず、「恋愛」という表現の定義を学びなおしてほしい。

 恋愛感情とは、ひとりの人間がもうひとりの人間を、とても、とても大事に思い、憧れ、その人を独占したい、欲しいと思う性的欲望をも含んだ感情のすべてを呼ぶのだが、同時に、相手から自分もまたおなじように大事に思われ、憧れられ、独占したいと思われ、欲しいと思う性的欲望をもたれたいという気持ちであって、あくまで「対等な関係」が底になければ成立しないはずだ。それが近現代の思想的な始まりだったのだと。

 某教授のいう感情はまったくそれとは異なり、60代のオスの欲望にきれいなことばの衣をかぶせたものにすぎず、相手との「対等な関係」などまったく眼中にないものであることは疑いの余地がない。文学者として、これを「恋愛感情」などとゆめゆめ呼ばないでほしい。はなはだしく意味をはきちがえているといわざるをえない。近現代の日本の男性文学は(まあ女性文学もある意味)、この「はきちがえのはきだめ」からどう出られるか、が根底的に問われているような気がするが、どうだろう。

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2018年の付記:

備忘としてfacebook に記したオピニオンを転記しておく。ちょっと語調はあらいけれど、それも含めて。希望も含めて。

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2023年の付記:だから対等の人間として相手を見ているなら、「俺の女にしてやる」とか「俺の恋人にしてやる」とか「俺の女房にしてやる」という表現は全く出てこないはずだ。相手のことを深く知りたい、理解したい、という気持ちが相手に受け入れられたとき初めて、相互のやり取りが始まるんだ。一方的な「妄想」に突っ走ってしまわないことが、めっちゃ大切なんだよな。

追記:まあ、人間として対等であることは大前提だけど、恋愛感情のバランスに不均衡があるときは──そしてこれはいつの時代もとても多いんだが──悲しいかな、どちらかに悲恋、失恋が待ってるわけだけどね。でも支配、被支配の関係を示す「俺について来い」とか「お前を幸せにする」といったセリフが横行した時代が、ホント長かった。それって、どんだけ「主従の関係」を反映しているか、足元から考え直したほうがいいよね。いまだに自分の夫を「主人」と呼んでる女性たちも、もちろん男女問わずに「オタクのご主人」という人たちも!



2023/06/18

コンサート:2人のフランツ、青柳いづみこ & 高橋悠治 トークコンサート

 備忘のために昨日のコンサートのことを書いておこう。

 昨日はひさびさに都心まで出かけた。日比谷の「ベヒシュタイン・セントラム 東京 ザール」で開かれた、青柳いづみこ & 高橋悠治というビッグなピアニスト2人のコンサート。コロナもあけて、フランソワ・クープランとフランツ・シューベルトと聞けば出かけずにはいられません!

 帰りの電車が、事故の影響で動いているのは各駅停車のみで、ちょっと時間がかかったけれど、6月の晴れ渡った空を見ながらゆっくり帰宅。最寄り駅にたどりついてもまだ西の空は茜色。

 生で聴くピアノタッチの美しさが、胸に染み入るサイコーの一日だったナ。


2023/06/11

「海外文学の森へ 56」『過去を売る男』:ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ著、木下眞穂訳『過去を売る男』

東京新聞(6月6日夕刊)のコラム「海外文学の森 56」でジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ著、木下眞穂訳『過去を売る男』(白水社)を紹介しました。

 このリレーコラム、最初は「書評より、もっと柔らかく、身近なことも含めてエッセイふうに」という依頼だったように記憶しています。「柔らかく」がうまくいってるかどうかは別として、今回は、むかしのこともちょっと書いたり。

タイトルは、担当の記者の方が付けてくれたものです。

***アンゴラの風に乗って***

「トッケー、トッケー」と鳴くヤモリが壁を這う家に泊まったことがある。小さな娘たちとタイへ旅した遠い昔だ。『過去を売る男』を読んで、アンゴラのヤモリは笑うのか! と溜め息をつく。アンゴラのヤモリの声も聞いてみたかった。そんな叶わぬ旅への憧憬をかき立てる作品だ。

 主人公フェリックス・ヴェントゥーラはアルビノの黒人、資料を集めて過去を創作し、それを売ることを生業にしている。ポルトガル移民で古書店主の祖父、その息子が養父、という彼の系譜自体が謎めいている。おまけに家に住み着いたヤモリ語りに遠い記憶が入り込む。このヤモリ、かつては人間だったらしい


 舞台となるアンゴラはアフリカ南西部の大きな国だ。西は大西洋に面し、北はコンゴ民主共和国、南はナミビアに隣接し、かつてはポルトガルの植民地で奴隷の輸出国だった。独立は一九七五年だが二〇〇二年まで内戦が続いた。


 六〇年生まれのアグアルーザは、ポルトガル語にいくつかバンツー系言語が混じる環境で育ったのだろう。作品内には渇いた風が運ぶいくつもの微かな声音が響き、鮮やかな色調が揺れる。


 南部アフリカにはトカゲ、ヤモリといった動物が登場する神話、民話が多い。ズールー民族の詩人マジシ・クネーネが記録した民族創世神話ではカメレオンが神の使者だし、モザンビークの作家ミア・コウトにはハラカブマ(センザンコウ)が男の内部に棲みつく物語がある。


 本書は三十二の短章が深い奥ゆきをもって連なる。過去を買いにきた男、美貌の写真家、浮浪者といった登場人物を天井から眺めるヤモリ。エピグラフのボルヘスが道づれとなり先へ先へと飽きずに読ませる。夢のなかで真実と嘘が一瞬のうちに入れ代わり、過去と現在の境が揺らぐ。


 フェリックスがヤモリと語り合うときは、書き留めたくなることばが多い。雲は「夢の出口に見えない?」とか「幸福とは、たいていの場合、無責任だ」とか。


 土地に染みついた裏切りの記憶がカラフルな房糸となって、一気にほつれて謎が解ける。その向こうに「アンゴラの海」が見えるだろうか?


                      くぼたのぞみ(翻訳家、詩人)


PDFでアップできないので、そっくりペーストします。

2023/06/09

オリジナル英語版『ポーランドの人、その他の物語』がオーストラリアからやってきた:翻訳作業備忘録(5)

左がオーストラリア英語版、右が日本語版
 白水社から拙者訳が刊行されたばかりの J・M・クッツェー『ポーランドの人』、世界で最初に出版される英語テクスト『The Pole and other stories / ポーランドの人とその他の物語』がやってきた!
 オーストラリアのテクスト・パブリッシングから7月1日に出版されるバージョンだ。左の写真にあるように、カバーの真ん中に大きな文字で作家の名前が浮かんでいる。とにかく「J・M・クッツェー」で売るぞ!という本造り。

 英語版『The Death of Jesus(イエスの死)』が2019年10月に英米より先に発売されたときも、出版社はText Publishing だった。そのときはコロナ前だったので、日本からもオンラインショップで注文できた。そしてぴたりと発売日にとどいた。ここに書いたように。

 ところが今回、そろそろ出るころだなと出版社のサイトを見ると、オンラインショップがない。どうやって買えばいいのか、と問い合わせのメールを出したら、一冊ご好意で贈ってくれたのだ! Gracias!

 本は国際eパケットライトで送られてきたため、オーストラリア郵便が荷物を引き受けた時点から、現在どのような状態にあるか、何度もお知らせが来た。これはありがたい。「飛行機に乗ったところ」「着陸したので税関を通れば配送される」「配送された」と逐一メールがきたのだ。(残念ながら日本からの国際eパケットライトは現在取り扱い中止。)

 さて、この本には日本語訳となった『The Pole /ポーランドの人』の他に5つの短篇が入っている。パラパラめくっていくと、そのうち4つは日本語版『モラルの話』で読めるが、1つだけ新作が入っているとわかった。わお!

   The Hope

イギリス版
 ずばり「希望」だ。カタルーニャの村に住むエリザベス・コステロがいよいよ年老いて、物忘れがひどくなり、息子ジョンに電話をかける切迫した場面から始まる短篇。これは昨年7月にミラノの文芸フェスティバルでクッツェーが朗読したものに似ているけれど、ちょっと違うかな。最後から2つ目に置かれている。最後を締めるのが「犬」、『モラルの話』では真っ先に出てくる短篇だ。この二篇、「犬つながり」で読ませて「動物と人間」をめぐる強烈な余韻を残す流れになっている。

 このオーストラリア版と同じ内容のものが、10月にイギリス版として出版されるはずだが、サイトを見るとカバーが寒色系のモスグリーンから暖色系の濃いオレンジ色に変わっていた。そうなのか!The Hope が入る短編集だものなあ!


2023/05/30

「熱くならない火のような愛を描いた」J・M・クッツェーの恋愛小説:翻訳作業備忘録(4)


「シンプルな表現で、文芸コードを極限まで駆使して、熱くならない火のような愛を描いた画期的な作品スペイン語圏の新聞(el mundo)で絶賛された"El Polaco /The Pole"の日本語訳『ポーランドの人』、ついに発売です。

「緑の室内」がカバーになった本を「緑の屋外」で撮ってしまった!
と、あとから気づいた。

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版元サイトの紹介が、とても充実しています!

 https://www.hakusuisha.co.jp/book/b625006.html


 5月24日にはドイツ語版"Der Pole"も発売、それを南ドイツ新聞が大きなニュースで伝えていました。


J. M. Coetzee
hat sich jahrzehntelang streng an den kleinen Widersprüchen des Alltags abgearbeitet, die eigentlich unerträglich sind. Sein neuer Roman „Der Pole“ ist jetzt milder, fast versöhnlich. #SZPlus


 クッツェーは6月末から3週間、プラド美術館に滞在して短篇を書くプログラムに参加するというニュースが流れたばかり。美術と文藝を切り結ぶ興味深い企画「Writing the Prado」のトップバッターとしてクッツェーに白羽の矢が立ったようです。スポンサーはロエベ財団。どんな作品(短篇?)ができることやら、これもすごく楽しみです!

John Maxwell Coetzee, Nobel Prize for Literature (2003), has been selected as the first author to participate in the "Writing the Prado" program, a joint initiative with the Loewe Foundation that invites internationally renowned writers to engage literarily with the Museum's collections.

2023/05/21

カバーがアップされた──J・M・クッツェー最新作『ポーランドの人』:翻訳作業備忘録(3)


英語版より一足お先に日本語でお届けするJ・M・クッツェーの最新作『ポーランドの人』(白水社)のカバー写真が、版元サイトにアップされた。使われているのは、ナビ派の画家エドゥアール・ヴュイヤール(Édouard Vuillard)の「緑の室内」。

 じつはこの本の裏表紙には、ある楽譜が透けて見えるのだ。ショパン自身の手書きの楽譜である。なんの曲かって? ショパンがジョルジュ・サンドと逃避行したマヨルカ島で作曲したことがヒント。『ポーランドの人』は、その時代の精神が基本になっている、とクッツェー自身も語っているのだ。

 ダンテの『新生』や『神曲』が下敷きになっていることはすでに書いた。(『神曲』の原題が La Divina Commedia、「コメディ」だというのは重要なポイント。)

 この作家特有のシンプルで端正な文体で、サラリと書かれた短めの作品とはいえ、中身はまことに濃密だ。古典的な恋愛に強烈な光があたる。骨まで透けるような光だ。近づいて見れば悲劇的、でも遠くから見ればニヤリとなる辛口コメディに仕上がっている。もちろん読む人のジェンダー、年齢、恋愛観、経験などによって、その感じ方、考え方は大きく異なるだろう。

 ジョン・クッツェーは1940年ケープタウン生まれ、この時代にアフリカ南端の地でヨーロッパ系入植者の家計に生まれて育つことでどんな恋愛観を育むことになったか、それは『青年時代』に細かく描かれている。1960年代初頭にロンドンへ渡った若者が、時代の先端を行く態度を身につけようと必死になる地方出身者の姿だ。芸術至上主義、恋愛至上主義っぽいモダニストをめざす青年ジョン。

 この『ポーランドの人』には、そんな、クッツェーが生きてきた時代の恋愛観が総集編的に描かれているようだ。作家個人の姿はほとんど見えない。いくつかの会話やエピソードの下敷きになっているのが朧げにわかる程度。なにしろ80歳前後で人生を振り返るようにして書いた恋愛小説なのだから、そりゃあ骨っぽくもなるだろう。これはひょっとして「R〇〇指定」の作品かな、と思ったりもする。「〇〇」にどんな数字が入るかは、読者によって大きく異なるところだろうか。その理由は……読めば、たぶん、わかる、かな、きっと、わかる。

 とはいえ、72歳のポーランド人ショパン弾きヴィトルトの姿には、ここまで書くかというほど「リアルな」細部がちりばめられていて、「読者の想像力」を挑発してくる。なぜ挑発かというと、72歳のピアニストの心理を解剖するのが、49歳の保守的なアッパーミドルクラスの女性という設定だからだ。その内面を書いているのは80代の男性作家……。このよじれ(笑)。

 というわけで、クッツェーという作家が描いてきた「女性像」の変遷を振り返ってみずにはいられない。時代や舞台の設定はそれぞれ異なるとはいえ、第二作目『In the Heart of the Country/その国の奥で』のマグダ、五作目『フォー』のスーザン・バートン、それに続く『鉄の時代』のミセス・カレン、そして一連の作品に出てくるエリザベス・コステロ。

 しかしなんといっても『ポーランドの人』のベアトリスにその片鱗が見える人物たちは、『サマータイム』のジュリア、アドリアーナ、ソフィーだろうか。女性が語りの前面に出てくるクッツェー作品は多い。時代とともに、登場人物の設定によってなにが変わってきたか、変わらないものはなにか。しかし大きなヒントは『モラルの話』に含まれたある短篇にあったのだけれど。それについては「訳者あとがき」に書いたのでぜひ!

 この作品をガルシア=マルケスの晩年の作品と比べてみるのも面白いかも。ここまで違うかと。

 80歳を過ぎてなおマイペースのクッツェーは快調というしかない!


2023/05/04

翻訳作業備忘録(2):J・M・クッツェーUS版『ポーランドの人』

 日本にいる読者が、ネットショップなどで最初に入手しやすい英語版の『ポーランドの人/THE POLE』は、USのLiveright社から出版される。

 これまで米国では、クッツェーの本はずっとViking社から出版されていたが、今回から Norton という、ちょっと懐かしい名前の入った系列の出版社へと変わった。発売は9月の予定。

 先日そのアドヴァンスコピーが届いた。ザックリしたざら紙に印刷されたパルプフィクションふうの作りで、表のカバーに「ADVANCE READING COPY/NOT FOR SALE」とある。ひっくり返して裏を見ると「ADVANCE UNCORRETED PROOFS」とあって、まだこれから修正が入るということがわかる。開くと、確かに、ポーランド語のドットや修飾記号が未修正のままだ。ポーランド人女性のファミリーネームJabloṅska も「n」の真上にドットがついていない。「n'」のように、アポストロフィーっぽい位置についている。

 3月下旬に一行一行、全面的に照合したテクストはこれで、作家から「修正リスト」なるPDFがさらに送られてきたのだった。

 日本語版の編集・校正などは既に翻訳者の手を離れた。微妙な細部をつめるやりとりも今日、つい先ほど終わった。あとは入稿されて、印刷されて、製本されて、出来上がりを待つばかり。みほんが届くのが楽しみ! 発売は5月30日(白水社)だが、ネット書店などは6月1日になっている。

 どんなアートワークになったかって? とっても素敵なカバーになりました。楽譜の写真も使われて。それもショパンじきじきの手書きの楽譜です。どうぞご期待ください。

 とりあえず、連休半ばのご報告です。

2023/04/04

翻訳作業備忘録(1):J・M・クッツェーの最新作『ポーランドの人』

翻訳中のJ・M・クッツェーの最新作『ポーランドの人』の初校を返した。ふうう。

付箋だらけのスペイン語版とオランダ語版
 以下は備忘のための記録。

 The Pole として草稿が送られてきたのが2022年初めで、本格的に翻訳を開始したのが初夏だったか(アディーチェ『パープル・ハイビスカス』の仕事が終わったころ)、訳を仕上げたのが今年1月、翌月下旬に初校ゲラが手元に来た。

 昨年7月にまずスペイン語訳(写真左)がアルゼンチンの「アリアドネの糸」から出版されたが、今年3月にはオランダ語訳(写真右)も出て、続いて5月にドイツ語版が出る予定。そのことはここに書いた。

 ドイツ語版とほぼ同時に、カタルーニャ語版も出るようだ。作品の舞台となった都市バルセロナはカタルーニャにある。日本語版『ポーランドの人』もドイツ語版とほぼ同時に、、、という予定だったが、さて。

 スペイン語版が出たあと、昨年9月のEL PAÍSのメールインタビューで、作家は訳者ディモプロスと共同作業で作品を仕上げたと述べていた。取り寄せたスペイン語版をパラパラすると、確かに、最初に送られてきた英文テクストとは異なる内容が含まれている。あ、女性の身体部分について述べる微妙なところからウナギがいなくなったのね、とか、ベッドシーンで語られるトンチンカンな表現「ミ・カーラ」が「カリーニョ」になったんだ、とか、そういうことかと納得した(笑)。だって、舞台はスペインで訳者は登場人物のベアトリスと年齢が近い女性だものね。

オーストラリア版
 英語版の出版はまだだから、スペイン語訳で変更された部分も含め、改訂された新しい英文テクストが送られてくるだろうと待っていた。でも、どんどん時間が過ぎてゲラ読み作業まで進んでしまった。そこへ注文していたオランダ語版の本が届いた。さっそく問題のところを見ると、やっぱり書き換えられている。スペイン語版の内容に合わせてあるのだ。

 いや、これは困った。いったいどっちのテクストを使うべきなのか、英語の最新テクストを送ってほしいと作家にメールすると即座に、まるで空から降ってくるみたいに、改訂バージョンのPDFが送られてきた。エージェント経由で何度も催促してきたのに、なぜか届かなかったので大助かりではあるけれど、この期に及んで、一行一句、新旧のテクストをまるごと照合しなければならない。

イギリス版
 いやはや。でもやりましたよ。突き合わせ作業というのは一字一句の違いを見逃さないように緊張姿勢で読むため、背中が痛くなる。一週間かけて照合し、書き換えられた部分(ずいぶんありました!)を訳しなおしてゲラに反映させた。具体的には、訂正された日本語訳を部分的に印刷して切り取り、ペタペタとゲラに貼りつける。さらに作家から追っかけて修正リストまで送られてきて(細かなポーランド文字のドットなどの確認で、日本語訳には影響はなかったけど)、それではと思い切ってポーランド人の姓の発音をめぐる突っ込んだ質問をした。カタカナ表記付きでやりとりすると、これは興味津々の結果となった。

ヤブロンスカ Jabloṅska/ヤブウォンスカ Jabłońska」問題。


 訳者あとがきは、フレデリク・ショパンとジョルジュ・サンドのマヨルカ島への逃避行とか、ロマン主義的な恋愛観の「殿堂入り」とか、クッツェーがDiary of a Bad Yearでロマン派音楽についてここぞとばかりに書いている「音楽について」にも触れながら書きました。『ポーランドの人』はロマンチックラブを扱う「恋愛小説」なんです。72歳のショパン弾きヴィトルトと49歳の銀行家の妻ベアトリスの、まことに真剣な辛口のラブコメディ。ベアトリスが名前だけではなく銀行家の妻ってとこまで、ダンテのベアトリーチェを踏襲している。

 初夏には書店にならびます!

2023/03/10

読書記録──三浦英之著『太陽の子』

三浦英之著『太陽の子、日本がアフリカに置き去りにした秘密』(集英社、2022)を一気読みした。

 1960年代からコンゴ民主共和国で大規模な鉱山開発をした日本企業があった。鉱物資源企業「日本鉱業」だ。それはちょうど石炭が斜陽になっていった時期と重なる。資源を持たない国は必然的に、必要に応じてこの地球上で鉱山資源が埋まっている場所を試掘し、採掘し、精錬し、輸送し、と大規模展開をすることになる。
 そして、その企業活動のために、コンゴに約500名の日本人が住んでいた時期がある。1970年代から80年代にかけてだ。銅を採掘するための拠点として、事業所はもちろん、企業活動をする人たちのために住宅、宿舎、学校、病院などが建設された。

 何年もの労働と生活の場としてのコンゴで、コンゴ人女性と「結婚」して子供を作った日本人男性たちがいた。問題は女性たちが10代の少女だったことだ。日本人男性は20-40代。企業が撤退することになったとき、妻と子供たちは置き去りにされた。それはどういうことだったのか。その時代のコンゴと日本の社会状況、世界経済の波、さまざまな要因を考え合せながら、朝日新聞のアフリカ特派員、三浦英之は6年という歳月をかけて深く、長く取材を重ねていく。

「お父さんに会いたい、お父さんを探してください。僕は、私は、日本人なんです」

2006年版ペーパーバック
 そう語る「残された子どもたち」のインタビューが「フランス24」に流れ、さらにBBCの記事にもなったことは、わたしも鮮明に記憶している。日本人の病院でコンゴ人女性が産んだ赤ん坊が殺されたという噂がたった。それがニュースになった。これは、その報道内容がどこまで事実で、どこまでが「裏付けなしの一方的な報道」かを検証した報告書である。労を惜しまずに多くの人に直接インタビューをして書かれた報告書は、読みはじめたら止まらなくなり、最後まで一気に読んだ。
 コンゴの、できるだけ多くの人たちに直接インタビューをして話を聞いていく。日本に帰国した時は鉱山会社の人、コンゴで働いていた男性たちを探し出して話を聞く。そんな三浦記者を支えていたのは、長年コンゴに住み暮らしてきた70代の2人(いや在コンゴ日本大使館の人もいたから3人)の日本人カトリック教徒だったことが印象的だ。

 コンゴで鉱山開発が行われた60-70年代というのは、九州や北海道の炭鉱が相次いで閉山に追い込まれた時期でもあって、失職した炭鉱労働者がコンゴへ「出稼ぎ」に行ったことは想像に難くない。また著者が「あとがき」で「アフリカで鉱山開発に携わった少なくない数の労働者たちが帰国後、新しい、「純国産エネルギー」を支えるため、各地の原子力発電所へ送られている」と書いていることも忘れがたい。


 一時期「ザイール」という名になり、いまはまた「コンゴ」に戻ったこの国は、アフリカで最も広い面積を持っている国だ。かつては生ゴムの最大の輸出国でもあった。コンゴ河が海に流れこむ地域はフランス、ベルギー、イギリスなどの帝国による争奪戦になった。やがてウェールズ生まれの「ジャーナリストで探検家」スタンリーとベルギー国王レオポルド2世の結託で、長期にわたり「国王の私有地」となり、自動車のタイヤの爆発的なニーズによってゴム生産で巨大な富を生み出すようになる。そして第二次世界大戦後は、南東部カタンガ州がとりわけ鉱山資源が豊かなゆえに、ヨーロッパ諸国をはじめ世界中から熱い視線を浴びつつける。PCなどの蓄電池に欠かせないレアメタル、タンタルを含むコルタンの産出では他の追随を許さないからだ。アフリカのこの地域を長期にわたり「紛争地」にしておくことで利を得ている人たちがいるのだ。

 アフリカ諸国が次々と独立する1960年に、ベルギー領コンゴもまた独立。初代大統領にパトリス・ルムンバが選出された。だが、カタンガ州の鉱物資源の利権をめぐる権力闘争ゆえに暗殺された。『ルムンバの叫び』という映画にもなった。つい最近もこの暗殺にCIAとベルギー政府が絡んでいたことが明らかになったばかりだ。

 コンゴ事情を知るために三浦記者が参考資料としてあげている、藤永茂著『『闇の奥』の奥』(三交社、2006)は、出版されたときすぐに読んだ。だが、残念でならないのは、この本を書く動機になったというアダム・ホックシールドAdam Hochschildの名著『レオポルド王の亡霊/ King Leopold's Ghost, A Story of Greed, Terror and Heroism in Colonial Africa』(2006アップデート版)が日本語に翻訳されていないことだ。当時、企画会議にかけた出版社もあったと伝え聞くが、出版にいたらなかったのは日本の読者にとっても残念極まりない。

 なぜなら『レオポルド王の亡霊』という本は、現在のコンゴがなぜあのような国でありつづけるのか、レアメタルをめぐる紛争と筆舌に尽くし難い女性への性暴力の根幹を知るための必読書といえるからだ。ノーベル平和賞を受賞したムクウェゲ医師のところで止まらずに、いまからでも遅くないので、ぜひ、どこかの出版社がこの『レオポルド王の亡霊』を出さないものだろうか。

  調べてみると、原著はペーパーバックの表紙が何種類も出てくる。何度も版をあらためて、長期にわたって読み継がれているようだ。最近ではバーバラ・キングソルヴァーの序文がついた版もあるし、電子版もあるので、試し読みができる。コンゴについての基本的な史実を知りたい人には、いや、世界経済の根幹をなす「資源」について知りたい人に、超おすすめです。

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2023.3.11──昨夜、このブログを書きながら写真をうまくアップできずにいるうちに、消えてしまった部分があったことを、ある人から教えていただいた。それは図らずも今日で12年目を迎える「3.11」の原発事故と深く関係する部分でもあった。それを補ったことを付記しておく。


2023/03/08

「海外文学の森へ 51」:ジャン・フランソワ・ビレテール著・笠間直穂子訳『北京での出会い もうひとりのオーレリア』

東京新聞の「海外文学の森へ」(2023.3.7夕刊)で、ジャン・フランソワ・ビレテール著・笠間直穂子訳『北京での出会い もうひとりのオーレリア』(みすず書房)を紹介しました。

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 最愛の伴侶を失ったとき、人はそれをどう悼むのか。本書には一九三九年スイス生まれの中国思想研究者ジャン・フランソワ・ビレテールの二冊の著書が収められている。前半『北京での出会い』は若き留学生が北京へやってきた六三年から書き起こされるが、先に書かれたのは後半『もうひとりのオーレリア』だ。

 一般人が外部世界とのやりとりを厳しく制限されていた北京で、ビレテールは医師の崔文(ツイウェン)に出会う。困難を潜り抜けて結婚にたどり着いた二人は、文化大革命が始まるころ危機一髪、シベリア鉄道経由でスイスへ向かう。だがその後長いあいだ文は家族と連絡が取れなかった。


 やがて読者は、文の家族が置かれていた状況を、彼女の次兄の語りによって知ることになる。六〇年代中国社会が、内部で生きた者の証言によって、詳細に照らし出されていく。当時は知り得なかった暮らしの細部を伝えるナラティブに、思わず手に汗握って読みふけってしまった。


 中国へ再入国できなくなったビレテールと文は、やむなく日本へやってきて京都に滞在した。六〇年代末の大学のようすを「五月のパリ」と比べる日本人に、ビレテールは「錯覚です」と応じる。五月のパリを実体験し、中国社会の内部をその目で見た者の視線の確かさが光る箇所だ。


 にべもないその応答に、わたしは視界から一気に曇りが吹き払われる思いがした。六〇年代末の日本で、ある種ファッションだった紅衛兵帽や、大学の壁に太く描かれた「造反有理」グラフィティの記憶に、異なる角度から強い光が当たったからだ。


 後半『もうひとりのオーレリア』には不意に逝った妻への追想が、日記風に記される。芸術作品の「使用法を教えてくれる案内書」と解説にあるように、これはネルヴァルの著作を下敷に、文と共に生きた時間を忘却と創作の力で新たなロマンスの殿堂へ再構築する試みといえるだろうか。


 記憶のなかで揺れる「わたしたち」の細部を固定しようとする情動の不確かさを、穏やかで淡々とした、見事な翻訳がすくいあげていく。


 ことばそのものを深く味わえる一冊である。


  くぼたのぞみ(翻訳家・詩人)


2023/02/28

雪のなかの早春譜──2月も今日で終わり

西日本新聞にエッセイが載りました。2023年2月26日(日曜日)

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⛄️ 雪のなかの早春譜 ⛄️

生まれ育った北国から東京に移り住んで半世紀あまりが過ぎた。一月は一年でいちばん寒い季節で、寒さの底へ降りていく感じがスリリングだ。でも東京は陽の光も多い。気温の変化が安定しているためか仕事が進む。


 二月はそうはいかない。曇り空に風が吹く。紅梅白梅の香りにふっと気持ちが緩んでも、風は強い。そして冷たい。冷たい風に吹かれると、つい口からこぼれる歌がある──「早春譜」だ。 

©︎ Brian Smallshaw

 春は名のみの風の寒さや

 谷のうぐいす歌は思えど

 時にあらずと声も立てず


 初めて耳にしたのはいつだったのだろう。目を閉じると、台所仕事をしながら歌うメゾソプラノの母の声が微かに聞こえる。「早春譜」「庭の千草」「スコットランドの釣鐘草」、朗々と歌う声が雪に埋もれた家のなかに響いていた。


 テレビさえまだない時代、家のなかで耳にした音楽といえば、母の歌と、ラジオから流れる音楽と、父が我流で弾いたバイオリンくらいだったかもしれない。やがて兄といっしょにバイオリンを習いはじめ、バスや汽車を乗り継ぎ遠くまで通った。


 田舎では家と家のあいだがずいぶん離れていたので、大声で歌も歌えたし、バイオリンの練習も遠慮なくできた。そう気づいたのは十八歳で東京に住みはじめてからだ。

 東京という街は家と家の間隔がなんて近いんだろうと最初は緊張した。建物群のあいだを走る狭い通路を「路地」と呼ぶことを知った。それはとても濃密な空間で、凍える手をポケットに突っ込んで足繁く通ったジャズ喫茶も、たいてい路地の一角にあった。


 でも「早春譜」とともに真っ先に目に浮かんでくる光景は、深く積もった雪原なのだ。

 北海道の雪は日本海側の雪にくらべて乾いていると言われる。たしかに、粉雪がひたすら降り積もった。晴れた日は、雪原にスカーンと空が青く、遠く広がる。積雪量の多い地域に住んでいたため、雪かきが大変だった。吹雪くと一階の窓は外が見えなくなる。二月はまだ正真正銘の真冬だった。温暖化で雪の量が減ってきたとはいえ、先日も知人から、雪下ろしをしていて脚立から落ちたという話を聞いたばかり。


 そういえば小学生のころ、春が近づくと学校で告げられる「注意事項」があった──軒下を歩かないこと。太い氷柱が垂れ下がる屋根の庇から、積もり積もった雪が春近い日差しに溶けて、ザザザザーッ、ズシン! と地響きを立てて落ちる。子供はあっけなく下敷きになる。大人だって生き埋めになりかねない。



 北国では雪が半年近く「そこにある」。そんな雪の記憶はだんだん遠くなっていくけれど、冬はいまも雪の恋しい季節だ。空から舞い落ちる雪片の美しさは比類ない。ミトンの手にふわりと受けた雪のひとひらが、そのまま結晶を形づくる不思議に、溶けるのを惜しんで見入った。


 東京にも以前はよく雪が降った。立春のころとか、三月に牡丹雪とか。今年はまだ降らない。降るかな、降るかな、と曇り空を今日も見あげる──と書いた翌日、東京に雪が降った。

 そしてあっけなく溶けた。


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