2017/08/24

「南の文学」講座のお知らせ

クッツェーも77歳。今回で6回目、たぶん最終回になるはずのサンマルティン大学で開かれる「南の文学」講座。今年は9月12日、13日に集中して行われるようだ。


 どんな内容になるんだろう? 全6回の講座を、クッツェーはどうまとめるのだろう?

2017/08/16

渇いた耳にしみるセザリアの声

思っていたよりずっと渇いていたらしい。耳という感覚が。このアルバムを、本当にひさしぶりに聴いて、ほとんど泣きそうになっている自分を発見したのだ。

 CESARIA EVORA の SÃO VICENTE DI LONGE

このブログで初めてセザリア・エヴォラのことを書いたのは、2010年5月9日だ。まだセザリアも健在、3.11も起きていない。こんな歌手がいるよ、とカーボベルデの歌姫、セザリア・エヴォラのことを教えてくれたのは、長年のつきあいの編集者O氏だった。わたしにとって初めて聴いたセザリア・エヴォラ、それがこのアルバムで、たぶん2002年か2003年だった。
 とりわけ最後から二番目の曲、CREPUSCULAR SOLIDÃO が好きで、何度も何度も聴いた。あ、またしても「薄明」だ。クレプスキュル、クレプスクラル。ダスク。


 ここ1年、JMクッツェーの『ダスクランズ』の新訳にかかりきってきた。途中チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』も出したけれど、原著が出版されてまもなく神奈川大学評論に訳してあったので、今回は見直しをして解説を書いただけ。

 長さからいっても、内容の濃さ、重さ、迫力からいっても、圧倒的にクッツェーの『ダスクランズ』の新訳が仕事の中心を占めてきた1年あまり。その作業からほぼ解放されて迎えた旧盆のお休み。セザリアの歌声を聴いて、つくづく思うのだ。感覚の表面が渇ききっていたと。いま耳から、砂漠に雨が降るように、といいたくなるような、そんな気分で、セザリアの歌声がしみる、しみる。

2017/08/07

J. M. クッツェー『ダスクランズ』

 嵐の夜に、表紙がアップされました。カヴァーも帯も、燃え尽きるような深い赤です。そして強い黒いタイトルと、帯には白く踊ることばたち。

     J. M. クッツェー『ダスクランズ』


 ・暴力の甘美と地獄を描く、驚愕のデビュー作

ふと考える──この赤はなんだろう? 平原に沈む太陽が空を焦がす色? ナマクワランドの赤土? いや、ひょっとしたら200年を隔てて、「黄昏の土地」で流されてきた……かもしれない。

  J. M. クッツェーが34歳のときに発表した『ダスクランズ』、新訳で人文書院から9月30日に発売です。 

2017/08/05

カナディアン・ロッキーとマーモット

今年もまた、うだるような暑さの8月です。
東京から離れられない身としては、せめて、カナダの友人ブライアン・スモールショーさんの写真を拝借して、涼をとりたい。


 ブライアンは今年もまたカナディアン・ロッキーに挑戦したみたい。大きなマーモットの写真。そして見事な縞模様を見せる山肌。真っ白な残雪が美しい。


仕事は今日も、ゲラ読みです。

2017/08/03

彷徨える河──やっと観た、面白かった!

 エアコンを入れた途端にぐんと涼しくなって、プチ夏休みも最後の日。
 昨年の秋に観そびれていた映画をDVDでようやく観た。

「彷徨える河」 監督シーロ・ゲーラ

 日本公開のための予告編に、これまた定番のように『闇の奥』なるラベルがペタッと貼ってあったので、なんだかなあ、と思っていたけれど、信頼できる複数の人たちが「いい映画だよ」「面白いよ」といっていたので観に行こうと思ってはいたのだ。でも、昨秋は結局時間がなくて映画館に足を運べなかった。だからDVDになると聞いて注文しておいた。それが今日とどいた。さっそく観た。

 いやあ、面白かった。(それでふたたび『闇の奥』はやっぱり不要なラベルだと思ったんだけれどサ。)2時間あまりのモノクロ映画で、最後に少しだけカラーの映像が入る。この間、まったく見飽きなかった。途中で喉が渇いてきたけれど、一時停止ボタンを押す気になれなかった。ちいさなPC画面ではなく、やっぱり映画館の大きなスクリーンで観たかったなあとあらためて思った映画だった。

 なかなか良いレビューが密林(!)のサイトに載っているので、興味のある方はそちらへ。

 シーロ・ゲーラというコロンビア出身の若い映画監督は(なんと1981年生まれか!)これからJMクッツェーの『Waiting for the Barbarians』を映画に撮る予定。(2018年に撮影して、リリースされるのは2019年の予定だそうだ。)
 若いころから映画狂のクッツェーが、あのBarbarians を映画化する許可を出した若い監督の作品とあって観たのだけれど、出てくる人たちの描き方に、いたく納得した。こうなると、Barbarians の映画もすごく楽しみになってきた。わくわく。

2017/07/31

思い出す「まゆだま」

 今日からまたプチ夏休みに入った。今回の休みは暑さ負け状態寸前で小休止するための休みだ。ついにリビングにエアコンが入った。仕事場にはないが、いざとなればそこに逃げ込めるという、まあいってみれば、最後の切り札のようなものか。

  たま川にさらす手づくりさらさらに何そこの児のここだかなしき

これは子供にたいする歌じゃないのか、という意見にわたしも一票! 忘れないうちに書いておきたい。谷崎由依著『囚われの島』を読んで、もうひとつ痛切によみがえった情景のことを。この本を読んで、ありありと思い出したのは、裏日本と呼ばれた、ひとつづきの土地のことだ。そこに綿々とつらなる村社会の内実だ。越前─越中─越後。

 谷崎さんは「村」を描いてきた人だとあらためて思った。ファンタジックに。この日本社会の根っこにある「村」を、そしてその人間関係の救いがたさ、男尊女卑、それでも、そこでしか生きられなかった女たちの細やかな心、体、その生と性をまるごと描きたかったのだなと感得した。311以後、見渡せば日本中にいまだに広がる「村社会」を。

 旧植民地ながら、じつは、わたしもその湿り気を皮膚からじっとりと吸いあげるようにして育ったのだ。土地は移っても、ひきずっていく移民たちの「故郷」という繭玉の内部を目にしながら。旧正月になると黒い梁から伸びる枝につけられた「まゆだま」。
 だからわたしにとって、因習に対する反発とともに、これは不思議な懐かしさも感じられた小説だったのだ。

2017/07/15

プチ夏休み:読書の愉楽

まだ梅雨はあけないみたいだけれど、東京はまるで真夏の暑さだ。このところ、5月に種を蒔いた朝顔がほぼ毎日のように花を咲かせている。

 昨日、40枚ほどの短編を訳了! クッツェーの『ダスクランズ』の再校ゲラがとどくまでに、まだ少しあるので、数日プチ夏休みということにした。
 昨日はまず、洗濯を朝から二回に分けて、がらがらと。風があるので、あっという間に乾いた。で、午後からは読書の愉楽にひたった。夢中になって本を読むという時間はひさしぶりだ。時間がかぎられていない「夏休み」ならではだ。読まねば、という義務感もないし、読んだら書評を書かなければという縛りもなく、ひたすらページをめくるという、遠いむかしの「夏休み」の感覚を取り戻す。ときのたつのを忘れて読みふける。

 今年のささやかなプチ夏休みの読書は、これ!
 谷崎由依著『囚われの島』(河出書房新社刊)。
 
 無駄のない端正な日本語と、ことばのリズムに乗せられて読み進む心地よい読書、ひさしぶりだな、この快楽は。たとえばこんな細部が光るのだ。

「蓮花がちいさな花びらの先を赤く燃やして咲くときに、その年の蚕飼いははじまりました」

 高校時代まで住み暮らした北の外地に「蓮花」はなかった。教科書に引用された俳句のなかに出てくる花の名前として記憶された「蓮花」を、内地にきてから目にして「ああ、これが蓮花の花か」と思ったことは覚えていても、それがどこでいつだったか記憶は定かではない。
 蓮花はマメ科の植物だから、根に根粒バクテリアとの共生によって窒素を固定する。だから休閑地や、耕す前の田んぼに蓮花を植えて、それを土地にすき込む、と学んだのは生物の授業でだったか。

 高校時代の夏休みは家の前の植え込みのかげにデッキチェアを広げて、そこに寝転んでよく本を読んだ。あの当時、夢中になって読んだフランス小説に出てくる「ヴァカンス」なるものを真似てみたかったのかもしれない。それはダントツに涼しい北の国で、ささやかな演出をかねた「夏休みの読書」だったのだけれど、いかんせん、気温が27度くらいまでしか上がらなかった60年代半ばのこと、強い風に吹かれて本を読んでいるうちに、手足が冷えて、芯まで冷たくなってしまう。ぶるぶる震えながら、家のなかからシーツを持ち出して全身をおおい、シーツから手だけ出して文庫本を読んだ記憶がある。いま思うと笑える。
 

2017/07/05

対談:ハッピーなフェミニスト

アディーチェの『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』の出版を記念して、下北沢のB&Bで5月20日に行われた対談が、雑誌「すばる 8月号」に掲載されました。タイトルは:

 ❤️ハッピーなフェミニスト❤️
http://subaru.shueisha.co.jp/femi/003_hoshino&kubota.html

2時間ちかく星野智幸さんとしゃべった話の要点をざっくりまとめて、しかも、とてもわかりやすい流れにしてくださったのは倉本さおりさん。Merci beaucoup! みんな、読んでね〜〜。

7月9日には神田でこんな読書会もあります! わあ、満員御礼ですね!

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追記:当日の写真をネット上で発見! ここに備忘の意味でアップしておきます。
(2017.11.19)

2017/06/28

2年遅れの読書──セバスチャン・サルガド再考

2年間、積ん読状態だった本をようやく読了した。セバスチャン・サルガドのことばを聞き書きした『わたしの土地から大地へ/De Ma Terre à la Terre』だ。

本を読む前に「地球へのラブレター」という、タイトルを見るとちょっと恥ずかしくなる映画を観てしまったのが、はっきりいって、悪かった。それで2年前に、ここで、映画を観た感想を早々と書いてしまった。いまサルガドの自伝的語りを読み直してから、2015年のブログの文章を再読してみたが、書き直さなければならない箇所はなく、むしろそこで疑問に思ったことがこの『わたしの土地から大地へ』を読んで、おおかた解決されたことを報告したい。

 この本は面白い、面白いだけでなく感動的でもあり、サルガドの写真を理解するうえでとても貴重だ。彼の写真を、彼自身が語る人生や時間と重ね合わせて、もう一度見たり考えたりすることができるからだ。とりわけブラジルの1960年代の政治事情。恋人レリアといっしょにパリへ亡命した10年間については、じっくりあちこち調べながら読んだ。そうか、60年代に南アメリカ諸国からパリへ逃げた人たちは本当にたくさんいたんだなあと。歌手のカエターノ・ヴェローゾもその一人だったはずだ。当時の亡命人たちを監視していたスパイの事情(サルガドの家にやってくる知人、友人の姿をとった)も背筋がぞくっとしたけれど。

 ヴェンダーズの映画を見て激しく疑問に思ったコンラッドのことばは、この本のどこを探しても出てこない。あれは明らかにドイツ人映画監督から見たアフリカへの、ヨーロッパ的視点であり、西欧の観客受けのために加筆したことばだったのだろう。

 もちろんこれはサルガドの「自伝的な語り」であるため、おそらく記憶は自分に都合よく整理されて記録され、それを聞き手がさらに整理して読者の前に差し出すプロセスを経ている。だから「物語」としてはとても読みやすい。つまり消費されやすいものとなっている。しかし、サルガドの写真を追いかけてきた者にとって貴重な細部をも提供してくれるのは事実。

2009年の展覧会カタログ
2009年に恵比寿の東京都写真美術館で開催された「アフリカ」を思い出しながら読んだ箇所もある。モザンビークの作家ミア・コウトを訳したこともあって、モザンビークの歴史事情にふれるサルガドのことばがびんびん響いてきた。
 最後のナイル川の源流をさかのぼるエチオピアの旅では、スーダンのハルツームで白ナイルと青ナイルが合流することを、スーダン出身の作家レイラ・アブルエラーが強調していたことも思い出した。

 そして、なにより大きな収穫は、サルガドは、やっぱり、南半球の出身、それもブラジルの森の奥にある農園で少年時代を送った感性を身につけている人間だということだ。この本を読むとなぜ彼が「アフリカ」を愛したか、ルワンダ虐殺に関係するさまざまな光景を見て、事態に遭遇して、精神を病むほど影響を受けたか、そこからの自己快復として父親から譲り受けた土地に数百万本の木を植えながら「GENESIS」へ向かっていった理由がよくわかる。
 読みながら、あらためてブラジルってどういう国だっけという疑問が浮かんだ。ブラジルってアフリカからアメリカスへ奴隷として大航海時代以降もっとも多くの黒人が連行された土地だったことも思い出した。ブラジルとナイジェリア、ブラジルとアンゴラ、などの大西洋をまたいだ関係も視野に入ってくる。

レリアとわたしにとって大事なことは、いつでもじぶんの時代にかかわるような生き方をすることだ」──p210。これがもっとも印象にのこったフレーズだった。
 
 先日買った、ジョアン・ジルベルトのベストアルバムでボサノヴァを聞く耳さえ、この本を読んだあとでは、少しだけ変化したような気がする。

 写真集 GENESIS も買おうかな。
 

 

2017/06/13

チママンダ・アディーチェの最新スピーチ

6月4日に、マサチューセッツ州にあるウィリアムズ・カレッジの卒業式で、アディーチェがこれまでになく、政治について、階級について、はっきりと語りました。民主制が本当に民主的であるためには。。。
 そして最後に、卒業生にエミリー・ディキンソンの詩から「希望」をめぐることばを贈っています。希望はいつも羽をもっている、と。




2017/06/04

ボードレール、だれそれ?


明後日6日発売の雑誌「すばる」7月号がなんと「詩」の特集を組んでます。

 わたしも「ボードレールと70年代」というお題をいただき、あれこれ考えているうちに、学生時代のことをリアルに思い出して書きました。
 当時通った狭い敷地の大学に、「造反教官」と呼ばれた2人のすばらしい教官がいたこと。もちろんカッコイイ先生はほかにもいたのですが、ダントツに強い記憶に残っているのは安東次男と岩崎力のご両人、いずれもフランス文学を教えていた人たちです。安東教授に対する一方的かつ理不尽な教授会からの弾劾辞職勧告決議に、日本フランス語学文学会はすぐさま抗議声明を出したのは快挙でした。当時の世相がどんなものだったか、レジスタンスのありかたなんかも少し。記録として。
 また、阿部良雄責任編集による1973年5月刊の雑誌「ユリイカ、ボードレール特集号」にずらりと並んだ、そうそうたる面々も書き写しました。記録として。

 昨年出した『鏡のなかのボードレール』(共和国)を書くことになったいきさつや、JMクッツェーの個人ライブラリーの最終巻『51 poetas/51人の詩人』に『悪の華』から入った4つの詩篇「スプリーン(憂鬱)」についても。あいからわず、話は「一つ所に滞らない」どころか、じつにあちこちにジャンプします😆。

 タイトルは「たそ、かれ、ボードレール」!
 そう。「黄昏ボードレール」です、というよりむしろ、ぶっちゃけた話、「だれそれ、ボードレール?」って感じでしたね、あのころは。😇!



2017/06/02

6月の夕暮れ

 今日は風の強い1日だった。朝方の、もう梅雨かと思わせる強い湿気が強風に吹き払われて、昼すぎには空気も軽くなってほっと息をつく。夕方、いつもの散歩にでかけると、6月の陽はまだ高く、雑木林に斜めに差し込む西陽が足元の路上に揺れる葉波模様を描いている。樹木から振り払われた小枝を踏む。靴底がぱりぱりと音をたてる。
オパールの原石:璃葉
 夕陽をあびながらいつもの道をたどる。古い保育園の前で立ち話をする母親たちのまわりを、幼い子供が走りまわる。一瞬、走ってくる小さな娘たちを思い切り抱きあげた遠い記憶がよみがえる。そして、長いあいだ住み暮らした土地を離れなければならなくなった人たちのことを考える。戦争で。原発事故で。津波で。過疎で。残って土の世話をしつづける者のことを考える。廃屋に住みつづける者。野生化寸前の山羊と。牛と。緑なす原野のことを考える。

 今日は風の強い1日だった。いまもまだ風は吹いている。余計な湿気も、妄想の霧も吹き払ってくれそうな6月の、もう初夏とはいえない、夏の風だ。

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絵は「水牛のように 6月号」に掲載された、璃葉さんの文と絵「オパール石」から拝借しました。