2023/03/08

「海外文学の森へ 51」:ジャン・フランソワ・ビレテール著・笠間直穂子訳『北京での出会い もうひとりのオーレリア』

東京新聞の「海外文学の森へ」(2023.3.7夕刊)で、ジャン・フランソワ・ビレテール著・笠間直穂子訳『北京での出会い もうひとりのオーレリア』(みすず書房)を紹介しました。

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 最愛の伴侶を失ったとき、人はそれをどう悼むのか。本書には一九三九年スイス生まれの中国思想研究者ジャン・フランソワ・ビレテールの二冊の著書が収められている。前半『北京での出会い』は若き留学生が北京へやってきた六三年から書き起こされるが、先に書かれたのは後半『もうひとりのオーレリア』だ。

 一般人が外部世界とのやりとりを厳しく制限されていた北京で、ビレテールは医師の崔文(ツイウェン)に出会う。困難を潜り抜けて結婚にたどり着いた二人は、文化大革命が始まるころ危機一髪、シベリア鉄道経由でスイスへ向かう。だがその後長いあいだ文は家族と連絡が取れなかった。


 やがて読者は、文の家族が置かれていた状況を、彼女の次兄の語りによって知ることになる。六〇年代中国社会が、内部で生きた者の証言によって、詳細に照らし出されていく。当時は知り得なかった暮らしの細部を伝えるナラティブに、思わず手に汗握って読みふけってしまった。


 中国へ再入国できなくなったビレテールと文は、やむなく日本へやってきて京都に滞在した。六〇年代末の大学のようすを「五月のパリ」と比べる日本人に、ビレテールは「錯覚です」と応じる。五月のパリを実体験し、中国社会の内部をその目で見た者の視線の確かさが光る箇所だ。


 にべもないその応答に、わたしは視界から一気に曇りが吹き払われる思いがした。六〇年代末の日本で、ある種ファッションだった紅衛兵帽や、大学の壁に太く描かれた「造反有理」グラフィティの記憶に、異なる角度から強い光が当たったからだ。


 後半『もうひとりのオーレリア』には不意に逝った妻への追想が、日記風に記される。芸術作品の「使用法を教えてくれる案内書」と解説にあるように、これはネルヴァルの著作を下敷に、文と共に生きた時間を忘却と創作の力で新たなロマンスの殿堂へ再構築する試みといえるだろうか。


 記憶のなかで揺れる「わたしたち」の細部を固定しようとする情動の不確かさを、穏やかで淡々とした、見事な翻訳がすくいあげていく。


 ことばそのものを深く味わえる一冊である。


  くぼたのぞみ(翻訳家・詩人)


2023/02/28

雪のなかの早春譜──2月も今日で終わり

西日本新聞にエッセイが載りました。2023年2月26日(日曜日)

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⛄️ 雪のなかの早春譜 ⛄️

生まれ育った北国から東京に移り住んで半世紀あまりが過ぎた。一月は一年でいちばん寒い季節で、寒さの底へ降りていく感じがスリリングだ。でも東京は陽の光も多い。気温の変化が安定しているためか仕事が進む。


 二月はそうはいかない。曇り空に風が吹く。紅梅白梅の香りにふっと気持ちが緩んでも、風は強い。そして冷たい。冷たい風に吹かれると、つい口からこぼれる歌がある──「早春譜」だ。 

©︎ Brian Smallshaw

 春は名のみの風の寒さや

 谷のうぐいす歌は思えど

 時にあらずと声も立てず


 初めて耳にしたのはいつだったのだろう。目を閉じると、台所仕事をしながら歌うメゾソプラノの母の声が微かに聞こえる。「早春譜」「庭の千草」「スコットランドの釣鐘草」、朗々と歌う声が雪に埋もれた家のなかに響いていた。


 テレビさえまだない時代、家のなかで耳にした音楽といえば、母の歌と、ラジオから流れる音楽と、父が我流で弾いたバイオリンくらいだったかもしれない。やがて兄といっしょにバイオリンを習いはじめ、バスや汽車を乗り継ぎ遠くまで通った。


 田舎では家と家のあいだがずいぶん離れていたので、大声で歌も歌えたし、バイオリンの練習も遠慮なくできた。そう気づいたのは十八歳で東京に住みはじめてからだ。

 東京という街は家と家の間隔がなんて近いんだろうと最初は緊張した。建物群のあいだを走る狭い通路を「路地」と呼ぶことを知った。それはとても濃密な空間で、凍える手をポケットに突っ込んで足繁く通ったジャズ喫茶も、たいてい路地の一角にあった。


 でも「早春譜」とともに真っ先に目に浮かんでくる光景は、深く積もった雪原なのだ。

 北海道の雪は日本海側の雪にくらべて乾いていると言われる。たしかに、粉雪がひたすら降り積もった。晴れた日は、雪原にスカーンと空が青く、遠く広がる。積雪量の多い地域に住んでいたため、雪かきが大変だった。吹雪くと一階の窓は外が見えなくなる。二月はまだ正真正銘の真冬だった。温暖化で雪の量が減ってきたとはいえ、先日も知人から、雪下ろしをしていて脚立から落ちたという話を聞いたばかり。


 そういえば小学生のころ、春が近づくと学校で告げられる「注意事項」があった──軒下を歩かないこと。太い氷柱が垂れ下がる屋根の庇から、積もり積もった雪が春近い日差しに溶けて、ザザザザーッ、ズシン! と地響きを立てて落ちる。子供はあっけなく下敷きになる。大人だって生き埋めになりかねない。



 北国では雪が半年近く「そこにある」。そんな雪の記憶はだんだん遠くなっていくけれど、冬はいまも雪の恋しい季節だ。空から舞い落ちる雪片の美しさは比類ない。ミトンの手にふわりと受けた雪のひとひらが、そのまま結晶を形づくる不思議に、溶けるのを惜しんで見入った。


 東京にも以前はよく雪が降った。立春のころとか、三月に牡丹雪とか。今年はまだ降らない。降るかな、降るかな、と曇り空を今日も見あげる──と書いた翌日、東京に雪が降った。

 そしてあっけなく溶けた。


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2023/02/21

アンジェイ・ムンクの『パサジェルカ/Pasażerka』を観る

 1963年のポーランド映画だ。監督のアンジェイ・ムンクはこの映画を制作中に、なんと39歳の若さで交通事故で急死してしまった。残されたスチール写真と動画をもとに、仲間が仕上げたという作品だ。映画の最初にその事情が語られる。『パサジェルカ/Pasażerka/乗客』。

 舞台は一艘の客船。時代は1960年。第二次世界大戦の記憶もまだ薄れていないころだ。

 船に乗っているドイツ人女性リザが、階段を登ってくる一人の女性を見て、突然、仕舞い込まれていた記憶に引き戻される。リザは戦争中はSSで「義務として、仕事として」きわめて職務に忠実に、ユダヤ人強制収容所の監視をやっていた。彼女の突然の狼狽に、いっしょに旅をしていた夫に問いかけられても、結婚前の出来事はあなたに語っていないから理解できない、とそっけなくリザは答える。

 収容所での出来事。ユダヤ人女性マルタにリザがかけた厚情をめぐって起きた事件と、その記録、記憶、記憶の揺れ、不確実性。

 60年も前の映画だけれど、少しも古びていないどころか、次々と発見がある。観終わった後に、あれ、あそこはどうなっていたっけ? そうか、もう一度見なくちゃ、確認しなくちゃ、と思わせる映画だ。たぶん、もう一度観るのだろう。58分にしてはじつに中身の濃い、事実とその記憶をめぐる、懐疑と内省を掻き立てる作品なのだ。

 J・M・クッツェーが『In the Heart of the Country/その国の奥で』を書くにあたって、クリス・マルケルのLa Jetée とともに、この作品から強い影響を受けたのが納得できる。

*2023.2.28 追記:写真は左上が英語字幕バージョン、右下が日本語字幕バージョン。両方見ましたが、細部までよくわかるのは、当然ながら、日本語字幕の方ですね。ぶつ切りにされたシーンにナレーションがかぶさることで、観客が積極的にコミットして理解するよう作られている映画なので。

2023/02/11

サイモンズタウンで朗読するクッツェー、クロッホ、アグアルーザ

 2月10日、サイモンズタウンの文学フェアで朗読するJ.M.クッツェーらの情報がtwitter (Book on the Bay :主催者の方ですね) にアップされました。ここでも記録のためにシェアします。

2023.2.10  @サイモンズタウンのSt Francis 教会

読んだのは「短いメモワール」──新作でしょうか──で、子どものころの先生について回想しながら、「自分は非常に静かな子どもだった。不自然なほど静かだった、といまは思う」と語ったとか。

アンキー・クロッホ

 なんとこの文学フェアには、クッツェーやアンキー・クロッホのほかにジョゼ・アグアルーザも参加しています。すでに木下眞穂さんの翻訳『忘却についての一般論』(白水社)で日本にも紹介されているアンゴラ出身の作家です。アンゴラってナミビアの北に位置する南部アフリカの大きな国です。

 作家はその著作『忘却についての一般論/Teoria Geral do Esquecimento』(A General Theory of Oblivion)から朗読。アグアルーザを紹介したデイヴィッド・アトウェルは、彼の作品を「乾いた根に降る雨のよう」だと述べたとか。

アグアルーザ


 イベントの会場となった聖フランシス教会はこんな感じ↓です。2月の暑い日の夕べに、朗読を聞きに教会に集まった人たち、そして、中央やや左に立って白いシャツの背中を見せているのがジョン・クッツェーですね。元気そうで何よりです。

追記:2021.2.15   お知らせしたサイモンズタウンのイベント、ここで詳細なリポートが読めます。サイモンズタウン・ハイスクールのバンドによる音楽付き!(ジョン・クッツェーがめずしく、 Gパンをはいてます!)

2023/02/09

2月9日はジョン・クッツェーの誕生日

Happy Birthday, John Coetzee!

February 9, 2023

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J・M・クッツェー、故郷に帰る。

 83歳になるジョン・クッツェーが、10日午後、サイモンズタウンのイベントにあらわれます。ケープタウンからフォールス湾沿いに半島を南下したところにある港町。イベントでは7月に出版予定の新作 The Pole から朗読するのでしょうか。

(facebookのデイヴィッド・アトウェルさん情報をシェア!)


***追記***

このイベントにはアンキー・クロッホも参加するみたい。真実和解委員会のドキュメントを徹底ルポした『カントリー・オブ・マイ・スカル』(現代企画室)の著者、アフリカーンス語の詩人ですね。



2023/02/06

『スペインの家』の書評が「すばる 3月号」に、評者は小野正嗣さん!

  今日発売になった雑誌「すばる 3月号」に斎藤真理子さんとの往復書簡の最終回が掲載されています。1980年代に森崎和江は読者にどんなふうに読まれたか、そして読まれ続けてきたかという鋭くも的確な指摘。それが斎藤真理子ならではの、とても柔らかい筆致で書かれています。

 手紙は、パク・ミンギュが「ブローティガンとの決闘」でどんな落とし前をつけたかで結ばれました。虹色の「うんこ」をした主人公が(なぜ虹色かは読んでね!)それを粉末にして首からかけていたが、それをブローティガンに飲ませるなんて、もうどういったらいいのかわからない話ですが、そこにはきちんと韓国と米国の微妙な関係も書かれていました。最終回の斎藤真理子さんのお手紙、みごとに決まりましたね。

 1年間、お付き合いくださって、真理子さん、どうもありがとうございました。編集の2人のKさん、本当にお世話になりました。読んでくださった読者の方々に深く感謝します!

 そして、そして。今月号では小野正嗣さんがJ・M・クッツェー『スペインの家 三つの物語』(白水社)の書評を書いてくださってます。同時代作家としてのクッツェーの最も重要なポイントを指摘し、人間クッツェーと作家クッツェーへの敬意と愛が溢れる、とても丁寧で心温まる評です。拙著『J・M・クッツェーと真実』のタイトルが「クッツェーの真実」ではなく「クッツェーと真実」であることの含意にも触れられていて、読んでいて身が引き締まる思いがしました。
 小野さんがロンドンでクッツェーに会ったシンポジウムの話がとても印象的です。そのときクッツェーが『スペインの家』の二つ目に収められた「ニートフェルローレン」を朗読するのを、小野さんは直に聞いていたんですね。

 小野さん、どうもありがとうございました。


2023/01/22

ペ・スア著・斎藤真理子訳『遠きにありて、ウルは遅れるだろう』の入口で痺れまくる

 J・M・クッツェーの最新作『ポーランドの人/The Pole』の翻訳原稿をメールで送って、ひと息。机の上でじっと待っていてくれた書物たちの山に手をのばして、少しずつ崩していく。

 まず最初に、そこにあって強い単色の光を放っていた『遠きにありて、ウルは遅れるだろう』斎藤真理子訳(白水社)を手に取る。ペ・スアという韓国の作家の作品だ。カバーがいい。「いい」を通り越して、気になって仕方がなかった。

 何人かの人がSNSでこの作品について語っているのを横目で見ながら、ああ、近くにありながら、わたしは遅れてしまう、遅れてしまった、と思いながら今日を迎えた。でも、晴れて一年でいちばん寒い季節にこの本を開いて、いい時期に当たったかもしれないと思う。北国の、雪に閉ざされた家のなかで、ストーブの熱を浴びながら読んだ数々の本たちのことを思い出すからだ。この季節は、東京はまだ雪こそ降っていないけれど、わたしにとって「冴えわたる」 と呼び変えてもいいかと記憶されている時期で──たんに記憶の連鎖によるもので、実際は違うのだが──そこがまた奇妙にこの作品と絡まり合って面白い。

 まず、ペ・スアのこの作品を日本語で読めることがありがたい。斎藤真理子さん、ありがとう。編集者さんたち、ありがとう。本のカバーをめくり、扉の絵に驚嘆し、訳者あとがきを読んで興奮し、本文を読みはじめて度肝を抜かれる。

 訳者あとがきにクリス・マルケルの名前を発見したとき興奮したのは理由がある。フランスのこの映像作家、というか、むかしふうに言うと「映画監督」は1962年に La Jeteé というモンタージュ風の短い作品を作っていて(昨年何度か観た)、それから大いなる影響を受けたのがJ・M・クッツェーだったからだ。クッツェーはその影響下に第二作『その国の奥で』を書いた。

『遠きにありて、ウルは遅れるだろう』を書いたペ・スアという作家がドイツ語から韓国語へ翻訳をしてきた作家だというのがまた気になる。自作は韓国語で書くが、韓国にいるときはドイツ語から韓国語への翻訳をして、ドイツに滞在しながら韓国語で作品を書くのだという。この距離感が何にも増してその作品を特徴づけているらしい。でも翻訳はもうたっぷりやったといって打ち止めにしたようだ。誤訳した部分をめぐる発言がまた、創作者ならではの視点で語られていて、非常に興味深い。

 ある作品から最初に受けた印象は、作品を読めば読むほどどんどんそれとは異なるものによって上書きされ、更新されて薄まっていくものだ。だからとにかく忘却の彼方へ消えないうちに、どれほど新鮮な「痺れ」感覚があったか、ここにメモとして残しておく。杭を立てておかなければ不明瞭になってしまうのだ。メモとしてのこの杭はあとで必ず立ち戻るときが来る。

 さあ、本文へ突入しよう。

2023/01/07

J・M・クッツェー『ポーランドの人』絶賛翻訳中

 今年の初仕事はやはりJ・M・クッツェーでした。3日から、翻訳中の『ポーランドの人/The Pole』の訳文見なおしをコツコツ進めて、今日7日にほぼ目処がつきました。

 昨年中に、3月に出るオランダ語版 De Pool と5月に出るドイツ語版 Der Pole の情報がアップされ、昨年暮れにはオーストラリア英語版の情報もシドニー・モーニング・ヘラルドとオーストラリアンの二紙に出ました。英語版は7月にText Publishing から出るようです。

 コッセ出版から出るオランダ語版の表紙が渋いこと! 左の木版画です。髭を蓄えた男性がピアノに向かっていて、白黒世界のはずが、燭台の2本の灯りだけ黄色く色がついています。

 これを見た友人が「あ、これはヴァロットン!」と教えてくれました。調べてみると現在、東京でヴァロットンの展覧会が開かれているんですね。29日まで。ヴァロットンとは、19世紀末から20世紀初頭にかけてパリを中心に活躍した、スイス生まれの版画家・画家だそうです。

 ネット上に最初に出たのがフィッシャー社のドイツ語版の表紙でした。絵柄は、室内から黒っぽいカーテンがかかった窓ごしに、どこか地中海沿岸の田舎を思わせる風景です。バルセロナ? それともやっぱりマヨルカ島かな、それとも、それとも……

 物語の舞台はおもにバルセロナ、マヨルカ島、そしてワルシャワです。多出するヨーロッパ言語の人名、地名などの固有名の読みを確認すること、それが今後の課題。スペイン語、イタリア語、ラテン語、ポーランド語、ロシア語などいろいろ出てくるところが、クッツェーらしい。

初夏には日本語版で読めるよう奮闘努力の最中です。

2023/01/01

 2023.1.1


あけましておめでとうございます。


今年がどんな年になるのか、まったく見当もつきません。

でも、今年もまた来月で83歳になる作家

J.M.クッツェーで明け暮れます。

最新作 The Pole『ポーランドの人』の

出来立てほやほやの日本語訳を見直しながら、

新年初日の日暮れを迎えました。

生きています。

アデレードで見かけたプラタナスの実

P.S.──プラタナス、大好きなんですよねえ。この写真 ↑ 使うの、何度目かなあ。。。



2022/12/26

日本語の韻文と散文について:2012年「スタジオイワト」のイベントを再録

韻文と散文と、どちらが言語的に濃厚かつ一気に大勢の人間を動かすかといえば、それはもちろん韻文なのですが、世界的にみても各言語が古代から持ってきた神話はほぼ韻文でできている(書かれている、ではなく口承で伝えられてきた時代が圧倒的に長い)。南アフリカのズールー民族の長編叙事詩を最初に翻訳したときから、この問題はずっと考えてきたし、今も考えているのですが。

 日本語の散文はどうか? 韻文はどうか? 近代と日本語のことを考えるときに、10年ほど前のこのイベント体験は非常に役に立つ。再掲します。(2012.3.12)


**定型の強さ、恐さ──昨日、スタジオイワトで**

 詩人、藤井貞和の『東歌篇──異なる声 独吟千句』(定価500円 反抗社出版 カマル社制作)のリレー朗読/ピアノつき、に参加して思ったこと。それは、日本語が内包するリズム、五七五七七五七五七七・・・のすごさだった。いやあ、面白かった!  

20人あまりの人たちが参加して、一区切りずつリレーで読み、それに高橋悠治のピアノ即興演奏が絡むという趣向。作者である藤井貞和がまず最初の「少年」を読み、それを受けて参加者の1人が「祈念」を読み、そして次の「鎮魂」は前夜、急遽参加することになったという2人の琵琶師による詠唱となった。

  それまで、どちらかというと「ぼそぼそ」というふうに読まれていた詩が、ここへきてメロディーをもつ歌となり、詠となり、enhanced されたことばとなって琵琶の音とともにあたりに響いた。

  当初の説明では、わからない漢字が出てきたら作者である藤井貞和に質問し、相互やりとりを経ながら、ゆっくりと進行するはずだった。がしかし、細部はさておき、リズムにのって、どんどん先へ、先へと朗読は進んでいった。

  途中、あれ、その読みでいいのかな、ちがうよなあ、と内心思いながらも、その場の雰囲気に水をさすのもためらわれ、まあ細部はともかく、「鎮魂」ムードにのって粛々と、という雰囲気でいやます勢い、いやそれだけではなくて、次に読むのはだれかな? わたしか? なんて緊張も少しあって、少しの緊張も20余人分天井へ螺旋となってのぼっていくか、とか、いろいろ脳裏をよぎるなか、あっというまに最後の行へ到着してしまったのだ。

  この間、約1時間と15〜18分。

  当初はもっとたっぷり時間がかかるものと主催者は考えていたらしい。少なくとも2時間、いや3時間以上、だらだらやると・・・。しかし・・・。
  意識するとしないとにかかわらず、日本語に埋め込まれている定型のリズム、身体に刻み込まれているリズムは恐るべし、あなどれない、そのことをあらためて認識した一日であった。

  この『東歌篇──異なる声 独吟千句』は、文字で読んでいるときは、定型のなかにもひょんと肩の力を抜くユーモアが組み込まれている。だから、内心くすっと笑いながら読むことになるのだが、昨日、声になった詩ではその「ユーモア性」がどこかへすっ飛んでしまっていた。このことは参加者の一人がいっていたのか、いや詩人その人がいっていたのか。確かに。

  終演後、福島のお酒を飲みながらだらだらと話すなか、高橋悠治が述べていたことばが心に残っている。それは、切る箇所を変える、つまり、五と七、七と七、のあいだを切らず、またぐようにすればいい、ということだったと記憶している。そうか。

  北海道という開拓地の出身者であるわたしは、内地のヒョウジュンを学び、追いつき、合わせようとする教育のなかで育ったせいか(どうか?)、なんとか抗いたいと思いながらも、みんなに合わせっちまって・・・ああ、力の抜き方が足りなかったぜ、と自省するばかり。ハハハ。 (敬称略)

  最後に、企画の八巻美恵さん、ありがとう! 平野公子さん、福島のお酒、おいしかったです!

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 付記:朗読後の質疑応答のなかで、高橋悠治さんがした質問と指摘は記憶されるべし、であった。近世にあったさまざまな日本語のリズムが、近代化とともに「軍歌」と「詩吟」に収斂されていったという指摘である。(このまとめ、これでいいのかな?)

2022/12/14

「海外文学の森へ」──トニ・モリスン『タール・ベイビー』について

 復刊されたトニ・モリスンの『タール・ベイビー』(藤本和子訳、ハヤカワepi文庫)について書きました。2022.12.13付、東京新聞夕刊の「海外文学の森へ」です。
 このリレーコラムが始まったのが2021年の1月ですから、これでちょうど2年ほど。これがわたしにとって今年最後のコラムです。その全文を以下に。

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 流れるチョコレートを思わせる表紙の『タール・ベイビー』は、恋の物語である。舞台はカリブ海の小さな島だ。

 登場するのはフロリダ州の黒人だけの小さな町で育ったサン、目にサバンナをたたえた黒人の男と、大富豪の白人の庇護を受けソルボンヌで美術史の修士号を取ったジャディーン、「白い文化によって構築された黒い女」だ。二人はふいに出会い、惹かれ合い、恋に落ちる。でも考え方も感じ方も激しく異なり、相手を理解できずに傷つけ合う。


「タール・ベイビー」とはアメリカ黒人の間に伝えられ広く流布してきた物語の一つで、狐と兎のエピソードに出てくるという。狐は人形に黒いタールを塗って囮にし、兎を捕まえ食べようとする。兎が人形に声をかけて触れた瞬間タールがくっついて離れなくなる。狐は白人、兎は黒人をシンボライズしている。

 サンとジャディーンの違いは、そのままアフリカ系アメリカ人の共同体内部の葛藤を指している。サンはジャディーンをタール・ベイビー的存在から救出して、民族の歴史との連続性を取り戻させたいと思い、ジャディーンはサンを向上させて、アンダークラスと呼ばれる最下階級の世界から救出したいと考える。


 二人が体現するこの差異のなかにモリスンは、作品が書かれた時代にアメリカ黒人全体が突きつけられた問題を示唆的に描きだす。人間以下の存在として売買された彼女ら彼らが「人間として」生き延びるために創造したのが、音楽、ダンス、語りに象徴されるアフリカン・アメリカン文化だった。それが大きな変容の波を受けるとき、サンかジャディーンかとどちらかを選ぶだけではすまないのだと。


 こうした作品のコンテキストを翻訳者の藤本和子はモリスンに直接インタビューして解き明かす。その文章は四半世紀後のいまも輝きを失わず、BLM運動の奥深い歴史的背景へと読者を繋いでいく。


 藤本の聞き書き『塩を食う女たち』『ブルースだってただの唄』が次々と文庫化されて「藤本和子ルネサンス」を迎えている。そこに『タール・ベイビー』が加わった。困難な時代を生き延びる手がかりが、また一冊復刊されたのが嬉しい。 


  くぼたのぞみ(翻訳家)   

                           


🌹🌹🌹🍾🍾🍾

(今夜はアクアパッツァでスパークリングワイン!──無事に暮れを迎えられそうなお祝いです)



2022/12/06

「すばる 1月号」にブローティガン下北沢泥酔激怒事件など、など、など


斎藤真理子さんとの往復書簡「曇る眼鏡を拭きながら」も11回目を迎えました。毎月かわるがわる1年の予定で書いてきた手紙も6通目、わたしの最後の手紙になります。

 「すばる1月号」は今日発売です。

 最終回なので、思い切り、あちこち話は飛びまくり──ということはなくて、小さなジャンプはあっても話の軸はいつも「藤本和子」で、その仕事を中心にブローティガン、森崎和江などグルグルとまわりました。藤本和子は「塩食い会」の主軸ですから。
 前回、真理子さんが書いた「ブローティガン下北沢泥酔激怒事件」に刺激されて、カチッと火の点いたある記憶について書きました。1975年に『アメリカの鱒釣り』の日本語訳が出版されたころ、ブローティガンがどんな感じで語られていたか、どう受け入れられていたか、わたしの身近なところで起きていたことを書きました。

 それ以後ブームのようになったブローティガン紹介の流れと、四半世紀後に翻訳者である藤本和子が書いた『リチャード・ブローティガン』について、これはもう壮大な「訳者あとがき」ですね。とりわけ『愛のゆくえ』なる日本語タイトルで紹介された作品を、一歳違いのルシア・ベルリンの短篇「虎に噛まれて」(岸本佐知子さんの訳『すべての月、すべての年』所収)とちょっと比較してみました。さて、共通のテーマは?

 藤本和子は森崎和江から大きな影響を受けたと明言していますが、その森崎が今年95歳で他界して、『現代思想』が特集を組んだ。その号に「えっ!?」と驚く文章があって、、、、森崎の『慶州は母の呼び声』に書かれていた一文をめぐって、自分の記憶を洗いなおさなければいけないと感じたのです。この本が出た1984年ってどんな時代だったのか、と調べ、考え、確認して、そんな道行きになりました。

 締めくくりは「世界文学」と「古典」と「翻訳」です。沼野充義さんの「世界文学」をめぐる比喩表現や、J・M・クッツェーの有名な講演「古典とは何か?」から引用しながら着地!

            *         * 

 思えば昨年のいまごろ、第一回目の手紙を「雪の恋しい季節です」と書きはじめたのでした。また寒くなり、ふたたび冬がめぐってきて、ああ一年が過ぎたなあ、と冷たい空気のなかで深呼吸をしています。2022年はウクライナ/ロシアの戦争(まだ過去になっていない!)、安倍元首相の銃殺事件、円安ドル高による物価高騰(これも現在進行形)、いろんなことが怒涛のように襲ってきた年でした。個人的にも大きな試練の荒波にもまれ、そのただなかで嬉しい受賞があって、まさに悲喜こもごもの年でした。

 さてさて、来年初めに予定される斎藤真理子さんの最終回はどうなる? それで2人の往復書簡は締めくくられます。とても楽しみ!