舞台は一艘の客船。時代は1960年。第二次世界大戦の記憶もまだ薄れていないころだ。
船に乗っているドイツ人女性リザが、階段を登ってくる一人の女性を見て、突然、仕舞い込まれていた記憶に引き戻される。リザは戦争中はSSで「義務として、仕事として」きわめて職務に忠実に、ユダヤ人強制収容所の監視をやっていた。彼女の突然の狼狽に、いっしょに旅をしていた夫に問いかけられても、結婚前の出来事はあなたに語っていないから理解できない、とそっけなくリザは答える。
収容所での出来事。ユダヤ人女性マルタにリザがかけた厚情をめぐって起きた事件と、その記録、記憶、記憶の揺れ、不確実性。
60年も前の映画だけれど、少しも古びていないどころか、次々と発見がある。観終わった後に、あれ、あそこはどうなっていたっけ? そうか、もう一度見なくちゃ、確認しなくちゃ、と思わせる映画だ。たぶん、もう一度観るのだろう。58分にしてはじつに中身の濃い、事実とその記憶をめぐる、懐疑と内省を掻き立てる作品なのだ。J・M・クッツェーが『In the Heart of the Country/その国の奥で』を書くにあたって、クリス・マルケルのLa Jetée とともに、この作品から強い影響を受けたのが納得できる。
*2023.2.28 追記:写真は左上が英語字幕バージョン、右下が日本語字幕バージョン。両方見ましたが、細部までよくわかるのは、当然ながら、日本語字幕の方ですね。ぶつ切りにされたシーンにナレーションがかぶさることで、観客が積極的にコミットして理解するよう作られている映画なので。