2023/02/09

2月9日はジョン・クッツェーの誕生日

Happy Birthday, John Coetzee!

February 9, 2023

🌹   🌹   🌹

J・M・クッツェー、故郷に帰る。

 83歳になるジョン・クッツェーが、10日午後、サイモンズタウンのイベントにあらわれます。ケープタウンからフォールス湾沿いに半島を南下したところにある港町。イベントでは7月に出版予定の新作 The Pole から朗読するのでしょうか。

(facebookのデイヴィッド・アトウェルさん情報をシェア!)


***追記***

このイベントにはアンキー・クロッホも参加するみたい。真実和解委員会のドキュメントを徹底ルポした『カントリー・オブ・マイ・スカル』(現代企画室)の著者、アフリカーンス語の詩人ですね。



2023/02/06

『スペインの家』の書評が「すばる 3月号」に、評者は小野正嗣さん!

  今日発売になった雑誌「すばる 3月号」に斎藤真理子さんとの往復書簡の最終回が掲載されています。1980年代に森崎和江は読者にどんなふうに読まれたか、そして読まれ続けてきたかという鋭くも的確な指摘。それが斎藤真理子ならではの、とても柔らかい筆致で書かれています。

 手紙は、パク・ミンギュが「ブローティガンとの決闘」でどんな落とし前をつけたかで結ばれました。虹色の「うんこ」をした主人公が(なぜ虹色かは読んでね!)それを粉末にして首からかけていたが、それをブローティガンに飲ませるなんて、もうどういったらいいのかわからない話ですが、そこにはきちんと韓国と米国の微妙な関係も書かれていました。最終回の斎藤真理子さんのお手紙、みごとに決まりましたね。

 1年間、お付き合いくださって、真理子さん、どうもありがとうございました。編集の2人のKさん、本当にお世話になりました。読んでくださった読者の方々に深く感謝します!

 そして、そして。今月号では小野正嗣さんがJ・M・クッツェー『スペインの家 三つの物語』(白水社)の書評を書いてくださってます。同時代作家としてのクッツェーの最も重要なポイントを指摘し、人間クッツェーと作家クッツェーへの敬意と愛が溢れる、とても丁寧で心温まる評です。拙著『J・M・クッツェーと真実』のタイトルが「クッツェーの真実」ではなく「クッツェーと真実」であることの含意にも触れられていて、読んでいて身が引き締まる思いがしました。
 小野さんがロンドンでクッツェーに会ったシンポジウムの話がとても印象的です。そのときクッツェーが『スペインの家』の二つ目に収められた「ニートフェルローレン」を朗読するのを、小野さんは直に聞いていたんですね。

 小野さん、どうもありがとうございました。


2023/01/22

ペ・スア著・斎藤真理子訳『遠きにありて、ウルは遅れるだろう』の入口で痺れまくる

 J・M・クッツェーの最新作『ポーランドの人/The Pole』の翻訳原稿をメールで送って、ひと息。机の上でじっと待っていてくれた書物たちの山に手をのばして、少しずつ崩していく。

 まず最初に、そこにあって強い単色の光を放っていた『遠きにありて、ウルは遅れるだろう』斎藤真理子訳(白水社)を手に取る。ペ・スアという韓国の作家の作品だ。カバーがいい。「いい」を通り越して、気になって仕方がなかった。

 何人かの人がSNSでこの作品について語っているのを横目で見ながら、ああ、近くにありながら、わたしは遅れてしまう、遅れてしまった、と思いながら今日を迎えた。でも、晴れて一年でいちばん寒い季節にこの本を開いて、いい時期に当たったかもしれないと思う。北国の、雪に閉ざされた家のなかで、ストーブの熱を浴びながら読んだ数々の本たちのことを思い出すからだ。この季節は、東京はまだ雪こそ降っていないけれど、わたしにとって「冴えわたる」 と呼び変えてもいいかと記憶されている時期で──たんに記憶の連鎖によるもので、実際は違うのだが──そこがまた奇妙にこの作品と絡まり合って面白い。

 まず、ペ・スアのこの作品を日本語で読めることがありがたい。斎藤真理子さん、ありがとう。編集者さんたち、ありがとう。本のカバーをめくり、扉の絵に驚嘆し、訳者あとがきを読んで興奮し、本文を読みはじめて度肝を抜かれる。

 訳者あとがきにクリス・マルケルの名前を発見したとき興奮したのは理由がある。フランスのこの映像作家、というか、むかしふうに言うと「映画監督」は1962年に La Jeteé というモンタージュ風の短い作品を作っていて(昨年何度か観た)、それから大いなる影響を受けたのがJ・M・クッツェーだったからだ。クッツェーはその影響下に第二作『その国の奥で』を書いた。

『遠きにありて、ウルは遅れるだろう』を書いたペ・スアという作家がドイツ語から韓国語へ翻訳をしてきた作家だというのがまた気になる。自作は韓国語で書くが、韓国にいるときはドイツ語から韓国語への翻訳をして、ドイツに滞在しながら韓国語で作品を書くのだという。この距離感が何にも増してその作品を特徴づけているらしい。でも翻訳はもうたっぷりやったといって打ち止めにしたようだ。誤訳した部分をめぐる発言がまた、創作者ならではの視点で語られていて、非常に興味深い。

 ある作品から最初に受けた印象は、作品を読めば読むほどどんどんそれとは異なるものによって上書きされ、更新されて薄まっていくものだ。だからとにかく忘却の彼方へ消えないうちに、どれほど新鮮な「痺れ」感覚があったか、ここにメモとして残しておく。杭を立てておかなければ不明瞭になってしまうのだ。メモとしてのこの杭はあとで必ず立ち戻るときが来る。

 さあ、本文へ突入しよう。

2023/01/07

J・M・クッツェー『ポーランドの人』絶賛翻訳中

 今年の初仕事はやはりJ・M・クッツェーでした。3日から、翻訳中の『ポーランドの人/The Pole』の訳文見なおしをコツコツ進めて、今日7日にほぼ目処がつきました。

 昨年中に、3月に出るオランダ語版 De Pool と5月に出るドイツ語版 Der Pole の情報がアップされ、昨年暮れにはオーストラリア英語版の情報もシドニー・モーニング・ヘラルドとオーストラリアンの二紙に出ました。英語版は7月にText Publishing から出るようです。

 コッセ出版から出るオランダ語版の表紙が渋いこと! 左の木版画です。髭を蓄えた男性がピアノに向かっていて、白黒世界のはずが、燭台の2本の灯りだけ黄色く色がついています。

 これを見た友人が「あ、これはヴァロットン!」と教えてくれました。調べてみると現在、東京でヴァロットンの展覧会が開かれているんですね。29日まで。ヴァロットンとは、19世紀末から20世紀初頭にかけてパリを中心に活躍した、スイス生まれの版画家・画家だそうです。

 ネット上に最初に出たのがフィッシャー社のドイツ語版の表紙でした。絵柄は、室内から黒っぽいカーテンがかかった窓ごしに、どこか地中海沿岸の田舎を思わせる風景です。バルセロナ? それともやっぱりマヨルカ島かな、それとも、それとも……

 物語の舞台はおもにバルセロナ、マヨルカ島、そしてワルシャワです。多出するヨーロッパ言語の人名、地名などの固有名の読みを確認すること、それが今後の課題。スペイン語、イタリア語、ラテン語、ポーランド語、ロシア語などいろいろ出てくるところが、クッツェーらしい。

初夏には日本語版で読めるよう奮闘努力の最中です。

2023/01/01

 2023.1.1


あけましておめでとうございます。


今年がどんな年になるのか、まったく見当もつきません。

でも、今年もまた来月で83歳になる作家

J.M.クッツェーで明け暮れます。

最新作 The Pole『ポーランドの人』の

出来立てほやほやの日本語訳を見直しながら、

新年初日の日暮れを迎えました。

生きています。

アデレードで見かけたプラタナスの実

P.S.──プラタナス、大好きなんですよねえ。この写真 ↑ 使うの、何度目かなあ。。。



2022/12/26

日本語の韻文と散文について:2012年「スタジオイワト」のイベントを再録

韻文と散文と、どちらが言語的に濃厚かつ一気に大勢の人間を動かすかといえば、それはもちろん韻文なのですが、世界的にみても各言語が古代から持ってきた神話はほぼ韻文でできている(書かれている、ではなく口承で伝えられてきた時代が圧倒的に長い)。南アフリカのズールー民族の長編叙事詩を最初に翻訳したときから、この問題はずっと考えてきたし、今も考えているのですが。

 日本語の散文はどうか? 韻文はどうか? 近代と日本語のことを考えるときに、10年ほど前のこのイベント体験は非常に役に立つ。再掲します。(2012.3.12)


**定型の強さ、恐さ──昨日、スタジオイワトで**

 詩人、藤井貞和の『東歌篇──異なる声 独吟千句』(定価500円 反抗社出版 カマル社制作)のリレー朗読/ピアノつき、に参加して思ったこと。それは、日本語が内包するリズム、五七五七七五七五七七・・・のすごさだった。いやあ、面白かった!  

20人あまりの人たちが参加して、一区切りずつリレーで読み、それに高橋悠治のピアノ即興演奏が絡むという趣向。作者である藤井貞和がまず最初の「少年」を読み、それを受けて参加者の1人が「祈念」を読み、そして次の「鎮魂」は前夜、急遽参加することになったという2人の琵琶師による詠唱となった。

  それまで、どちらかというと「ぼそぼそ」というふうに読まれていた詩が、ここへきてメロディーをもつ歌となり、詠となり、enhanced されたことばとなって琵琶の音とともにあたりに響いた。

  当初の説明では、わからない漢字が出てきたら作者である藤井貞和に質問し、相互やりとりを経ながら、ゆっくりと進行するはずだった。がしかし、細部はさておき、リズムにのって、どんどん先へ、先へと朗読は進んでいった。

  途中、あれ、その読みでいいのかな、ちがうよなあ、と内心思いながらも、その場の雰囲気に水をさすのもためらわれ、まあ細部はともかく、「鎮魂」ムードにのって粛々と、という雰囲気でいやます勢い、いやそれだけではなくて、次に読むのはだれかな? わたしか? なんて緊張も少しあって、少しの緊張も20余人分天井へ螺旋となってのぼっていくか、とか、いろいろ脳裏をよぎるなか、あっというまに最後の行へ到着してしまったのだ。

  この間、約1時間と15〜18分。

  当初はもっとたっぷり時間がかかるものと主催者は考えていたらしい。少なくとも2時間、いや3時間以上、だらだらやると・・・。しかし・・・。
  意識するとしないとにかかわらず、日本語に埋め込まれている定型のリズム、身体に刻み込まれているリズムは恐るべし、あなどれない、そのことをあらためて認識した一日であった。

  この『東歌篇──異なる声 独吟千句』は、文字で読んでいるときは、定型のなかにもひょんと肩の力を抜くユーモアが組み込まれている。だから、内心くすっと笑いながら読むことになるのだが、昨日、声になった詩ではその「ユーモア性」がどこかへすっ飛んでしまっていた。このことは参加者の一人がいっていたのか、いや詩人その人がいっていたのか。確かに。

  終演後、福島のお酒を飲みながらだらだらと話すなか、高橋悠治が述べていたことばが心に残っている。それは、切る箇所を変える、つまり、五と七、七と七、のあいだを切らず、またぐようにすればいい、ということだったと記憶している。そうか。

  北海道という開拓地の出身者であるわたしは、内地のヒョウジュンを学び、追いつき、合わせようとする教育のなかで育ったせいか(どうか?)、なんとか抗いたいと思いながらも、みんなに合わせっちまって・・・ああ、力の抜き方が足りなかったぜ、と自省するばかり。ハハハ。 (敬称略)

  最後に、企画の八巻美恵さん、ありがとう! 平野公子さん、福島のお酒、おいしかったです!

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 付記:朗読後の質疑応答のなかで、高橋悠治さんがした質問と指摘は記憶されるべし、であった。近世にあったさまざまな日本語のリズムが、近代化とともに「軍歌」と「詩吟」に収斂されていったという指摘である。(このまとめ、これでいいのかな?)

2022/12/14

「海外文学の森へ」──トニ・モリスン『タール・ベイビー』について

 復刊されたトニ・モリスンの『タール・ベイビー』(藤本和子訳、ハヤカワepi文庫)について書きました。2022.12.13付、東京新聞夕刊の「海外文学の森へ」です。
 このリレーコラムが始まったのが2021年の1月ですから、これでちょうど2年ほど。これがわたしにとって今年最後のコラムです。その全文を以下に。

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 流れるチョコレートを思わせる表紙の『タール・ベイビー』は、恋の物語である。舞台はカリブ海の小さな島だ。

 登場するのはフロリダ州の黒人だけの小さな町で育ったサン、目にサバンナをたたえた黒人の男と、大富豪の白人の庇護を受けソルボンヌで美術史の修士号を取ったジャディーン、「白い文化によって構築された黒い女」だ。二人はふいに出会い、惹かれ合い、恋に落ちる。でも考え方も感じ方も激しく異なり、相手を理解できずに傷つけ合う。


「タール・ベイビー」とはアメリカ黒人の間に伝えられ広く流布してきた物語の一つで、狐と兎のエピソードに出てくるという。狐は人形に黒いタールを塗って囮にし、兎を捕まえ食べようとする。兎が人形に声をかけて触れた瞬間タールがくっついて離れなくなる。狐は白人、兎は黒人をシンボライズしている。

 サンとジャディーンの違いは、そのままアフリカ系アメリカ人の共同体内部の葛藤を指している。サンはジャディーンをタール・ベイビー的存在から救出して、民族の歴史との連続性を取り戻させたいと思い、ジャディーンはサンを向上させて、アンダークラスと呼ばれる最下階級の世界から救出したいと考える。


 二人が体現するこの差異のなかにモリスンは、作品が書かれた時代にアメリカ黒人全体が突きつけられた問題を示唆的に描きだす。人間以下の存在として売買された彼女ら彼らが「人間として」生き延びるために創造したのが、音楽、ダンス、語りに象徴されるアフリカン・アメリカン文化だった。それが大きな変容の波を受けるとき、サンかジャディーンかとどちらかを選ぶだけではすまないのだと。


 こうした作品のコンテキストを翻訳者の藤本和子はモリスンに直接インタビューして解き明かす。その文章は四半世紀後のいまも輝きを失わず、BLM運動の奥深い歴史的背景へと読者を繋いでいく。


 藤本の聞き書き『塩を食う女たち』『ブルースだってただの唄』が次々と文庫化されて「藤本和子ルネサンス」を迎えている。そこに『タール・ベイビー』が加わった。困難な時代を生き延びる手がかりが、また一冊復刊されたのが嬉しい。 


  くぼたのぞみ(翻訳家)   

                           


🌹🌹🌹🍾🍾🍾

(今夜はアクアパッツァでスパークリングワイン!──無事に暮れを迎えられそうなお祝いです)



2022/12/06

「すばる 1月号」にブローティガン下北沢泥酔激怒事件など、など、など


斎藤真理子さんとの往復書簡「曇る眼鏡を拭きながら」も11回目を迎えました。毎月かわるがわる1年の予定で書いてきた手紙も6通目、わたしの最後の手紙になります。

 「すばる1月号」は今日発売です。

 最終回なので、思い切り、あちこち話は飛びまくり──ということはなくて、小さなジャンプはあっても話の軸はいつも「藤本和子」で、その仕事を中心にブローティガン、森崎和江などグルグルとまわりました。藤本和子は「塩食い会」の主軸ですから。
 前回、真理子さんが書いた「ブローティガン下北沢泥酔激怒事件」に刺激されて、カチッと火の点いたある記憶について書きました。1975年に『アメリカの鱒釣り』の日本語訳が出版されたころ、ブローティガンがどんな感じで語られていたか、どう受け入れられていたか、わたしの身近なところで起きていたことを書きました。

 それ以後ブームのようになったブローティガン紹介の流れと、四半世紀後に翻訳者である藤本和子が書いた『リチャード・ブローティガン』について、これはもう壮大な「訳者あとがき」ですね。とりわけ『愛のゆくえ』なる日本語タイトルで紹介された作品を、一歳違いのルシア・ベルリンの短篇「虎に噛まれて」(岸本佐知子さんの訳『すべての月、すべての年』所収)とちょっと比較してみました。さて、共通のテーマは?

 藤本和子は森崎和江から大きな影響を受けたと明言していますが、その森崎が今年95歳で他界して、『現代思想』が特集を組んだ。その号に「えっ!?」と驚く文章があって、、、、森崎の『慶州は母の呼び声』に書かれていた一文をめぐって、自分の記憶を洗いなおさなければいけないと感じたのです。この本が出た1984年ってどんな時代だったのか、と調べ、考え、確認して、そんな道行きになりました。

 締めくくりは「世界文学」と「古典」と「翻訳」です。沼野充義さんの「世界文学」をめぐる比喩表現や、J・M・クッツェーの有名な講演「古典とは何か?」から引用しながら着地!

            *         * 

 思えば昨年のいまごろ、第一回目の手紙を「雪の恋しい季節です」と書きはじめたのでした。また寒くなり、ふたたび冬がめぐってきて、ああ一年が過ぎたなあ、と冷たい空気のなかで深呼吸をしています。2022年はウクライナ/ロシアの戦争(まだ過去になっていない!)、安倍元首相の銃殺事件、円安ドル高による物価高騰(これも現在進行形)、いろんなことが怒涛のように襲ってきた年でした。個人的にも大きな試練の荒波にもまれ、そのただなかで嬉しい受賞があって、まさに悲喜こもごもの年でした。

 さてさて、来年初めに予定される斎藤真理子さんの最終回はどうなる? それで2人の往復書簡は締めくくられます。とても楽しみ!

 

2022/12/02

1983年『マイケル・K』がブッカー賞を受賞したときのジョン・クッツェー

 めずらしい動画がアップされていました。1983年、J・M・クッツェーが『マイケル・K』で最初のブッカー賞を受賞したときのようすです。全体で50分あまり。クッツェーはロンドンで行われた授賞パーティには出席していませんが、撮影クルーがケープタウンまで行って録画しておいた動画が流されています。

 ラフなシャツ姿の43歳のジョン・クッツェーが──おそらくケープタウン大学の研究室でインタビューを受けたのでしょう──声も若々しく、自作について語っています。

 最初は『マイケル・K』の作品紹介があって、作品からクッツェー自身の朗読や短いインタビューなどが映像にかぶさります。『マイケル・K』という作品の背景になった南アフリカの状況を、クッツェーが具体的に語っています。作品内には主人公が白人か黒人かということは直接書いていないし、時代設定は'80年代末だけれど、列車に乗るにも、移動するにも、結婚するにも、その度に、公的機関からあなたの人種は何かと問われる……と。


 いま、こうして極東の日本という土地でこの1983年の映像を見ると感慨深いものがあります。本邦初訳のクッツェー作品として『マイケル・K』が出版された1989年、この作品を「マジック・リアリズム」だと評する文が雑誌に掲載されました(何度か書いてきましたが)。いま読めば「リアリズム」そのものなんですが。でも、当時の日本の文芸ジャーナリズムは、おそらく、その意見を疑うことさえなかったのではないか。それほど南アフリカの社会的状況の内実は伝わっていなかったし、バブルにわく日本社会は南ア産のダイヤやプラチナを買い漁る人たちがいる時代だった。「見る目が曇っていた」のではないかと思います。むしろ「マジックリアリズム」なのだとレッテルを貼ることで「わかった」ような気になる状況だった。

 南アフリカといえば人種差別制度=アパルトヘイトの国だ、ということだけは伝わっていたけれど、その具体的な内実は分からなかった時代、それが1980年代末の日本だった。でも、この状況は変わったかな? 南アについては情報は入るようになったけれど、レッテル貼りで理解したつもりになることは加速度的に進んじゃったのではないかなあ(愚痴です)。

 さて、上の動画は、さらに他の作家の作品について紹介があって、審査委員長(フェイ・ウェルダン)によって受賞作が発表されます──彼女はしっかり「クッツェー」と後半部の長音「エー」にアクセントを置いて発音してますねっ! (ただしThe Life and Times of Michael Kと The がついてしまってるけど💦)

 代理の人が賞金(多分小切手)を受け取り、司会者がクッツェーのことを「シャイというより self-effaceing(表に出たがらない)人なのだ」と述べて、後半のインタビューが始まります。およそ48分からです。

 どうぞお楽しみください!

 ちなみに、1983年にはまだ「ブッカー・マコンネル賞」という名前だったんですよ〜〜。舞台背景に明示されていますが。

2022/11/16

J・M・クッツェー絶頂期の短篇集『スペインの家:三つの物語』発売です

 J・M・クッツェーの絶頂期に書かれた三つの短篇が日本語になりました。『スペインの家:三つの物語』(白水社 Uブックス)です。予定より少し早く11月24日発売で、版元サイトに書影も出ました! この本の原書を入手した経緯はここでお知らせしました。

白水Uブックス, 2022
 収録された「スペインの家」「ニートフェルローレン」「彼とその従者」は、クッツェーの移動期にあたる2000年から2003年に書かれた短篇です。

「スペインの家」が発表されたのは2000年、『恥辱』で2度目のブッカー賞を受賞したばかり。これから移り住む家を、中高年になった男性が結婚する相手に喩えて、あれこれ考える話です。移民先の土地の人たちとの関係はどうなるか、なんてことも描かれています。

 次の「ニートフェルローレン」は62歳まで住んだ南アフリカという土地(農場)は、こんなふうに使われることだって不可能じゃなかったはずだ、と残念に思う気持ちがじわじわとにじみ出てくる作品。そして最後の「彼とその従者」はノーベル文学賞受賞記念講演で、本邦初訳です。

 どれも、飾らない端正な文体で、サラサラと読ませますが、最後の「彼とその従者」はなかなかの曲者です。デフォーの『ロビンソン・クルーソー』をベースにしたポストモダンぶりを楽しんでいると、だんだん「?」となってくる。既知の作品世界の要素をちりばめながら、作家個人の体験へと読者を引きつけていく寓意的な物語なんです。クッツェーはこの短篇を、2003年12月にストックホルムで朗読しました。

 J・M・クッツェーがノーベル文学賞を受賞したのは、南アフリカのケープタウンからオーストラリアのアデレードへ住まいを移した翌年のことです。

 クッツェーという作家がどんな作品を書いてきたか、ケープタウンからアデレードへ移ってどう変化したのか、彼の作品は単なるオートフィクションじゃないのだということも含めて、「訳者あとがき」で謎解きをしました。この作家の曲者ぶりを、ぜひ確かめてください。
 謎解き解説のタイトルにした「大いなる思想と寓意の海へ」は編集者のSさんの発案で、「訳者あとがきに代えて」使わせていただきました。

Penguin 版、2004
 さてさて、Uブックスのカバー(左上の写真)はジョン・クッツェーの渋いプロフィールですが、もうお気づきでしょうか? ここには作家名:J. M. Coetzee に含まれるアルファベットがすべて使われているんです。それも変形を重ねてデフォルメした文字群で描かれています。

 ノーベル文学賞を受賞した翌年にペンギンから出た、おしゃれな、ざらっとしたベージュの布張りの本に使われていたプロフィール(右の写真)です。これは2006年9月に初来日したジョン・クッツェーから何人かの人が、お土産にプレゼントされた本でもありました。

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追記:2022.11.18──Uブックスの帯をとった1冊とつけたままのものを並べて写真に撮ってみた。それをアップして、気がつきました。Penguin版のオリジナル・デザインと微妙に違うのです。襟のところが、、、ふむむむ。

 



2022/11/01

八巻美恵『水牛のように』をしみじみと読む秋

 暑かった夏が終わり、秋の気配に喜びつつも、この一年間の怒涛のような時間からようやく抜け出せてホッとしすぎてしまったのか、先月は脱力のあまり投稿ゼロとあいなりました。気がつくと今日はもう11月です。


 八巻美恵さんの『水牛のように』 をポツポツと読んでいます。おすすめです。これは一気に読みたくなる本だけれど、一気に読んでしまうにはもったいないほど「美味しい本」なので、はやる気持ちをおさえて、毎日、ちびちびといただいています。美味しいチョコレート、いや、美味しいリモンチェッロ(どうしてこのお酒の名前が出てくるか、それはこの本を読めばわかります!)を舐めるように、読んでいます。

 ガッツリ翻訳をやったあとや、昔読んだ本を書架の奥から引っ張り出して(自分の記憶を訂正し)引用しながら書いたりしたあとに、このエッセイ集を手に取って、はらりと開く。読みはじめると、肩の凝り、首の凝り、そして気持ちの凝りまでほぐれてくるんです。

 この『水牛のように』は、毎月「水牛」のウェブサイトで更新される短めのエッセイをまとめた「日々のかけら」(あ、これ、前にも読んだかな)と、しっかりエッセイと(これは初めてかも、でもひょっとしてあそこで……)とが混じりあっていて、こちらの記憶も定かではなく、ふんわり混沌としてきます。日付はあっても年の記載がないのです。そしてそれが心地よい。効能は抜群! それがどういうことかは……ふふふふ、ふっ🌹

 八巻美恵さんと、この世で初めて会ったのは、多分、1970年代の半ばで、わたしがまだヘロヘロOLをやっていた時代でした。知人が企画したコンサートを手伝ったときでしたが(たぶん八巻さんは覚えていないと思う)、80年代になって「水牛通信」に混ぜてもらってからは、断続的に会うようになって、わたしが「アフリカ」で忙しいころまた少し遠ざかり、落ち着いてきたころ復活して……という感じだったかな。

 そして2014年に出した第四詩集『記憶のゆきを踏んで』を八巻さんに編集してもらったのでした。装丁は平野甲賀さん、発売はおなじころ出た、J・M・クッツェーの自伝的三部作『サマータイム、青年時代、少年時代』の版元インスクリプト。

 その後、藤本和子の本を復刊させるために集まった「塩を食う女たちの会」で飲み会を開くようになって3冊の復刊が成りましたが、八巻さんはその中心にいつもいた。ふわっと、重力のないような不思議な存在感を発揮して。

 エッセイ集をはらりと開くと、そのあたかも「重力のないような」がたちどころに伝播して脳内に透明な膜をはり、独特な心地よさを醸成します。その不思議さには、分析なんかしちゃだめよ、ときっぱり言われているようなところがあって。。。ふむ。ただ、感じていたいような、月とか星とか花なんかもたくさん出てくるエッセイです、(あっ!そうか!)

 帯は、斎藤真理子が書いた「読書感想文」から取られています。発行が平野公子の horobooks(hello@horobooks.net)、編集が賀内麻由子、装丁・本文デザインが吉良幸子、カバー画が木村さくら、という面々で、本に手を触れると紙からも指先にしっかり伝わってくる、とても素敵な本です。(敬称略)

 


2022/09/23

優しい地獄の天国行き

イリナ・グリゴレ『優しい地獄』(亜紀書房)について東京新聞に書きました。「海外文学の森へ」というコラムです。最初に「優しい地獄の天国行き」というタイトルをつけて送ったのですが、予想通り、そのタイトルはサラリと却下されました・笑。

 でも、そんなふうに、天国行き、という表現を使いたくなる何かがこの本にはあるんです。だから、却下されて文字には残らなかったけれど(まあ、当然でしょうが)、自分でも忘れてしまわないように、ここに記録しておきます。

 ルーマニア北部の農村で生まれて育ったイリナ・グリゴレという人が書いた本です。とにかく、すごい迫力の日本語でのっけから頭をガツンとやられます。その切迫性がもろに伝わってくるところがこの本の最大の魅力なんだけれど、書くことに対する厳しい方法論にも、映像文化人類学者であるイリナさんの美しいまでの矜持が感じられます。

 読んでいくと、1984年にチェルノブイリの近くで(ルーマニア北部からそれほど遠くないのだ)生まれ育ったことによる影響を、同じ世代の人たちがモロに受けていることが、じわじわと滲み出てくる内容でもあって、がっつり視野が開かれます。

 9月20日東京新聞夕刊の記事を、ここに全文貼り付けます。


優しい地獄の天国行き


 この切実さはなんだろう? と思いながらページをめくる手が止まらない。

 赤ん坊がいきなり世界に放り出されるときはこんな感じなのか。素描される世界のイメージと、それを感知する生身の感覚が、ざらりとした詩的表現として迫ってくる。


 土と木と畑の匂いが立ちのぼる。畑から素手でもいだトマトの味がよみがえる。著者はルーマニアの農村で生まれ、祖父母が作る畑と近くの森で採れた食べ物で育つ。家の前の桜の木の実、森のきのこや山菜。畑で葡萄を作り、育てた豚を屠り肉を貯蔵する。どの家にも地下に貯蔵室がある。お昼ご飯はいつも畑のそばの胡桃の木の下で食べた。それは自分もまた生き物であることを認識する、かけがえのない感覚であり記憶だ。


 母や父は町で教師として、工場労働者として働く社会主義時代。だが著者が生まれた二年後にチェルノブイリ原発事故が起き(詳細を知るのはずっと後)、五年後にチャウシェスク政権が打倒される。

 町の学校に通うようになったイリナは、十四歳のときここから出ていきたいと切実に思う。本当は映画監督になりたかった。でも、女性が映画監督になるには…分厚い壁が立ちはだかる。


「トンネルを抜けると雪国」と始まる川端康成の小説を読んでこれだと思った。日本語を学び、日本へやってきた。舞踏にのめりこみ、文化人類学者として獅子舞の研究を始める。現在は大学で映像人類学を教えながら二人の娘を育てている。寝る前の娘にダンテの『神曲』の話をしたときのやりとりから、この本のタイトルは生まれたという。


 自分の身体を舞台にして、そこで展開される生そのもののイメージを、獲得した言語で突き放すように書くオートエスノグラフィー。文学のオートフィクションへ通じる斬新さは「翻訳されて生まれてきた/born translated」ことばたちに支えられている。


 そんなことばが読み手に激しく流れこむとき、壁が音もなく崩れ落ちて、見えない境界がいくつもあったことを知らされた。

 この世に生まれて、<ある>、という違和感を、そのひび割れを満たしてくれる本だ。