2019/12/26

TORUS にインタビューが載りました

「物語」が「イズム」を超えるとき


 秋の日の昼下がり、まだ緑の木の葉が揺れる川の近くの公園で写真を撮って、それからカフェで数時間、話がはずみました。さあ、そろそろ、と腰をあげるとき、外はもう暗くなっていて......。

 アフリカとか、フェミニズムとか、移民とか、今年文庫になったチママンダ・ンゴズィ・アディーチェの『なにかが首のまわりに』と『アメリカーナ』を中心に話をすると、どうしても「アフリカ」「アメリカ」「ヨーロッパ」という三つの地点が視野に入ってくる。わたしにとって翻訳という仕事を始めたのは、南アフリカにかかわりだしたときで、最初に出たのがJ・M・クッツェーの『マイケル・K』でしたから、もう30年以上むかしのことになります。

 これまでクッツェー8冊、アディーチェ7冊、訳してきました。年齢は親子ほども、いやそれ以上ことなるアディーチェとクッツェーですが、訳者にとっては、アフリカ大陸で生まれ、そのこととまっすぐに向き合って書いてきた作家として、補完しあう関係にある、そんな話をしました。これまでの仕事をふりかえる大変よい機会をいただきました。Merci!

 あっちこっちに飛んでしまう話者の話を、きちんとまとめて記事にしてくださったKさんとSさんに感謝します。

2019/12/23

東京新聞「土曜訪問」に

東京新聞(中日新聞)の夕刊(2019.12.21)に記事を書いていただきました。facebook でも twitter でもシェアしたけれど、備忘録のためにここにも貼り付けておきます。

「土曜訪問」──最も深い読者になる


クッツェーの翻訳者として話を聞かせてください──という依頼で、あれこれ話しました。わたしが翻訳に向かった動機や、初めての訳書『マイケル・K』など、これまで訳したものについて。
 とても熱心に質問して、中身の濃い記事にまとめてくださった記者のMさん、どうもありがとうございました。

2019/12/19

サンアントニオの青い月:サンドラ・シスネロス

窓のむこうには、12月の曇り空に包まれて、鮮やかな黄色の葉を残す緋寒桜の木がいっぽん。

🎉🎉 白水Uブックスになったサンドラ・シスネロスの2冊 🎉🎉
ちょうど26年前のクリスマスイヴに、生まれて初めてアメリカ大陸の土を踏んだ私たち。私たちというのは、まだ小学生と中学生だった2人の娘とわたしのことだ。

 飛行機を降り立ったアルバクウェルケ(アルバカーキ)空港では、娘たちに大人気のダニーさんがトナカイの角をあしらったハットを被って出迎えてくれた。(Thank you so much, Dany!  We'll never forget your kindness.)

 左手にリオグランデを見ながら車で一路サンタフェへ。

 サンドラ・シスネロスの作品2冊を翻訳することは決まっていたのだけれど、そのまえにやらなければならない仕事があって、結局、晶文社からシスネロスの翻訳が出たのは1996年だった。ほぼ4半世紀という時をはさんで、まず『マンゴー通り、ときどきさよなら』が昨年、そして『サンアントニオの青い月』が今年、白水Uブックスから復刊された。感無量だ。

 カバーには今回もまた、テックスメックスのさまざまなモチーフを鮮やかな色合いで描いてくれた、沢田としきさんの作品を使わせていただいた。解説は金原瑞人さん。クリスマス・イヴには書店にならぶはずだ。プレゼントにぜひ!
 
🌺🌺🌺 原著とならんで 🌺🌺🌺
『マンゴー通り、ときどきさよなら』では、女性をとりまくさまざまな問題がまだストレートなことばにならなかったので、10代の少女の声を借りて描いたけれど、この『サンアントニオの青い月』(原題は「女が叫ぶクリーク」)ではやっと女たち自身のことばで語ることができた、と作者シスネロスが語っていたのを思い出す。22篇の短編を読み進むと、その意味がじんじんと伝わってくる。
 原作が扱う時代は1980年代末から90年代にかけて。アメリカとメキシコの国境地帯のいまとメキシコ革命の時代だ。

 この作品が発表された当時から、シスネロスは自分のことを「戦闘的フェミニスト作家と呼ぶなら呼んでいいわよ」といっていた。でも、残念なことに、初訳が出た1996年の日本では、やっぱり「フェミニズム」とか「フェミニスト」という語を表に出して使うことがためらわれた。つい最近までそうだったわけだけれど。

 小説や詩や、いわゆる「文学」がフェミニズムやフェミニストという語と関連させることを忌避した時代は、本当に、長かった。でもじつは、女たちの生と性の底流では、いつだってずっと、その見えざるたたかいが続いてきたのだ。やっとそれが表に出てきた、つまり主流の文学のなかに堂々と認められるようになってきたのだ。それがここ数年の大きな変化だ。

 もう後戻りはできない。🎉🎉🎉

Photo by Keith Dannemiller
フェミニズムの勢いが伝えられるメキシコや、チリや、アルゼンチンといったラテンアメリカで書かれている女性たちの文学がもっと訳されるといいなと思う!
 
 こうしてシスネロスの作品が復刊されて思うのは、いまならサンドラ・シスネロスを「フェミニスト作家」と誇りをもって呼べるということだ。「フェミニスト」や「フェミニズム」が概念としてごわごわした分厚いコートのように感じられた時代は去り、ふわふわした薄着も柔らかな編み込みセーターも、真っ赤なルージュもそれはそれでみんなフェミよと、あっけらかんといえる時代になったのだ。
 ここまでくるのに、どれほど多くの人たちの苦しみと奮闘と、被害者というレッテルを剥がして人間として誇りを取り戻すための、逆転の力学がたたかいとられてきたことか。

 もう後戻りはできない。🌺🌺🌺


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夜に。サンドラ・シスネロス『サンアントニオの青い月』(白水Uブックス)のみほんがとどいた今日、ミッドナイトプレスの岡田幸文さんの訃報を知る。1990年代初めに、シスネロスの詩の翻訳をいちはやく、彼が刊行する詩誌に掲載して応援してくれたのが、岡田幸文さんだった。ご冥福を心からお祈りします。

2019/11/30

河出文庫『アメリカーナ』上下巻──みほんがとどいた!

ピンポーン! 🎉🎉🎉🎉🎉 ‼️

宅配便の人が押すボタンといっしょにとどきました。
河出文庫に変身したチママンダ・ンゴズィ・アディーチェの
『アメリカーナ』上下巻! 12月6日の発売です。



午前中にとどくはずが、なかなかこない。待っていたのです。夜になってようやくやってきました。ほっとして、今日はもうその安堵と嬉しさだけで十分!
帯のことばが、なんだかまぶしい。そして怪しい。



2019/11/02

J・M・クッツェー『続・世界文学論集』

J・M・クッツェー『続・世界文学論集』(田尻芳樹訳・みすず書房刊)がとどいた。

     🎉🎉🎉🎉🎉 ‼️

「モラルの物語を紡いできた作家は最高の読み手でもある」という帯のことばがいい。
 
 とにかくクッツェー歴30年の身としては、クッツェーの本が日本語で出ることが嬉しい。おまけにこれはより抜きのエッセイ・アンソロジーだから、クッツェーという作家が小説の書き手であるだけではなく「読み」の名手であることも堪能できる。

 これまでのクッツェーが書いた文学論、書評は『ダブリング・ザ・ポイント』を入れると、Stranger Shores、Inner Workings、Late Essays と4冊あって、今回出たのは後半の2冊から選ばれたものだ。

 なかでも文人とはまったくいいがたいヘンドリック・ヴィットボーイが書いた「ヴィットボーイの日記」が入っているのが嬉しい。去年のいまごろこのブログでも3回に分けて論じたけれど、『ダスクランズ』で作家デビューしたクッツェーが晩年のエッセイ集にこの文章を入れた理由は、作家クッツェーの仕事を考える上で不可欠だ。

 先日もメキシコ自治大学で述べたように、植民地主義の歴史的な暴力とそれによる後遺症が、いまも世界のあちこちで血を流している現実と、作家クッツェーは書くことで向き合おうとしてきたことがわかる。ヨーロッパ人はそのguilty とどう向き合うか、精神分析医、アラベラ・カーツとの往復書簡集でも扱ったが、と語っていた。

 そして、つい最近第3巻『イエスの死』が出て完結した三部作について、作品についてあれこれ述べるのはひかえて本自体に語らせようと思うとしながらも、第1巻をタイトルなしで出して読者が最後のページを読み終わったあとにJesus という語が目に入るようにしたかったこと、若いころからマタイの福音書をもとに映画化されたパゾリーニの「奇跡の丘」をくりかえし観てきたこと、キリスト教徒としてではなくワイルドなイエスという若者に興味があると述べた。暴力と暴力の連鎖を断ち切るために必要なのは、self-sacrifice と関連があるとも。

 とにもかくにも、非常に幅広く、深く「思考してきた人」ならではの文章が、正・続ならぶと壮観です。

追記:ここまで書いて、ラグビーのワールドカップで南アフリカが3度目の優勝をしたことを知った。🎉🎉🎉 ひさしぶりに「コシシケレリ・アフリカ」を聞いた。😂

2019/10/27

都会の擁護者こそ野蛮人──J・M・クッツェー

  メキシコ国立自治大学でのセッションは、ここ数年のJ・M・クッツェーの著作と幅広い活動の総まとめのような感じだった。

2018年4月末にアルゼンチンの大学で実施された「南の文学」講座のラウンドテーブルで、北のヘゲモニーを批判するクッツェーのことばを聞いて、「すばる 6月号/2019」にこう書いた。

「この作家が1974年に初作『ダスクランズ』を出すために、まずイギリスやアメリカのエージェントに何度も働きかけていたことを思い出す。すべて不首尾に終わって、ようやく南アフリカの小さな出版社から出すことができたのだ。そして『夷狄を待ちながら』でブレイクして世界的な作家になった。北で認められたいという野心をもって書いてきたと、2018年5月末にマドリッドでクッツェー自身が語っている。だからこれは自分の体験を批判、検証することによって見えてきたものなのだろう。ここでもまた批判の対象は作家である自分自身となる」
       ──「北と南のパラダイム──J・M・クッツェーのレジスタンス」

 これは今回のセルールの質問に対するクッツェーの答えと思いっきり重なるが、クッツェーはその当時の自分を「彼」として突き放し、精緻かつ簡潔なことばで表現していく。『ダスクランズ』を出したころの自分への分析にはさらに磨きがかかり、ロンドンやニューヨークの出版社から本を出すことをめざしていた自分は、北の大都会こそが「リアル・ワールド」だと考えていた、と述べる。青年ジョンの頭のなかには「本物世界」とは「北」だという思い込みがあったのだ。(東京へ出ることを北海道の片田舎でひたすら目論んでいた60年代半ばの自分をつい思い出す...)

 そして62歳でアデレードへ移り住んだジョン・クッツェーは、来年2月で80歳になろうとしている。UNAMでのセッション前日に公開された映画「Waiting for the Barbarians」のテーマについて問われたクッツェーは、北と南、都会と田舎、の関係を類比的に見透しながら、「大都会を擁護する者こそ本当の野蛮人なのかもしれない」と述べる。クッツェー自身の現在の立ち位置と、その世界観をきっぱりとあらわすところだ。
 これは田舎者が都会人になった「ふりをする」ことへの、根底的批判なのだろうか。それともなれなかったことを足場に考え抜いた結論だろうか。(なんだかアディーチェの『アメリカーナ』で、アメリカへ渡ったイフェメルが本来の自分にもどるためにラゴスへもどるところとも重なるな。
 しかし同時に、ジェンダーの視点からすると田舎の地縁血縁の容赦ない縛りからいったん逃れるためには、都市の暮らしは必要悪でもあるのだけれど...)

 だが、クッツェーの憧れは、自分の育った環境には複雑なアイデンティティーのあいまいさがあって、幼いころからThe Children's Encyclopedia という事典──これは2つの大戦間にイギリスで編集された、アングロサクソンを最優秀な人種とする、非常に差別的なプロパガンダだった──をすみずみまで見て、読んだこによる深い影響と不可分だったと語る。(この子供百科について述べたシカゴ講演は来年、雑誌に訳出します。)

 このセッションでは、『サマータイム、青年時代、少年時代』でくりかえし語られる「都会と田舎」の関係が、都会生活と田園生活といった対立&補完の構造を超えて、旧ヨーロッパ宗主国と植民地との関係がもたらした「現在」をベースに、いま「世界」の中心である欧米とそれ以外の地域との関係として語られるようになっていく。
 この自伝的三部作には、1997年に出た初巻『少年時代』から一貫して「Scenes from Provincial Life」という副題がついていた。3巻を1冊にまとめたとき、それが正タイトルとなった。ものごとの全体を類比的に考え抜こうとするJ・M・クッツェーの面目躍如といえるだろう。

 5年ほど前に、3巻まとめて出したとき、タイトルをどうするか、とても悩んだ。原タイトルの「Scenes from Provincial Life」をそのまま訳しても、訳書タイトルにはおさまりが悪い。いっそ一案として訳者が出した『とことん田舎者』とすべきだったんじゃないかといまでも思うのだ。

 ──クッツェーでそこまで崩していいんですか? 

と言われてあのときは引っ込めたけれど、じつは、この『とことん田舎者』というタイトルは結構気に入っているのだ。クッツェーが自分は「ダーク・コメディ」を書いてきたつもり……という、倫理性に込められた諧謔に満ちた「ひねり」が、じわじわと伝わるようになったいまは、それもありだったかなあと思う。惜しかったな😆。

 ちなみに2018年「すばる 5月号」には、作家から送られてきた「英語のヘゲモニーに抗う」という文章が引用されていたが、クッツェーの立ち位置を明言する、詩と言語をめぐるその文章が、今回のUNAMのステージでそっくり朗読されています。Please listen!

2019/10/26

英語版の動画がアップ!

メキシコ国立自治大学でのJ. M. クッツェーとラケル・セルールとの英語版のやりとりがアップされました。



2人とも、とてもゆっくりと話を進めるので、英語が学習言語の人にも聞き取りやすいやりとりです。さて、その内容が興味深いかどうか、ということになるとクッツェー作品を読んでいる人とそうではない人に多少分かれるかもしれません。でも、とにかく誰もが理解できる英語をクッツェーは話すよう心がけているのが感じられます。

 質問は多岐に渡りますが、最後のほうで「難民」について問われたクッツェーが、難民が押し寄せることを解決すべき問題としてとらえるのではなく、気候変動などによる人の移動をまず事実として受け止めて、それがわれわれの生活であると認め、それと共存することを考えるようにしてはどうか、と語るところで拍手が起きました。印象的な場面です。

2019/10/25

メキシコ国立自治大学でのJ・M・クッツェー

2019年10月24日、メキシコ国立自治大学でJ・M・クッツェーとラケル・スルールの対話が行われた。

動画もアップされたが、スペイン語の同時通訳がかぶさって英語が聞き取りにくいので、英語バージョンがアップされたらあらためて。ここには記録のために、何枚かの写真を拾っておく。


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SOCALOの記事より:(10/26追記)
24日のUNAMでのセッションを伝える記事。Waiting for the Barbarians の映画化にふれて、原作のタイトルはカヴァフィスの詩から採られたが「都市擁護者こそ本当の野蛮人」とクッツェーは述べたらしい。「とことん田舎者=provincial」であろうとする「世界的」作家クッツェーの面目躍如のところだ。

このセッションに先立って行われた3つの討論会のようすはこの記事の後半に出てきます。

https://monicamaristain.com/me-resisto-a-que-el-ingles-sea-el-idioma-universal-j-m-coetzee/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=me-resisto-a-que-el-ingles-sea-el-idioma-universal-j-m-coetzee

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ラケル・スルールとJ・M・クッツェー


サイン会で若い学生たちに破顔の笑みを見せるジョン・クッツェー。
子供たちのなかに希望を見ているのがわかります。



サインを求めるファンの列

2019/10/23

ラテンアメリカの J・M・クッツェー

 今日はひさしぶりに青空がひろがって、東京は気持ちの良い秋晴れです。北半球は秋ですが、南半球は春の訪れが聞こえてくるころでしょうか。

HarvilSecker版
J・M・クッツェーはこの季節になると毎年のようにラテンアメリカを訪れます。今年はまず短編賞の授賞式にチリへ、そしていまはメキシコでしょう。10月24日にメキシコ国立自治大学でクッツェーを囲んだセッションが行われるというニュースが流れました。

 テーマは三つ:「メキシコの作家のあいだのクッツェー」「クッツェーの作家活動」「クッツェーと現代の危機」←スペイン語の記事をグーグル英訳したものを、さらに日本語にしているので、かなり輪郭がぼやけたタイトルになってる可能性がありますが、あしからず。メキシコの作家たちがクッツェーをどう読んできたか、これはなかなか面白い視点です。

 この記事のなかで、おそらく、こういうことをいってるなと思われる心にしみる箇所があったので、わたしが理解した範囲で記録すると:
Viking版

「J・M・クッツェーの文学は読者の心の内奥にとどく手法をもっていて、まるで世界の異なる土地にいる多くの人たちの記憶を共震させるかのように訴えかけてくる」

 最新作『イエスの死/The Death of Jesus』はアメリカでもViking社から来年5月に発売されるようです。スペイン語版が出てちょうど1年後ですね。

 そうそう、最近はよく忘れ物をするので、この写真も記録としてアップしておこうかな。先日メルボルンの出版社から本を買ったら(『鉄の時代』と『マイケル・K』)、キャンペーン中だとかで無料のトートバッグが送られてきたんです。ロブスターやら、バラの花やら、時計やらがついてる袋ね(笑)。裏には「Incredible!」の文字が。。。

2019/10/18

最近のチママンダ・ンゴズィ・アディーチェの動画

マンチェスターで10月5日に行われたチママンダ・ンゴズィ・アディーチェのトークの実況中継。OPEN FUTURE FESTIVAL.


以下に大雑把な内容を。(あくまで粗い聞き取りですので引用はお控えください。)

 まずアイデンティティについて質問された彼女:アイデンティティというのは外部からの要求によって変わる、たとえば、最近もUSAの空港でプレミアの列にならんでいたら、あなたはあっちだと指差されたのはエコノミーのほうだった。これは肌の色で判断したからで、ナイジェリアではありえない。ナイジェリアでは、エスニシティか、ジェンダーによって分けられる。だからアイデンティティというのは外部からの問いによって、いくつにも変わりうるのだ、と述べている。だから自分としてはそれをたったひとつに狭めることはできない。

ストーリーテリングについて、作家として、と問われると:もっといろんな声がでてくることが必要だと強く思う。文学作品を読むということは、可能性として、自分の体ではない体から発せられる声を聞くことだと思う。書くというのは、自分の体ではない体から発せられる声を書くことでもある。どんな声であれ、わたしを呼んでいるならその声を物語に響かせていきたいと。

 これまでアフリカ、アジア、ラテンアメリカの物語は長いあいだ、そこの出身の人たちによって語られてこなかった。だから、ロンドンの書店に行っても、本がコロニアルなテイストでならんでいることが多い。もちろんそれは大事よ、だってイングランドはナイジェリアを植民地化してきたんだし、歴史としては……中略……でも、数日前の香港を見てもわかるように、世界中の土地は過去にずっと取り憑かれつづけている。

 それから、『アメリカーナ』について、かなり突っ込んだ質問がきて、アディーチェも非常にクリアに答えている。もう少しニュアンスをつけて、と編集者からいわれたが、それは、もう少し正直さ=あからさまにいうことを控えて、ということだった。

 なんでも比較的率直に語る英語社会で、「もう少しニュアンスを」といわれたとしたら、このニュアンスだらけで空気を読めとかいわれる日本語社会では、どうなるんだ😅?なんて思いながら最後まで見ましたが、最後のほうでオーディアンスから質問が出て、それに真っ向から答えるチママンダ、そして白熱の議論が展開されるようにもっていく司会のジャーナリストもなかなか。

 あとは動画をじかに見てください。

 もしも日本にチママンダを呼ぶなら、同時通訳があいだにはさまるとしても、これくらいの丁々発止のやりとりができるステージになるといいなあ、と思います。
 

デレク・アトリッジ氏の最新情報:「クッツェーによる南」

あちこちでシェアしながら、ここでお知らせするのをすっかり忘れていました。

The South According to Coetzee

 来月初めに再来日するデレク・アトリッジ氏がとても、とても興味深い文章を書いているサイトをお知らせします。英語版よりいちはやくスペイン語版で La muerte de Jesus を読んでいることが、彼の文章からうかがえます。


タイトルのThe South According to Coetzeeは、つい「クッツェーによれば南は」と訳してみたい誘惑に駆られます。

 駒場で開かれる講演でも、この文章に書かれた内容について言及されることになるはずですが、クッツェーの最新作 The Death of Jesus の読書会に出る方には必読でしょう。

2019/10/11

デレク・アトリッジ教授が再来日します

2012年5月に初来日して、J・C・カンネメイヤーが書いたJ・M・クッツェーの伝記と作家自身の自伝的三部作『サマータイム、青年時代、少年時代』の最終巻『サマータイム』とを比較しながら、すばらしいお話を聞かせてくれたデレク・アトリッジ教授がまた来日します。

 来日中の講演と読書会のお知らせをここに!



 講演会は「翻訳、世界文学、マイナー言語の問題」について。まるでここ数年、英語版より先にスペイン語版で自作を出してきたJ・M・クッツェーの問題意識を解き明かしてくれるようなテーマ設定ですよね。
 読書会は11月12日にメルボルンの出版社から出たばかりの英語版The Death of Jesus を読むそうですよ〜〜。面白そう! わくわく。