E. Costello : I believe in what does not need to believe in me.──J. M. Coetzee

2013/09/09

少年ジョンの思考のリズムに寄り添って

 『少年時代』の最後の見直しが終わった。遅いランチを食べおわると、立っていられないほどくたびれていることに気づいた。少しお休みしなくちゃ。

 改訳作業は、結果として「文章を引き締めること」が中心になった。
 できるかぎり無駄なことばを省き、余計な文字を削る。どれほど「名調子」といわれそうな訳語表現を見つけようと、感情をあおるような、目くらまし的効果のことばは避ける。ぶっきらぼうなまでに素っ気なく、それでいて明晰で強い簡潔なことばを選ぶ。シンプルに、端正に、すっきりと。
 
 何度もスピードを変えて読み返し、クッツェーの文体に寄り添い、少年ジョンの思考のリズムに近づくことを自らに課した。ひゃああ、疲れた。
 もしもクッツェーが日本語を読めるとしたら、ああ、これは my another self だと思うような日本語にしたいと念じた。とはいえ、どれほど寄り添う努力をしても、最後は訳者の日本語作品になってしまうのは避けられない。これは翻訳という作業の宿命である。そうはいっても、クッツェーの作品をネタに日本語で新たに「創作」しようなどとは思わなかった。これからも思わないだろう。それだけは確かだ。

 ジョン・クッツェーさん、今日9月9日と明日10日は、どうやらベルリンに出没するらしい。相変わらずフットワークの軽いこと!