Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2012/08/01

真夏に訳す『サマータイム』

クッツェーの『Scenes from Provincial Life』の第三部『サマータイム』を訳している。今日は「アドリアーナ」の章を訳了した。これが傑作。少しだけお話のお裾分けを。

この章でインタビューを受けるアドリアーナは、ブラジル生まれのプロのダンサー。軍政下で監獄に入れられた夫といっしょにアンゴラに逃げる。夫はそこの新聞社で働いていたが、またまた非常事態宣言のために新聞社は潰され、夫自身も徴兵されそうになり、2人の娘ともどもケープタウン行きの船に乗る。1973年のことだ。そこでようやく警備員の仕事を見つけた夫は、倉庫の夜勤中に斧をもった強盗に襲われて昏睡状態に。

しかたなく、まだ十代後半の上の娘は学校をやめてスーパーで働き、下の娘を修道会の女子校へ通わせるため母親もダンス・スタジオでラテン・ダンスを教える。

この母親アドリアーナ、小柄ながらすごい美人である。母親の血を受け継いだ下の娘が通う学校の、英語の補修授業を担当していたのが、いまはなき「偉大な作家」ジョン・クッツェーだ。もちろんまだ無名時代である。このラテン系美人、アドリアーナに一方的にのぼせあがった若きクッツェー、というのが話の内容なのだ。

いまはブラジルのサンパウロに住み、「ダンサーの呪い」で腰を傷めて杖をついている身だけれど、とにかく、まあ、そのアドリアーナのナラティヴの生きのいいこと、面白いこと、可笑しいこと。生まれながらにダンスの不得手なジョン・クッツェーのことを「木偶人形」と言ってのける小気味よさ。含みをもった彼女のことばの説得力のあること!

もちろん、この女性は作者クッツェーのつくった人物だというところがみそ。そうそう、あの『フォー』の主人公スーザン・バートンの元モデルだったということにもなっている。訳書が出るのはたぶん来年かな、お楽しみに!