Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2007/10/28

チヌア・アチェベにマン・ブッカー国際賞


 「近代アフリカ文学の父」といわれるナイジェリアの作家、チヌア・アチェベ(Chinua Achebe)がこの6月にマン・ブッカー国際賞を受賞した。この賞は隔年に受賞者が発表され、個別の作品ではなくその作家の仕事全体にあたえられるもので、賞金は6万ポンド(約1400万円)。
 1958年に出版されたアチェベのデビュー作『Things Fall Apart/崩れゆく絆』はこれまで世界中で1000万部以上も売れた超ロングセラーだ。200ぺージほどの小説だが、アフリカ文学を知るためにも、植民地化による近代アフリカ社会の変遷を知るためにも、必読の書といっていい。70年代に邦訳が一度、出たようだが、現在は入手困難。ぜひ新訳で読みたいものだ。
 受賞後、アチェベはBBCに対して「アフリカ文学がやろうとしてきたのは、世界文学という概念の枠を押し広げることだった──そこにアフリカを含めること、アフリカは含まれていなかったわけだから」と述べた。この作家が『闇の奥』を書いたジョゼフ・コンラッドを「べらぼうな差別主義者」と呼んだことが長いあいだ、英文学者たちのあいだで物議をかもしてきたことを考えあわせると、エキゾチズムではないアフリカ文学が世界文学のなかに正当な位置を占めるためには、半世紀の道のりが必要だったということだろうか。「英文学」から「英語(圏)文学」へと視点の転換が進む時代に、現在76歳のこの作家の存在を評価せざるをえない時代になってきた、と考えていいのだろうか。

 若手作家、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ──アチェベとおなじイボ民族出身──がガーディアン紙に、尊敬する大作家の受賞を喜ぶコメントを寄せていた。彼女自身この7月に、ビアフラ戦争の内実を克明かつ人間的に描いた2作目長編『Half of a Yellow Sun/半分のぼった黄色い太陽』でオレンジ賞を受賞したばかり。

 ビアフラ戦争というのは1960年代末に、石油資源の利権をめぐってナイジェリアで起きた内戦で、その後もこの国はアフリカ諸国の例にもれず、「資源があるゆえの」政情不安定に悩まされている。
 しかし、豊かな口承文芸を背景に持つ、アフリカ最大の多民族国家であるナイジェリアはまた、南アフリカとならんで、多くの文学者を生み出してきた国でもある。しばらくは、ナイジェリアから目が離せない。
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付記:2007年8月28日付「北海道新聞」に掲載したコラムに加筆しました。