2022/04/21

「白水社の本棚」に寄稿しました:J・M・クッツェーと駆けぬけた33年

 <J・M・クッツェーと駆けぬけた33年>

「白水社の本棚」2022 春号、に寄稿しました。
 フランス語やフランス文学を学ぶ学生だったころ憧れの出版社だった白水社から、『J・M・クッツェーと真実』を出すことになった経緯、出してからの出来事、読売文学賞受賞をしらせる電話のベルがなった日に、どんなことがあったのか。その日は、「禍福は糾える縄のごとし」と思えるような一日だったのです。

2022/04/08

ひまわりの種を──「文藝春秋」5月号


写真はイメージです💦
  ひまわりの種を

「黒糖とひまわり」の続きです。
「ひまわりの詩」の第二弾が、雑誌「文藝春秋」5月号に載りました。p89 です。


ページのまんなかを四角く区切った、小さな箱のようなスペースに、ぎゅっと詰まったことばたち。

2022/04/01

黒糖とひまわり──水牛のように

写真はイメージです💦
「水牛」に、とても 久しぶりに詩を書きました。
エイプリル・フールではありません! 

リンク先を訪ねてみてくださいね、ぜひ!

   黒糖とひまわり

2022/03/24

「世界」と思っていたものは

3月22日(火曜日)の東京新聞夕刊に掲載されたコラム「海外文学の森へ 27」で 『「その他の外国文学」の翻訳者』(白水社)を紹介しました。多くの人に読んでいただきたい内容なので、ここにもアップします。

 担当編集者のHさんがつけたタイトル:「世界」と思っていたものは──が秀逸です。


これ以上クリアな画像にならないのが残念ですが。

2022/03/16

今日はヒヨドリ

今日は緋寒桜にヒヨドリがやってきた。

 ウクライナで起きていること、ロシアで起きていること、SNS上のニュースを追いかけてばかりいる。

  沼野充義・沼野恭子編訳『ヌマヌマ』(河出書房新社)から、ミハイル・シーシキンの作品「バックベルトの付いたコート」を読んだ。

 母親がウクライナ人、父親がロシア人だったシーシキンは、いまの戦争を両親が生きて体験せずによかったと語っていた。それを読んで、アミラ・ハスがパレスチナの現状について、まったく同じことを語っていたのを思い出した。もう何年も前のことだけれど。

アミラ・ハス──私の両親は生きてこれを見ずにすんで幸運だ


2022/03/13

メジロがやってきた

 昨日と今日はポカポカ陽気で、春うららと言いたい気分になる。今日は朝から、ぴいぴいぴいと賑やかなさえずりが聞こえる。窓の向こうをみると、濃い桃色の花がふくらんで、いよいよ咲くかな、咲くかなと思わせる緋寒桜。

「経済効果」だかなんだか知らないけれど、ここ数年やたら枝を伐られる木々たち。それでもやってくる鳥たち。それを待っている人たち。

 今朝はメジロがやってきた。スマホなんか持ってないので、古いデジカメで手ブレを防ぎながらようやく撮ったメジロ。緋寒桜のふくらんだ蕾をしきりについばんでいる。

 メジロはウグイス色で、ウグイスは渋い灰色、というのは実際に鳥を見てあらためて気づいたことだった。もちろん、すべて東京にきてから得た知識だ。蘇芳色なんてのも、22歳か23歳のころ知った「外国語」に近い感覚の、「内地」でしか目にできない色を示すことばだった。

 今朝の朝日新聞「折々のことば」に、『山羊と水葬』が引用されていた。「サイロのある家」から。あれは窓ガラスを拭いているときの話だったな。


2022/03/09

第73回読売文学賞贈賞式のためのスピーチ

 白水社のお知らせサイトにアップされました。

『J・M・クッツェーと真実』読売文学賞贈賞式スピーチ


残念ながら、2月15日に帝国ホテルで開かれた贈賞式には出席することができませんでしたが、代理に編集の杉本貴美代さんが、その場でスピーチ原稿を読み上げてくださいました。杉本さんにはお世話になりっぱなしでした。心からの感謝を!

2022/03/08

パウル・クレーのカレンダーがきた

 2月はいろいろあって、思い出すだけでも背中が痛くなりそうな、怒涛の日々が続いた。そして背中ではなく、なぜか左膝が痛くなった。

こういうときは好きなものを身近に引き寄せること、それで急に思い立って、パウル・クレーのカレンダーを注文した。2022年のカレンダーをいまごろ注文する人もめずらしいか、と思いながら、目的はクレーの絵をカジュアルに壁に飾ることだから、これでOKなのだと自分に言い聞かせる。

あっという間に届いたカレンダー、さっそく飾った。とにかく好きなのだ、パウル・クレー!

 3月は、片目でウィンクしてるみたいなこの絵です。

2022/02/10

読売新聞 2月10日朝刊にインタビュー記事が掲載されました


 2月10日の読売新聞朝刊にインタビュー「南ア作家 読み解き続け」が掲載されました。基本的にメールによるインタビューをもとにしたものです。

 2月1日に発表された読売文学賞。「研究・翻訳賞」を受賞したわたしは、今日10日の最後の回に登場いたしました。記者の石田汗太さんが熱心に拙著、拙訳を読み込み、『J・M・クッツェーと真実』の内容や詩集『記憶のゆきを踏んで』からの引用を織り混ぜて、コンパクトながら要点をしっかり盛り込んで仕上げてくれました。

 さまざまな事情から直接お会いできませんでしたが、記事は骨太の内容。ちょうど前日9日に誕生日を迎えたジョン・クッツェーのお祝いメールのことばで結ばれていて、嬉しい。ありがとうございました。

2022/02/09

2月9日は、J・M・クッツェーの誕生日です!

Happy Birthday, John Coetzee!

February 9, 2022


ジョン・マクスウェル・クッツェーは1940年2月9日、ケープタウンのモーブレーにある産院で生まれました。ケープタウンは南半球ですから、真夏です。

天気予報では「明日は雪」という、春まだ遠い東京から。

2022/02/08

2022/02/01

『J・M・クッツェーと真実』が読売文学賞を受賞しました

 『J・M・クッツェーと真実』(白水社)が、第73回読売文学賞(研究・翻訳賞)を受賞しました。

 電話がかかってきたときは、びっくり。嬉しさはそのあとでじわっとやってきましたが、研究・翻訳の部門だと聞いて本当に驚きました。信じられない思いでした。だって、これまでの受賞者を見ると、アカデミズムの錚々たる研究者がずらり、ずらり、ずらりと並んでいて、その合間に女性の詩人や研究者や作家の名前がちらっ、ほらっ、と浮かんでいるだけなんですから。ほぼ全員に近い方々が男性です(女性は3人のみ)。

 そしてまた、ほぼ全員が「漢字」の名前です。例外は、第42回受賞の『韓国現代詩選』の詩人、茨木のり子さん。それだって、ひらがなは5文字のうちの2文字だけです(1990年にこの翻訳が受賞したことは大きな話題になって、すごいなと思ったことは鮮烈に覚えています)。そこに姓も名も6文字すべてひらがなの、在野の、一介の翻訳者・詩人の名前が加わるのですから、背筋がピンどころか、一瞬、足がすくみそうになりました。

 J・M・クッツェーの作品に出会い、衝撃を受けて、自分のライフワークとして翻訳を続けてきた結果、大きな賞をいただいたのは翻訳者冥利につきます。ジョン・クッツェーさんに知らせると、「わたしの書いた本を解明し翻訳するためにあなたが費やしてきた歳月に相応しい報奨」とお祝いのメールが贈られてきました。もう感無量でした。

 選評を書いてくださった池澤夏樹さんの、実に見透しの良い視線に感服します。「北海道に入植した一家の娘。アイヌを押しのけて土地を奪った者の子孫。南アフリカと、世界中の植民地と、同じ構造なのだ。/その自覚に至るまでの歩みを書いた、長い旅路の記録である」という最後のことばを万感の思いで読みました。池澤さん、ありがとうございます。

 この本が出るまでに多くの方々にお世話になりました。作品を読み、苦労しながらも翻訳をして、訳者あとがきを書いて、といった一連の作業プロセスで、ギリシア・ローマ古典やキリスト教の福音書の性質などをめぐる折々の質問に快く応じて、資料を指差し助言してくれた家人、森夏樹に深く感謝します。そして、なんといっても白水社の編集者、杉本貴美代さんにはお礼の言いようもありません。

 Merci beaucoup!  Muchas gracias!  みなさん、どうもありがとうございました! 🤗💖🤗