Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2019/05/06

J・M・クッツェーのレジスタンス──「すばる 6月号」

すばる 6月号」(5月7日発売)に「カテドラ・クッツェー」のラウンドテーブルについて書きました。 2018年4月末にブエノスアイレスで行われた長い、長いラウンドテーブルのなかのクッツェーの発言についてです。

  北と南のパラダイム
     ──J・M・クッツェーのレジスタンス
  
 J・M・クッツェーが「南の文学」を提唱して、南部アフリカとオーストラリアと南アメリカを「北を介さずに」つなごうとする試みについて、具体的な例をあげながら論じていくようすを伝えます。ちょっと衝撃的な内容です。これを日本語話者であるわれわれはどう受け止めるか、英語を中心に世界がまわっていくヘゲモニーに対して、日本語話者はどんな位置にあるのか、じっくり考えさせられます。

   動画はここ!

*一部引用*


 全講座を通して、惜しみなく、献身的かつプロフェッショナルな仕事ぶりを発揮したアナ・カズミ・スタールへの謝辞のあと、クッツェーはあらためて、講座の達成目標とは「北を介さずに」直接、南の文学者や学生が相互に交流することだったと述べた。視野に置いたのは、たがいに距離的、言語的に離れてはいるが、背後でひとつの大きな歴史から影響を受け、土地との関係も共通する文学。つまり広い南アメリカのなかでもアルゼンチン文学や、それほど広くはないが注目にあたいする南部アフリカとオーストラリア文学の実践者たちの相互交流である。翌月スペインのマドリッド、ビルバオ、グラナダの三都市で行われた『モラルの話』のプロモーション・イベントでも、これはくりかえし語られることになった。

「北の仲介なしで」とはどういうことか、なぜそれが重要だと考えるのか。クッツェーはシンプルなストーリーを用いてそれを説明する。話はメディアをめぐるものだが、アフリカの架空の国をとりあえずアシャンテと呼び、そこを舞台にした出来事に絡めて文学にもこれはいえるとラディカルに疑問を投じていく。物語はこうだ。

──ある朝、アシャンテの首都に住む人びとは、通りを轟々と進む戦車の音で起こされる。。。。。。。