2013/08/17

クッツェーに「あなたが描く母親が面白い」とわたしはいった

初対面でいうことだっただろうか? いまになってみればちょっと疑問に思うけれど、そのときはクッツェーの作品を読んで自分が考えたこと、感じたことをストレートに伝えることしか頭になかった。これが最初で最後かもしれない、この作家と会うのは、と思ったこともあった。とにかく伝えたかったのだ。

 あなたの作品に出てくる母親像が面白い。

 ジョン・クッツェーにそう伝えたのは2006年9月末、彼が初めて来日したおり、早稲田のホテルで会ったときだ。そのときまでに訳していた『マイケル・K』にしても『少年時代』にしても、母親の存在は圧倒的だ。それを聞いたクッツェーは「ええっ?」というような表情をした。無理もない。

『マイケル・K』では物語の最初のほうで、自分は母親の世話をするために生まれてきた、とマイケルに言わせるが、その母親アンナは農場のある地へ戻ろうとする旅の途上で死んでしまう。第二章では医師に、マイケルと母親の関係をいみじくも、ある意味、適確に分析することばを吐かせる。
 この母親像の描き方は何だ? と作品を最初に訳していたときに思ったのは紛れもない事実だ。『少年時代』も『青年時代』まだ発表されていないころのことである。
 しかし、三作目として訳した『鉄の時代』は母親そのものが話の中心になっている作品。これもまた否応なく心に引っかかった。『In the Heart of the Country/その国の奥深くで』を訳さないかと勧められたとき、『鉄の時代』ならやる、といってお断りしたのは正解だった。その後、わたしが訳すクッツェー作品には必ずといっていいほど、ある種、強烈な存在感をもつ母親像がちらりちらりとあらわわれる。このこだわり方はなんだったのだろう?
 
 今年3月に彼が三度目の来日をしたとき、何人かの人たちとディナーをともにした。ベジタリアンのディナーではあったが、なかなか濃厚な味のディナーだった。その席で、どういういきさつだったか、わたしがクリスチャンとして北海道で生まれ育ったとことを口にすると、隣に座ったジョンがくいっと顔をあげ、がぜん興味を示し、矢継ぎ早に質問が飛んできた──なぜか? あなたが生まれたのは北海道なのか? なぜ両親はクリスチャンになったのか? 
 詳細はわたしにもわからない。しかし、その事実はこの日本で、いや、北海道という先住民アイヌびとの土地へどかどかと入り込んでいった者たちにとって、どういう意味をもったか、その後、彼らの子供たちの自己形成にどのような影響をあたえたか、これはずっと考えてきたことで、これからも考えていかざるをえないことなのだ。

 それは、あらたな課題が目の前にくっきりと立ちあがった瞬間でもあった。