Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2009/07/30

ペティナ・ガッパ /『イースタリーへの悲歌』

ジンバブエからすばらしい作家が登場した。1971年ジンバブエで生まれて、いまは息子とジュネーヴに住むペティナ・ガッパ(Petina Gappah)だ。4月に出た初の短編集『An Eelegy for Easterly/イースタリーへの悲歌』では、切れのいい、からりとした文体で、ジンバブエ人の悲喜こもごもの暮らしぶりを活写する。

 植民地化されたアフリカのなかでも比較的遅く、チムレンガと呼ばれる長い解放闘争をへて1980年に独立したジンバブエは、南部アフリカの星と期待された。しかし、30年におよぶムガベ大統領の独裁色を強める体制下で、ここ数年は天文学的数字のインフレを経験し、昨年の選挙では多数の死者も出た。

 短編集におさめられた13の物語は、この国のエリートへの痛烈な皮肉から、名もなき人々の苦悩やスラムに吹き寄せられる底辺層の暮らしまで、じつに幅広い。悲しい話も多いのだが、人を笑わせるのが好きというガッパは、持ち前の旺盛なユーモアで、悲惨な話を土臭い、ピリ辛のコメディにしてしまう。しかも繊細なタッチで。そこがとても新鮮だ。

 いくつも印象にのこった短編のなかで、もっとも面白かったのが、最後の「真夜中に、ホテル・カリフォルニアで」、これが傑作! もちろん、あのイーグルスのヒット曲のことだ。でも、舞台となる「ホテル・カリフォルニア」は田舎町のB&Bで、ブラックマーケットでなんでも手に入れて生き延びる人たちのなかで手練手管で稼ぐ男の話。ぱきぱき語るガッパの調子が、ホント、笑えます。

 作品内には民族言語の一つ、ショナ語も頻出する。作家自身はショナ語と英語が混じった「ショニングリッシュ」で書く、と堂々と語る。アフリカ出身の作家たちを勇気づける面白い話ではないか。

 驚いたのは、この短編集がフランク・オコナー賞の最終リストに残ったこと。昨年インド系アメリカ人作家、ジュンパ・ラヒリが受賞した、英語で書かれた短編集に贈られる最もビッグな賞である。ここにもまた世界文学の新しい潮流が見て取れる。

 いま長編小説に初挑戦中のガッパは、南部アフリカ文学の期待の星だ。間違いない。

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付記:2009年7月28日付北海道新聞夕刊に掲載した記事に加筆しました。