E. Costello : I believe in what does not need to believe in me.──J. M. Coetzee

2016/03/13

『道草』から遡って読む夏目漱石

今日も曇り空だ。おまけに真冬なみに寒い。でも風はないので、亡霊の泣くような音に悩まされずにすむ。

 没後100年だからというわけでもないが、そうだ漱石かと思って、このところもっぱら夏目漱石を読んでいる。もっぱらといっても、まだ『夢十夜』『道草』『硝子戸の中』を読んだだけだ。そういえば、学生のころは辛気臭い男になってみる読書などゴメンだと、10代のころ母親が高く評価していたエスタブリッシュメントのマッチョ作家、森鴎外ばかり読んでいた。(いま考えてみると、自分の子を宿した女を捨てて帰国する無責任な日本男の「苦悩の」内面なんぞを描いた『舞姫』が教科書に載っていたなんて信じがたい!)

 数年前に家人から漱石はこれと薦められて、読みかけては中断してきた『道草』を一気に読了できたのは嬉しかった。それで、発見!
 これは漱石の傑作中の傑作ではないのか。地味な作品といわれているらしいけれど、とんでもない。ファンタジー性を一切使わないで、妻である鏡子とのやりとり、子供とのやりとり、それにまつわる自分の生い立ちとの葛藤、実の父母や兄姉と自分の位置関係、養父母との腐れ縁と絡まり合いの収め方を、ここまで赤裸々に、簡潔に書いたものはなかったのではないか。
 漱石の自己分析の鋭さ、自意識の奥にさらに高いところから光をあてようと奮闘する力技に脱帽しながら、爆笑する場面も何度かあった。記憶との距離感と批判力がすごいのだ。
 漱石という作家は、一貫して、自己セラピーのために小説を書きつづけた作家だった。絶筆となった『明暗』の直前に書いたものだけに、凄みと切実さと真摯さがないまぜになっている。漱石ってこんなに面白かったのか。

 学校の教科書で習った『坊ちゃん』の登場人物にキヨという下女がいた。全面的に主人公を受け入れ、だいじょうぶ、だいじょうぶ、といってくれる女性だ。もう死んでしまったお婆さんの姿で描かれていたが、キヨというのは漱石が結婚した相手、つまり鏡子夫人の本名だというから驚いた。そうか、「紺無地の絽の帷子に幅の狭い黒繻子の帯」をしめたお婆さんの姿でしか記憶されていない実母と、妻である鏡子をミックスして、幼いころはこういう女性に育てられたかった、と初期には甘いファンタジックな人物像を描いていたのかと膝を打った。
 もう一度、『坊ちゃん』も読み直してみよう。

 しかし、夏目漱石の自己分析力を光らせる、英語からの翻訳文体と、漢文脈と、ころがすような江戸弁の混じり合った独特の文体は、新聞にはうってつけだっただろう。というか、新聞向けにそのように書いたのだろう。次回を期待させる区切りといい、それを受けてまた始める書き方といい、新聞にコラムのように発表することで漱石の文体はつくられていったのだな、といまさらながら納得した。
 だから、だろうか、小説といっても伏線を張って、あとでそれが一気につながる、といった構造的な仕掛けはあまり感じられない。しかし。この自己分析力、自己批判力、時間と記憶に対する意識は、残念ながら、それ以後の作家にはあまり引き継がれなかったように思う。それを継ぐ作家があらわれなかったのは、どことなくバッハがロマン主義時代に打ち捨てられたことに重なるような気がするが、どうだろう。

 次は『明暗』、そして『こころ』『行人』かな。時間をさかのぼるようにして『吾輩は猫である』まで読めるといいな。
 鏡としての女性からみた漱石を読む。鏡子夫人の名前は、ひょっとして、「おまえは俺の鏡になってくれ」といって漱石が換えたのではないか、とひとり妄想しながら楽しんでいる。