2011/06/16

クッツェー自身の翻訳論(1)──meanjin

J・M・クッツェーの自伝的三部作、『少年時代』『青年時代』『サマータイム』を訳すことになったので、ある雑誌の記事をあらためて読みなおした。(『少年時代』は全面改訳の予定。)
 「MEANJIN」というメルボルン大学が出している雑誌の特集号、「TONGUES──TRANSLATION: ONLY CONNECT」である。

 表紙にいささか疲れた顔の J・M・クッツェーが映っている。2003年10月に彼がノーベル文学賞を受賞した後一年ほどのあいだに過ごした「怒濤の時間」をありありと思わせる写真である。
 この特集にはクッツェー自身も10ページほどの文章をよせている。これが面白い。というか彼の作品を翻訳する者としてたいへん、たいへん参考になる。彼が「翻訳」についてどう考えているか、他言語に翻訳された自分の作品例を具体的にあげながら書いているからだ。

 具体例として彼が比較検討できるのはもちろん、彼がほとんどバイリンガル的に得意とするオランダ語、比較的得意とすると彼自身がいうドイツ語、さらにフランス語などヨーロッパ言語への翻訳の場合で、ロシア語やイタリア語への翻訳についても、タイトルなどについて言及している。また、自分には読めないからよくわからないけれど、と断りながら、トルコや日本の翻訳者の反応についても述べていて、初めて読んだときは、おお! と思わず声をあげてしまった。

『エリザベス・コステロ』をセルビア語に訳している翻訳者からきた、言語間の差異にもとづく難問に、こうしてはどうか、と著者から提案して解決をみたケース。あるいは『夷狄を待ちながら』を中国語に訳している人から、中国人読者が抱くであろう場所と時間をめぐる歴史的な、強い連想に関する問題をどう処理したか、などなど。

 オランダ語と英語の一語をめぐる微妙な語彙、語感の背景的違いなど、微に入り細にわたってやりとりされる箇所は、内容を想像するしかないけれど、結局、彼らには遡って共有できる「ラテン語」という強みがあるんだよなあ、というのが、アジアの一言語使用者である私の感想だ。

 きわめつけはフランス語訳者とのやりとり:『青年時代』に出てくる dark を sombre と訳すか noir と訳すか。クッツェーは、この語を自分はD・H・ローレンス的なニュアンスで使っているから、それがどんなフランス語に訳されているか参照したらどうかと提案し、訳者は、いやあれは・・・とさらに具体的なフランス語の意味合いについて説明する、そんなメールが引用されている。
 
 ふ〜ん、そうかあ、ヨーロッパ言語間ではこんな質問までできるのか、とちょっとうらやましくなった反面、1984年に最初に出たドイツ語版『夷狄』のように、作家自身からきっぱり「ノー」といわれてしまうこともあるのか、とひやりとする。(この作品、ドイツ語版はその後、別の訳者の改訳版が出ている!)

 この雑誌が出たのは2005年だから、記事を書いた時期は、たぶん、彼がオーストラリアへ渡って初めて書いた小説「Slow Man」が出た直後くらいだと思う。(つづく

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1976年ソウェト蜂起の記念日、または、ブルームズデイに。