12月14日の東京新聞夕刊「海外文学の森へ 21」に、グアダルーペ・ネッテル『赤い魚の夫婦』(宇野和美訳 現代書館刊)について書きました。
読んだのは、あの、暑い、オリパラの8月でしたが(もうほとんど忘れかけている夏)、この本を読んだときの新鮮な驚きはいまもありありと蘇ります。
12月14日の東京新聞夕刊「海外文学の森へ 21」に、グアダルーペ・ネッテル『赤い魚の夫婦』(宇野和美訳 現代書館刊)について書きました。
読んだのは、あの、暑い、オリパラの8月でしたが(もうほとんど忘れかけている夏)、この本を読んだときの新鮮な驚きはいまもありありと蘇ります。
2021年のノーベル文学賞はザンジバル出身の英語で書く作家、アブドゥルラザク・グルナが受賞しました。名前の通りグルナはアラブ系です。
他にもアフリカ出身の作家、アフリカ系の作家が今年の名だたる文学賞を総なめにした感がありました。そんな年の最後を飾るイベントにふさわしく、「アフリカン文学をめぐって」というイベントが開催されます。 わたしは第一部で30分ほど話をしますが、録音による参加です。
詳しいイベント情報はこちらから → アフリカン文学をめぐって
配信アドレス:https://youtu.be/zegrJRdsa1w
怒涛の7-9月が過ぎて、燃え尽きていた10月、3冊の本たちが次々と船出していった。そして11月になって新聞に書評が掲載されはじめた。ぼんやりしているとすぐにブログがお留守になる。ちゃんと書いておかなくちゃ。
結びの、「ところで本書の隠れた力は、<エピローグ>で語られた著者自身の生い立ちにある。…中略…『少年時代』を読んでいるとき<これはあなたの仕事だという声が聞こえてきた>と振り返る著者の言葉が、柔軟な筆致に厳しさをもたらすのは、この一冊がクッツェーという近しい他者を通して描いた、まぎれもない自伝でもあるからではないだろうか」には、ああ、そういう読み方が可能なのかと驚き、感動しました。
また同じく11月20日(土)の日経新聞では粟飯原文子さんが、アフリカの文学研究を専門とする人ならではのポイントをしっかり押さえて、『J・M・クッツェーと真実』をがっつり評してくれました。「鋭い作品分析、歴史の解説、作家との交流や南ア訪問の逸話等に導かれてクッツェーの魅力が存分に味わえる。愛に溢(あふ)れる書物だ」という最後のことばにはもう涙!
今月は新著のラッシュ。自著が2冊、翻訳が1冊、合計3冊も出るのだ。出たのだ。こんなことは最初で、おそらく最後。
そのうちの3冊目、『山羊と水葬』(書肆侃侃房刊)が今日とどいた。
北海道で育ったころの記憶、東京へ出てきた直後の出来事、失語感覚のなかで詩を書いてジャズを聴き、生き延びて、新しい家族をえて、翻訳をこころざし、アフリカなどまで行ってしまって。何度も思い返し、思い直し、ジグザグに記憶を上書きしながら、長らく暖めてきたメモワールが『山羊と水葬』という本になりました。
フロントカバーの素敵な絵を描いてくれたのは尾柳佳枝さん。帯文を書いてくれたのは岸本佐知子さん。ありがとうございました。データ処理、編集、校正、印刷、製本、いろんな作業を通して本は出来上がる。出来上がってからもまた広報や営業の方々の手を経て、書店を通して読者のところへ届けられる。たった1冊の本が出来上がるまでに、どれほどの人たちの手を経て、どれほどの努力に支えられているだろう。仕上がってきた本を見るたびに、しみじみありがたいと思う。企画編集の最初から最後まで大変お世話になったTさん、本当にありがとうございました。
『山羊と水葬』は10月28日発売です。あ、明日ですね!
新しい本を手にして、秋はしみじみ更けていく。
『J・M・クッツェーと真実』に続いて『J・M・クッツェー 少年時代の写真』がやってきた。さっそく2冊ならんで、仲良く記念の写真撮影。
内容についてはこのブログで何度も触れてきたので省略。
10月15日に白水社から、2冊同時発売です。
神無月の7日、ピンポーンとベルが鳴って、ついに本がやってきた。
エッセイ集『J・M・クッツェーと真実』(白水社刊)、10月15日発売。
曇り空の下で早速の記念撮影。褐返しに近い色の帯をはずすと、クリーム色の地肌が濃紺に近い色へ向かって滲むぼかしが出てくる。「真実」はいつだって表層の奥に隠されていて、目を凝らさなければ見えない、そうクッツェーはいう。見る側の心理や、心の位置が「見えるかどうか」を、ある意味、決定づける。そのぼんやり感がちょっとだけ出ている装幀になった気がする。
この本は話が始まってからあれこれまわり道をして、結局これ、となって実現するまでに3年近くかかった。とても多くの方々の助力によって実現した企画だったけれど、なんといっても、編集者Sさんの力なしには実現しなかった。みなさん、本当にありがとうございました。
感無量!
書籍内容の説明もより丁寧なものにバージョンアップ。アマゾンなどネット書店のサイトにもカバー写真が出ました。
さあ、これで2冊同時発売の準備はほぼすべて整いました。2冊ならべて見ると、感無量です。15歳の少年ジョンが撮影したセルフ・ポートレートと、2014年にアデレードでわたしが撮影してきたクッツェーの写真をもとに、画家に描いてもらったクッツェーのポートレート。2枚の写真のあいだに約60年の時間が横たわっています。
「真実があらわになる瞬間に立ち会うこと、それに興味があったんだと思う。半分は発見されるが、もう半分は創造される瞬間に」 ──J・M・クッツェー
作家になる前、ジョン・クッツェーが写真家を目指していたことが、J・M・クッツェーという作家の創作方法の原型になっていた。それがこの2冊を同時に出すことで明示できたと思います。
クッツェーの作品を偶然、手にした1980年代の終わりから、ここまできた道のりを考えています。長かった、濃密な時間について考えています。
まだ本そのものを手にしていないのですが、でも、とにかく、本になる、本が出る、まとまった形で読んでもらえる。それが嬉しい。そして、ちょっとドキドキ──そんな感じです。
表紙に使われているポートレートは、2014年11月にアデレードを訪れたとき撮影した写真をもとに、画家のロドニー・ムーア氏に描いてもらいました。
散歩に出ると、今季二度目の金木犀の香りが、風にのってほんのり漂っていて…。
書肆侃侃房から10月末の発売です。
帯が、もう、とっても豪華。ざっくざっく、なんです。書いてくださったのは、なんと岸本佐知子さん!
版元サイトに書影と、帯のコピーなどが一気に出ました。よかったら、ぜひ訪ねてみてください。
『山羊と水葬』(書肆侃侃房) です。
日本語で書かれた単著としては初めて(と思われる)クッツェー論、というか、クッツェーをめぐるエッセイ集が出ます。書籍情報がネット上に載ったので、あらためてアップします。
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以前、この夏は訳書2冊、自著2冊を抱えて、と書いた。次々とやってきては返送されていくゲラたち。他に、訳書が1冊、自著が1冊。
2014年に発見されて2017年に一部だけ公開され、2020年に書籍化されたクッツェーの『少年時代の写真』については、これまでに何度か触れてきたけれど、いよいよ日本語訳が出る。
それといっしょに、クッツェーを翻訳してきたプロセスを振り返って、まとめたエッセイ集も出る。一人の書き手による一冊まるごと「クッツェー論」は多分これが初めてだと思う。この2冊は白水社から10月に同時刊行される。
エッセイ集『J・M・クッツェーと真実』には、1988年にクッツェー作品と出会ったころから現在までの、クッツェー翻訳をめぐるすべてを書いた。そういうと大袈裟だけれど、ほとんどそんな気分で書きあげた。個々の作品について論じる文章もあるし、南アフリカの厄介な英語、南ア社会内の「人種」をめぐるごく平易な語の奥に隠れた意味合いなどトリビアっぽいもの、ケープタウン旅行やアデレードの作家宅を訪れたときの話、クッツェー来日時のエピソードなどを織り交ぜてまとめた。それでも、ああ、あれも書いてなかった、これも書けばよかった、と今になって思ったりもするのだが。
それにしても、なぜかくも長きにわたりクッツェーを訳してきたのか、問いはふつふつと湧いてくる。それをエピローグとして最後に置いた。何度か書きなおしていると、あるとき、指先からことばが溢れるように出てきて、一気に膨らみ、止まらなくなった。それは著者自身の家族の物語だった。
『少年時代』を訳したとき作品内から聞こえてきた声によって、自分自身が幼いころや若いころの記憶と向き合わなきゃ、向き合いたい、そう思ったことに改めて気づいたのだ。ハッとなった。そこで思い切って自分の記憶を切開した。それが圧縮されてエピローグになった。
最初にあげたメモワール『山羊と水葬』には、言ってみれば、その圧縮部分からぷつぷつと空に向かって膨らんだ吹き出しのように、40あまりの話が連なっている。折々に書いてきたコラム、個々のシーンの素描、日常の記憶の断片などが集められている。だから、これは姉妹編のようなものだ。この『山羊と水葬』もまた、クッツェー本2冊とほぼ同時に刊行されることになるだろう。
ゲラを手にすると、目にすると、ああ、本当に本になるのだなあとしみじみ思う。この嬉しさは他に比べるものがない。この秋は、文字通り、蔵出しの秋となりそう。
アディーチェの『パープル・ハイビスカス』もまた、現在、蔵のなかで熟成中です。
*カメラがPCと接続不能になって写真をアップできないため、大好きなクレーの絵を添える。
またずいぶん間があいてしまった。
信じ難いほど非合理的なイベントが始まった。医療現場は急激に逼迫している。東京だけではないが、人とイベントが集中している東京はもう煉獄のような状態になってきた。
家にTVはないけれど、仕事のためにPCを立ちあげると目に飛び込んできたのは、オリンピック関連のロクでもない記事ばかりだった。誰が辞任、誰が解任。その理由が次から次へと、なあんにも学んでないんだなあ、という感じで。それが先々週。そして先週からコロナ感染者数が急増している。死者数は比較的少ないが、病院に入院すべき症状の人が自宅待機を強いられているというニュースは、本当に辛い。なんのための……どうしてこんな状況でオリンピックか!と誰もが思っている。絶対に楽しめない。楽しむとしたら、個人ではどうしようもない現状に目をつぶるため、忘れるため、意見を棚上げにして、だったりする。
自分=個人を手放して、ナショナリズムの臭気ふんぷんとする何やらに身を寄せて、一時凌ぎをやる心理が手にとるようにわかるけれど、これで個々人としてつながっていた関係が分断されているのだ。間違いなく。
暑い季節にあっちでも、こっちでも、ゲラと奮闘する人たちがいることを、ここにお知らせいたします──って「宣言」したい気分になる。わたしもまた、何かの反動で動いているのかな?
カメラが壊れてPCに接続できなくなった。写真をアップできないので、6年前に連日アップしていたパウル・クレーの絵をアップしよう。