Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2020/05/01

河出文庫版 J・M・クッツェー『鉄の時代』

植木鉢にハーブの種など蒔いていると、予定より早く入手可能になっていました。河出文庫版のJ・M・クッツェー『鉄の時代』です。

 最初、カバーを見たときはびっくりしましたが、1990年に出たハードカバーとならべてみると不思議な共通点が浮かび上がることに気がつきました。ともに女性のプロフィールなんです。

右:Secker&Warburg 版 (1990)
原著の表カバーは打ちっぱなしのコンクリのような、木製のような、壁の上に何枚かのガーゼを重ねて、茶色の染みのようなものをにじませ、遠くから見るとギリシア彫刻の、おそらくデメテルの顔が、ぼんやりと浮上するようになっています。裏表紙もまた女性の写真で、顔の上にガーゼが置かれています。
 今回の文庫では、そんな「病んだ人間」を思わせる「ガーゼ」こそ使われていませんが、また別の要素が加味されて……まあ、カバーの話はこのくらいにして。

1990年版ハードカバー裏
これでクッツェー作品の文庫化は、2003年に集英社文庫『夷狄を待ちながら』、2006年にちくま文庫『マイケル・K』(その後 2015年に岩波文庫)、2007年にハヤカワepi文庫『恥辱』に続いて、4作目になります。

 舞台はアパルトヘイト末期のケープタウン、元ラテン語教師だったミセス・カレンが娘にあてて遺書代わりに書く手紙、という形式の小説です。2008年に池澤夏樹個人編集の世界文学全集の第1期に初訳として入りました。翻訳作業が作家の2度目の来日と重なって、膝詰めで疑問点を解決できたのは本当にラッキーでした。そんな裏話は、このブログ内にも<『鉄の時代』こぼれ話>のタグをクリックするとたくさん出てきます。

 作家クッツェーがまだケープタウンに住んでいたころの骨太の作品です。動乱の時代に目の前の現実にどこまでも真摯に向き合おうとする、そんな緊張感がみなぎった作品はこの「コロナの時代」を生き抜くための救命ボートにもなるでしょうか。なるといいなと思います。今回、文庫化にあたって新たに「訳者あとがき──よみがえるエリザベス」を書き下ろしました。J・M・クッツェーの現在地と、彼の作家としての世界的評価についても書きましたので、ぜひ!☆