Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2018/05/14

サンドラ・シスネロス『マンゴー通り』発売です!

今朝とどいたばかりの見本 (5.15追記)
サンドラ・シスネロス『マンゴー通り、ときどきさよなら』が白水社のUブックスから可愛い本になって、5月18日に発売です。

その刊行を記念して、B&Bで6月16日(土)午後3時から、豪華ゲストを迎えてイベントをやります。

今の日本で光を放つ、移民文学の魅力

🌟ゲストは、金原瑞人さん、温又柔さん🌟

 
 あまり手を入れないつもりだったけれど、見直してちょっと赤が入ったのは「三人の姉妹」だった。主人公エスペランサの友達ルーシーの家の赤ん坊が死んでしまい、8月に吹く風といっしょにお弔いにやってきた三人のコマードレスたちが出てくる章。
 浮き世ばなれしている三人は、月のひとだったのかもしれない。ひとりはブリキ缶のような笑い声を、ひとりは猫のような目を、もうひとりは磁器のような手をしていた。そんなおば(あ)さんたちが、エスペランサに向かって、ちょっとこっちへおいで、という。チューインガムをくれて、彼女の手をじっと見るのだ。そして、この子はとっても遠くまで行くね、といった。そのおばあさんたちの口調をちょっと変えた。
 初訳は「いかにも、おばあさん」といった口調になった。訳したのは40代の半ばで、まだおばあさんではなかったから😅😊、それまで読んだ本のなかに出てきた「いかにも、おばあさん」ふうに訳した。よく考えたら、当時だって、いまだって、60歳でも70歳でも、だれもこんなふうに話をする人はいないかも、と気付いてしまった。いまや訳者も68歳、しっかりおばあさんの年齢だが、ちっともこんなしゃべりかたをしていないじゃないか。
 なぜ、「いかにも、おばあさん」口調であのとき訳したんだろ? きっと、おばあさんとはこういうもの、とそれまで読んだ本からインプットされていたのだ。どんな本かって? ちいさいころに読んだ児童文学。たぶん、翻訳された児童文学。そのなかに出てくるおばあさんに無意識に似せてしまったのかも。あるいは日本昔ばなし?

 これは、それほど昔の話ではない。つい50年ほど前のシカゴの話だ。だったらリアルに訳そう。そこで、できるだけいまの68歳がしゃべるような口調にした。でも、12歳のエスペランサにとっては、得体の知れないコマードレスたちだから、その得体の知れなさはしっかり残したい。でも、ステレオタイプはやめようと。

 その三人のコマードレスはこんなふうにいうのだ。

「出ていくときはね、……忘れずに帰ってくるんだよ。あんたのように簡単には出ていけない人たちのために」

 何度、読み直しても、訳者はここで涙ぐんでしまうのだけれど。