Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2016/01/26

高橋悠治+波多野睦美の『冬の旅』

昨夜は仕事のあいまを縫うようにして、初台へ『Winterreise/冬の旅』を聴きにいった。高橋悠治のピアノ、波多野睦美のメゾソプラノで、寒い冬に深く満たされるひとときだった。

高橋悠治+ の「冬の旅」が始まったのはいつだったのだろう。寅年生まれの彼の仲間たちがヴィルヘルム・ミュラーの詩を大胆に日本語に訳し、その歌詞を斎藤晴彦さんがこれまた大胆に歌った『冬の旅』は、暗い時代をじつにあっけらかんと歌ってステキだった。「菩提樹といえ~ば、御釈迦さまだよ」と歌って、戦後日本の音楽教育の一面を笑い飛ばしてもいた。その斎藤さんもいまはない。

昨日の波多野睦美さんの歌は、まさに、水も漏らさぬとはこのことかと(めったにクラシックコンサートに行かなくなった人間が勝手に形容する/汗)、その密度に圧倒された。ドイツ語の歌を聴くのも久しぶりだった。たっぷり聴いて堪能した。悠治さんのピアノもいつもながらすばらしかった。

 シューベルトを弾く高橋悠治さんは、何年か前の朝日ホールのアンコールで弾いたソナタで、わたしは完全にノックアウトされたのだけれど、昨夜は、波多野さんの歌声と絶妙なかけあいで、一音一音が冬の寒空に光る月のように冴え渡って聴こえた。こまやかなささやくような音がきらきら光る星屑のように彼の指からこぼれていた。
 最初の「Gute Nacht/おやすみ」から、わたしの大好きな「Frühlingstraum/春の夢」をへて、最後の「Der Leierten/ハーディ・ガーディ弾き」まで全24曲。70分あまりの濃密な時間。耳に馴染んだメロディのあいまに、何度か、斎藤晴彦さんの歌声がゴーストのようによみがえってきた。とりわけ「カラス」や「勇気」では、斎藤さんの握りしめた拳まで目に浮かんできた。

 帰り道は、やっぱり冬の月がこうこうと輝いていた。あれが冬の大三角形で、あれがオリオン、と連れに教えてもらいながら夜道を帰った。寒い、寒い冬の東京で、こんなに熱いコンサートも久しぶりだったナ。