Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2008/11/19

写真──『鉄の時代』こぼれ話(7)........... fin

 居間の壁に架けられた、トロイの秘宝で身を飾ったソフィー・シュリーマン、大英博物館で買ってきた長衣をまとったデメテルの写真、ピアノの楽譜に印刷された「写真のなかの太った人」と描かれるバッハの顔写真、アメリカに住む娘の写真、花壇のまえで兄ポールとならぶ2歳になるかならないころの主人公エリザベスの写真、ファーカイルが家のどこかから引っ張りだしてきた黒檀の箱に仕掛けられた親族の古い写真、犯罪者みたいなアングルのファーカイルの顔写真、娘の子どもたちがオレンジ色のライフジャケット姿でカヌーに乗っている写真。

 といったふうに、『鉄の時代』には写真がふんだんに出てくる。とりわけ、ユニオンデールの家の庭で撮影された幼い主人公の写真について語られる場面は、南アフリカの土地、労働、所有といったことが滲み出てくる場面で面白い。メタモルフォシスという語と巧みに絡み合わされ、時代が変わればそこに写っているものの意味も変わる、と時間/歴史との連想を誘って圧巻。クッツェーの写真論はやがて、2005年に発表された「Slow Man」のなかで詳しく展開されることになる。<了>
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日経新聞(10月12日付)に掲載された『鉄の時代』の書評がこのサイトで読めます。