クッツェー作品にはアパルトヘイト体制当時の人種をあらわすことばがほとんど出てこない。主人公は明らかに白人=ヨーロッパ系入植者とわかる場合が多いけれど、『マイケル・K』などは逆に、非白人であることだけは推測できても、黒人なのか、カラードなのか、よほどの事情通でなければ断定できない。かくいう私も初めてペンギン版のペーパーバックで読んだときはわからなかった。(ヒントは警察の調書のなかの記号「C」に隠されていたのだが。)
『鉄の時代』の舞台となるケープタウンは白人よりも非白人、とりわけ「カラード」と呼ばれた人たちが多い都市だ。この小説に出てくる浮浪者「Vercueil/ファーカイル」は1980年代後半、どのような「人種」に区分けされる人物だったのだろう。
最初、この名前の読みがわからなかった。2006年クッツェー氏が初来日したおりに私が「ヴェルキュエィルですか?」と訊ねると、「フランス語ではそうですが、これはアフリカーンス語でファーカイルです」とのことだった。
第2章の初めのほうに、主人公エリザベス・カレンがメイドのフローレンスに向かって「ファーカイル、ファルカイル、ファルスカイル」、そんな名前だ、という場面が出てくる。英文は「Vercueil, Verkuil, Verskuil」で、三者の違いを日本語に変換するときは、頭を抱えた。著者にメールで問い合わせると、こんな答えが返ってきた。
──The first two are pronounced the same way but spelled differently (the first is the original French spelling, the second a Dutch spelling of the name). The third word means "hide away." The problem this poses for the translator may be insuperable.
つまり、Vercueil と Verkuil は同音で、スペルは前者がオリジナルのフランス語風、後者がオランダ語風。三つ目の Verskuil には「隠れる」という意味がある。ここで生じる問題を翻訳者が克服するのは困難かもしれない──そこで訳者は苦肉の策として、前二つの綴りの違いを音の違いに変換し、三つ目は音をそのまま表記した。でも「隠れる」という含意は諦めざるをえなかった。
お分かりのように「ファーカイル/Vercueil」はフランス語起源の名前だ。16〜18世紀、カトリックを国教とするフランスで「非国民」扱いされたユグノー(新教徒)にとって、南アフリカへの移民とはオランダ人社会への同化を意味した。つまり彼らは代を重ね、オランダ語を使うようになっていったのだ。その結果、オランダ語/アフリカーンス語風に発音されるフランス語起源の名前が残った。
ファーカイルは白人か、というと話の筋からみて明らかに違う。では、当時の人種区分としてはどのカテゴリーに入るのか? もちろんクッツェー自身は本文中でも、本文外でも、ひとことも語らない。ヒントはデレク・アトリッジの著作にあった。「カラードだろう」というのだ。(ちなみに南アでいう「coloured=カラード」には先住民、白人や先住民との混血、アジア系との混血などさまざまな人たちが含まれ、使用言語は基本的にアフリカーンス語、バンツー系の黒人/ネイティヴとは区別され、アパルトヘイト体制のヒエラルキーでは黒人より優遇された。米国でいう「colored=黒人」とはまったく違うくくりなので、要注意!)
白人入植者が父親で有色人種が母親、という組み合わせで子どもが生まれるケースは、世界の植民の歴史のなかには無数にある。母親が生まれた子どもに父方の姓を名のらせたがることも多かった──たとえば映画『マルチニックの少年』のなかのエピソード。
白人男性と先住民女性の組み合わせからはじまり、混血がさらに進めば、名前だけから人種を断定するのは困難になる──ムクブケリ/Mkubukeli、ベキ/Bheki、タバーネ/Thabane といった、明らかにネイティヴ/黒人系の名前は別として…。
「クッツェー」という名前にしても、白人とはかぎらない。数年前に亡くなった南ア出身のサクッス奏者、バジル・クッツェー/Bazil Coetzee は、凛とした目鼻立ちの「カラード」だった。
『鉄の時代』の舞台となるケープタウンは白人よりも非白人、とりわけ「カラード」と呼ばれた人たちが多い都市だ。この小説に出てくる浮浪者「Vercueil/ファーカイル」は1980年代後半、どのような「人種」に区分けされる人物だったのだろう。
最初、この名前の読みがわからなかった。2006年クッツェー氏が初来日したおりに私が「ヴェルキュエィルですか?」と訊ねると、「フランス語ではそうですが、これはアフリカーンス語でファーカイルです」とのことだった。
第2章の初めのほうに、主人公エリザベス・カレンがメイドのフローレンスに向かって「ファーカイル、ファルカイル、ファルスカイル」、そんな名前だ、という場面が出てくる。英文は「Vercueil, Verkuil, Verskuil」で、三者の違いを日本語に変換するときは、頭を抱えた。著者にメールで問い合わせると、こんな答えが返ってきた。
──The first two are pronounced the same way but spelled differently (the first is the original French spelling, the second a Dutch spelling of the name). The third word means "hide away." The problem this poses for the translator may be insuperable.
つまり、Vercueil と Verkuil は同音で、スペルは前者がオリジナルのフランス語風、後者がオランダ語風。三つ目の Verskuil には「隠れる」という意味がある。ここで生じる問題を翻訳者が克服するのは困難かもしれない──そこで訳者は苦肉の策として、前二つの綴りの違いを音の違いに変換し、三つ目は音をそのまま表記した。でも「隠れる」という含意は諦めざるをえなかった。
お分かりのように「ファーカイル/Vercueil」はフランス語起源の名前だ。16〜18世紀、カトリックを国教とするフランスで「非国民」扱いされたユグノー(新教徒)にとって、南アフリカへの移民とはオランダ人社会への同化を意味した。つまり彼らは代を重ね、オランダ語を使うようになっていったのだ。その結果、オランダ語/アフリカーンス語風に発音されるフランス語起源の名前が残った。
ファーカイルは白人か、というと話の筋からみて明らかに違う。では、当時の人種区分としてはどのカテゴリーに入るのか? もちろんクッツェー自身は本文中でも、本文外でも、ひとことも語らない。ヒントはデレク・アトリッジの著作にあった。「カラードだろう」というのだ。(ちなみに南アでいう「coloured=カラード」には先住民、白人や先住民との混血、アジア系との混血などさまざまな人たちが含まれ、使用言語は基本的にアフリカーンス語、バンツー系の黒人/ネイティヴとは区別され、アパルトヘイト体制のヒエラルキーでは黒人より優遇された。米国でいう「colored=黒人」とはまったく違うくくりなので、要注意!)
白人入植者が父親で有色人種が母親、という組み合わせで子どもが生まれるケースは、世界の植民の歴史のなかには無数にある。母親が生まれた子どもに父方の姓を名のらせたがることも多かった──たとえば映画『マルチニックの少年』のなかのエピソード。
白人男性と先住民女性の組み合わせからはじまり、混血がさらに進めば、名前だけから人種を断定するのは困難になる──ムクブケリ/Mkubukeli、ベキ/Bheki、タバーネ/Thabane といった、明らかにネイティヴ/黒人系の名前は別として…。
「クッツェー」という名前にしても、白人とはかぎらない。数年前に亡くなった南ア出身のサクッス奏者、バジル・クッツェー/Bazil Coetzee は、凛とした目鼻立ちの「カラード」だった。