「オランダ語は、1500万人の人によって話されているだけ、という意味でいうなら、マイナーな言語である。また、オランダ語文学は、広く読まれているわけではないという意味では、マイナーな文学である。
しかし、マイナーな位置とわたしが呼んでしまうものには、そういった意味には収まりきらないものがある。そう呼ばせるさまざまな衝動が、背後にあるのだ。17世紀以降、オランダが世界という舞台で、いや、事実上はヨーロッパという舞台で、その力を顕示することができなかったとうことではない。国力が、活力にみちた芸術的生活を生み出さなければならない理由は、どこにもないのだ。
絶え間なく、より強大な──フランス、ドイツ、イギリスといった──隣国の陰に身を置く経験、ときには、その大国によって踏みにじられる経験が、オランダ国内において、歴史に見放され、時代から取り残されていくことへの懸念へとつながり、それゆえに、海外から入ってくる様式への盲目的な服従へとつながっていったのは間違いない。おまけに、カルヴァン主義者たちの唱える、礼儀正しさ、強い義務感、そして倫理的省察といった美徳に強く染めあげられた国民の生活様式は、思考上の豪胆さに資することもなかった。」
J.M.クッツェー訳・著『漕ぎ手たちのいる風景』の「まえがき」より