小さなKに ──2012年3月11日
あとどれくらい 地上(ここ)にいておまえを
小さなおまえを抱いていられるのか
あと何度 朝陽のなか なかば眠たげなおまえのオハヨウを
新鮮な炎のように
聞くことができるのか
あと何度 おまえの靴が窮屈になるたび
手をつなぎ
一緒に買いに行くことができるのか
おまえが五十歳になるとき
わたしは地上にはいない いや それどころか
おまえが二十歳になる日さえ あまりに遠い
おまえはその日 生まれたての
あの血まみれの赤ん坊とは 似ていないだろうけれど
おまえが死ぬ日
それがもし 老いのもたらす結果であるなら
わたしは喜ぶだろう
おまえの命が 残らず燃え尽きたことを
そしてそれがもし
不慮の事故や災害がもたらしたものであったとしても
やはりわたしは
いつかは
喜ばねばならないだろう
おまえが地上を駆け抜けたことを
そしてわたしはいとおしむだろう
おまえの瞳に映るはずだったすべてを
おまえが呼吸するはずだったすべてを
手をつないで歩いたときの
小さな小さな手の柔らかさを
消えない炎として
いつまでもいとおしむように
清岡智比古『きみのスライダーがすべり落ちるその先へ』(左右社刊)より
*************************
詩集をいただいた。清岡智比古さんの『きみのスライダーがすべり落ちるその先へ』(左右社刊)だ。
全編、スライダー、ストレート、カーブ、などなど野球の投球と思しきことばが編み込まれている。引用した詩は、ことばの変化球で勝負する詩人の、しかし、直球に近い詩と読める。最初、この詩を彼のブログで読んだときから、ボールはたしかにこちらの胸に届いていた。打ち返せないからストレートに胸にあたって、ちょっと痛かった。311から一年後のことだ。
今回は詩集のなかで、ふたたびこの詩と出会って、そのページだけぱっくり口をあけて吸い込まれるような感覚を覚えた。ことばのボールが、ばしばしと飛んできた。胸にあたるまえに、素手でそれを受けとめたとき、ことばは確かな重みをもって胸に響いた。痛くはない。痛くはないが、涙を誘うのだ。胸の奥で。読み手のなかの遠い記憶をゆさぶり、くっきりと形を描きながら。
後ろから駆けてきて、その子がするりと小さな手をこの手のなかに滑り込ませたときのことを。両手をつないで歩いた夕暮れのあのときのことを。見上げる澄んだ瞳。いずれ時がたてば・・・いずれ地上から失せて・・・でも胸のなかにあふれる思い。なにかに向かって跪きたくなるような感謝の気持ち──gratitude.
清岡さんのことばのボールが弧を描いて蒼穹を渡っていく。時間軸を縦横に行き来することばたちが、あるときは春風、あるときは薫風、またあるときは微風となって、読む者の頬をさわやかに撫でていく。ときに秋風となって局所的に強く吹くことはあっても、決して、昨夜のような烈風にはならない。(台風19号の余韻のなかで。)
あとどれくらい 地上(ここ)にいておまえを
小さなおまえを抱いていられるのか
あと何度 朝陽のなか なかば眠たげなおまえのオハヨウを
新鮮な炎のように
聞くことができるのか
あと何度 おまえの靴が窮屈になるたび
手をつなぎ
一緒に買いに行くことができるのか
おまえが五十歳になるとき
わたしは地上にはいない いや それどころか
おまえが二十歳になる日さえ あまりに遠い
おまえはその日 生まれたての
あの血まみれの赤ん坊とは 似ていないだろうけれど
おまえが死ぬ日
それがもし 老いのもたらす結果であるなら
わたしは喜ぶだろう
おまえの命が 残らず燃え尽きたことを
そしてそれがもし
不慮の事故や災害がもたらしたものであったとしても
やはりわたしは
いつかは
喜ばねばならないだろう
おまえが地上を駆け抜けたことを
そしてわたしはいとおしむだろう
おまえの瞳に映るはずだったすべてを
おまえが呼吸するはずだったすべてを
手をつないで歩いたときの
小さな小さな手の柔らかさを
消えない炎として
いつまでもいとおしむように
清岡智比古『きみのスライダーがすべり落ちるその先へ』(左右社刊)より
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詩集をいただいた。清岡智比古さんの『きみのスライダーがすべり落ちるその先へ』(左右社刊)だ。
全編、スライダー、ストレート、カーブ、などなど野球の投球と思しきことばが編み込まれている。引用した詩は、ことばの変化球で勝負する詩人の、しかし、直球に近い詩と読める。最初、この詩を彼のブログで読んだときから、ボールはたしかにこちらの胸に届いていた。打ち返せないからストレートに胸にあたって、ちょっと痛かった。311から一年後のことだ。
今回は詩集のなかで、ふたたびこの詩と出会って、そのページだけぱっくり口をあけて吸い込まれるような感覚を覚えた。ことばのボールが、ばしばしと飛んできた。胸にあたるまえに、素手でそれを受けとめたとき、ことばは確かな重みをもって胸に響いた。痛くはない。痛くはないが、涙を誘うのだ。胸の奥で。読み手のなかの遠い記憶をゆさぶり、くっきりと形を描きながら。
後ろから駆けてきて、その子がするりと小さな手をこの手のなかに滑り込ませたときのことを。両手をつないで歩いた夕暮れのあのときのことを。見上げる澄んだ瞳。いずれ時がたてば・・・いずれ地上から失せて・・・でも胸のなかにあふれる思い。なにかに向かって跪きたくなるような感謝の気持ち──gratitude.
清岡さんのことばのボールが弧を描いて蒼穹を渡っていく。時間軸を縦横に行き来することばたちが、あるときは春風、あるときは薫風、またあるときは微風となって、読む者の頬をさわやかに撫でていく。ときに秋風となって局所的に強く吹くことはあっても、決して、昨夜のような烈風にはならない。(台風19号の余韻のなかで。)