『恥辱/ディスグレイス』といえば南アフリカ出身のノーベル賞作家、J・M・クッツェーの二度目のブッカー賞受賞作だけれど、それとおなじタイトルの短篇を季刊「季刊 真夜中 No.4」(リトルモア、1月22日刊)に訳出した。作者はこれまた南ア出身の作家、ゾーイ・ウィカム。昨年7月に出たばかりの短編集『出ていった人/THE ONE THAT GOT AWAY』に入っている作品だ。(写真はNew Press からもうすぐ出る予定の米国版)
物語は、グレイス(恩寵)という名の主人公が、一枚の絹のスカーフをめぐって、不面目(ディスグレイス)なことになってしまう話で、語呂合わせをねらうタイトルは、そのままにするしかなかった。
舞台はアパルトヘイト解放後のケープタウン。主人公は郊外のタウンシップから街の白人屋敷へ通う、74歳のカラード(混血)のメイドである。苦労して大学を出た娘のことや、のらくら者とグレイスの目にうつるその夫、預かって育てている孫たちとの暮らし、雇主の白人マダムやスコットランドからきた客、フィオナとのやりとりなどが、臨場感あふれる会話調の文体で生き生きと描かれている。
作者のウィカムは1948年、ちょうどアパルトヘイト体制が制度化された年に、ウェスタンケープでカラードとして生まれている。20代で渡英し、解放後は一時帰国したけれど、現在はグラスゴーとケープタウンを行ったり来たりの生活だという。アパルトヘイト解放闘争の裏面史を描いた長編『ディヴィッドの物語/David's Story』(2000年)は、南ア国内では物議をかもした野心作で「南ア文学における途方もない達成」とクッツェーから絶賛された。
この作家の最初の短篇集『You Can't Get Lost in Cape Twon/ケープタウンで道に迷うことはない』は1987年、ヴィラゴ/Virago から出版されている。それで、はたと思い当たった。これは、日本でもおなじみのハニフ・クレイシやキャリル・フィリップスなど、「第三世界」との関わりをもつ作家たちを強力に売り出すシリーズを出した出版社ではないか! 当時は「ブラック・ブリティッシュ」とずいぶん話題になったものだ。(この場合、「ブラック」というのが「非白人」を意味することは明白。)そうか、そういうくくりでウィカムも売り出されたのか、と改めて思いいたった。でも、ウィカムの場合、次の作品は2000年の『ディヴィッドの物語』まで待たなければならなかったけれど・・・。
彼女の書くものは、とにかく、抜群にスパイシーだ。ナラティヴを多用したその文体も、他にちょっと類を見ない。昨年出た短篇集もまたスパイスの効いた作品が多く「外部から問うクールさと、内部の事情に通じる温かな眼差しを結合」とクッツェーも賛辞を惜しまない。
来年のワールドカップ開催国の暮らしの内実を知る絶好の作品群である。
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北海道新聞夕刊(2月10日)に掲載されたコラム「世界文学・文化アラカルト」に大幅に加筆しました。
2009.6.28 追記:「ウィコム」と表記してきましたが、発音は「ウィカム」に近いと判断して、訂正いたします。ご了承ください。