Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2008/04/15

好きな本(4)『アフリカン・アメリカン文化の誕生』その1

 あらためて『アフリカン・アメリカン文化の誕生──カリブ海域黒人の生きるための闘い』シドニー・ミンツ著・藤本和子編訳(岩波書店、2000刊)を紹介します。これは「アフリカン・アメリカン文化」やその歴史を知りたいと思う人には格好の入門書であると同時に、「16世紀から20世紀半ばにかけて実施されたヨーロッパ拡張期の歴史」を学ぼうとする人の必読書です。8年も前に書いた書評ですので(少し手を加えましたが)、そんな読み方は古いよ、だれもが知ってる基本的な知識だよ、といわれるようになっていることを願って・・・。
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 たとえば日本語で「アメリカ」とか「アメリカ人」ということばを聞くと、まず何をイメージするだろうか。ほとんどの人が間違いなく「アメリカ合州国」と「その国の人びと」のことを思い浮かべるだろう。では「アフリカン・アメリカン」はどうか。「アメリカ合州国の黒人」と考えるのではないだろうか。それほどまでに私たちの意識のなかの「アメリカ=アメリカ合州国」観は肥大化している。この視点の偏りを、本書は見事にくつがえしてくれる。

 1492年にコロンブスによって「発見」された「新世界=アメリカス」へ、ヨーロッパ大陸の列強が乗り込んでいったとき、足がかりとしたのがカリブ海の島々だった。「そこで先住民を疫病と戦争によって絶やし、アフリカから膨大な数にのぼるアフリカ人を強制連行してきて奴隷にし、おもに食料とそれに近い物を生産するようになった」といった歴史的事実を並べても、「そんなこと知ってるよ、何をいまさら」という反応が返ってきそうだが、私たちのその知ってるつもり、分かっているつもりの内実には、じつは何かが決定的に欠けているのではないか、この本を読んだ後そんな思いにとらわれている。

 この本は、つい数十年前に学校の教科書で学んだヨーロッパ中心の、ゆがんだレンズを通して見る世界史ではなくて、もう一度、私たちが生きているこの社会の、「国家」という枠組みの、あるいは「民族」とか「文化」とか「人種」といった、分かったようでいてじつはとんでもなく偏見に満ちた理解の仕方しかしていない危ういことばの内実を、丁寧に、平明に、思わぬ視点から解き明かしてくれるのだ。それも、カリブ海社会をフィールドにした人類学の専門家シドニー・W・ミンツ氏の、豊富な実証例に裏づけられた、深い洞察に満ちたことばによって。少し引用してみよう。(つづく